Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

  • Tag cloud

  • Archives

  • AM木箱作り PM画廊散策
    昨日は乾燥した陶彫作品にヤスリ掛けをして、化粧掛けを施して窯に入れました。NOTE(ブログ)で何度も書いているように、焼成中は窯以外のブレーカーを落とすために、今日は自然光の中での作業になりました。今日は個展搬入準備のために陶彫作品を入れる木箱作りを行ないました。まだ7月初めだというのに関東でも熱中症警戒アラートが出るほどの酷暑になり、空調設備のない工房はあっという間に30度を超えて、頭に巻いた手ぬぐいやシャツが汗でびっしょりになりました。焼成中の窯の周辺には近づけない状況で、これ以上工房に長居するのは危険かなぁと思いました。また自然光の中での作業で、終日やっているのはなかなか厳しいものがあるので、午後から搬入のための材料購入も兼ねて、東京のギャラリーに出かけていくことにしました。先日の新聞記事で知った「アンゼルム・キーファー展」は、ちょっと見てみたい衝動に駆られていました。ずいぶん前に箱根の彫刻の森美術館で、アンゼルム・キーファーは大掛かりな展覧会をやっていて、巨大なインスタレーションの前で私は立ち竦んでいました。会場に運び込まれた木材や藁が圧倒的な迫力で所狭しと置かれ、物質を取り込んだ空間全体が訴えたい主題を鮮明に語っていました。私の記憶ではそこにあった炙った木材の炭化した姿が妙に美しく、廃墟のような残像が私の心に残りました。このキーファー・ワールドというべき傷ついた世界は、私たちに何か警鐘を鳴らしているように感じました。彼が生を受けた1945年は第二次世界大戦終戦の年で、ドイツに生まれた彼はナチス・ドイツの忌まわしい惨状の中で育っていったのでした。彼の造形は何を意味するのか、別稿を設けてその意味を探ってみたいと思います。
    「卵のエチュード」について

    「瀧口修造 沈黙する球体」(岩崎美弥子著 水声社)の第4章「卵のエチュード」の気になった箇所をピックアップしていきます。「この作品はシネポエムという映画の形式で書かれていることと、そこに画家ダリが展開したフロイト的オブジェ論が反映されている面において興味深く思われる。そして、この作品からは瀧口のオブジェ観がどのようなものであるかが理解できるばかりでなく、『妖精の距離』(1937年)に通ずる喪失と閉塞の心理がはっきりと見て取れるのである。」瀧口修造にとって映画とは何だったのか、こんな文章もありました。「『悲痛の前で微笑することができる』。現実が苛酷なものになればなるほど、瀧口は視覚によって具体的に捕えることのできる暗闇のなかの超現実的な映像世界へと向かっていく。そして、超現実的な映像は現実描写に匹敵する力でひとのこころを摑むことを確信するのである。」本章の最後にこんな文章がありました。「『卵のエチュード』が書かれた頃、瀧口は象徴としてのオブジェについて考えていたのである。象徴には対象物からじかに感受する感覚の力が深く関わっているのであるが、瀧口の考えではそれは必ずしも花鳥諷詠のような美的な言葉や夢幻として表現する必要はないのである。むしろ、絵画にしろ山などの物体にしろ、ぽん、と目の前に投げ出されている対象から受ける自分の感受性や直感を信じることで、その価値を決定していくという方向に瀧口は向かったのである。~略~この時期の瀧口にとって超現実的な世界は『悲痛の前で微笑む』ためのものだったのである。このことについては、慎重に考慮されなくてはならないであろう。~略~悲痛も微笑みも人間が有する生命の発露であろう。そこには、目には見えない生命力というものが表面に現れているのである。」今回はここまでにします。

     

