Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 鑑賞が与えてくれるもの
    創作活動は技術と思索が基盤にあります。技術はイメージしたものに対し、素材を選び、その巧みな技を取得し、自分が思うようなイメージを具現化することです。技術ばかりに走ると、小手先の造形になってしまい、鑑賞する人の心に響いてくることはありません。数多くの展覧会に足を運ぶと、そうした作品を目にすることがあります。逆に技術が覚束なく、それでもイメージに近づけようと奮闘している作品に、作家の魂を感じることもあります。そんな作品に出合うと見に来てよかったと感じるのは私だけではないと思います。思索は、そもそも自分は何をしたいのか、造形という媒体を使って何を表現しようとしているのかを、自問自答する契機になるものです。思索は視覚表現だけに限らず、他の表現分野でも根底に流れるコンセプトであったり、哲学であったりして、創作そのものの問いかけを発する基本的な考え方でもあります。そうした創作活動を展開する上で、さまざまな芸術作品を鑑賞することは、思索を深める良い機会にもなります。たとえば美術の展覧会を取り上げると、展覧会場で私は作家の背景やらキャリアには囚われず、まず作品を見て、素直に感じ取ろうとしています。私は解説が流れる音声ガイドは借りません。作品に対する自問自答を妨げると思っているからです。おぉ、いいなぁと感じられればそれで満足なのです。鑑賞には訓練が必要だとも私は考えます。私が評価したのはどうしてなのか、何が良かったのか、私は自分自身でその答えを探り当てていきます。それが出来るか否かは、鑑賞する場を多く経験しなければ考えをまとめることが出来ないと私は思っています。作家の背景や時代考察などの解説は、鑑賞した後の裏付けとして図録によって確認していきます。NOTE(ブログ)には、展覧会に行った時の新鮮な思い、つまりファーストコンタクトに対する感想をまずアップし、次の機会に図録を読み込んで自らの考えとともに知り得た情報をアップしています。鑑賞が与えてくれるもの、それは自分にとって多くの学びであり、楽しみでもあるのです。
    夏を満喫したい気分
    来週から始まる個展の準備が整い、案内状の発送も終わり、図録も完成しました。私にとって7月個展が、創作活動では1年間のけじめをつける絶好の時なのです。もう次の制作は始まっていますが、ひとまず心穏やかに過ごせるのが個展が終わった後かなぁとも思っています。同時に夏を満喫したい気分になります。今月と来月は公務員管理職として研修会が組まれていたりして、職場には通常の出勤になりますが、学生時代に染み付いた夏休みというコトバが頭を過り、どこかへ出かけたくなるのは私だけではないはずです。私たちは夏季休暇として5日間の休みが取れます。さらに年休を使えば休暇を増やすことも可能です。家内の演奏日程と調整をして、今月から来月にかけてどこかで夏季休暇を取りたいと思っています。少し前までは夏休みというと読書をするイメージでした。ここ数年は夏休みだから集中して本を読もうという習慣が薄れています。読みたい書籍は山ほどありますが、哲学等の難解な書籍にはなかなか手が出せません。私の行動は、夏の定番である海や山には向かいません。以前はシュノーケリングや登山もやっていましたが、仲間も高齢化したため、誘われることもなくなりました。現在の自分にとってどういう休暇を過ごすのがベストなのか、仕事と遊びのオンとオフを切り替える大切さと、自分にとっての心地よい休暇をイメージしながら、今夏を満喫したいと思っています。
    14冊目の図録が届いた日
    個展の案内状は遅くても2週間前までに郵送しなければならないので、印刷を急ぎましたが、図録は個展会場で配布するため、個展開催までに出来上がっていれば基本的には大丈夫です。ただし、私の職場では職員に予め図録を配ってしまうので、早めに届いてくれたら有難いと思っていました。私の二足の草鞋生活を職員に示すことで、仕事一辺倒の職員が、多少なりとも余暇を楽しめる環境を作ってほしいと願って、こんなことをしているのです。今回の図録は14冊目になり、出来るだけ演出を控えたリアルな画像で撮影してもらいました。室内風景の写真は、ロフトが出来て新しく昇降機がついたので、そこに作品を置いて撮影しました。大きな作品の部分カットの画像は、作品の説明的要素よりも、画面の構成や角度の意外性などに注目して選んだものです。新しい試みとしては野外工房の床面を水で濡らして撮影したことです。水に映る作品が面白みを与えてくれるのではないかと思いました。小品5点は作品そのものに水をかけています。