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  • 21’個展図録の色稿と案内状印刷
    来月の個展に関する図録の色稿が出来上がってきました。今度の個展で16回目になりますが、図録に関しては1回目から同じ大きさ、同じ頁数で作っています。案内状(DM)は1500部印刷されて手元に届きました。自分としては精一杯立派な図録や案内状を作ろうと毎年考えていて、今年も自分の考えが反映した図録や案内状が出来上がってきました。図録や案内状はカメラマンとの協働制作で、さまざまな視点から撮影をしていただいております。ただし、制作に無我夢中になっている私は作品全体の空気感が見えていないところがあって、そこをカメラマンが補ってくれていると思っています。今回は室内の床に置いた作品全体を、ロフトから狙って撮影した画像が大変面白く感じられました。鉄骨の梁も画像を構成する一部になっていて、そこに抽象絵画性を見取りました。これはカメラマンが捉えた視点です。陶彫小品の野外撮影も、光と影が織り成す画像を、周囲の木々の緑とともに演出していただきました。撮影を他者が行うことで得られる効果は絶大で、私には考えも及ばない構図が手に入ります。以前NOTE(ブログ)にも書きましたが、アナログとデジタルの両輪があってこそ、立体作品は光を放つ存在感を示してくれます。彫刻をやっている私がアナログの世界を、カメラマンがデジタルの世界を表現しているのです。ましてや私の作品は集合彫刻なので、撮影会や個展などの機会がないと作品がきちんとしたカタチで見せられない特徴があり、作品を他者に説明するためにも立派な図録や案内状が必要なのです。昨晩、カメラマン2人が我が家にやってきて、図録の色稿を確認しました。図録の印刷はもう少し後になりますが、案内状はとりあえず1000部持参して、今日は東京銀座のギャラリーせいほうに行ってきました。いよいよ今年も個展が始まる時期になったと感じました。今年で16回目を数える個展ですが、マンネリに陥ることはなく、毎回新しい発見がそこにあるのです。
    「ロダンとの関係に関する仮説」について
    「中空の彫刻」(廣田治子著 三元社)の「第二部 ゴーギャンの立体作品」の中の「第4章 陶製彫刻と木彫浮彫(1889年と1890年)」の「5 ロダンとの関係に関する仮説」をまとめます。ゴーギャンが生きた19世紀後半で最も存在感を示していた彫刻家と言えばオーギュスト・ロダンです。この生粋の彫刻家ロダンとゴーギャンの間にはどんな関係性が見受けられたのか、少ない資料の中で著者は果敢に調査を試みています。「ロダンはゴーギャンの絵画《峡谷》と1889年の亜鉛版画を所蔵しており、彼を画家として高く評価していたことは明らかである。しかしその炻器に関してはロダンは、木彫と同様、『珍奇なもの』という評価を下したに相違ない。」こんな状況でも2人が会っている可能性がありました。「ゴーギャンとロダンが1887~88年の冬に会っていた可能性もある。裕福なオーストリア人画家ジョン・ピーター・ラッセルがロダンの友人であったことは知られている。ロダンはラッセルの妻の肖像彫刻を制作し、銀で鋳造したのであった。ラッセルはまた、コルモンのアトリエで知り合ったファン・ゴッホやトゥールーズ=ロートレックの友人でもあった。ラッセルの娘ジャンヌの話としてグルンフェルドが伝えるところによれば、ロダンはモンマントル墓地の近く、ラッセルの冬営地ヴィラ・デ・ザールでゴーギャンに出会っていたという。またある夜、ラッセルはモンマントルのキャバレーにロダン、ファン・ゴッホ、ゴーギャン、トゥールーズ=ロートレックを招いたと伝えられている。」当時は象徴主義の台頭もあり、そうした中で芸術家同士が新しい潮流に共感していた場面もあったのでした。「ロダンとゴーギャンは、ともに1880年代末にますます盛んになっていた象徴主義の傾向に与していた。こうして両者はともに1890~91年、カフェ・ヴォルテールで象徴主義者たちの議論に参加していたのである。しかし彼らにおける象徴主義概念は同じではなかった。ロダンを捉えていた生と死の観念は、ゴーギャンにおいてはその後エヴァやヴィーナス像の中に、自らのプリミティヴィスム思想を加味したヴィジョンを投影し、死と再生の問題へと変貌していくのである。」
    「ライゾマティクス_マルティプレックス」展の図録より
    4月13日に見に行った東京都現代美術館の「ライゾマティクス_マルティプレックス」展の図録が郵送で自宅に届きました。随分時間が経っていたので、私は同展会場で図録を注文したことを忘れていましたが、届いた図録はライゾマティクスという電脳集団が関わったさまざまなイベントや取り組みが、多くの画像によって紹介されていて見応えのある図録になっていました。美術館という器の中で、ライゾマティクスがアートとして取り組んだ表現活動は、メディアを通した一つの可能性を提起していて、情報機器の扱いが苦手な私としても興味関心を持たざるを得ない分野と言えます。「誰が顧客(コレクター)か、画像の鑑賞者かも定まらない未知の市場、従来のアート市場の価値体系の危機、暗号化にかかる膨大な電力消費へのエコロジカルな批判ーすべてが不確定なままに膨大な情報と欲望が動いている。