Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • ポートフォリオについて
    ポートフォリオとは何か、職種の課題として市の全体会議に出すために私に課せられたもので、人材評価に使われるが故に、その定義をしておこうと現在私が取り組んでいる媒体です。後輩の彫刻家によると大学の講義でポートフォリオを扱っているらしく、理論や実践をそこで学べることになっているそうです。私の時代にはありませんでした。確かに美術系の大学はデザイン会社に就職を求める学生が多いので、実績をアピールするための作品集をどのように作るかは重要な就活アイテムになっていて、クリエーターにとって現在なくてはならないものと言えます。ポートフォリオを和訳すれば書類を運ぶためのケースであり、ファイル等に綴じ込むものとは多少意味が違うようですが、内容をひとまとめにしたものと言えば分かり易いと思います。ネットで調べるとポートフォリオには大きく3分野があり、金融・教育・クリエイティブで主に使われていると示されていました。金融関連のポートフォリオは、金融商品等の偏った資産分配をすると、予測外の大きな市場変動があった場合のリスクが発生します。それを避ける目的で、バランスを考えた資産分配の方法としてポートフォリオ理論が使われていると書かれていました。ポートフォリオは単なる記録ではなく、自己アピールのために企業の求めに応じたスキルやキャリアを示すもので、作成者が資料を取捨選択し作品化するものです。そこに全体のバランス感覚も問われてしまい、それが採用評価に繋がるものと考えられます。とりわけクリエイティブな分野では作品の意図するところや、学習や実習で培われた能力などを最大限示し、視覚的にも映えるものを作らなければなりません。教育分野では個人評価ツールとして、生徒が学習過程で残したレポートや試験用紙、活動を写し取った画像等を保存する方法で、ポートフォリオはテストでは測りきれない個人能力の総合的な評価方法であると書かれていました。学生に限らず、転職を考える社会人もポートフォリオを作成し、自己能力を可視化して評価をしていただくのが最近の傾向のようです。ポートフォリオそのものをアート化するのも表現方法としてはいいかもしれないと思います。
    睡魔との闘い
    朝晩涼しくなって凌ぎやすい季節になりました。工房周辺の草刈りが終わって、工房が建っている植木畑がすっきりしています。親戚の造園士に感謝です。工房への小路は畑の中にあるので、草が生い茂っていた時は、草をかき分けて歩いていましたが、今は露が足を濡らすことがなく、楽に歩けるようになりました。そんな状況なので、そろそろ夜の時間帯に工房に通おうと思っていますが、如何せん最近の涼しさ故か、夜になると猛烈な睡魔に襲われます。睡眠はしっかりとれているので、睡眠不足ということはありません。私は23時を回ると眠くて起きていられなくなり、すぐ就寝してしまいます。二足の草鞋生活のおかげかもしれませんが、自分は人より多忙な生活かもしれず、夜が眠れないことはありません。職場の課題はありますが、睡眠を邪魔するほどではなく、あれこれ考えていても眠気がやってきて、そのまま寝てしまうのです。困っているのは20時くらいから23時くらいまでの間に襲ってくる睡魔です。20時に寝てしまうと、さすがに深夜に目覚めてしまうので、何とか23時まで持ちこたえています。というより、私には日々の創作活動と記録があるので、寝ていられないのです。創作活動とはRECORDのことで、一日1点ずつ完成させていく小さな平面作品です。記録とはこのNOTE(ブログ)のことで、これも日々書いてアップしています。RECORDは下書きだけの山積みされた過去の作品に対し、現在は猛烈な勢いで仕上げに入っています。1年間に1回のカメラマンによるRECORD撮影日が決まったので、今は慌ててその帳尻合わせをしているようなものです。途中で絵の具の筆を置いた時に、ふと眠くなってテーブルにうつ伏してしまう時間があります。あ、まずいと思って、冷水を飲んでもう一度画面に向かいます。まさに睡魔との闘いです。NOTE(ブログ)はパソコン画面を見ていると睡魔が消えていきます。ICT機器は睡眠を邪魔するものなのでしょうか。睡魔は精神的なもののようで、創作活動は集中はするものの心はリラックスしているのかもしれません。週末の昼間にやっている陶彫制作よりも、毎晩睡魔と闘いながらやっているRECORD制作の方が、ある意味では厳しいと感じています。
    彫刻家の憧れの生活
    「ブランクーシは完全性と洗練された簡潔性をその芸術と生き方において達成した芸術家であり、~略~彼はさまざまな形態、ヌードや飛んでいる鳥や接吻している男女などをその本質まで還元した。彼の作品の評判を聞いたロダンは助手として彼を雇おうとしたが、ブランクーシは『大樹の下には何ものも育たない』といって断ったという。青い仕事着に木靴をはき、がっしりした髭面の彼は、自己完結した世界をアトリエに作っていた。家具も自分で作っており、客はくぼんだ丸太に座らされ、食事は自作の石のかまどで自分で作った。」この文章は、私が一番気に入っている箇所で、「モディリアーニ 夢を守りつづけたボヘミアン」(ジューン・ローズ著 宮下規久朗・橋本啓子訳 西村書店)にあったものです。若い頃、私はヨーロッパ各地を金銭を切り詰めながら旅行していて、パリのポンピドーセンターの敷地内にあったブランクーシの移設したアトリエを見てきました。その彫刻素材に囲まれた空間に入るなり、気持ちがホッとした記憶が残っています。ウィーンに住むようになってから、石彫家カール・プランテルの農家を改造した自宅を訪れたことがありました。