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  • 上野の「三国志」展
    東京上野の国立博物館で中国の歴史を扱った「三国志」展が開催されています。中国史に疎い私でも日本の漫画や人形劇になった三国志は知っていましたが、リアルな部分はよくわからず、この際きちんと調べてみようと先日、この企画展に行ってみました。三国志に登場する魏・蜀・呉の三国争覇の時代は、184年の黄巾の乱から280年の西晋王朝による統一までの僅か百年ほどの群雄割拠の時代だったことを知り、この時に有名な「孫子兵法」などが作られ、武器の開発も活発だったこともあって、現代からすれば魅力的でダイナミックな時代だったと言えそうです。図録には「三国志には多彩な人物が登場し、さまざまな局面に対応しながら時代を生き抜くさまが活写されている。人間味あふれる三国志の物語は、根源的に若年層の嗜好に応え得る要素を含んでいるのである。」とありました。その多彩な人物を挙げれば「蜀の地で皇帝の座につくことを宣言した劉備は、そのなかで自身は前漢の中山靖王劉勝に連なる家柄であるとした。天下を治めるべきは漢の劉氏であって、魏の曹氏や呉の孫氏には天下を治める道理がないことを表明したのである。」それでも「蜀は魏に滅ぼされ、魏と呉は西晋によって平定された。」という確かな歴史が物語っています。前日した兵法で言えば「孫権の父である孫堅は、戦国時代の孫武を祖とすると史書は記す。『孫子兵法』の作者である。曹操もその注釈をしたことで知られる『孫子兵法』は武将たちの必携の書であった。」(引用は全て市元塁著)三国志は「語り多く物少なし」と言われる時代だそうですが、それでも展示されていたものは貴重で重要な文化財ではないかと思いました。私は三国志に入る前の時代である後漢の墓に副葬品として埋葬された土製彩色による穀倉楼の構造が面白く、こんな高層楼閣が立つほど豊かな土地もあったんだなぁと思いました。邸宅のミニチュアもあって楽しめました。横浜の中華街に「関帝廟」がありますが、関帝とは神格化された関羽のことで、劉備に仕えた英雄として「一万人の兵に匹敵する」と言われたようです。本展にはほぼ等身大と思われる関羽像が出品されていましたが、武将らしく力の漲った像でした。これを契機に中国の歴史を紐解くのも面白いと思いましたが、歴史の厚みやスケールの大きさに圧倒されて、自分の残り僅かな人生を考えると、下手に中国史は齧らない方が良いと思いました。何と言っても三国志の時代は、我が国で言えば弥生時代から古墳時代前期に当たります。四大文明から取り残された島国の人間からすれば、途方もない世界観を持っているわけです。今回の「三国志」展は、その一端を垣間見た程度なのかもしれません。
    夏季休暇⑤ 5日間の休暇を振り返る
    今日はどこかへ出かけることはしないで、今年の夏季休暇を振り返る一日にしました。7月末に2日間の夏季休暇を取りました。ここでは新潟県魚沼市を訪れて、江戸時代の彫工石川雲蝶のダイナミックな木彫に触れました。「越後のミケランジェロ」と呼ばれた木彫家の作品は、現在も寺院で大切に保管されていました。翌日は「大地の芸術祭」常設作品である清津峡渓谷トンネルに行き、自然の景観を生かした現代アートを堪能して来ました。8月に入って3日間の夏季休暇を取りました。初日は兵庫県姫路に出かけ、世界文化遺産である姫路城を見て歩きました。夕方は大阪にあるあべのハルカス美術館で開催されている「ギュスターヴ・モロー展」に出かけました。翌日は徳島県鳴門市にある大塚国際美術館に行き、陶板による名作の数々を見て回りました。「越後のミケランジェロ」ならぬ本物のミケランジェロの「天地創造」の陶による再現があって、システィーナ礼拝堂を模した環境展示と相俟って、圧倒的な迫力を感じました。昨晩遅くに横浜の自宅に帰ってきましたが、今回の夏季休暇は美術と建築を徹底的に味わい尽くすものだったなぁと振り返っています。陶による名作の数々は、たとえオリジナルでなくても精巧に出来たものであれば、芸術家の息吹を感じさせることを体験してきました。西洋美術史に刻印された作品は、いずれも芸術家が命を削って表現したものばかりで、人間が生きて刻んできた魂を、静かで力強く感じさせるものがありました。