メディアアートの歴史家であるティナ・ライアンは、『NFT(※ノン・ファンジブル・トークン…非代替性仮想通貨のこと)の構造そのものが、コンピュータやインターネットを使って美的なモノの定義を拡大してきた何世代にもわたるアーティストたちの遺産を無効にしてしまった』と言う。さらにライアンは、NFTは分散したり、インタラクティブだったり、偶発的だったり、刹那的だったりするデジタルプロジェクトの厄介な現実より、安定した単一の芸術作品という理想を優遇しており、非物質的なものに価値を見いだしてきた現代芸術の歴史と真逆な方向にドライブする、と批判する。『永遠に単一の資産』たらんとするデジタルアートの転身、その固定した姿を、ライゾマ(※ライゾマティクスの略称)は分散、偶発、刹那的な仮想空間の現実論のなかに描く。まさに今生成しつつある現実に目をむけよ、とライゾマは言う。半歩先の未来から警鐘を鳴らす。そして彼らは独自のOpenSeaプラットホームのあり方をすでに考えている。」(長谷川祐子著)私は唯一無二の物質を信じ、彫刻と言う西洋古来の概念に囚われて表現活動を行う者です。図録の解説によれば、さまざまな消費的で社会的なシーンに関わってきたライゾマティクスも、「永遠に単一の資産」たらんとするデジタルアートの転身を考え、それ故に展覧会場での立方体や球体を使ったオブジェ的な要素を登場させたのが理解できます。私はそこにホッと胸を撫で下ろした感覚を持ちました。あの時、展覧会場で体験した肌感覚はとても気持ちの良いものだったと思い返しています。
    「炻器におけるいくつかの彫刻的表現」について
    「中空の彫刻」(廣田治子著 三元社)の「第二部 ゴーギャンの立体作品」の中の「第4章 陶製彫刻と木彫浮彫(1889年と1890年)」の「4 炻器におけるいくつかの彫刻的表現」をまとめます。ここではゴーギャンと同様に陶器と彫刻の結合を推し進めたジャン・カリエスとの関係が語られています。「ゴーギャンが目指していた陶器と彫刻の結合という芸術概念は、カリエスにとって真の啓示であっただろう。こうしてカリエスは、『彫刻によって装飾された作品、頭部の付いた小樽、渋面の付いた手桶、浮彫で怪物が表された焼き物、あるいはそれ自体で怪物の頭部を形成している焼き物』を生み出すことになるのである。」そうした創作的陶器にはイメージの源泉となる自らの成育歴や宗教感などがあったようでした。「カリエスとゴーギャンの間には、まさしく己自身の階級意識の違いによる人間の社会に対する眼差しの違いがあったが、両者に共通して怪物的なるもの、人間と動物の間で揺れ動く存在に対する関心があったことは注目すべきである。魂の醜さが引き起こす肉体のメタモルフォーズというゴチック的な想念のもとに、カテドラルの樋嘴の怪物たちは二人の芸術家を等しく惹きつけていた。」西欧の街を歩いていると、教会の樋嘴に怪物たちの像が彫られていて、当時の私は不思議な興味に駆られて、その資料を集めたりしていました。魔除けのようなものなのかと思っていましたが、そのバリエーションが楽しくて、可愛い悪魔たちに見守られているように感じました。それを炻器という技法で作った二人の芸術家。日本でも馴染みのある炻器が、西洋でも新しい表現に使われていたことが私にはちょっと驚きでした。「二人の象徴主義の芸術家、すなわち人相学的色彩を帯びたレアリスムから出発したカリエスと、ロマン主義的感性をよりどころとしたゴーギャンはともに、それぞれのプリミティヴィスムの追求と人間の条件についての考察に応える素材であった炻器を用いて新しい彫刻のフォルムを創造した。」確かに炻器は素朴な風合いが出て、面白味のある素材だと私も思います。
    週末 3点目の陶彫成形
    日曜日は毎回美大受験生が2人工房へやってきます。彼女たちのうちの一人は予備校の夜間コースに通っていて、そこで出された課題を工房に持ち込んでくるのです。昼間は高校に通い、夜は予備校、そして週末は工房にやってくるというハードなスケジュールで頑張っていて、自分が思うようにいかない内面的な部分を抱えながら日々を送っているのです。美術系の専門家を目指す第一関門は、己を知るところから始まって、それはずっと続いていくものです。私も何十年も美術に関わってきて、今でも己を疑い、己と闘っていると言っても過言ではありません。私の場合は受験というゴールは既にありませんが、創作活動のことを人から聞かれると、大学の卒業制作がずっと毎年リニューアルして延々と継続している感じかなぁと答えています。今日は来年に向けた新作の陶彫部品の3点目になる成形を作っていました。集合彫刻と言えども、そのひとつひとつの部品には全力で取り組んでいます。成形は彫刻的な作業で、構造を把握しながら立体を作っていきます。私にとって楽しい作業ではありますが、夢中になればなるほど骨が折れます。こんな立体をこういう部分で位置づけていこうと考えながら、微妙な膨らみを調整していくのです。ただし、陶土が無垢ではないため、大きく塊を削ったり、付け加えたりすることができません。裏側の厚みを常に考えながら、立体として納得できるカタチを追求していくのです。それと同時に表面に施す彫り込み加飾のことも考えていきます。長年付き合っている陶彫であるため、焼成した後の効果も想定に入っています。最終的なカタチが見えている中で、現行の制作を進めることは、イメージとの確認がやり易い結果となり、気持ちとしては楽になります。今日は夕方まで陶彫成形を頑張っていました。受験生2人を車で送りがてら工房を後にしました。