2021.05.30 Sunday
今年の7月に個展で発表する新作の図録を作ることになり、今日がその撮影日になりました。前から決めていた日程だったものの、作品を撮影できるまで仕上げていくのは大変で、この日のために奮闘してきたと言っても過言ではありません。言うなれば作品完成のゴールがこの撮影日だったのでした。ただ今回に関しては修整が厳密には終わっておらず、撮影には影響しない箇所の修整は撮影後にやっていく予定でいます。まず20点の円形を成す土台の裏側の処理がまだで、それぞれに防腐剤を塗っていく必要があります。個展の後も作品は工房に保存していくため、こうした処理は大切なのです。陶彫部品にも罅割れがあり、接着を兼ねてパテで埋めていく必要もあります。新しい印を彫り、番号をつけて作品の裏側に貼っていく作業もこれからです。ともあれこうした裏側の作業を残したまま、今日の撮影に臨みました。工房に来てくれたスタッフは、後輩の木彫家、デザイン専攻の美大生、最近工房に出入りしている3人の高校生で、家内と私を含め7人で作品の設置を行いました。そこに長年付き合いのあるカメラマン2人がいて、合計9人での撮影会になりました。午前11時から午後3時までの間、私にとって幸いだったのは天候で、時より陽射しのある午前中に、野外工房での設置を終えて撮影が出来たことです。というのは「構築~視座~」はテーブルに刳り貫いた文様が、陽差しを受けて面白い影を落とすこともあって、その狙いのために今日は天候を気にしていました。野外での撮影はうまくいったように思います。午後は工房の室内に作品を移動して撮影をしました。毎年のことで撮影会に慣れているとはいうものの、作品の形態が毎年異なるので、その度に新しい発見があります。今日も漸く完成した作品を見て、いろいろなことを考えました。欠点も見えました。それを補うために私は毎年新作を作り続けていると言っても過言ではありません。明日から修整や梱包に入りますが、さらに来年の新作のために第一歩を踏み出すことにもなるのです。手伝ってくれたスタッフに感謝をこめて一日を終えました。午後3時にはスタッフの解散になりましたが、美大生だけが居残って、月曜日に大学に提出する課題をやっていました。深夜11時頃になって課題に見通しがつき、自宅で休んでいた私に連絡がきました。彼女を家まで車で送っていき、長い一日に幕を引きました。夕方から夜にかけて時より強い雨が降っていて、撮影に影響しなかったことが救いでした。
2021.05.29 Saturday
週末になりました。明日が図録用の写真撮影日で、今日のうちに撮影が出来るところまで作品を完成させていく必要があります。「発掘~盤景~」は陶彫部品が出揃い、20点で円形を構成する土台が何とか終わりました。厚板材を加工して鋭角な二等辺三角形を基本とし、箱状に作り上げた土台は、上部に砂マチエールを施し、さらに油絵の具で彩色し、また絵の具を散らせて陶彫部品の素材感に調和することを求めてきました。円形土台に幾つもの穴を開けていて、そこに陶彫部品が収まる構造になります。以前作った「構築~起源~」の構造と同じで、今回は木材ではなく陶彫部品が林立する架空都市です。昨日は丸一日かけて土台の修整を行い、今日は20点の土台をどう組み合わせていくのか、全体の配置を考えながら、構成を決めていきました。今回は例年のような印に番号をふった和紙の準備が出来ていません。個展搬入前には作品の裏側に印のついた和紙を貼り付けていこうと思っていますが、撮影にはひとまず仮の番号を貼ることにしました。全体構成はその番号に関わる順番を決めることもあり、作品そのものの価値を決定する重要な要素です。朝から家内に手伝ってもらって、土台ひとつひとつを野外に出して、円形を構成してみました。主だった陶彫部品をそれぞれの穴に収めてバランスを見ました。明日の撮影がスムーズに運ぶための準備ですが、家内と私だけで設置したせいか、午後は疲労が溜まり、なかなか辛いものがありました。「構築~視座~」の組み立ても家内に手伝ってもらって、可能な範囲で試しました。漸く2点の大きな作品が見えてきました。実際には明日になって完全に設置していくのですが、ラストの窯出しも何とか間に合ってホッとしました。明日は多くの人たちの手を借りて、今年の完成作品を見ることになります。本当に今日は疲れ果てました。
2021.05.28 Friday
フランス人の芸術家ゴーギャンの生涯の中で、劇的とも言える一幕があり、そのドラマティックな事件がゴーギャンを美術史とは関係なく、世界的に有名にしたと言ってもよいと思っています。それはオランダ人の画家フィンセント・ファン・ゴッホとのアルルでの共同生活で、2人の芸術家のさまざまな葛藤の中で、ファン・ゴッホが自らの耳を切り落とした事件でした。彼の精神異常を予感させた事件は、少なからずゴーギャンにも影響を与えたことが「中空の彫刻」(廣田治子著 三元社)からも読み取れます。今日から本書の「第二部 ゴーギャンの立体作品」の中の「第4章 陶製彫刻と木彫浮彫(1889年と1890年)」に入り、今回は「1 状況」をまとめます。「状況」には副題がなかったので、私が補いました。「1888年10月23日に始まったアルルでのファン・ゴッホとの共同生活は、12月23日、彼の耳切事件で幕を閉じ、ゴーギャンは3日後にパリに戻った。