2019.12.01 Sunday
今日から12月です。多忙な師走で公務員管理職としての仕事が慌しくなる上に、創作活動も最初の佳境を迎える1ヶ月になりそうです。新作は図録撮影が終わった6月から始めていますが、夏の休庁期間よりも今月にある休庁期間のほうが制作に気持ちが入るのです。それは制作工程により作品完成を描ける見通しが立つのが先月くらいからで、今月はいよいよ自分を追い込んでいくだろうと思うからです。屏風に接合される陶彫部品がある程度決まってきたところで、屏風の木彫を始めていきます。今月の制作目標は改めて考えますが、冬の休庁期間でどのくらい新作を進められるのか、期待と不安が入り混じります。これは毎年のことですが、常に新しい作品であるために進め方が毎回違っています。今月も週末は精一杯制作に勤しむことに変わりなく、日頃の頑張りに拍車をかけたいと思っています。今日は職場の地域行事に午前中の時間を取られましたが、午後は工房に篭って窯入れの準備をしていました。先週と同じように週2回の焼成を行います。水曜日に窯出しと窯入れを行なうので、そこで一旦電気を復旧し、作業ができるようにしようと思っています。実技だけではなく、今月は鑑賞にも時間を取りたいと考えています。この季節は街がクリスマスの装飾で美しくなっています。とりわけ横浜の中心地はイルミネーションが競うように流麗さを極めていますが、なかなかそこに出かける時間がなくて、職場と工房を行き来している生活が定番になっています。多少余裕をもって街の散策もしたいなぁと思っていますが、果たして出来るでしょうか。RECORDは少しずつ下書きが増えてきて、仕上げを後回しにする悪い癖が始まってしまいました。ここで何とかしないと自分の首を絞めることになるので、巻き返したいと思っています。読書は相変わらずですが、そろそろ難解な書籍に挑もうかなぁと思っているところです。
2019.11.30 Saturday
今日で11月が終わります。週末なので、いつもの通り朝から工房に籠って制作三昧でした。若いスタッフも工房に来ていました。私は若い人に背中を押されるように屏風に接合する陶彫部品の制作に拍車をかけていました。今日は11月の最終日なので、今月を振り返ってみたいと思います。陶彫制作で大きかった一歩は焼成が始まったことです。NOTE(ブログ)のアーカイブを見ると毎年この時期から窯入れを始めています。焼成されて窯から出てきた作品を見ると、毎年恒例ではありますが、今回も私は感動を覚えるのです。最終的には集合彫刻として陶彫部品を組み合わせていくのが私流ですが、ひとつひとつの部品に愛着が出るのは最後に焼成があるためと言っても過言ではありません。下書きされた屏風の上に焼成された陶彫部品を置いて、全体構成を確かめるのも今後の仕事です。焼成された部品が増えていくとイメージの明確化が図れます。今月は漸く見え始めた全体設計図に意欲を掻き立てられた1ヶ月だったとも言えます。実は今月も先月のようにさまざまな用事が立て込んで週末を丸々制作に使えることが出来ず、工夫を余儀なくされました。当初考えていた制作工程は遅れ気味です。どこかで挽回しなければならず、それは年末年始の休庁期間かなぁと思っていますが、果たして出来るでしょうか。今月の美術鑑賞は「ルノワールとパリに恋した12人の画家たち」展(横浜美術館)、「ゴッホ展」(上野の森美術館)、その他では先輩の銅版画展とその娘さんの漆工芸展に出かけました。映画鑑賞では「ジョーカー」(TOHOシネマズららぽーと横浜)を観てきました。RECORDは最近やや停滞気味で、ちょっと気合を入れ直さなければならないかなぁと思っています。読書は芸術民俗学の書籍を読み始めました。大好きな分野なので興味津々です。
2019.11.29 Friday
「呪術としてのデザインー芸術民俗学の旅」(中嶋斉著 彩流社)の第1章の3「心の旅人ケルト」についてまとめを行います。冒頭にウィーンに関する文章があって、20代の頃に5年間をウィーンで過ごした自分には、思いがけない知識が飛び込んできて、ちょっと得をした気分になりました。「ウィーンの名がケルト語のウィンドボナに由来するように、ここには古代ケルトの集落があったが、大聖堂にきざまれた痕跡は、むしろヨーロッパのキリスト教化のために渡来した後世のケルト系修道士たちの残したものという。」ウィーンの象徴であるザンクト・ステファン大聖堂に関する文章をさらに続けます。「ケルトの十字架にも見受けられる連結結び目文様とか、具象的ではありながら抽象に向かう不可解な動植物や人間のイメージが随所に配されている。~略~灯りとてない洞穴の中で修道に専念しながら、彼らの見た、目に見えない霊の存在を、目に見える形に翻訳しようと努めたとき、彼らは神そのものの姿ではなくて、むしろ神の住居の装飾によって神の存在を描こうとしたのであろう。そして彼らが幻のうちにとらえた聖なる神の住居は、彼ら自らが遠く旅立ってきた故里の風景であり、同時にアルプスの麓に住んでドナウの流れを往来した祖先への追憶とが交錯しながら不思議なイメージを結んだのではなかっただろうか。」その後ドイツに話題が移りますが、やはり自分が渡欧して間もない頃に見た南ドイツの風情が語られていて、これにも私は興味を覚えました。