2021.05.25 Tuesday
「中空の彫刻」(廣田治子著 三元社)の「第二部 ゴーギャンの立体作品」の中の「第3章 彫刻的陶器への発展と民衆的木彫の発見(1887末~1888末)」に入り、今回は「4 グロテスク」をまとめます。グロテスクとは何でしょうか。ネットによると、グロテスク (grotesque) とは、古代ローマを起源とする異様な人物や動植物等に曲線模様をあしらった美術様式のことで、その奇怪な表現に私は度々魅了されてきました。グロテスクという様式概念も西洋によるものですが、同じようなものは世界各地に見受けられます。ゴーギャンの彫刻を論じた本書では、幅広く世界的にグロテスクを扱うというものではなく、西洋のある時代に限って論考しているのは言うまでもありません。「ルネサンスのグロテスク装飾体系は、左右対称の唐草模様を基本とする古代の壁画装飾に、中世の怪物趣味と北方的滑稽を加味させながら発展してきたのであった。半=人間、半=動物、あるいは半=植物の混種的創造物の不可能な組み合わせ、そして渋面の強調は、グロテスク装飾を、興奮を引き起こす刺激的な装飾様式とした。」また、グロテスクの多義性にも触れた文章がありました。「近年のグロテスク美学の研究が一致して認めているように、グロテスクなるものには両面価値を構成する多義性がある。それは本質的に二重性をもち、滑稽であると同時に脅威でもあり、現実主義的であると同時に幻想的でもあり、現代的であると同時に神話的でもあり、神的であると同時に悪魔的でもあるのである。」ゴーギャンについてのこんな文章もありました。「興味深いことにゴーギャンは晩年、自らの中に潜む善悪の二元性を語りながら、持ち前の『懐疑的な』態度でカテドラルの壁龕の中にいる聖人とともにその屋根の上の樋嘴(ガルグイユ)を語り、この中世の怪物彫刻に対する関心を証している。『忘れがたい怪物たち、私の目はここに生み出された奇怪な怪物たちの体の表面の起伏を怯えずにに追う』。」本書ではゴーギャンと同時代に生きた画家ルドンにも言及していて、グロテスクと同様、怪物なるものも「実のところそれは『普段見慣れていない』ものを見ることのできる想像力をもつ芸術家のみが生み出しうるものなのであった。」
2021.05.24 Monday
「中空の彫刻」(廣田治子著 三元社)の「第二部 ゴーギャンの立体作品」の中の「第3章 彫刻的陶器への発展と民衆的木彫の発見(1887末~1888末)」に入り、今回は「3 陶器から彫刻へ」をまとめます。ゴーギャンの作り出した陶芸の壺に女性塑像が付加された事で、まずこんな文章がありました。「この時期、とりわけ陶器と彫刻の総合としてゴーギャンが新しく試みたのは、人像壺および小像、マスク(人面)あるいは顔全体による装飾のある壺であった。」本書に掲載された画像を見ると、彫刻された女性の顔が、もはや壺に付加されるのではなく、壺の一部をなしているように見えます。続いてこんな文章もありました。「板づくりという陶芸家の手法を用い、壺の体裁をとっているが、胸像と呼ぶにふさわしいものといえる。しかし胸像としてみれば、西洋の人体表現の前提である量塊(マッス)や量感(ヴォリューム)がなく、核心部を欠き、器の表面上で表現される、いわば『中空の彫刻』なのである。」この文章に本書のタイトルが出てきました。ゴーギャンの立体作品の特徴を示す「中空の彫刻」は、壺に付加した装飾によって表されたものでしたが、これは彫刻全体に対して新しい概念を生み出すことになりました。量塊(マッス)や量感(ヴォリューム)がない立体は、まさに20世紀の彫刻の歩みそのものと言えます。「仮想的なヴォリュームをもつ、すなわち彫刻の伝統的なヴォリュメトリックな概念から逸脱した新しい彫刻がここに生み出されていることが知られるのである。それは壺の表面上で展開する平面性、絵画的アプローチによっていた。」さらにこんな文章も引用いたします。「中空の空間を覆う表面上での表現、断片的人体表象、そしてこれらの装飾的構成は、ゴーギャンに不思議な喚起力をもつ創造物を生み出すことを可能にした。レダと白鳥のモティーフが壺の周囲を囲むように配され、各々の側面がつぎつぎと思いがけない場面を繰り広げるため、鑑者は一方向からでは作品の全体を把握できず、周囲を回って鑑賞することを促され、作品の世界に参加するように招かれる。」本書はこの後に続く論考の展開として、器の開口部のもつさまざまな意味にも触れていました。私にとって一番関心を惹いたのは、新しい彫刻の概念がその道を極めた彫刻家からではなく、絵画性の中から見いだされたことでした。西洋彫刻の歩みからすれば、これは大変大きなことと言えます。
2021.05.23 Sunday
