2019.10.27 Sunday
昨日に続いて、別の大学祭(芸祭)に工房スタッフ3人を連れて行ってきました。今日出かけたのは武蔵野美術大学で、ここにも私の関係者が在籍しています。その子は空間演出デザインを専攻していて、ファッション関係の仕事に就こうかと話していましたが、昨日の子と同じく就職活動に消極的でした。武蔵美は何より私の母校で、ここにやってきた理由が2つあります。ひとつは武蔵野美大美術館で開催している「スタシス・エイドリゲヴィチウス展」が見たかったことと、自分の創作活動が始まった原点を確認したかったことでした。ポーランドを代表する画家スタシス・エイドリゲヴィチウスは現在70歳で、現役で活躍しています。彼の完成度の高い作品に数多く接して、私の大好きな東欧の土俗性に触れる機会を得ることが出来ました。この展覧会については別稿を起こします。武蔵美の芸祭は日曜日ということもあってか、来客の多さで圧倒されましたが、私は彫刻が展示されている2号館に佇んでいました。自分の40数年に及ぶ彫刻制作がここからスタートした思いに暫し駆られ、当時人体塑造をやっていた私は、池田宗弘先生から厳しい指導を受けていたことを思い出していました。どんなに厳しくされても、彫刻の魔力に憑かれた私は公務員との二足の草鞋生活を送ることになり、現在に至っています。彫刻を初めとする創作活動のスタートに立っている学生たちは、今後どんな人生を送っていくのでしょうか。きちんと就職活動を行っているのでしょうか。展示されている絵画や彫刻、デザインの作品を見ていると、創作に思いを強く持っている作品が目立ちました。表現が途中経過を示している作品群を見ていると、ここで終わったら残念だなぁと思うのは私だけではないはずです。そんなことを考えながら広場で、武蔵美恒例の彫刻学科学生による裸神輿を眺めていました。男子は褌一丁で将来のあるべき姿を叫ぶ姿勢は変わらないものの、最近は女子が増えてきて、晒を巻いた元気な女子たちの掛け声にも威勢の良さを感じました。
2019.10.26 Saturday
相原工房に出入りしている若いスタッフの一人に、女子美術大学でヴィジュアルデザインを専攻している学生がいます。また、工房には美大を目指して基礎デッサンをやっている子もいます。昨日のNOTE(ブログ)に初心を忘れないようにしたいという主旨の文章をアップしましたが、まさに彼女たちは美術の専門家としてのスタートラインに立ったところで、初心そのものだと感じます。今日は美大生の案内で女子美術大学の大学祭(芸祭)に行ってきました。アートやデザインの世界は希望者が多くても、なかなか社会的に厳しい面があって、大学の4年間を学生はどのように過ごしているのか、私自身の体験もあって、とても気になるところなのです。女子美は女子だけしか在籍していない優しさや緩さがあって、落ち着いた雰囲気を醸し出しているので、美大生を持つ保護者にしてみれば安心できる環境かなぁと思います。女子美祭は、中央の広場でコスプレ・ショーがあり、ある一面では現代日本の世相を反映していているようです。展示では、日本画や染織に見ごたえのある作品が多かったと思っています。困ったことに工房に出入りしている若いスタッフも例外ではありませんが、就職活動に消極的で、社会に出ていくイメージが湧かないと言っています。他の美大に通っている子も同じことを言っているので、美大生全体にそうした風潮があるのかもしれませんが、自分の好きなことを4年間、しかも素晴らしい設備や環境に囲まれてやってきたので、世知辛い社会に出ていきたくないと思うのは、よく分かります。楽しい現状に対して複雑な心境になっている彼女を見ていると、私自身も大学を卒業する頃になって、今でいう精神疾患を患っていたのではないかと振り返ってしまうところですが、心をしっかり持って社会に旅立つことを願うばかりです。
2019.10.25 Friday
創作活動にしろ、公務員の仕事にしろ、それを始めた頃の自分はどうだったのか、初心を忘れないようにしたいと日頃から私は考えるようにしています。とりわけ創作活動において慣れは禁物です。造形美術の場合は技法の習得は必要ですが、そこに留意しなければならないこともあって、腕前が巧みになればなるほど、心がそこにあらずの腑抜けた作品になってしまう恐れがあるのです。技法の習得は作品の内容に関わるものであり、勿論超絶技巧は鑑賞者を惹きつける要素にもなり得るのですが、芸術で一番重要と思われるのは、技巧ではなく精神性であることは美術史が認める事実です。精神性はこうしたい、ああしたいと願う自分の主張や思索があって、その具現化に骨を折る過程で培われるもので、小手先で器用に達成できるものではありません。そうした自分への追い込みがあるからこそ、取り組みとしての創作活動は厳しいのだろうと私は理解しています。自分の創作活動はいつ始まったのか、どんな動機で始めたのか、その時は何を目指していたのか、あれこれ思いを巡らせて、現在やっている陶彫制作やRECORD制作の立ち位置を改めて見つめなおし、この先どのようにしていくべきかを暫し立ち止まって考えることを、私は例年この時期にやっています。幸い工房には美術の専門家を目指す若いスタッフたちがいます。美大受験生、美大生、そして学校を卒業したばかりのアーティスト、既に美術団体に所属するアーティストが工房に集っています。彼らを見ていると、私も初心を忘れないようにしたいと思うのです。そうした人たちが周囲にいることも私にとって幸せなことで、彼らの頑張る姿に影響を受けていることもあると思っています。若い頃の自分は美大の彫刻工房から創作の一歩を踏み出しました。その建物はもうありませんが、その時の気分は今も覚えています。工房で基礎デッサンをやっている若いスタッフを連れて、私が美大の催しに出かける理由として、初心を忘れないようにしたいという思いがあるためと言っても過言ではありません。