陶も石と同じく素材に水をかけると雰囲気が変わって美しく映えるように感じます。撮影日が梅雨時であることを逆手にとって、水を有効に使った演出で、季節感のある図録にまとめることを念頭に入れていました。私は蓄積を楽しむ傾向があるので、14冊という図録の積み重ねが自己満足を助長してしまい、つい笑みが出てしまいます。ただし、創作活動の蓄積は満足を生むものではありません。今度こそ満足いくものを作ろうと思っても、どこか足りない気がしています。創作活動はそれでいいのではないかと考えますが、撮影も自分でやったらいつまでたっても満足出来ないものになってしまうと思っています。カメラマンにお願いして、彼らの感覚で撮ってもらい、他者のセンスで図録にまとめてもらうくらいがちょうどいいと思っています。図録が誇りに思えるのはカメラマン任せで作っているおかげなのです。
    7月RECORDは「螺旋の風景」
    通勤中に読んでいる「ヨーロッパの形 螺旋の文化史」(篠田知和基著 八坂書房)に影響されて、今月のRECORDは「螺旋の風景」というテーマにしてみました。螺旋や渦巻きは私の大好きなカタチで、RECORDにも度々登場しています。今月は設定を変えて螺旋や渦巻きばかりを毎日描いてみようと思っていて、飽きないようにあの手この手を考えているところです。螺旋や渦巻きはまとまりやすいカタチです。中心に向かっていくカタチは安定を与えてくれるからです。中心が失われると心理的な不安要素が出てきます。敢えて不安を掻き立てることを狙いとする芸術作品も多くあり、むしろその方が深遠な世界が覗けるとも考えられます。螺旋は上昇するカタチで、中世の絵画でテーマになっているバベルの塔もそのひとつです。「ヨーロッパの形 螺旋の文化史」に出てくるさまざまな螺旋形態を自作の中に取り込んで作品化できるといいなぁと思っています。動物が成長していく過程で、骨や筋肉などに捻りが見受けられます。人間は螺旋を描きながら成長すると学生時代の彫塑実習で教わりました。植物も同様で、よく観察すると茎や葉に捻りが見られます。まっすぐ天に向かって伸びていく植物もありますが、捻ったカタチが美しいと感じるのは私だけでしょうか。RECORDは陶彫制作のスケジュールが厳しくなったり、個展の準備が立て込んだりすると、忽ち影響を受けてしまいます。一日1点ずつポストカード大の平面作品を仕上げていく作業は、実は大変辛いものであり、その日の気持ちの持ち方や体調によっても左右されます。それを10年以上もやってきましたが、意地でも継続していこうとする意志が芽生え、RECORDは私のライフワークになっています。旅行にもRECORD用紙を携帯しています。
    映画「クリムト」雑感
    先日、常連にしている横浜のミニシアターに映画「クリムト」を観に行ってきました。正式なタイトルは「クリムト エゴン・シーレとウィーン黄金時代」となっていて、グスタフ・クリムトだけではなく、その時代背景や同時代を生きた芸術家を巡るドキュメンタリーになっていました。折しも東京都美術館や国立新美術館では日本オーストリア友好150周年記念として、クリムトを中心とする大きな企画展が開催されていて、私も東京都美術館の「クリムト展」を先月見てきました。映画では旧態依然としたウィーンの芸術界に新しい風を吹き込んだウィーン分離派をクローズアップしていて、その面白さを若い頃にウィーンで堪能してきた私には、あっという間に過ぎた上映時間という感じを持ちました。ウィーンは疑似古典様式の建造物が街の中心を飾っていて、20代前半でウィーンに暮らし始めた私には、西欧の歴史を感じさせる重厚な建造物群に圧倒されていました。そうした環境の中でクリムトやシーレの作品は、エロスやタナトスを描いていていたため、当時は物議を醸したであろうことは想像に難くないところです。S・フロイトの精神分析学もここで誕生しています。O・ワーグナーの合理的な近代建築やG・マーラーの音楽など、時代が変わっていく状況が準備されていたおかげで、近代都市ウィーンは現在の私たちにとって大変魅惑的な都市に生まれ変わりました。ここでクリムトとシーレについての論評を図録より引用いたします。「クリムトは人であれ、自然であれ、美しいものへの憧れを語った耽美主義の人であり、装飾的な美しさによって美の王国を築き、そこに安住の地を見出した世紀末のデイ・ドリーマーであった。クリムトの生涯の半分の28年の短い生涯を、奇しくもクリムトと同じ1918年(これは第一次大戦終焉の年でもあった)に終えたシーレは、快楽よりも苦痛に、外面よりも内面に、安らぎよりも不安に人生の真実を見た画家であった。」(千足伸行著)シーレの絵画はクリムトのそれより現代に近づいているように感じるのは私だけではないと思います。