2019.07.22 Monday
昨日で終了してしまった展覧会の感想をここで記すのは、かなり気が引けますが、陶芸家加守田章二はあちらこちらで展覧会をやっているので、作品を目にする機会の多い陶芸家ではないかと思います。そんなことを踏まえて、敢えて感想を述べさせていただきます。展覧会場は東京虎ノ門にある菊池寛美記念 智美術館で、陶芸を専門に扱っている美術館らしく、小さな陶器には見やすい展示台があって、じっくり鑑賞することが出来ました。加守田章二は49歳で亡くなった夭折の陶芸家です。私は栃木県益子でその作品に触れ、衝撃を受けました。それは曲線彫文が施された壺や皿で、還元や炭化焼成で焼き締められていました。加守田は、窯の中の酸素を少なくして高温焼成し、冷却時も還元状態にして土を締める方法によって、陶土そのものの表情を提示する、野性味に溢れた作品を作っています。そこに曲線彫文があるだけで、単なる器だけでなく、加守田ワールドはいろいろな世界が想起されるオブジェになっていました。図録にこんな一文がありました。「『曲線彫文』の文様を生み出すにあたり、加守田が何に想を得たのかについては諸説あり、遠野で目にした鳥居の木目に想を得ているという昌子夫人の証言の他、遠野に吹く風が砂上につくる風紋や仏教美術からの影響なども指摘される。」さらに加守田本人のメモが図録に掲載されていて、私はこれも記憶に留めることにしました。「私は陶器が大好きです しかし私の仕事は陶器の本道から完全にはずれています 私の仕事は陶器を作るのではなく 陶器を利用しているのです 私の作品は外見は陶器の形をしていますが中身は別のものです これが私の仕事の方向であり 又私の陶芸個人作家観です」陶芸家加守田章二の作品は、器というより陶彫に近いものを私は感じ取っています。展覧会のタイトルに「野蛮と洗練」とありましたが、縄文土器の風情を保ちながら、モダンで近未来的な造形を感じるのは私だけではないと思います。若くして亡くなったことが惜しまれる陶芸家でした。
2019.07.21 Sunday
昨日、ギャラリーせいほうでの私の個展が終了しました。反省はいろいろありますが、ともあれホッとしたことは事実です。個展開催中は自分が会場にいなくても気がかりでなりませんでした。やはり終わってみると一抹の寂しさはあるものの、今後の創作活動に向けて歩き出さなければならないと感じています。既に陶彫部品はひとつ出来ていて、全体のイメージは固まっています。早速新作を作り始めるところを、今日はちょっと立ち止まって、東京の美術館巡りを行いました。家内は演奏活動があるため、今日は私一人で東京を回りました。朝9時に自宅を出て、最初に向ったのは東京六本木にある国立新美術館でした。同館で開催中の「ウィーン・モダン」展を見てきました。副題は「クリムト、シーレ世紀末への道」となっていました。今年は日本とオーストリア国交150周年に当たる年で、この企画展の他に東京都美術館で「クリムト展」もありました。ウィーンは嘗て自分が暮らした街でもあるので、思い入れも人一倍強く、また懐かしくもありました。自分が学んだウィーン美術アカデミーの新校舎や記念ホールの設計計画がO・ヴァーグナーによって立ち上がっていたことが分かり、それが実現していたら、あの旧態依然とした校舎ではなく、鉄鋼を使ったモダンな環境に生まれ変わっていたのに、ちょっと残念だったなぁと思ったりしていました。詳しい感想は後日改めます。次に向ったのは虎ノ門にある菊池寛美記念 智美術館で開催されていた「加守田章二の陶芸」展でした。展覧会のタイトルは「野蛮と洗練」とあって、まさに加守田章二の世界は、灰釉による造形に曲線彫文がつけられた野蛮と洗練が融合したものでした。私は栃木県益子でその作品に初めて接し、感銘を受けた記憶があります。陶芸家加守田章二は49歳の若さで夭折した作家ということも益子で知りました。この展覧会の詳しい感想も後日に回します。最後に訪れたのが東京駅にあるステーションギャラリーで、ここは旧駅舎の赤レンガが剥き出しになった風情のある美術館です。ここで開催されていたのは「メスキータ展」で、私にとって画家メスキータは初めて知った芸術家でした。オランダ生まれのメスキータの弟子には騙し絵のエッシャーがいました。ユダヤ系オランダ人のメスキータの一家がドイツナチスによって強制収容所に送られ、そこで殺害されるという衝撃の事実がありました。当時、多くの作品はエッシャーによって保護された経緯があり、今私たちがメスキータの作品が見られるのは弟子のエッシャーのおかげとも言えます。この展覧会も詳しい感想を後日に回します。今日は3つの展覧会を巡りました。自宅に帰ってから、家内と参議院選挙の投票所に出かけました。今日は新作を考える上で、重要な示唆をいただいた展覧会を見て来ました。個展の後だったので、身体の疲労が取れていなくて辛い面もありましたが、心は充実していました。
2019.07.20 Saturday