一堂に名作を見渡して感じたことは、私たち人間の内面に宿る豊かさだったように思います。石川雲蝶然り、ギュスターヴ・モロー然り、建築で言えば姫路城を作った名もない職人集団然り、清津峡渓谷トンネルにアートを設置した芸術家然りで、それぞれが命懸けで取り組んだモノだったことが後世になって伝わってきています。作者はいなくなっても生きた証として後世に残っていくものが、こうした芸術なのでしょうか。しかも後世の人の心を揺さぶる感動は、何処から湧いてくるのでしょうか。そんなことを考えされられた夏季休暇だったと思いながら、午後になって久しぶりに工房に行きました。私も精魂込めて陶彫制作をやっていますが、手前味噌ながら今まで見てきた名作に負けていないぞと思いました。微力を積み上げていけば、きっと人を惹きつけられるモノができると信じることにしました。今回の夏季休暇では創作意欲だけは人一倍もらえた気がしています。
    夏季休暇④ 大塚国際美術館へ
    今日は新大阪駅前から出る日帰りバスツアーに参加しました。横浜の自宅からネットで申し込んでいたのでしたが、徳島県鳴門市にある陶板名画を集めた大塚国際美術館を堪能するツアーで、一度行って見たいと思っていたのでした。この美術館を知った契機は、大晦日の紅白歌合戦で米津玄師が中継で歌っていたことで知りました。私ばかりではなく、こうした影響もあったと思われるのが美術館の混雑ぶりで、バスを仕立てて大勢の観光客が訪れていました。展示されている作品の内容は驚くものばかりで、目を見張りました。ただし、これは全て陶板による複製作品でオリジナルではありません。それでも古代壁画から世界26カ国に及ぶ190余りの美術館が所蔵する西洋名画1000余点を原寸大で再現した超絶技巧に感銘を受けました。大塚グループ内の大塚オーミ陶業株式会社の特殊技術を駆使して臨んだ世界最高峰の陶によるテクニックが施され、それだけでも多くの鑑賞者を魅了してやまないだろうと思われます。美術館に入ると最初の部屋にあったのは、巨大なシスティーナ礼拝堂天井画と壁画で、ミケランジェロによる「天地創造」でした。これは環境そのものを展示する臨場感溢れる再現で、その空間と表現に圧倒されました。とりわけ古代遺跡や教会等の壁画が部屋ごとに作られて、どれも空間展示が成されていました。古代から中世になると系統展示に変わり、ボッティチェッリの「ヴィーナスの誕生」やダ・ヴィンチの「最後の晩餐」(修復前と修復後の対面による展示)や「モナ・リザ」、レンブランドの「夜警」やフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」を初めとする美術史に残る名作の数々が展示されていました。印象派ではルノアールやゴッホ等、近代ではクリムトやムンク等、現代ではピカソの「ゲルニカ」もありました。昨日見に行った「モロー展」にあった「一角獣」の陶板もあり、オリジナルとの区別がつかない驚きも実際に経験しました。テーマ展示も企画されていて、時代を超えたテーマが贅沢な作品と共に並んでいました。勿論全て陶板なので、触ることも撮影することも可能でした。大塚国際美術館については資料書籍を購入してきたので、改めて別稿を起こします。午前11時に入館し、午後4時まで通算5時間を同館で過ごしましたが、教科書に載っている名画を矢継ぎ早に見せられて、感覚が変になりかけたところで、非現実から現実世界の大阪にバスで戻って来ました。帰り際は台風10号の接近で鳴門海峡は荒れていました。雨風が強くなり始めた頃で、台風に追われるように新大阪から新横浜に新幹線で帰ってきました。自宅に帰ったのは午前零時少し前でしたが、関東は台風の影響が少ないなぁと思いました。
    夏季休暇③ 姫路城&大阪の美術館へ
