2021.07.09 Friday
5月30日に個展用の図録を作るための撮影を行い、今日新しい図録1000部が自宅に届きました。図録は16冊目になりますが、毎回同じサイズ、頁数で作っています。図録は前頁カラー版で正方形の冊子になります。個展会場では無料で配布しています。図録は私とカメラマンの協働による作品で、私が作っている彫刻をあらゆる視点で撮影して、その空気感をうまく取り込んでいると自負しています。とりわけ今回の図録は作品全体を撮影したものにカメラマンの力量を感じる出来栄えになりました。何より亡父の残してくれた植木畑の樹木が、作品の背景を飾り、それら環境を取り囲んだ画像が大変良いと思っています。天候の状況もあったと思いますが、光と影が織りなす美しさがよく出ています。立体作品の良さは存在を示す光と影にあると私は思っていますが、私にそう思わせてくれたのはカメラマンの力です。私自身は日頃からカメラマンの視野を気にしているわけではなく、彫刻は塊(マッス)として捉えて作品を作っています。ひと昔前の体質しか持ち合わせない私は、何かにつけて写真を撮る若い世代と異なり、デジタル画像に疎く、インスタ映えというコトバさえ私には定着していないのです。それでもカメラマンの撮影した私の作品に対し、画像が映える要素はよく承知しています。図録の最後にこのNOTE(ブログ)のコトバを毎年掲載しています。今回は校長職を退職して二足の草鞋生活にピリオドを打ったこと、自由人になった自分は一日のルーティンを決めて創作活動を始めたこと、また新作の題名に纏わることを載せました。現在読んでいるゴーギャンの彫刻に関する書籍で、陶彫の原形が登場していたので、新作の題名に纏わるところで引用をさせていただきました。
2021.07.08 Thursday
「中空の彫刻」(廣田治子著 三元社)の「第二部 ゴーギャンの立体作品」の中の「第6章 タヒチからマルケーサスへ(1895~1903年)」の「3 《逸楽の家》」をまとめます。「1901年9月16日、ゴーギャンはマルケーサス諸島のヒヴァ・オア島の南岸に位置するアトゥオナに到着する。11日後、ゴーギャンは司教から二区間の土地を譲り受け、『逸楽の家』と名付けた終の棲家を建て始めた。この家は、彼が建築と装飾を一つの全体として構想する『総合芸術』の試みであった点できわめて興味深い。」ゴーギャンはそれまで培った芸術的世界観を、自らが生活をする建造物の中で達成しようとしたようです。私もその構想に共感を覚えます。今も私はさまざまな芸術家が暮らした家を見るのが好きで、美術館に所蔵されている作品とは違った趣向があって興味が湧くのです。「『逸楽の家』の住居装飾の全体構想において、愛と誘惑のテーマは、文明と偽善に対する痛烈な批判と結びついて完成されるのである。『逸楽の家』は、闘争の人生を送ったゴーギャンの最後の安住の場所であった。そこには人間の運命と愛、そして芸術というゴーギャンが生涯考察し続けたテーマに関するゴーギャンの思想の究極的な表現があった。」1903年5月8日、ゴーギャンは踝の怪我が悪化し、モルヒネの大量服用がもとで心臓発作を起こしたようであり、息を引き取りました。ゴーギャンの芸術を理解継承した人はヴィクトル・セガレンでした。「ゴーギャンの死の三ヵ月後にマルケーサス諸島ヒヴァ・オア島を訪れ、『逸楽の家』に入り、いまだ生き生きとした思い出に浸る現地の人々、とりわけティオカやキー・ドンから芸術家の話を聞いたヴィクトル・セガレンこそ、反文明、民族の伝統の尊重の立場からポリネシアの過去を蘇らせようとしたゴーギャンの精神の真の継承者であった。」またこんな文章もありました。「西洋の政治と宗教が衰退に追いやったタヒチのかつての黄金時代を再創造することにおいて、ゴーギャンはセガレンの偉大な先導者であった。セガレンはゴーギャンが民族の信仰の最後の擁護者であることに賛同していた。彼は『逸楽の家』に入り、《逸楽の家》の木彫パネルを目の前にして、ゴーギャン自身が生み出した万神殿の輝きを感じたに相違ない。~略~芸術家としての選民思想と闘争の精神は、『野蛮人』として生きる理想と密接に結びついて芸術家ゴーギャンを形成していた。西洋文明の非西洋文明に対する侵略には怒りを露わにしながら、セガレン自身はゴーギャンのように『野蛮人』の生活を送ることなど考えもしなかったであろうが、にもかかわらず、彼はゴーギャンが打ち立てた新しい民族学的芸術理論の後継者であり、ゴーギャンなくしては作家セガレンは生まれなかったということは確かであると思われる。」
2021.07.07 Wednesday