その時もプランテルの簡潔な彫刻形態がそのまま反映された住居を見て、憧れにも似た気持ちになりました。白壁に古い重厚な家具、その洗練された組み合わせに、生活を楽しむとはこういうことかと改めて考えさせられました。身近なところでは長野県に住む師匠の池田宗弘先生の「エルミタ」と称する自宅兼工房があって、蔦の絡まる煉瓦壁に真鍮で作られた彫刻や調度品が配置され、その雰囲気も特筆できるものであり、私にとって憧れる存在です。画家の住居より、立体を扱う彫刻家の方が私に刺激的な住居空間を提供してくれているような気がしています。衣食住全てにわたって、自分の世界を作ることが出来るのは何と素晴らしいことか、ブランクーシ流に言えば、その芸術と生き方において達成した芸術家に許されると言うことですが、今の私は到底達成できるものではありません。二足の草鞋生活が終了したら、少しずつ憧れの生活に近づけようかなどと夢想するこの頃です。
    「モディリアーニ」第4章のまとめ
    「モディリアーニ 夢を守りつづけたボヘミアン」(ジューン・ローズ著 宮下規久朗・橋本啓子訳 西村書店)の第4章「モンマルトルからモンパルナスへ」のまとめを行います。副題として「彼は恐るべき衝動に駆られて彫刻を作っていた」とあり、25歳になったモディリアーニは、一旦故郷に帰りますが、だんだん家族のモラルが息苦しくなり、再びパリに戻ってきます。モンパルナスに移ってもモディリアーニの関心は彫刻にあったようです。「彼は恐るべき衝動に駆られて彫刻を作っていた。砂岩の大きな塊をアトリエに持ってこさせ、石にじかに彫りこんでいた。彼はときに怠惰を愛し、高度に洗練された態度で怠惰に身をまかすことがあるように、仕事に深く没入することもあるのだ。彼のすべての彫刻は石をじかに彫ったものであり、粘土や石膏は決して使わなかった…この(彫刻への)衝動に襲われると、彼は画材をすべて脇に押しやり、ハンマーを握るのだ」これはドイツの批評家がモディリアーニの制作の現場を見て感想を述べたものです。「モディリアーニがブランクーシと同じく、現代の彫刻は堕落しており、ロダンの影響でだめになっていると思いこんでいた。彫刻家はあまりにも粘土によって塑形しすぎており、彼のことばによれば『泥まみれになっている』というのであった。この芸術を再生させるためには、大理石をじかに彫る以外に道はないという。」モディリアーニがアフリカの原始的な黒人彫刻に傾倒していた様子も伺えました。また、こんな一文もありました。「彫刻を続けるために、朝デッサンを描き、夜それをカフェで売るという生活をしていた。この作業は彼の心身をすり減らし、彼は不安と人生の孤独で消耗してしまった。しかし、石に自らの意思を刻むという肉体的な努力は、何事にもかえがたいある種の満足と例外的な平安を彼にもたらせた。若い頃イタリアの偉大な美術都市を訪れて以来、モディリアーニは環境を浄化するような建築的な等身大の彫刻を創りたがっていた。」モディリアーニは絵に関しては気難しい面もあり、偏屈な性格が垣間見えるところもあったようです。「彼は絵を売るときもいつも傲慢であり、見込みのある客にもへつらったり持ち上げたりすることはできなかった。あるとき、モディリアーニのデッサンをまとめてほしがった画商が、彼が希望した控えめな価格よりもさらに安く値切ろうとした。~略~モディは押し問答するのをやめた。彼はカウンターにあったナイフをつかむと、紙の束を突き破って穴を空け、それらを紐でくくると、おもむろに店の裏手の手洗所に行き、トイレの中の留め金にその繊細なデッサンを引っ掛けてしまった。」やれやれ、食うや食わずになってもプライドの高い芸術家であったモディリアーニ。早くも人生の佳境を迎えようとしていました。
    三連休の総括
    今月は2回の三連休がありました。そのほとんどを陶彫制作に費やし、新作の制作工程を進めてきました。昨日は屏風用の厚板を購入してきましたが、まだ全体の下書きに着手できずに、厚板を眺めて過ごしました。今日は陶彫部品2点の成形を行い、夕方4時に工房を後にしました。今日は真夏のような暑さと風の強い一日で、暑さの影響で汗が滴り、シャツがびっしょりになってしまいました。前半の三連休は屏風ではなく、床置きになる陶彫部品の中心をなす第2ステーションの制作に入りました。第1ステーションは4点の陶彫部品で構成されていますが、第2ステーションは10点の陶彫部品で構成いたします。10点のうち今日までに6点が立ち上がっています。そのうち4点は成形と彫り込み加飾が終わり、乾燥を待っている状態です。今日作った2点は成形が終わっただけで、彫り込み加飾は後日です。残りは4点。今月中の第2ステーションの完成は無理です。陶土も足りなくなってきたので、栃木県の問屋に注文しなければなりません。陶彫制作は一日頑張っても7時間が限界かなぁと思っています。陶彫は一気呵成に出来るものではなく、着実に一歩ずつ先に進めることが肝心なのです。その意味では2回の三連休とも着々と制作を進められたと自負しています。2回の三連休で気になったことは、制作の疲労はいつも通り蓄積されていますが、これはあまり気にしていなくて、寧ろ気候のせいか朝晩が肌寒くて、その分睡魔が襲ってきてどうにもならないと感じたことです。昼間は陶彫制作を工房でやっていて、夜の時間帯に自宅の食卓でRECORDの山積みされた作品の仕上げをやっています。このRECORD制作が、睡魔に邪魔されて思うように進まないのです。夕飯が終わると眠くなります。飼い猫トラ吉の頭を撫でながらこのまま眠ってしまいたいと暫し思うのですが、その本能に打ち克ってRECORD彩色を始めます。昼は立体、夜は平面、こんな生活が続いています。これは三連休が終わっても継続していく作業です。