Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 出品作品のメンテナンス
    19日に群馬県高崎市に運搬する「発掘〜鳥瞰〜」を倉庫から出して、梱包を解いて破損がないかどうか確認しました。東京銀座のギャラリーせいほうでの個展に出品してから3年が経っています。部分的な修復をして再び梱包しました。19日の搬入に備えて作品は倉庫に戻さず、とりあえず車庫に入れておきました。個展等で出品した作品は時々メンテナンスをする必要を感じますが、なかなか時間が取れません。今日も新作の陶彫を作る傍ら、必要に迫られてメンテナンスをしたのです。保存状態が悪い場合はそれこそ大変です。自分の作品では、陶彫部分の変化はありませんが、木材の部分にカビやヒビ割れがある場合があるのです。新作と同時進行した今日のスケジュールはもう多忙極まりないといった具合でした。先日ブログに書いた間際人間の集中力で今日を乗りきった感じです。明日は新作の制作継続です。   Yutaka Aihara.com
    作りかけの作品
    作業場に作りかけの作品が置いてあります。いくつかの陶彫は机上に、砂を貼りかけた土台は壁に立てかけてあります。使う工具も適度に散乱している状態です。これから作られていくであろう部品たちがそれぞれの場所を与えられて、じっと待っているような雰囲気が漂います。この部屋ごと作品になるなとふと思いました。ある意味では生活臭があると言えます。また作品制作に関わるものしか置いていない作業場なので、普段の生活臭とは若干違うかもしれません。ここで自分が突然いなくなれば、後に残った人が自分の作品の部分を見て、どんな組み立て方をするのか、または処分してしまうのか見当がつきませんが、部品のままでいる作品は謎の多い物体だろうと思います。組み立てた作品さえ謎と思われる鑑賞者がいるくらいですから。   Yutaka Aihara.com
    整然あるいは雑然
    人の手の加えられていない自然石が一定の間隔で整然と並べられている空間、そこに鑑賞者は何かを読み取ろうとします。あるいは外国の巨石文明を感じ取る人がいるかもしれません。法則に従ってただ並べるという行為が彫刻として表現された作品と言っても現代では不思議ではありません。自分は自ら考案した法則に従ってモノを並べることに興味を感じています。今まで自分がやってきた発掘シリーズに照らせば、並べるというよりほとんど土中に埋まっているモノが発掘されて整然と並んだように見えるというのが、一度試してみたい空間造形です。整然があれば雑然があってもよいと思います。埋もれた作品の一部が大地から現れて点在する光景を想像するだけでゾクゾクします。野外で展示できる機会があればやってみたい造形です。石ではなく陶彫で、まるで発掘現場のような空間を作ってみたいのです。 Yutaka Aihara.com
    間際人間の集中力
    人はどんな時に集中力をもって仕事に立ち向かうのか、己を失わずに仕事をやり遂げられるのか、この頃よく考えることのひとつです。実際には22日までに現在進行中の陶彫作品が終わるのかどうか、自分の中で大きなヤマ場を迎えていて、自分では気に入らない間際人間にならざるを得ない状況を憂いての考えです。年度末で公務の仕事も慌しくなっている中で、余暇にやっている彫刻のことなんか考える余裕はないし、彫刻は彫刻で一歩足を踏み入れると、とんでもない状況が待っていて、週末の集中力に全てを託すしかないと思っています。集中力は割りに単純で目先の具体的な目標がある場合に発揮されると思います。理想を追っているうちは仕事に集中できません。足元が見えだしてきて仕事が現実味を帯びた時に、やらねばならないという強烈なパワーが出てくると思っています。そろそろその時が来そうな気配です。今週末はきっと頑張っているのではないかと思います。       Yutaka Aihara.com


    先輩の方々へのお知らせ
    群馬県高崎市の企画展「古代・現代 思索する手」の案内を数名の方々に出すことにしました。もちろん実際に来ていただくことは考えていません。こんな企画を通して造形に関して何か示唆に富むお話でもいただければと思っています。ちらしを投函させていただいたのは師匠の彫刻家や文筆家、先輩の画家、叔父にあたる哲学者と考古学者それに声楽家の方々です。この方たちはかつて大学の教壇に立たれていたり、表現活動として個展や本の出版をされているので、自分は今までも精神的なサポートを受けていることが多いのです。今回の企画展によせて自分の表現活動がどんな意味を持っているのか、どの方向を探るのがいいのかをじっくり考える機会にしたいと思います。