この劇的事件はファン・ゴッホに甚大な影響を残すことになったが、ゴーギャンにとっても激しい衝撃を与えるものであったに相違なく、パリ到着の2日後の28日、動揺の中、囚人プラドのギロチンの処刑を見物に出かけている。この時期の最初の作品は、耳がなく、あたかも切断したかのように血が流れ落ちる自らの頭部を象った壺である。1889年初頭の陶器作品はこの作品とともに始まり、その悲劇性と象徴主義はこの年の陶器と木彫に共通する特質となる。」こうした中で1889年晩夏、ゴーギャンは「オリーヴ園のキリスト」を描いているが、これはイエスに見立てた自画像で、孤独な芸術家=殉教者像の究極的な表象を生み出したようです。躊躇いながらこれをファン・ゴッホに手紙で知らせると、ファン・ゴッホはかなり憤慨していたことが、次の文章で分かります。「『あの絵には何一つ観察されたものがない。もちろん僕にとって聖書の話をそのまま描くなんてことは論外だ。僕はベルナールとゴーギャンに、思考を表すことがぼくたちの使命であって、夢を描くことは使命ではない。だから彼らが夢に流されていることを絵の中に見て驚いている、と書いて送った』と、弟テオに激しい怒りをぶつけている。」この頃のゴーギャンは失意のどん底にいたようです。そうしたことでゴーギャン自身が自らの探究を始めて、やがて「熱帯のアトリエ」へと導かれていくことになります。
2021.05.27 Thursday
今月30日(日)に迫った図録用の写真撮影日。そこから逆算すると最後の陶彫部品の焼成をやらないと撮影に間に合わなくなります。残った3点の陶彫部品の乾燥具合を確かめて、昨晩窯入れを行いました。計算上ではこれで全ての陶彫部品が整います。今年は3月末で校長職を退職し、4月と5月は毎日工房で制作していたのですが、完成がギリギリになってしまいました。決して余裕があったわけではないと言うのが実感で、勤めていた頃の予想とは大分異なっていました。3月までは公務員との二足の草鞋生活をやっていたので、その後の2ヶ月間が自由になったところで大きな変化はないのかもしれません。今後はもっと時間が生まれるだろうという予想は立ちますが、果たしていかがなものでしょうか。私の彫刻作品の最大の特徴は陶彫にあります。陶彫は最終的な制作工程に焼成があり、そのために土練から成形に至るまで焼成の成功を祈願して行うものだと言っても過言ではありません。窯の温度は1200度以上に設定しているため、窯入れから窯出しをするまでに3日間を要します。窯の容量もあり、それを計算して陶彫部品が全て揃うように計画するのですが、思い通りに進まない時もあります。本来ならギリギリで間に合うように設定することは危険な賭けと言わざるを得ません。一度失敗すればアウトになるからです。陶彫こそ余裕を見て作らなければならない素材ですが、私の場合は常に危険と隣り合わせです。これは決して楽しめるものではなく、心労が重なる愚かな行為ですが、なかなか改善できないのです。来年こそは余裕をもって完成させたいものです。今日は窯の電気を確保するため、照明等のブレーカーを落としていました。自然光の中で、少しでも明かりをとるために窓辺に作業台を移動して、円形土台の彩色と側面の塗装をやっていました。いつも聴いているラジオもなく、無音の中で只管作業をしていました。あと2日準備を頑張って、図録用撮影に間に合わせたいと思っています。
2021.05.26 Wednesday
「中空の彫刻」(廣田治子著 三元社)の「第二部 ゴーギャンの立体作品」の中の「第3章 彫刻的陶器への発展と民衆的木彫の発見(1887末~1888末)」に入り、今回は「5 木彫」をまとめます。ゴーギャンの立体作品と言えば、レリーフ状の木彫が有名で、そのテーマは南洋での楽園を扱ったものが、私の印象にあります。今回の「5 木彫」はその前段階というべき時代に着目していて、フランスのブルターニュに残る木彫を主題にしていました。彼の地でともに過ごしたエルネスト・ド・シャマイヤールとの関係で、ゴーギャンが木彫を始めた契機が描かれていました。まず、アンドレ・サルモンの文章から拾います。「夏にやって来て『そのまま留まった』芸術家〔ゴーギャン〕に、ブルターニュの昔の『彫り師たち』の芸術を伝えたのはこのかつての代訴人〔シャマイヤール〕である。~略~こうして伝統的なメチエを取得したゴーギャンが、彼に手ほどきをしてくれた者〔シャマイヤール〕に対し逆に教えを施したことは当然であった。なぜなら彼は本質的に師匠であり、一言でいえば、天才芸術家だったからである。」シャマイヤール自身も「小箪笥」や「食器棚」に自ら木彫をやっていて、またゴーギャンに弟子ベルナールとの共同制作「地上の楽園」の依頼もしています。「地上の楽園」のモティーフにはマルティニーク島の自然や風俗を持ち込んでおり、図版によるとゴーギャンらしさの現れたレリーフになっています。「《地上の楽園》にもマルティニークのモティーフが登場していたように、この作品の他にもタイトルやモティーフの中に前年滞在したマルティニークを喚起することによって、重層的なイメージを作り出していることに注目したい。ここでは、裸婦が左手に持った果物と左右のグロテスクな顔が生み出す誘惑のテーマが、タイトルとともに先に引用したところのゴーギャンがマルティニークから妻に送った手紙の一節を想起させる。すなわちそこには、土人の娘が胸の上で押し潰して呪文をかけた果物を食べたら彼女のいいなりにならなければならないという、『土地の習慣』が語られているのである。」