Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

  • Tag cloud

  • Archives

  • ミロ美術館の記憶
    このところブログはバルセロナの話題が続いています。20数年前に訪れたバルセロナは自分にとって大変刺激的な街でした。市街から離れた小高い丘の上にミロ美術館がありました。美術館は青い空のもと、緑の丘に建つ白い建物という印象で開放感に溢れていました。空間が羨ましいと感じた最初の美術館です。学生時代によく出かけた穂高の碌山美術館は、その時まで自分の中では最高の美術館という位置づけをしていましたが、色彩が奔放に交差するミロの作品を、広い空間に展示するミロ美術館は、そのスケールで自分の中の個人美術館の先入観をひっくり返してしまいました。ロケーションもミロの作品の一部のように思えました。こんな美術館が自分にもあったらいいなと素直に思いました。当時はまだ自分が何者でどんな表現活動をしていくのか皆目見当がつかなかった頃なのに、まず美術館の空間に憧れていました。ミロ美術館の最初の印象から20数年。もう一度ミロ美術館を訪れる機会があったら、今度はどんな感想を持つのでしょうか。         Yutaka Aihara.com
    ピカソ美術館の記憶
    昨日のブログを書いていたら、20数年前に行ったスペインのバルセロナの記憶が甦ってきました。たしか9月ごろだったような記憶がありますが、結構暑い日でした。バルセロナ旧市街のピカソ美術館に入って、ピカソが若い頃に描いた具象絵画の完成度の高さに驚いた記憶があります。美術館は路地の建物が立ち並ぶ一角にあって、その何気なさが気に入ってしまいました。かなり市街を歩き続けていた後だったので、疲れた足を引きずって美術館を見てまわりました。でも美術館に掛けられたピカソの絵画に、ほっとした気分になりました。ピカソが生きた時代には、この絵画を見て、ほっとするような気分になれる人が何人いただろうかと思いつつ美術館を出ました。夕方居酒屋に入り、よくわからないメニューから適当につまみを頼んだら、魚の太い骨の揚げたモノが出てきて辟易した思い出があります。 Yutaka Aihara.com
    ガウディを見た記憶
    通勤電車で読んでいる本にアントニオ・ガウディに関する文章が出てきたので、自分も実際に見たことのある建築や公園が思い出されてきました。ガウディはスペインのバルセロナで活躍した建築家で、うねうねとした曲面を使った斬新なスタイルで知られています。自分は20数年前にバルセロナを訪れ、サクラダ・ファミリア大聖堂やグエル公園を見ています。サクラダ・ファミリア大聖堂は装飾を飽きずに眺めて過ごした思い出があります。塔の上の方まで螺旋階段が続き、先端まで登りつめました。危険な箇所がいくつもあって、日本ではこんなふうに公開できないと思ったものでした。グエル公園はモザイクのある広場が印象に残っています。執拗に繰り返されるカタチを見て、日本人の淡白さとの文化の違いを改めて思い知らされました。ガウディに同じスペイン人のピカソやミロやダリの血縁を感じ取りました。  Yutaka Aihara.com
    家内の師範試験の日
    家内は幼い頃にヴァイオリンを習っていて、学生時代は舞台美術に憧れて美大の空間演出デザイン科に入学しました。同じ美術を志す身として、その頃自分は家内と知り合いました。自分は美術しか出来ないのに対し、家内は当時から音楽性が豊かでした。ヴァイオリンは子どもの頃にとっくにやめていて、自分と所帯を持ってからは、もっぱらデザインの仕事をやっていました。最近になって地域の三味線教室に顔を出したかと思ったら、急速に演奏力をつけ、おまけに数少ない胡弓の演奏も手がけるほどになりました。自分のゆっくりした彫刻制作のペースとは大きな違いです。今日は家内の三味線の師範試験で合格を勝ち得てきたようです。演奏することが楽しいと言っている家内には、これが一番合っているような気がします。スピード出世が楽しさを物語っているようにも思えるし、ヴァイオリンの素養が役に立っているのかもしれません。師範になった要因は様々な要素が絡み合っていると考えます。もちろん私も含めて第一に楽しくなければやっている意味がない世界だと思います。 Yutaka Aihara.com
    横浜の開港記念日
    横浜港が開かれて今年で150年目だそうで、「Y150」というタイトルで、みなとみらい地区を中心に大きなイベントをやっています。今日は開港記念日で、このイベントも最高潮に達していました。自分はテレビで見ただけですが、イベントのあり方はともかく、自分の生誕地である横浜が開港150周年になったのは大変喜ばしいことだと思います。「ラ・マシーン」の上陸は実際に目にしましたが、動くところは残念ながら見ていません。まだ巨大クモはイベント会場にあると聞いています。先日は大桟橋まで行って、FUNEプロジェクトを見てきました。人を集めた祝祭も必要と思いますが、これからの横浜の街づくりや人づくりをどうしていくのかという課題が残されています。それを踏まえた次の行動が大切と考えます。横浜市で雇われて働く身分としては、今の祝祭よりも未来志向のプランに目が奪われていて、開港150年は祝祭で幕を引くのではなく、発展性をもったプロローグになって欲しいと願っています。                   Yutaka Aihara.com