2010.06.21 Monday
亡父がまだ造園業を営んでいた頃、実家の庭には造園に使う石材や竹材、木材がゴロゴロしていました。その中にどこかで仕入れてきた石灯籠がありました。その石灯籠は、寺院にある手の込んだ灯籠と異なり、自然の岩に見立てた素朴な石の上に笠を乗せた簡単な作りで、それこそ造園の施工にすぐ使えるように無造作に置かれていました。あるべきところにきちんと置けば、それなりに鑑賞に耐えるものになるのでしょうが、半分風化したような石灯籠に自分は妙な愛着を覚えていました。灯籠は仏教伝来とともに大陸からやってきたもので、日本では飛鳥時代に遡ります。それが時代とともに鑑賞性が高まり、今で言う照明器具の走りになったようです。自分には陶彫に照明を仕込んだ作品があります。実家に放置されていた商売用の灯籠とイメージが重なり、陶彫による現代版灯籠を作ってみたいと考えています。いわゆる外に置く照明器具ですが、足元を照らし、人を導き入れる演出にちょっと魅力を感じています。
2010.06.20 Sunday
久しぶりに鑿を握りました。新作に使用する赤松の柱8本のうち7本まで荒彫りが終わっているので、今日は最後の1本を彫りました。鑿を研いで精神を安定させ、夢中で作業を行いました。週末だけの貴重な時間と認識しているせいか時間が経つのが早く感じられ、あっという間に一日が過ぎていきました。もしも明日も制作できたら、こうしたい、ああしたいと思う気持ちが出てきますが、明日からまた公務が始まって、制作に対する気持ちは来週末に持ち越しになります。制作の時間を惜しむのは、何も今日に始まったことではないにしても、複雑な心境になることもしばしばあります。二束の草鞋は可能な範疇と理解しているくせ、心がもたついてなかなか割り切れていかない時があります。明日になれば別の自分を型に嵌めて仕事に向かうのでしょうけれど、自由なはずの週末の方が雁字搦めになっている自分に気づきます。そんなことを思いながら過ごした一日でした。
2010.06.19 Saturday
久しぶりに休みがとれた今日は、印刷が出来上がった個展の案内状と図録を届けに、ギャラリーせいほうに行ってきました。帰りがけに家内の胡弓の張替の依頼をするため、駒込にある邦楽器店に立ち寄り、さらに表題の展覧会を見てきました。三菱一号館美術館の開館記念展というフレーズが気になって、新しくオープンした美術館を見たいのと、最近はほとんど縁が無くなった印象派の絵画展を、久しぶりに堪能しようと思っていました。表題の展覧会はマネの絵画に限らず、19世紀末パリの都市空間を伝える展示内容をも網羅して、近代都市化を図るパリの側面を建築の図面等で見せていました。そうした中で見るマネの絵画は、時代背景と相まってとても良かったと感じました。東京丸の内も街路が一新して、街路樹の中にお洒落なカフェが出来ていたり、野外彫刻が置かれていて、文化が漂う雰囲気になっていました。
2010.06.18 Friday
「瀧口修造全集Ⅵ」(みすず書房)に収められている「モホリ・ナギ」に関する評論を読んで、自分には構成主義の画家としか認識のなかったモホリ・ナギが、写真や実験映画を作って、その世界でも現代に繋がる重要な仕事をしていることを知りました。モホリ・ナギは、近代デザイン・建築史の中で重大な役割を担ったドイツのバウハウスに教授として招かれて、バウハウスの創立者であり建築家であったグロピウスとともに、革新的な美術教育を行っています。その構成的な作品を自分も見た記憶があります。何より教育者としてのモホリ・ナギは、「バウハウス叢書」の編集をした業績があまりに有名です。デザイン教育の基礎課程で行う構成や実材に関する理論は、ここからスタートしていると言っても差し支えないと思います。瀧口流評論を契機に、これからはモホリ・ナギの写真に関しても留意していきたいと思っています。
2010.06.17 Thursday
一日の大半をパソコンに向かっている仕事のせいか情報機器への依存度は相当なものだろうと思っています。このブログもそうです。WEBギャラリーを持っていることも自分のPC依存を物語っていますが、実のところ自分はアナログな世界が大好きです。ずっと彫刻をやっているわけですから、木や土といった実材を扱い、手でモノごとを考え、手で答えを見つけている日常があります。それにもうひとつ、昔から書籍が大好きで、紙の頁をめくる感覚に魅力を感じます。自分は携帯小説は好みません。それは小説の内容ではなく、携帯電話の画面があまり好きになれないのです。簡単なメールならともかく、小説は紙に印字されたものを読みたいと思います。パソコンで画像を処理することには抵抗がありませんが、書籍をパソコンに替えて、小説や評論を読むのには少しばかり抵抗があるのです。今、書籍の魅力を語っている自分は、あと10年も経たらどうなっているのでしょう?変わらずにいられるか、それともパソコンが万能と思っているか、自分でもわかりませんが…。