「中空の彫刻」(廣田治子著 三元社)の「第二部 ゴーギャンの立体作品」の中の「第6章 タヒチからマルケーサスへ(1895~1903年)」の「2 文化的総合」をまとめます。ここではゴーギャンの第二次タヒチ滞在中の作品で、浮彫りによる木彫作品「戦争と平和」に関する内容が詳しく書かれていました。初めて注文として請け負って制作された作品である「戦争と平和」は、葡萄農園主であったギュスタヴ・ファイエの所有となり、彼のコレクションの中で主賓客の位置を与えられたようです。「注文によって制作されたゴーギャンの唯一の作品である《戦争と平和》はまた、ところどころ金の賦彩のある豊かな色彩によっても、タヒチ時代の作品を通じて例外的である。全体的に茶色の色調でまとめられ、木々の葉には深い緑が、木に付いた実や幾人かの人物の髪の毛などには赤が用いられ、ブルターニュでシャマイヤールとともに用いていた色調を彷彿とさせる。」人物のポーズも洋の東西を問わず、たとえばローマ芸術の傑作の最良の部分を利用しています。またプリミティヴな容貌の背景に繁茂する豊かな自然を表すことによってオセアニアの性格を与えているようです。「東洋や西洋の古来の美術に依拠し、素朴な力強い彫りでいにしえの神秘の世界を喚起したゴーギャンの木彫は、こうしてファイエの手によって、西洋の伝統的芸術品の流れの上に、正当な位置を与えられたのであった。~略~第二次タヒチ滞在中の装飾彫刻は、西洋古典古代の浮彫彫刻、西洋近代絵画や彫刻、東洋の仏教彫刻などさまざまな文化的源泉を、時には一つの作品の中に混在させながら総合し、オセアニアのプリミティヴな野蛮さの中にまとめ上げたものであった。」
2021.07.06 Tuesday
「中空の彫刻」(廣田治子著 三元社)の「第二部 ゴーギャンの立体作品」の中の「第6章 タヒチからマルケーサスへ(1895~1903年)」の「1 状況」をまとめます。ここで私は副題をつけることにしました。本書は章の冒頭に「状況」という導入部分があります。その中で私は「思考の神秘的内部」という語句に注目をしました。フランスに一時的に帰国していたゴーギャンが、再度タヒチに渡航し、生涯を閉じることになるマルケーサス諸島のヒヴァ・オア島に至るまでの作品の変遷を本章では描いていますが、「状況」で論考された部分はゴーギャンの芸術的世界観を語る上で必要なことと考えられます。「絵画も含めて第二次タヒチ滞在中の作品は、第一次滞在中のものとは全く異なる様相を呈することになる。ゴーギャンはもはや土地と民族を知るための追究をする必要はなかった。以後彼が生み出そうとするものは、まさに彼の『思考の神秘的内部』を喚起する自らの芸術的世界なのであった。」これはゴーギャンの絵画にとって最後の黄金期とも言える時期で、美術史に残る作品を次々に生み出していったのでした。また、彼は植民地側の権力者や宣教師との間で激しい闘いをしていて、彼にとってはタヒチもマルケーサス諸島も南国の楽園とはいかない現実世界があったようです。「彼が最初に本国に対する植民地を、あるいは自分がそうである白人男性に対する植民地の女性たちを『他者』として捉えたのは1889年の万国博覧会の時に遡る。それはひいては、西欧の近代文明のもたらした頽廃の中で、活路を植民地に求めた帝国主義の成果を享受することにつながっていた。しかし自ら西欧ブルジョワ世界のアウトサイダーとなった彼にとって植民地の人々の他者性は、文明人としての自己と決別し、本源的自己を模索しながら野蛮人として再生するために、大切なよりどころであったことを忘れてはならない。まさしく自らの芸術にプリミティヴな価値を与えるために、白人男性芸術家ゴーギャンは、この他者性を自己のものとし、そうすることによって、ブルジョワ芸術を揺るがそうとしたのであった。したがって彼は、他者である植民地の人々に自己を同化するのである。彼が反植民地闘争に熱心に関わった理由はここにある。」
2021.07.05 Monday
RECORDは一日1点ずつ制作していく小さな平面作品で、2007年から制作を開始しています。一日1点というのはなかなか厳しいノルマで、その日がどんな状況であれ、必ず制作をしていくのです。毎年テーマを決めてやっていますが、今年は年間テーマを設定していません。ただし、月間テーマを決めていて、その時の時事問題やら季節やら内面的なものでも何かしら心に引っ掛かるものを選んでいます。今月は「揺らぐ楼閣」にしました。楼閣とは高層化された建造物を指していますが、砂上の楼閣と言うコトバがある通り、崩れやすい砂の上に建てられた建物は、外見は立派だが、長く維持できないもので、例えば実現不可能なことにも使われます。私は最近、自分が頑張ってきたキャリア形成が、自分で考えているほど万全ではないのではないかと思うようになりました。自分が数十年やってきたことは砂上の楼閣ではなかったか、創作活動はそれを自分に知らしめる最大のもので、自分のちっぽけな存在を顕在化して見せるものなのです。社会的地位が組織の力量によって護られてきたことは、決して自己判断力等がもつ生身の実力ではないとさえ思うようになって、私は組織力の上に胡坐をかいてきたのではないかと疑心暗鬼になることも暫しあります。そう考えると今まで培ってきた自己肯定感が揺らぎそうですが、自分の立ち位置をもう一度振り返って、確実な一歩を踏み出すことが、改めて自己を知る契機になると考えています。「揺らぐ楼閣」はそんな私の心情を表現してみたいと思って、今月から始めているのです。日々制作している作品なので、大それた事を考えても小さくまとまってしまうこともありますが、それでも今月は「揺らぐ楼閣」をテーマにやっていきます。