2019.06.22 Saturday
週末になりました。今週のウィークディは仕事帰りに工房によく立ち寄り、梱包用木箱の板材補強をやっていました。創作活動でもないのに毎晩工房にやってきたのは最近では珍しいなぁと思っていました。板に木材を電動タッカーで打ちつける前に木工ボンドで貼っておくと便利なので、それをこまめにやっていたのでした。今日はそんな下準備もあったので梱包用木箱作りに拍車がかかりました。今日は9箱完成しました。明日もそのくらい出来上がるかなぁと思っていて、そろそろ陶彫部品の梱包を実際に始めていこうと思っています。エアキャップは若干足りないかもしれません。懇意にしている元梱包業者が昼ごろ顔を出してくれました。困ったことがあったらいつでも連絡をくれと言ってくれていて、本当に有難い限りです。梱包用木箱は作り始めると、どんどん進むように思えます。創作活動と異なるのは作業に気疲れがないことで、やや退屈ではあるけれども、私は木工が好きなのでそれなりに楽しんでやれているところかなぁと思っています。一応今週末と来週末くらいで梱包用木箱を作り終えたいと思っていて、来月に入ったら新作を少しでも進めたいと考えています。やはり創作活動をやっていないと心が晴れていきません。自分を追い詰めていくのは厳しい反面、何とも言えない満足が得られます。新たなイメージの具現化は私に生きる喜びを齎せてくれます。既成の作品の修整や梱包用木箱作りにはその喜びがありません。そのためにも梱包用木箱作りが急がれるところです。
2019.06.21 Friday
通勤中に読んでいる「ヨーロッパの形 螺旋の文化史」(篠田知和基著 八坂書房)の第一部「形の文化史」のまとめを行います。冒頭に「スクリュー、プロペラに至る渦巻きがヨーロッパの機械文明の基本で、そこからヨーロッパ文化を支配する形が形成された。」とありました。まさにギリシャ・ローマから始まる建造物を見ると円形や渦巻きを基盤とした変遷が分かります。「一般にギリシャの神殿の美は列柱の微妙なふくらみ、エンタシスにあるとされ、東大寺の柱にもその影響が見られるという。そして円柱の太さ、高さ、間隔などの比例にヨーロッパの古典的な美があるとされていたが、それにならってつくられたローマの古典様式の教会のファサードはどちらかというと単調である。その単調な円柱の列のかわりに、ベルリーニはダイナミックなひねりを柱に加え、『ソロモン柱』にした。ギリシャ・ローマの古典様式ではなく、イスラエルの古典様式と称するものをもってきたところに、彼の意気込みがあるのだろう。まっすぐな円柱がギリシャの古典美なら、キリスト教古代の美は螺旋だと言いたいのである。」また劇場や議会にも円形が登場します。「人が集まって町をつくり、市場をつくり、さらには議会を構成したとするなら、アゴラがそれであり、古代劇場であり、コロッシウムであろう。ギリシャ、ローマの古代劇場、競技場、あるいは集会場はいずれもアンフィシアター、すなわち円形の階段教室の形をとっており、円形の舞台、演説場、競技場をすり鉢形の座席が同心円状に取り巻いているのである。これは現在の欧州議会やフランスやドイツの国会も同じである。」私は若い頃、ヨーロッパで学生生活を送っていたので、確かにすり鉢形の教室が身近だったと思い返しています。さて、ヨーロッパとはどこからどこまでを言うのでしょうか。EU加盟国だけなのでしょうか。「神話や言語、文字などの文化はメソポタミアやシリア、フェニキアからヨーロッパに広まった。これとキリスト教に代表されるヘブライ文化をも現在のヨーロッパの根幹であるとするなら、広義のヨーロッパはインドからオリエントをへて、地中海の北岸へ至っているのである。」それではヨーロッパ文化とは究極何を指すのでしょうか。「ヨーロッパにいかなる文化があったのかといえば、まさに科学技術であり、ルネサンスの三大発明などすべて中国から伝わったとされるものの、それを産業に応用したのはヨーロッパだった。」論考はさらに音楽や美術、文芸などの細かい箇所に触れ、さらに文化そのもののシステムまで及んでいましたが、今日はこのくらいにしておきます。
2019.06.20 Thursday
このところ仕事から帰ってくると、1時間程度工房に足を運んでいます。創作活動ではなく梱包用木箱を作っているのです。木箱の板材に補強用の木材を木工ボンドや電動タッカーで貼り付けています。頑丈な木箱にするための手段ですが、意外に時間がかかっていて、そのために毎晩工房に通っているのです。創作活動とは違い、造形に関わる内面を見つめることはありませんが、単純作業でも骨が折れるなぁと思っています。そうは言っても私は大工仕事が嫌いではありません。祖父が宮大工だったことが影響しているのか、木工は苦もなくやっています。絵を描くより寧ろ木工の方がいいなぁと思っているくらいです。梱包用木箱から話題は離れますが、前に古材を使ってデザイン性に富んだ家具を作っている夢を見たことがあります。線路の枕木のような腐りかけた木材の再生として、魔訶不思議な形をしたテーブルと椅子を私は作っていました。夢から醒めた後、暫しぼんやりと考え込んでしまいました。実は自分はそういうことをやりたかったのではないかと思い込んでしまいました。前にキリストの磔刑像を木彫している夢を見たこともありました。木材と面と向かっていると、不思議な感覚に取り込まれることも自分にはよくあります。これは毎晩工房に通って板材の補強をしているせいかもしれません。