    5日間の夏季休暇のうち、先月末に2日間の夏季休暇を取得し、残った3日間を今日から取得します。今日は朝早く東海道新幹線に乗って姫路にやってきました。私は20数年前に職場の旅行で姫路城を見に来たことがあります。まだ修復前だったのですが、それでも美しい景観だったのを覚えています。家内はまだ姫路城を見たことがないと言うので、私たちは白鷺城と称され、威風堂々とした威厳のある姫路城を久しぶりに訪れたのでした。台風10号の接近にも関わらず、今日は入道雲がぽっかり浮かんだ夏空で、汗が滴り落ちる炎暑の中、螺旋式縄張りの城郭を歩き回りました。天守閣に辿り着くまでには迷路のような道があり、また城内は幾つもの急勾配な階段があって、私たちが高齢になって足に自信がなくなったら登れるものではないと思いました。この木造の階段しかないという状況は、姫路城が建て替えることがなく現在まで残されていて、他の大きな城のように近代的な鉄筋が入っていたり、エレベーターが設置されていないことが保存状態を示す証拠になっているのです。内部には鉄砲狭間や石落としが各所に作られていて、美しい景観だけではなく、要塞としての機能も充分備えていることにも驚きました。永祿四年以降さまざまな時代の武将たちが入れ替わり住みついた名城を、今日は隅々まで歩いて堪能しましたが、建築的にはもう少し書いてみたいこともあり、別稿を起こそうかと思っています。夕方になり、新幹線でホテルのある新大阪までやってきました。大阪の天王寺にあるあべのハルカス美術館で「ギュスターヴ・モロー展」を開催していることをネットで知り、早速行ってみました。「ギュスターヴ・モロー展」は東京汐留のミュージアムで開催されていたのを見落として残念と思っていたので、これはラッキーでした。フランスの象徴主義の第一人者であったモローは、聖書や神話をテーマに多くの絵画を残した画家です。私はモローの人間性にも興味があって、その独特な世界観と相俟って魅力を感じてしまう一人です。展覧会の詳しい感想は後日改めたいと思います。展覧会場を出た後、地下鉄御堂筋線でなんばまでやってきました。道頓堀は大変な賑わいで、レストランを探すのに苦労しましたが、法善寺横丁から少し路地を入ったところで古い串揚げの店を見つけて夕食にしました。今日は真昼間に姫路城を歩き回った疲れが出て、ホテルではぐったりしてしまいました。
    夏の三連休の成果
    山の日を含む三連休が今日で終わりました。3日間とも工房に通い、陶彫制作に精を出しました。新作の床置きの大きな陶彫部品2個を作りました。酷暑のせいで工房に長く留まることができず、午前2時間、午後2時間という作業時間でしたが、集中はしました。室内温度が高いためか陶土の乾燥が早く、水に濡らした雑巾で表面を覆いながら、彫り込み加飾を行ないました。一旦彫り込みをしたところを、暫くして再度手を入れようとすると、既に硬くなり始めていて難儀をしました。この時期は、毎年汗が額から噴出し、シャツもびっしょりになってしまいます。汗が出たほうが動き易くなるようで、自分が結構気温に対して丈夫なのを認識しています。若い頃は毎日こんなに汗をかいて大丈夫なのだろうかと思っていましたが、病気になることもなく、蒸し暑い作業場で元気に過ごしていました。そんな経験があるおかげか、真夏は作品がどんどん進むという観念に、自分は今も支配されていて、加齢にも関わらず、私は工房で制作に打ち込んでしまうのです。厳しい環境で魂を籠めた創作活動をするというのは、若い頃の精神論でしかないと思っているのも確かです。ただし、こうした状況が実のところ私は好きなのではないかと思っている次第です。酷暑の中で陶土と格闘した感覚を作業終了時に持てるのは、まだ自分が体力的にもいけると信じているのだろうと思っています。夕方になって自宅の食卓で作っているRECORDは、さすがに疲労が隠せず、遅々として進まないことがあります。目標としてはRECORDもどんどん進めたいと考えていたので、これは誤算でした。一度陶彫制作を休んで、朝から晩までRECORDをやっていたならば、下書きだけの山積みになった中途半端なRECORDは全て解消するかなぁと思っています。ともかく夏の三連休は、陶彫制作に関してそれなりの成果があったと評価しています。明日から3日間は夏季休暇を取ります。職場の休庁期間が残り3日間あるので、夏季休暇を取ろうと決めていました。夏季休暇は前半2日間で、新潟県に石川雲蝶の欄間を初めとする凄まじい彫刻の数々を見に行きました。後半3日間は関西方面に出かけます。美術や建築が私の興味の対象なので、世界遺産の姫路城や四国にある大塚国際美術館を見てこようと思っているのです。