今年の7月個展には2点の大きな作品を出品する予定です。目玉は複数の陶彫部品で構成する「発掘~盤景~」ですが、もうひとつは木彫のみで作った「構築~視座~」です。この作品はテーブル彫刻で、楕円状の卓を4本の木彫した柱で支えています。4本の柱は木彫の鑿跡をそのまま残し、一本一本が蔓のように若干捻りを入れたカタチをしています。大地に這うように構成した「発掘~盤景~」に対し、「構築~視座~」は浮揚感を出してみようと狙った形態です。楕円状の卓には曲線の文様が彫り込んであり、軽くフワっとした感じも出せたらいいなぁと思っています。今日は卓の部分に油絵の具で彩色を施しました。砂マチエールで覆った「発掘~盤景~」の円形土台にも油絵の具の彩色を予定していますが、一足早く「構築~視座~」に色彩を持ち込みました。これは絵画的な作業で、今までも旧作では多用している方法です。私は彫刻としての構造と絵画としての表面処理を併用していて、その双方を空間演出として扱っているのです。今日は朝から2人の美大受験生が来ていたため、「構築~視座~」の彩色は野外で行いました。工事用シートをコンクリートの床面に敷いて、文様を彫り込んだ卓を置きました。絵の具を丹念に塗りましたが、太陽の日差しが強い中で行った作業は、なかなか厳しいものがありました。普段から野外で制作しているなら気候に慣れているかもしれませんんが、私は屋内での制作が中心なので、直接陽射しを受けることは今までありませんでした。今日は好天に恵まれ、風も少ないことから野外制作に踏み切りましたが、野外にいるだけで結構疲れてしまいました。野外制作はこれだけにして、残りの部分は何とか屋内で出来るように工夫をしていくつもりです。図録用の撮影日まで残り7日間、来週の日曜日までは連日制作していくつもりでいます。
2021.05.22 Saturday
公務員を退職してから週末の意識が薄れてきていますが、NOTE(ブログ)のタイトルには週末を明記して、新作の制作状況を書いていきます。まず「発掘~盤景~」は陶彫部品の制作が既に終わって、窯入れの順番を待っている状態です。小品である「陶紋」の残り2点の乾燥状態が心配ですが、撮影日ギリギリまで窯入れを待ってみようと思います。ここ数日は「発掘~盤景~」の土台を作り続けていて、木材加工と砂マチエールの施工に一日のほとんどを費やしています。土台は鋭角な二等辺三角形を20点使って構成する円形になっていて、その半分が出来上がって砂マチエールを施しました。残り半分の木材による切断や刳り貫きは終わっていて、作業としてはそれらを組み立て、月曜日には砂マチエールを施す予定でいます。円形全てが砂マチエールで覆えたら、油絵の具を滲み込ませて絵画性を追求していきます。手伝いに来ていた家内が「まるで舞台みたいだね。」と円形の土台を称していましたが、大学で舞台美術を学んだ家内からすれば自然な発想だと思いました。差し詰め円形土台が舞台なら、そこに配置される陶彫部品は、役者たちの群像なのかもしれないと私も思いました。作品を別の発想に置き換えて楽しむのはいいものだなぁと感じ、私が作る形態が抽象だからこそ、その人独自の発想が生まれるのかもしれません。職場に出勤することもなく先月と今月はほとんど工房で制作をして過ごしてきましたが、完成が図録用撮影日に間に合うかどうか心配になったことに苛立ちも覚えました。毎日制作をしていても余裕が生まれないのはどういうことか、昨年度までは学校の校長をやりながら、よくぞここまでやってこれたものだなぁと振り返っています。今年の新作は例年より手間がかかっているのではないかと、家内がポツンと呟いたことで、あぁ、そうなのかなぁとも思いました。毎年完成のハードルは少しずつ上げている意識はあるものの、現行作品の状況がよく分かっていない自分には、家内の何気ない一言で妙に納得してしまった感覚がありました。
2021.05.21 Friday
現在作っている新作が佳境を迎え、肉体的にも精神的にも苦しい状況の中で、私には次なる作品のイメージが降って湧いてくる癖があるようです。現行の新作は土台に砂マチエールを施し、また同時に土台を追加して制作しているため、工房の至るところに作品の一部が置いてあります。この作品が散らばった混乱状態の中で、次なる作品が見えてくるのです。現行の作品は秩序だった構成を持ち、土台に置かれる陶彫部品にやや崩れた形跡を作ってはいますが、基本的には整理された構成要素で成り立っています。次なるイメージはさらに崩壊が進んだ世界を想定して、不完全で断片的な立体を作ろうと思っているのです。新たなイメージは現行作品の中から産み落とされるものかもしれず、自分自身の中で少なからず破壊と創造を繰り返しているように感じています。イメージとは一体どういうものか、いつごろからイメージに囚われるようになったのか、私は自分自身に向かって問いかけることもあります。彫刻を学んでいる時代にはイメージによる自分の世界観をもつことはありませんでした。モデルを立たせて人体塑造を行っていた時は、空間の中に粘土でデッサンしていくように師匠に教わり、写実的に塊を捉える力を身につけていました。その時は人体をテーマにして自分の世界観を培うことも出来ましたが、私の場合は海外に出かけ、そこで自らの造形としての考え方を問い詰めていった時期がありました。外国語が分からない頃は自分を閉鎖し、他者との接触を絶っている時期もありました。海外の美術学校で実施した人体塑造に自分の資質がついていかないことも実感しました。ヨーロッパで構築された彫刻という概念は、日本で行っていた彫刻の在り方の根本を疑い、自分の生育歴を含めて、改めて空間造形という考え方に自分がぶち当たりました。私は西欧との比較によって己を知り、そこから自らの世界観を紡ぎ出したと言えます。日本から巡回してきた陶芸による展覧会、父が生業としてきた造園、自閉していた時に彷徨い歩いた西欧の旧市街とその源泉となった都市遺跡、それらが自分の中で繋がり、作品イメージが醸成されていったと自覚しています。次なる作品のイメージへ向かって一歩を踏み出したいところですが、現行作品に苦しめられている今の状況からは現実逃避にしか思えず、新たなイメージは暫し放置することにしました。