2010.09.20 Monday
今日で三連休が終わります。朝から工房に籠もって制作をやっていました。タタラを立ち上げてドベで接合し、成形を始めました。陶土の乾燥具合を確かめながら作業しているので、まったなしの作業になり、3点の三角錐を基本とした成形を終わらせました。これは合計8点作ります。木彫を施した柱を支える土台になる部品で、ピラミッド型である四角錐とは違います。加飾仕上げは次回に行いますが、このカタチがこのまま保てるのかどうかはわかりません。ヒビが生じれば再考しなければならないのです。かなり苦しい作業で、陶彫による無理なカタチがどこまで保てるのかわからないのです。努力が無駄に終わることもしばしばあって行きつ戻りつの作業です。何年やっていても、そのつどカタチが変わるので経験が生きない場合もあります。今日は暑いというより、自分の精神的な緊張から汗が噴き出し、シャツを何枚も替えました。成形した3点はビニールをかけて、徐々に乾かしていきます。次は木曜日に作業再開です。
2010.09.19 Sunday
タイトルだけ見ると何のことだかわかりません。今日は日記としてブログを書いています。朝早く工房に行って、昨日作っておいたタタラの乾燥具合を見てきました。土を柔らかい状態のままタタラにしたので、成形するのにはもう一日待った方がよいと判断しました。次にタイトルにある祭礼と言うのは、職場近くの杉山神社で祭礼があったので、挨拶がてら見てきました。神輿が威勢よく繰り出していました。自分の町内会の祭礼にはほとんど顔を出したことがないのに、職場がある地域にはご挨拶に出かけています。そこで仕事している以上仕方がないかと思っています。次にタイトルにある土練りと言うのは、祭礼から帰ってきて、再び工房に行って新たな土作りを行ったのです。秋の釣瓶落としとはよく言ったもので、工房の周囲は真っ暗になりました。網戸から心地よい風が入ってきて気持ちよく土練りができました。夜、自宅でRECORDを描いて今日は終了。今日はちょこちょこと細かいことをやっているなぁと思いながらブログを終わることにします。
2010.09.18 Saturday
三連休はタタラから始めることにしました。いよいよ秋めいてきて、気温は高いものの湿度が少なく凌ぎやすい一日でした。工房では朝8時過ぎから午後4時過ぎまで、たっぷり制作ができました。これは久しぶりです。予め練っておいた陶土をタタラにして、新作の土台作りの準備をしました。タタラにする時は、さすがに汗が流れましたが、土の感触を確かめながら作業するのは気持ちのいいものです。座布団くらいの大きさのタタラを10枚程度作りました。全て手のひらで叩いて棒で伸ばします。タタラにはビニールをかけて暫く置きます。成形は明日以降やる予定です。工房の周囲は親戚の方が草刈を丁寧にやっていてくれて、さっぱりした印象になりました。何て快い環境&気候でしょう。身体中がリラックスをしていて、まずまず新作へ向けての良い幕開けとなりました。作品は順調に仕上がったことは今まで一度もないのですが、困難が生じることを百も承知で、今回の幕開けを歓迎したいと思います。
2010.09.17 Friday
ここ数日のブログは彫刻の話題ばかりで、まさに秋の深まりが芸術への誘惑を高めているように思います。そろそろ気楽な話題にしなければ、自分自身を追い詰めてキツくなってしまいます。今宵ブログを書いていて、身体に感じるものがあるとすれば筋肉痛と睡魔です。たまに夜行くスポーツクラブで1時間程度水泳をやってきますが、その疲れが自分は2日後くらいに出てくるのです。筋肉痛の原因はこれです。水泳は身体全体の筋肉を使うらしく、心地よい疲労が身体全体に広がっています。それに加えて睡魔が襲います。もう何もヤル気が起きないほど眠くなります。そんな中でRECORDを描くのは至難の業と言わざるをえません。いくら小さな画面でも緊張感を持たせるなど不可能です。それでも美術家のサガがあって何とかしようと苦闘してしまいます。瞼が落ちてきて、ついでに鉛筆もコロンと落として万事休す。今晩はこれでお開きです。おやすみなさい。
2010.09.16 Thursday
「20世紀の彫刻はさまざまな局面と立場からはじめられていて、それはひとつの彫刻の理想というよりも、いわば『彫刻』という古典的な名をかりた、現代の『物体』の研究であり、空間の探究であり、複雑な次元の検証であるといってもいい、全く新しい技術と材料と形態の結合したものである。彫刻とは何か、いまはその定義を極度に単純なものに還元するところから出発して、そのあらゆる可能性を試みているのであろう。なぜなら彫刻という立体物にはあらゆる時間・空間的な付属物がこびりついているからで、それを剥ぎとることが同時になされているのである。~略~」(瀧口修造全集Ⅷ・みすず書房)現在、日本の多くの美術館の所蔵品にヘンリー・ムアを初めとする欧米の現代彫刻作品があります。自宅から近い美術館では、横浜美術館や箱根彫刻の森美術館があって、そこに行けば、いつでもムア、アルプ、カルダーやイタリア現代彫刻の数々の作品を見ることができます。そんな手を伸ばせるところに存在する現代彫刻は、ひと昔前までは情報が少なく、海外から紹介される僅かな機会でしか現代彫刻に触れることができませんでした。確かに今を生きる私たちの周辺の環境が急激に変わり、彫刻にとっては幸福な時代と言えるかもしれませんが、また同時に情報過多で造形が生まれる地域性が失われ、理論ずくめの作品になっていくことも否めません。定義を極度に単純なものに還元することを繰り返しやってみることが必要だろうと思います。