2019.10.24 Thursday
「モディリアーニ 夢を守りつづけたボヘミアン」(ジューン・ローズ著 宮下規久朗・橋本啓子訳 西村書店)の第6章「窮乏生活の中で」をまとめます。まず冒頭の文章を引用いたします。「モディリアーニがそれまでに会った女たちの中で、ベアトリスほど彼が生活をともにした女性はいなかった。そして、彼女と過ごした年月の間に、彼の作品は劇的な変化を遂げたのである。1915年にはすでに、現在のどの美術書にも掲載されているような肖像画に着手し、彼の画商であったポール・ギヨームや、画家モイーズ・キスリング、太った子供、新郎、新婦らの肖像画を手掛けていた。彫刻家として過ごした年月の間に、モディリアーニは人間の姿を三次元的な固体として捉える術を身につけ、彼の肖像画はすでに、柱のような長い首と楕円形あるいは細長く引き伸ばされた形の顔、顔の表面に切りこまれたような鋭角的な鼻を備えるものとなっていた。」ところで二人の関係はどうだったのか、こんな一文もありました。「モディリアーニの擁護者となることを決意したベアトリスの自我と、彼女の僭越さに腹を立てたモディリアーニの自我がぶつかりあったのである。しかし、ベアトリスはたとえ彼を恋人として見なすことができなくなっても、彼の芸術を称揚することはやめようとしなかったであろう。」さらにベアトリスが綴った美しい文章が残されています。「愛は…性的な関係とは無関係である。愛は、個人が高揚の極みに達した状態であり、すばらしく、まれな、そして人を奮い立たせるような力強い夢がもたらす偉大で、まれな産物である。」これはモディリアーニのことが念頭にあったようですが、当人は窮乏生活の中にいました。「画廊にとってモディリアーニは扱いにくい作家だった。モディリアーニの作品を買いたい客が現れた場合、画廊の方で値段を提示したとしても、客がモディリアーニの住所を聞いて直接彼に会いにいけば、それよりもっと安い値で売ってしまうのだ。ましてや、抜け目のない客ならば、酒や食事をおごって、その礼としてモディリアーニからただで作品をもらうこともしばしばだった。~略~彼は貧乏のどん底にありながらも、プライドだけは高かった。画材を買うためや酒を飲むために金を借りることはあっても、独特の尊厳さを失うことはなかった。」
2019.10.23 Wednesday
常連にしている横浜のミニシアターで、1週間の限定上映になっていたポーランド・デンマーク合作による映画「イーダ」を観て来ました。2013年に制作された本作は、モノクロでスタンダードなサイズで作られているため、クラシカルな映像美がありました。登場人物たちの極端に少ない台詞や抑制された人と人との距離感もあって、私は終始独特で不思議な雰囲気に導かれてしまいました。内容は1962年のポーランドの修道院から始まります。戦災孤児として修道院で育った少女は、修道誓願を立てる前に、院長から叔母が生存していることを聞かされ、叔母に会いに修道院を出て行くのです。叔母は酒と煙草、時に情事に耽っている自堕落な女でしたが、嘗ては人に怖れられていた検察官だったようです。叔母は少女に、本名がイーダであること、加えてユダヤ人であることを告げ、少女の両親が亡くなった経緯を探りに行くことに付き合うのでした。無垢で信仰心の厚い少女と、シニカルで無心論者の中年女。この奇妙な2人組が、叔母の運転する車で農道を走っていく映像は妙に象徴化された画面構成があり、私は美しさを感じました。イーダが無言で問いかける自分のアイデンティティ、自分とは何者か。嘗て両親が暮らした村を訪れた際に、二人は冷たい仕打ちを受けますが、調べていくうちに、村にいた住人の一人がイーダの両親と叔母の一人息子を殺して森に埋めたことが明るみに出てしまいます。戦中戦後のユダヤ人に対する残虐な行為、全体に立ち込める陰鬱な空気と閉塞感、自暴自棄になった叔母は飛び降り自殺し、イーダは一人残されます。イーダは叔母の真似をして酒を飲み、煙草をくわえてみたりして、外気を吸い込み、新たに解放と言う受難さえ怖れぬ覚悟を決めます。そこで知り合ったバンドマンとの一夜限りの情事、無表情だったイーダの表情に微妙な変化がありましたが、結局、修道院に戻っていくイーダの姿を捉えて映画は終わります。映画「イーダ」は、多くを語らずとも雄弁に表現されたものがあって、私には説明のつかない不安定な印象が残りました。