「レヒ川を更に南下してオーストリア国境にはフッセンの町があり、そこは観光客でにぎわうノイシュヴァンシュタイン城が断崖に立っている。バイエルン国王ルードヴィッヒ二世の城である。そこから車で30分程北東に向かうと、アンマーガウの谷間にリンダーホフ宮殿が現われるが、これも狂王ルードヴィッヒの離宮で、ヴィスコンティの映画『ルードヴィッヒー神々の黄昏』の舞台である。~略~ヴィーナス・グロットは人工の鍾乳洞である。彼がタンホイザーのヴィーナスブルグ(ホーゼルベルグ)の情景を再現するために作らせたもので、洞窟の中央前面に大きな池を作り、貝がらで飾りつけた舟が浮かんでいる。この洞窟の岩屋に玉座をしつらえ、すべての側近を遠ざけてただ一人でワグナーの楽劇を演じさせ、鑑賞に耽ったという。壮烈である。ヴィーナスに捧げたこの聖堂の中で、彼は必死に愛の充足と力の再生を祈ったにちがいない。しかしもう神々は存在しなかった。ただここはいかなる装飾にもましてキッチュの世界がある。深い死のイメージが沈殿する。」渡欧してすぐにこの風景に接した私は、過度な装飾に腰が引けて、自分が留学先として選んだヨーロッパでやっていけるかどうか、自問自答したことを今も覚えています。
2019.11.28 Thursday
1週間に2回の焼成を行っている現状では、水曜日に窯の出し入れをしています。水曜日だけは窯の稼働を一旦止めているので、工房の照明等が使えるのです。昨日は工房で創作活動をしている若いアーティストが、自らの課題に向き合ったりしていました。私も仕事帰りに工房に立ち寄れるのは水曜日だけなので、昨日も夜になって工房に行きました。その時間帯は若いアーティストが帰った後で、工房では私だけの時間を過ごしました。現在は新作の屏風に接合する陶彫部品を作っている最中で、どちらかと言えば小さめの陶彫部品になりますが、サイズに関わらず手間が結構かかります。ウィークディの夜に成形作業をするのは、小さめの陶彫部品の方がやり易いかなぁと考えています。おまけに照明の下は集中力が増すため、手間もたいして苦にならないのです。気候的にもやや寒い状態は作業が捗り、この時期に制作工程を可能な限り先に進めたいと思っています。夜の工房は深閑とした雰囲気で、自宅に帰って気が緩んでいたとしても、一旦工房に足を踏み入れると俄かに緊張してきます。創作活動を司る魔物が棲んでいるような気配さえ感じます。こうした空間を持てる幸運を私は常に噛みしめていて、昔から望んでいたことが実現できている喜びに浸っています。この環境をフルに使わないと罰が当たると自覚しているので、時間が許す限りウィークディも工房に通いたいと思っています。
2019.11.27 Wednesday
「呪術としてのデザインー芸術民俗学の旅」(中嶋斉著 彩流社)の第1章の2「”黒い聖母”と巡礼」についてのまとめを行います。私は20代の頃、ヨーロッパ滞在中に黒い顔をした聖母像を何度か見たことがあります。その頃はキリスト教に拘りを持っていなかったので、黒人のような聖母に何の疑問も持たず見過ごしていました。「スペインや地中海世界には古くから地母神信仰が厚く、それがマリア像にうつされているといわれ、その後サンチャゴ巡礼の道で時にふれて拝する教会に保存されているのも、そうした土俗的な親しみにみちた、日本の子育観音像といった様子であった。~略~ヨーロッパという元来農耕を主とする生活の中にキリスト教が定着するためには、そうした先行の土俗信仰や、それにまつわる祝祭にも寛容でなければならない。そのためにはそれらを巧みに教会暦の中にとりこみ、組みかえ、その意義もまた変えていく努力が払われなければならなかった。私たちが教会堂で『黒い聖母』に出あうのも、やはりそうした信仰の混ざりあう歴史の重層性を物語っており、その興味をつのらせるのである。」黒い聖母について柳宗玄がその著書「黒い聖母」(福武書店)で語っている部分が掲載されていました。「それらは大地と結びつけられる古代の母神(地母神)の流れに聖母が位置することを示すものである。とくにローマ治下のガリア人のマーテル神(豊穣の母神)がキリスト教時代に聖母と混同されたのではないかといわれる。しかもこれらの母神は時代と共に黒ずんでいたので、それが『黒い聖母』のもとをなした可能性が指摘されている。」本章は井泉信仰についても述べられています。「水の信仰がキリスト教に流れこんでいったとき、旧約の『詩篇』には、神の恵みをたたえ、『いのちの泉はあなたにあり、私たちは、あなたの光のうちに光を見る』といった表現が見られ、新約の『黙示録』では、『お使いはまた、私に水晶のように光るいのちの水の川を見せた。それは神と子羊との御座から出て、都の通りの中央を流れていた』といったように、生命の泉を水に求めている。」最後に我が国に触れた箇所もありました。「たしかに信仰対象の創造は、それぞれの風土が秘める歴史につながっていて、たとえばマリアの信仰がはるばる海を渡って日本に伝わってきたとき、隠れキリシタンたちは観音菩薩の姿の中にマリアを匿して崇拝していた。いうまでもなく観音もマリアも水の神であって、通称マリア灯籠(織部灯籠)にも見られる両者の結びつきなどは極めて自然な着想である。」