14回目の個展の最終日を迎えました。朝11時にギャラリーせいほうにいると、懐かしい人たちが訪ねてきて、とてもいい時間を持つことができました。毎年のことではありますが、個展というのは旧交を温める絶好の機会だなぁとつくづく思います。何年も私の個展に来ていただいている方が、私の作品の経過観察をしていただいていて、自分でも気づかない創作の変化を指摘してくれました。同じテーマ、同じ素材でシリーズとして作っていると、確かに時間と共に作品が変貌していくのかもしれません。それでも私の作品には大きな変化はありません。ひとつの手法をじっくり煮詰めていくのが大好きという理由が私にはあります。作品が小手先にならないのは、陶彫という難解な技法によって満足できない結果にいつも悩まされているためです。なかなか巧緻になれない己の不器用さもあるでしょう。それがわかっているからこそ手法を変えられないとも言えます。意外に自分は頑固だなぁと思うところですが、幸い自分は20歳の頃に夢見たことに対して軸足を変えずに実現している自負はあります。夢を諦める言い訳が私には存在しません。今回の個展によって齎されたものは継続による指針です。もう来年の個展に向けて新作を作り始めているところです。来年の海の日からの個展開催は、ちょうどオリンピック・パラリンピックが開会を迎える時期に当たると、ギャラリーの田中さんに言われました。オリパライヤーの銀座には人が溢れているのでしょうか。来年は15回目の個展開催、公務員管理職としては再任用満了を迎える年でもあります。自分の足元をしっかり見据えて頑張っていきたいと思っています。夕方の搬出作業は、図録撮影や搬入の時のメンバーがギャラリーに集まってきてくれました。手際よく木箱に陶彫部品を収めて、僅か1時間程度で搬出作業は終了しました。ギャラリーの床に掃除機をかけて照明を落としました。飛ぶ鳥跡を濁さず。作品を積んだトラックは一路横浜の相原工房に向いました。手伝ってくれたスタッフの面々にレストランで夕食を驕り、無事に14回個展を閉じることが出来ました。
2019.07.19 Friday
4月から新しい職場に転勤してきて、最初の大鍋コミュニケーションを行いました。仕事がひと段落して、来週7月22日から8月27日までは職員が夏季休暇を取りやすい環境を職場では作っています。職場の閉庁日を8月8日から15日までのお盆の時期に設定していますが、仕事に支障が出なければ、来週から休むことも可能です。職員はそれぞれ専門分野の研修会等があって、実質的には休める雰囲気ではありませんが、私としては下半期の多忙時期に備えて、充分身体を休めて欲しいと願っています。大鍋コミュニケーションは、私が前の職場で幾度もやっていた重要な職場経営ツールで、鍋を囲んで仲良くなるには絶好の方法なのです。ほとんどの職員は普段は専門職なので他者との協働は少なく、もちろん協働するイベントはありますが、基本は一人で行う職種です。それら職員を繋ぐもの、お互いが休憩を取り易くするもの、それがコミュニケーションです。意思疎通ができていれば、お互いの仕事をカバーしあうことができるし、心地よい職場空間をも獲得できると私は思っています。職場環境を整える方法は管理職によってそれぞれ違います。お互いが夏季休暇を取りやすい環境とは、制度的な環境もありますが、人と人との関係性も無視できないものがあると私は考えています。そこで私が考えたのが大鍋コミュニケーションなのです。昨晩は食材を購入するため近隣のスーパーマーケットに出かけました。職場のために手間暇かける、自分の得意とするところを職場で生かす、そんな思いで朝から鍋を作っていました。幸い職員はよく食べてくれて、私としては幸せに包まれました。自己満足なのかもしれませんが、それでも私は大鍋コミュニケーションを続けていきます。
2019.07.18 Thursday
自分にとって気分が高揚するときはどんな場面だろう。そんな思いを綴ってみたくなりました。現在は東京銀座のギャラリーせいほうで私の個展が開催されていますが、14年前は初めて個展が出来る喜びに包まれて、気分が高揚したことを思い出しました。ギャラリーせいほうは、学生時代から憧れていた画廊だったので誇らしくもありました。2回目の個展から高揚はなくなりました。寧ろ厳しい自分の状況に恥かしい思いをしながら年月が過ぎ、今日を迎えております。不満があるから来年こそ頑張ろうと持ち越すうちに14回目を数えてしまったのが実感です。創作活動で気分が高揚する瞬間は、作品がイメージ通りのカタチになってきた時です。もう少しで完成すると感じた時に気分は上がります。陶彫部品がきちんと焼成できた時も気分は上々です。陶彫作品は図録用撮影日を迎えて、そこで一度組み立てます。そこから心情的には現行作品が自分の中で終わってしまい、個展会場では欠点ばかりに目がいくのが辛いところでもあります。RECORDも色彩とカタチが巧く組み合わされて納得できた時に、ちょっぴりいい気分になります。RECORDは日々新しい作品を作っているので、じっくり鑑賞することもなくケースに仕舞ってしまい、振り返る余裕がありません。RECORDはホームページにアップされた時に複雑な心境になります。気分が高揚する一番の時は鑑賞です。自宅から美術館や映画館に出かける時は、足取りも軽く気持ちは浮かれています。他人の作った作品は心底楽しむことができるし、学びと同時に格好の気分転換でもあるのです。