2019.06.19 Wednesday
東京都美術館で開催されている「クリムト展」。先日からこの展覧会に纏わることをNOTE(ブログ)に書いていますが、作品に触れることが少ないなぁと思っています。今日は来日した代表作「ユディトⅠ」について書いていきます。ユディトとは誰か、旧約聖書外典の一場面に登場する若き未亡人がユディトです。彼女はアッシリア軍の包囲を解くため、軍の陣地に向かい、夜陰に乗じて司令官ホロフェルネスを誘惑して酔いつぶし、眠っている彼の首を剣で切り落としました。ユディトは目的のためにはどんな手段を厭わない女性の強さの象徴になっていますが、「ユディトⅠ」は胸元を露わにした官能的な女性として描かれていて、その表情は恍惚としています。現代ではこうしたエロチシズムは普通に罷り通っていますが、当時はどうだったのでしょうか。画面構成は金を多用した装飾性の強いもので、ウィーン分離派の代表的な作品となり、旧態依然としたウィーン画壇に対するクリムトの挑戦ともなったと言われています。図録から引用します。「絵画における金は、中世のキリスト教の宗教画において多用されたが、ルネサンス期以降は遠近法を用いて三次元空間を表現することが主流となり、長きにわたり忘れ去られていた。クリムトはこれを逆手にとり、当時は否定的に捉えられていた手法を新たな表現として打ち出したのであった。~略~エジプト美術やビザンティン美術からの影響、あるいは日本美術からの影響があった。~略~ラヴェンナの聖堂における金のモザイクの輝きが彼に決定的な影響を与え、その繊細な芸術に華麗さとゆるぎない荘厳さが加わったとしている。~略~油彩画になじみのない素材の扱いは容易でなかったようで、金箔を定着するのに時間がかかり、展覧会の出品が遅れたとも考えられている。裸体に近い姿に金をまとい、エキゾティックな文様を背に立ちあらわれるユディトは、匂い立つような官能性を放ち、見る者を圧倒する。」(小林明子著)「ユディトⅠ」は今回来日した作品の中でも、最もクリムトらしい黄金様式を示す代表作であることに違いありません。
2019.06.18 Tuesday
「無造作な髪、伸びたひげ、よれた仕事着ー。東京都美術館で来月10日まで開催中のクリムト展を見て、何より意外だったのは、画家本人の肖像写真だ。金色を大胆にあしらった妖艶な女性像との落差にとまどった。『外見は無頓着。生涯独身でしたが、女性関係は多方面にわたったようです。』と担当の小林明子学芸員。超のつく有名画家の工房には、裕福な貴婦人や若い女性モデルが幾人も出入りした。隠し子騒動は十数件にのぼるという。」と記載があったのは6月16日付の朝日新聞「天声人語」でした。グスタフ・クリムトとはどんな人物だったのか、写真を見ると冴えない中年男性が写っていて、これがあの絢爛たる絵画を描いた作者なんだと思うと、私はちょっぴり嬉しくなりました。創作活動の上で作者は黒子でいいと私は思っていて、外見と内面は違うものと世間に知らしめたい意向が私にもあるからです。そんなクリムトにも女性関係以外でさまざまな葛藤があったことが図録にありました。「『いろいろなことに思いをめぐらすと、私がずっと恐れていたこと、すなわち脳の病気で亡くなった父、精神病院に入院した母、数年前に気が狂ってしまった姉に起きたことが自分に起こらないか心配しています。おそらくその最初の兆候が私に出始めている…』。クリムトの『肉欲』と『放蕩』そして『不節制』という一面は、彼に非摘出子をもたらしただけでなく新たな心配の種となった。」(マークス・フェリンガー著)クリムトが内心抱えていた血族に関する不安や焦燥、それがどう創作活動に影響していたのか、こればかりは作者のみが知る葛藤ですが、クリムトが生殖から死に至るまでの生命を象徴的に表現している絵画を見ると、生命の円環に関して少なからず関心を持っていた様子が伺えます。それが精神面での追い詰められた状態だったのかどうか洞察の域を出ませんが、精神のバランスを欠いたときに作者は究極の表現に達することが出来ると私は信じているところがあり、クリムトもきっとそうだったに違いないと勝手に思い込んでいるのです。今回来日していた有名な絵画「女の三世代」を見ていると、幼子、若い女性、老女が並列して描かれていて、生命の円環を西洋伝統に則った比喩によって明快に表現されていました。これを描いたときのクリムトの心情は如何ばかりか、私は暫しこの絵画の前で立ちすくんでいました。