Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 週末 RECORD撮影日
    今日は1年で1回のRECORD撮影日で、昨年の10月1日から今年の9月30日までの1年間分のRECORDをまとめて撮影しました。RECORDはポストカード大の平面作品を一日1点ずつ制作していて、2007年から始めています。14年間一日も休まず創作を積み重ねてきているわけですが、ここまでやっていると発想が似た作品もあります。最初は気にしていましたが、最近は仕方がないと思うようになりました。私の悪癖で、一日1点とはいうものの下書きが先行して完成していない作品が山積みされていく状況がありました。しっかり描きこんだ下書きであれば、その時のイメージを思い出しやすいのですが、ざっくり描いたものはなかなか思い出せず、苦労して仕上げたこともありました。1年1回の撮影日を設けることで、現在のところ9月30日の分までは全て完成しているので、それが完成挽回の目標になっているのです。今日は朝10時に懇意にしているカメラマン2人がやってきました。RECORDの設置位置と照明を定めて実際の撮影に入りましたが、1年間分の撮影は3時間もかかりました。そのデータをいずれホームページのRECORDの頁にアップしていきます。RECORDは文字通りRECORD(記録)で、一気呵成に出来るものではありません。発想の蓄積が大事な要素です。RECORDは私の性格もあって、日々コンスタントに作り上げていける性格だからこそ遂行できる表現なのです。当然その時の感情の変化やムラも左右していて、全てが成功作品とは言い難いものもあります。スラっと上手くいった時もあれば、粘り強く取り組んだものの気に入らない作品もあります。それもこれも全て自分自身なのです。過去にはどうしても認めたくない作品もあり、撮影後に手を入れて、カメラマンを困らせたこともありました。最近は失敗も肯定的に捉えられるようになりました。自分自身の感覚が緩んだのか、鷹揚に構えられるようになったのか、自分では分かりませんが、時は待たず、兎に角先々を見つめているだけと私は考えるようになったのは事実です。RECORDはまだまだ継続です。いつまで続けられるのか、発想が枯渇するまで挑み続けます。来年もこの時期に撮影が出来るといいなぁと思っています。
    「連盟ニュース」の記事より
    私は(一社)日本美術家連盟の彫刻部に所属しています。師匠の池田宗弘先生が同連盟理事だった頃に、私を推薦してくれて彫刻部に入ることができました。公募団体に入っていない私は、美術界の動向をこの連盟から出されている機関紙「連盟ニュース」によって得ているのです。私は郵送されてくる「連盟ニュース」を毎回楽しみにしていて、私が美術を学び始めた学生時代に活躍をしていた作家の方々の近況を知ることにも興味関心があります。今回送られてきた「連盟ニュース」10月号に彫刻家速水史朗氏の特集が組まれていて、自分のことを振り返る契機になりました。私は速水氏とは面識がありませんが、私が学生だった40年以上も前から速水氏は東京銀座のギャラリーせいほうで個展をやっていました。私は当時個展をやっていた池田先生の手伝いをしていて、ギャラリーせいほうに足を踏み入れました。そこで陶彫の世界を知ることになりました。辻晋堂と速水史朗、この2人に私は陶彫の可能性を教えていただいたと言っても過言ではありません。インタビュー記事によると「僕は『粘土がすごく綺麗だな』と思ったんです。『そのまま残すにはどうしたらいいか?そうだ焼こう』そう思いました。昔は粘土は彫刻家にとっては彫刻をつくるある過程の途中であり作品ではないという時代でした。でも『こんなに立派な素材は作品にしないといけない』と考えました。」私は速水氏の考え方に共感を覚えます。「やっぱり自分のやっている仕事というのは生活の一部であると。僕が生きている生活の一部にこういう仕事がある。だから別のものではないのだと。自分が生きている証だということかな。」速水氏は90歳を超えて今年もギャラリーせいほうで個展を開催されます。速水氏は生まれ故郷の香川県では、若い頃に理科の教師をされ、美術科教師に転向されたと聞き及んでいます。専門は美術学校出身ではないところから現代彫刻に辿り着き、陶彫から石彫のモニュメントまで幅広く制作している速水氏のパワーを私も見習いたいと思っています。
    「脳はいかにして抽象イメージを処理し知覚するのか」のまとめ
    「なぜ脳はアートがわかるのか」(エリック・R・カンデル著 高橋洋訳 青土社)の「第8章 脳はいかにして抽象イメージを処理し知覚するのか」をまとめます。「肖像画などの具象芸術が私たちに非常に大きな影響を及ぼしうる理由は、脳の視覚システムが、場面、物体、そしてとりわけ顔や表情を処理するための強力なボトムアップ装置を備えているからだ。~略~ならば、私たちはいかに抽象芸術に反応するのだろうか?脳のいかなる装置が、除去されたとは言わないまでも大幅にイメージが還元された絵を処理し知覚することを可能にしているのか?」という問いかけが本章の導入箇所にありました。ここで感覚刺激と言う語彙が登場します。感覚刺激とは意識によって気づかれる前の、感覚のもとになる入力刺激を指し、哲学では感覚与件と言われています。「感覚刺激と知覚の区別は、視覚の中心問題をなす。感覚刺激は光学的なものであり、目が関与する。それに対し、知覚は統合的なものであり、脳全体が関与する。」その後の論考ではサルを使った脳科学の検証があり、次の文章が出てきました。「私たちが芸術作品を見るとき、いくつかの源泉から得られた情報が、入って来る光のパターンと相互作用して、その作品の知覚経験が得られるのである。