Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • ウィーン郵便貯金局
    いつぞやのブログに書いた記憶のあるオットー・ヴァーグナー設計による郵便局です。ひょっとして同じ表題を使っているかもしれません。新潮社「奇想遺産」に掲載されていたので、また滞欧時代を思い出しました。「ウィーンの暗く重い街から、突然真っ白い光に満たされた、無重力の空間に投げ込まれて、あぜんとして頭より体が反応してしまったのである。天井は一面のガラス張り、床も一面のガラスブロック。上からも下からも白い光が体におそいかかる。体は重さを失い、意識は空中を浮遊する。」(隈研吾 著)という箇所は自分も実感しました。建築素材はたいして高価なモノは使っていないし、それでも不思議な現代性をもつ空間を創出させているヴァーグナーは、卓抜した彼のデザイン・センスに尽きると言っても過言ではありません。リング(環状道路)から少し旧市街に入ったところにある郵便貯金局。近くには工芸美術館(アンゲヴァンテ・クンスト)があって、アール・ヌーボー(ユーゲントスティール)の資料が見られる環境が、何とも自分には懐かしい青春時代を思い出させてくれます。               Yutaka Aihara.com
    2つの仕事 2つの場所
    今日出張先から帰ると、いつも撮影をお願いしているカメラマンの2人が来て、いつのように楽しい会話になりました。カメラマンは私の昼間の顔を想像できないと言います。作品を撮影する時は作業着にバンダナをいう格好でいるので、いかにも彫刻家の雰囲気が漂っているのかもしれません。しかも作品が並べられている空間の中で撮影しているので、その環境で私を捉えているのでしょう。私の昼間の顔というのは公務員としての仕事です。スーツ(今はクールビズ)を来てパソコンに向う姿です。朝から文書処理や会計をやっています。私の勤めている職場が現在耐震工事をやっているので、業者対応も一手に引き受けています。仕事はやってもやっても切りがなく、ある程度のところで退勤しています。2つの仕事と2つの場所はまるで違う世界です。スイッチの切り替えを上手のやらないと、どちらも中途半端になってしまいます。時間に追われることが今の自分には合っていると感じているこの頃です。                             Yutaka Aihara.com
    ロースハウス
    最近購入した新潮社「奇想遺産」。1980年から5年間暮らしたウィーンの街で毎日見ていた建物がロースハウスでした。「奇想遺産」によると出来上がった当時は市民のひんしゅくを買ったことがわかりました。バロック建築の街で、このロースハウスは装飾をなくした「のっぺらぼう」であって、ウィーン当局は工事中止命令を出したこともあったそうです。現代の眼からすると、ロースハウスは街に溶け込んで、むしろ目立たない存在だと思います。自分が住んでいた当時、何かの書物でアドルフ・ロースという建築家を知り、その代表的な建築がロースハウスだとわかって、改めて見に行きました。この何の変哲も無い建物が、完成当時物議を醸し出したことに不思議な感じを持ちました。それほどロースハウスは現代に繋がるデザインをもって登場したのだと思います。現在ロースハウスが普通に見えて、バロック建築が異様に見えるのが何よりの証拠でしょう。              Yutaka Aihara.com
    HPに個展告知
    ホームページに来月の20日から始まる個展の案内をアップしました。案内状は来月初め頃にお送りしますが、名簿にない方に関しましては、このホームページでご確認いただけたらと思います。案内には初めて木彫の一部を使いました。今まで陶彫ばかりだったので、今回は軽やかな印象でまとめています。木彫を一部接写すると、巨匠ブランクーシの彫刻のようです。これはまさに画像の魔力によるものです。例年ホームページで個展の告知をすると、いよいよ個展が始まるんだという自覚が芽生えます。今年は慌てて制作をしていない分、なおさら個展に向けての心構えが出来て、ホームページの有難さを感じます。告知を公開してしまえば、あとはやるしかないと思います。自分のホームページにはこの文章の最後にあるアドレスをクリックしていただけると入れます。よろしくお願いいたします。          Yutaka Aihara.com
    カール・マルクス・ホフ
    1980年から5年間住んでいたオーストリアの首都ウィーンでは、頻繁に地下鉄を利用していました。あの頃出来たばかりの地下鉄はとても奇麗でモダンでした。郊外のハイリゲンシュタットまで出かけた折、当時共産主義だった東欧でよく見かけた巨大なアパートが目前に広がっていたのが印象に残っています。褪せた赤色の壁に「カール・マルクス」と書かれていて、やはりここは西欧の東の端、つまり東欧との境にあるんだという意識を持ちました。そんなカール・マルクス・ホフが「奇想遺産」という本に出ていて、懐かしさと同時に、当時の自分の寂寥感が思い出されてしまいました。「奇想遺産」を読むと、このアパートには幼稚園や図書館、レストラン、共同洗濯場、共同浴場などの施設を備え「大衆のユートピア」を実現していたことがわかりました。自分の知らなかったウィーンがそこにあって、一面しか見えていないあの頃の学生生活に歯痒さを覚えました。           Yutaka Aihara.com