    「妖精の距離」について
    「瀧口修造 沈黙する球体」(岩崎美弥子著 水声社)の第3章「妖精の距離」の気になった箇所をピックアップしていきます。「瀧口の詩画集『妖精の距離』(絵・阿部芳文〔展也〕/1937年)には、重量のない、物質の持つ重力の束縛から離脱した世界が描かれている。それはこころの深層部にある重苦しさを強調しがちなシュルレアリスム全体が次第に衰退していくのとは別に、瀧口の新たな展開を待つものであった。」さらにこんな論考が続きます。「『妖精の距離』には、こころの深層部に踏み込むのではない、何かを内観しようとする姿勢が見られる。さまざまな物質は『奇妙な線で貫かれ』、危ういバランスを保っている。『距離』とは、このバランス感覚に支えられている物質同士の距離のことでもあるだろう。このような距離感というものは、目に見えるものではない。この詩には夜が登場せず、『夜曲』のような暗さはないが、死の影は『浮標』という言葉で暗示的に扱われている。透明な均衡の下には死の世界があるのだが、それは現実の世界に住む私たちには見えない。しかし、目には見えなくとも確かに存在しているものたちが、ここでは静かに均衡を保っているのである。」私は個人的な感覚として、瀧口修造の詩の世界に造形美術の匂いが立ち込めていると感じることがあります。それは美術家との交遊が多く、とりわけシュルレアリスムを体現しようとする美術家を瀧口修造が批評を通して助言してきたことと無縁ではないと考えます。「『象形と非象形の問題』の章において、瀧口は20世紀芸術が克服するべき課題は抽象と超現実の対立ではなく、象形と非象形の不可避な分裂であると結論づけた。そのような現代絵画の領域から提起された『形』の問題は、絵画という狭い範疇だけでなく、詩や音楽、建築なども含んだ『造形』というものに対して現代人が持っている欲求全体に関わっているのではなかろうか。」今回はここまでにします。
    7月は特別な月
    暦の上で年末年始の1月や年度の変わる4月に対しては、私たちは誰しも特別な感覚を持ちますが、私にとって特別な月は7月です。それは毎年、東京銀座のギャラリーせいほうで個展を企画していただいているからです。個展での発表を目ざし、私は1年間を制作に明け暮れます。個展が終わると、また来年の7月を目ざして私は創作活動に邁進していきます。7月は自分の成果を見定めて、作品が自分にとってどうだったのか、その立ち位置を見つめ、表現力の不足があれば、それを反省する機会でもあるのです。学校に勤めていた頃は年度の変わる時期に、学校運営や組織を見直して、その反省を次年度に生かしていました。3月から4月というのは管理職にとっては人事を含めて苦しい時期だったと述懐していますが、個人制作においては今月が個展発表を境に自己を見つめ直す契機になっているのです。私は個展期間をギャラリーにお願いして定例化させてもらっています。学校運営と同じで、その同じ時期に同じイベントがある方が自分にはやり易いのです。創作活動をしていると1年間はあっという間に過ぎていきます。彫刻家は他分野に比べると長寿の人が多いのですが、それでも生涯は何て短いのだろうと思うことが暫しあります。彫刻が一気呵成に作れない造形である以上、時間がかかってしまうのは当然ですが、初期のイメージを持続させるためのエネルギーも必要になってきます。例年の7月ならば、既に来年に向けた新しいイメージが出来ていますが、今年は余裕がなくて、今も今月発表する作品に拘り続けています。個展が終われば、肩の荷が下りて自由な発想が出来るのではないかと期待しています。今月も身体を労わりながら創作活動をやっていきます。
    週末 多忙だった6月を振り返る
    今日は6月の最終日です。個展前の準備期間だった今月の制作状況を振り返ってみたいと思います。まず2日(日)に図録用の写真撮影がありました。ただまだ追加制作があったために、撮影後も陶彫制作は続いていました。30日間あったうちに工房に通った日は30日あり、今月も先月同様に無休でした。今年は梅雨入りが遅く、気候が快適だったおかげで、工房で過ごす時間はいつもより長くなり、搬入用の木箱製作も始めました。窯入れも3回行い、その日は午後に美術館や映画館に出かけていました。窯入れのため、他の電源のブレーカーを落としても、午前中は自然光の中で制作を続けていました。例年より制作している作品数が多く、今年は大量に陶土を使用しているせいか材料が不足する事態になり、22日(土)には栃木県益子町から陶土800㎏を郵送していただきました。写真撮影をしたカメラマンと何度か打ち合わせを行い、DM(個展案内状)が23日(日)に出来上がってきました。ギャラリーには25日(火)に届けました。図録の校正も昨晩行いました。今月の美術鑑賞は「宇野亜喜良展」(東京オペラシティアートギャラリー)、「竹中直人展」(ギャラリー巷房)に行ってきました。映画鑑賞は「関心領域」(TOHOシネマズららぽーと)に行きました。制作で多忙だったために今月の鑑賞はやや少なめでしたが、美術鑑賞、映画鑑賞とも充実していたように感じています。このところ私の頭の中は陶彫制作のことしかありませんが、そこに気持ちを入れ込んでしまうと、精神的に厳しい状態になるかもしれず、鑑賞も適時入れるようにしたのでした。読書はシュルレアリスム関連の書籍を読んでいます。瀧口修造著作による書籍を読み終え、今は瀧口修造をテーマにした論文を読んでいるところです。詩文の解説もなかなか難しいなぁと思っています。