情報の多くはボトムアップ処理によって脳に伝達されるが、過去に見た視覚世界の記憶から得られた重要な情報が、つけ加えられる。このような、過去に他の芸術作品を鑑賞したときの記憶は、網膜に映ったイメージの源泉、カテゴリー、意味、効用、価値を推定することを可能にする。~略~抽象芸術は、それ以前の印象派の絵と同様、『単純でときに乱雑に描かれた特徴でも、鑑賞者自身が内容を豊かに補完する知覚経験を引き起こすに十分である』という前提に依拠している。脳研究によって得られた証拠は、高度に特異的なトップダウンシグナルが視覚皮質に送られることでこの知覚的な補完が生じることを示している。」最後に前章に登場したデ・クーニングとポロックの2人の芸術家の作品を再度検証しています。「デ・クーニングとポロックの作品の比較によって明らかになることは、抽象芸術が明らかに還元主義的でありながら、多くの具象芸術よりはるかに強く鑑賞者の想像力に訴えかけるという点である。また、これら二つの完全に抽象的な作品は、キュビストの作品に比べ、脳の視覚装置によるボトムアップ処理にそれほど負担をかけない。キュビストの作品は、具象的な構成要素を維持しているケースが多いが、いくつかの互いに無関係の異なる視点を適用して見るよう鑑賞者に求める。だが私たちの脳は、そのような見方を意味あるあり方で処理できるよう進化してきたわけではない。」
    「ニューヨーク派の画家たち」のまとめ
    「なぜ脳はアートがわかるのか」(エリック・R・カンデル著 高橋洋訳 青土社)の「第7章 ニューヨーク派の画家たち」をまとめます。「ニューヨーク派のアーティストの多くは、『アートは無意識から生まれる』というシュルレアリストの考えに啓発されていた。抽象表現主義と呼ばれるこの新しいアートに至る道を先導したのは、ウィレム・デ・クーニング、ジャクソン・ポロック、マーク・ロスコの三人であった。」デ・クーニングはオランダに生まれ、アメリカに移住した画家で、ヨーロッパで絵画を学んでいるため、その感性をアメリカに持ち込んでいます。「デ・クーニングは『発掘』で、現代における真理に関するこれら二つの主張の威厳ある統合を果たした。力強くかつ均整のとれたスタイルによって、キュビストが示す構造の厳格な中立性と、シュルレアリズムが持つ私的な衝動や自発性を統合したのだ。美術史を通じて、歴史、秩序、伝統に対してこれほど大きな敬意を払いつつ、動きの自発性を称揚した作品は他にはほとんどないであろう。」デ・クーニングの代表作品は「発掘」の他に「女性Ⅰ」があります。「『女性Ⅰ』は、美術史において今日に至るまで、もっとも大きな不安を掻き立てる女性のイメージを描いた絵の一つであると考えられている。母親の虐待を受けて育ったデ・クーニングは、『女性Ⅰ』で多産、母性、攻撃的な性的力、野蛮など、この永遠の女性のさまざまな側面をとらえたイメージを創造している。」次にポロックについての記述です。「彼(デ・クーニング)が具象的要素を完全に捨て去ることはなかった点に鑑みれば、『真の一撃』を加えたのはポロックであったと見ることができる。」ポロックは壁からカンバスを下ろして床に置き、革新的な制作方法を始めたのでした。「ブラシのみならずスティックを使って、空間に絵を描くかのようにカンバス上に絵の具を注いだり垂らしたりしたのだ。さらには絵の隅々までその作業を行えるようカンバスの周囲を動き回った。~略~意識的形態を無意識に動機づけられたドリップ・ペインティング技法に還元することで、ポロックは並外れた発明の才と独自性を発揮したのだ。」ロスコについては別章で扱っているようです。
    「モンドリアンと具象イメージの大胆な還元」のまとめ
    「なぜ脳はアートがわかるのか」(エリック・R・カンデル著 高橋洋訳 青土社)の「第6章 モンドリアンと具象イメージの大胆な還元」をまとめます。「初期の抽象画家のなかでもっとも急進的な還元主義者と言えるのは、純然たる線と色で絵を描いたオランダの画家ピエト・モンドリアンであろう。」モンドリアンはピカソやブラック等の進めた分析的キュビズムより造形的要素を見出し、木々のある風景から線による基本的フォルムへと切り詰めていきました。脳科学者たちは、脳の一次視覚皮質の各神経細胞が、単純な線や、垂直や水平、傾斜などの特定の向きをしたエッジに反応することを見出しています。「線の強調が、アーティストの幾何学に対する関心や知識に由来するわけではないことは間違いない。むしろ、セザンヌに倣って視覚世界の複雑なフォルムを基本要素に還元し、ルネサンスの画家が遠近法によって行なったのと同じように、フォルムの特質と、脳がフォルムを規定する際に用いているルールを推測しようとする彼らの努力に由来すると見るべきだろう。」モンドリアンの後期の絵画は、赤、黄、青という三原色に絞られた繰り返しとリズムによって、その後に登場するジャクソン・ポロックの絵の具を滴らせる絶え間ない動きと驚きの感覚に通じるものがあると本書は指摘しています。モンドリアン自身が綴ったアートにおける還元主義的アプローチの適用を宣言した一種のマニフェストを、最後に引用いたします。「私は、細心の注意を払って普遍的な美を表現するために、平面上に線と色のコンビネーションを構築する。自然(や自分が見ているもの)は、どんな画家にも言えることだが、私を特定の情動的な状態に置いて啓発し、何かを生み出したいという衝動を引き起こす。しかし私の望みは、真実にできる限り近づき、ものごとの根底(依然として外的な基盤の一つにすぎないのではあるが)に達するまで、そこからすべてを抽象することだ。」