Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 「即位礼正殿の儀」で創作活動の機会を得る
    今日は「即位礼正殿の儀」で、官公庁は休日になりました。「即位礼正殿の儀」とは、天皇陛下の御即位を内外に広く披露するための儀式です。言わば外国で称される「戴冠式」のようなものだろうと思います。天皇制が出来た古代から現在も天皇が継承されている我が国の特別な環境を、私は支持しています。私の中には紀元前の神武天皇から始まったであろう長きにわたる歴史を蔑ろにしてはいけないという考えがあります。また、日本国象徴としての天皇の現在のお姿も理解しています。今日は祝事の休日扱いのため、私には週末以外に創作活動が出来る喜びもありました。今日は朝から工房に籠りました。屏風の下書きを続きを行っていましたが、昼頃になって横浜市中区にある常連のミニシアターに映画を観に出かけました。上映されていた映画は、敢えてモノクロにしてクラシックな映像美を求めたポーランドの「イーダ」でした。修道院で育った孤児が叔母を訪ねていく物語で、彼女の出生に纏わることが明かされていく過程で、自分とは何者なのか、彼女のアイデンティティに関わることが映画全般の主題になっていました。詳しい感想は後日に改めます。映画館から帰ってきて、再び工房に篭りました。工房に若いアーティストが顔を出しました。彼女はテキスタイルの作品を作り続けていて、新作に取り組んでいました。今月末までに新作を完成させなければならないようで、彼女は集中して作業をしていました。私も背中を押されるように屏風の下書きの続きを行ないました。これは創作と言うより、創作を行なうための準備で、厚板に無数の矩形を描くために縦横の線を鉛筆で引いていたのでした。この矩形のいくつかを彫っていくことになりますが、まだ先の制作工程になります。夕方は母が入院している病院に、家内と見舞いに出かけました。今日が休日になったおかげで、制作やら鑑賞やら母の見舞いやらが滞りなく進みました。明日からまたウィークディの仕事に励みたいと思います。
    「呪術としてのデザイン」を読み始める
    「呪術としてのデザインー芸術民俗学の旅」(中嶋斉著 彩流社)を読み始めました。本書は自宅の書棚に仕舞いこんでいたもので、未読の一冊です。これは職場の私の部屋に置いておいて、折に触れて読もうと思っています。前まで読んでいた現象学者の論文とは違い、本書は比較的平易ではないかと思っているので、楽しく読み進められるかなぁと期待しています。素朴な土俗信仰や高度に洗練された宗教であっても、人間が畏怖を感じる存在を具現化したものは世界各地にあります。私も願わくばそうした不可思議なデザインを訪ねて世界中を巡りたいと思っているので、本書は私の願望を満たしてくれる格好な書籍であろうと考えています。目次を見ると、ケルト民族の意匠に関するものが多いのも興味・関心を引くところでもあります。序文に次のような一節がありました。「芸術の本質もまた超越的な存在の媒介による他者との位置関係の新しい設定であり確認である。日常の目に見えなかったものを感覚の領界にうつし、非現実を現実化するとき、詩が生まれ、建築が始まる。芸術と宗教、そして科学に通底するものは呪術のデザインである。」私が創作活動として陶彫制作をするとき、日常では見ることができないイメージ世界を捉え、その存在を効果的にする素材を選択し、具現化するために技法を習得するのは、何かに突き動かされているのかもしれないと常々感じていて、でも、その正体を掴むことは到底出来ません。創作の動機や意欲はどこからやってくるのでしょうか。自分では説明のつかないものを本書とともに考えていきたいと思っています。こんな一文もありました。「芸術は、自己表現であるよりはむしろ神との対話である。暗闇のしじまに、不可思議なフォルムの醸成をまたなければならない。呪術はその位相空間を可能にする工夫であり、意匠である。」
    週末 地域行事&屏風下書き開始
    今日は午前中は職場の地域行事に参加してきました。自分の役職上これは参加せざるを得ないもので、仕事の一環として考えています。今月はこうした用事が立て込んでいるので、なかなか陶彫制作が進みませんが、それでも昨日は第2ステーションの成形と彫り込み加飾が完了したので、今日は午後になって、いよいよ屏風の下書きに取り掛かりました。屏風は6枚の厚板で構成する予定ですが、まず手始めに基本となる1点目の下図を描いてみました。イメージとしては20代の頃に旅したトルコを思い出し、過去の作品で頻繁に参考にした地中海沿岸に広がる古代都市ではなく、トルコ内陸のカッパドキア地方の奇岩を参考にしました。奇岩には無数の穴が開いていて、この洞窟に人の住んだ形跡が見られました。イスラム教徒が台頭する中で、キリスト教徒が隠れ家にした歴史があって、美しいフレスコ画も洞窟に残されていました。ちょうど蜂の巣のような秩序だった洞窟住居は、自然と人工の織り成す絶妙な美観が何年経っても私の印象に残っています。その美観を思い出し、まず屏風に表したいのは風化した壁であり、人々の暮らした痕跡であり、まさに廃墟となった住宅を作りたいと考えているのです。そこに這っていく不可解なオブジェを陶彫で作り、大きな捉えをすれば死生観までも表現できたら本望かなぁとも思っています。最初に秩序だった穴の開いた壁を作るために、厚板に横長の同じ長方形が並ぶ基本的なパターンを描きました。厚板の縦横の長さに対して、どのくらいの長方形を配置すべきか、長方形と長方形の仕切りをどのくらいにすべきか、己の感覚を下敷きにしながら寸法を計算をして、まず1点目の厚板に定規で縦横の線を引きました。これと同じものを6点作ります。廃墟を作るためには、廃墟になる前の整然とした住居を作る必要があるのです。きっちりとした構成物がなければ、破壊することも出来ません。とりあえず基本となるパターンは書き上げました。先が長いなぁと思いつつ、屏風の第一歩は踏み出しました。今後は陶彫制作と屏風の木彫制作を同時に進めていく所存です。
    週末 第2ステーション成形・加飾完了
    週末になりました。朝から工房に篭りました。今日は若いスタッフが来ていて基礎デッサンをやっていました。スタッフがいると張り合いがあって作業が進みます。彼女は肌理の細かい感覚を持っていて、技術が向上すれば緻密な世界が描けそうな気がしています。来週は美術系大学の学園祭(芸祭)に行こうかと話をしていました。私は先日から取り組んでいる新作の第2ステーションの成形と彫り込み加飾が何とか完了しました。陶彫は最後に焼成という制作工程が控えているため、窯入れしなければ、完成には至りません。今日完了した陶彫部品は、いずれも乾燥するのを待って窯に入れる予定です。第2ステーションは10個の陶彫部品で成り立つもので、10個を並べると楕円形になります。第1ステーションも4個で円形になるように配置するので、床に円を成す一塊の集合彫刻が2ヶ所できるのです。2ヶ所のステーションは蒲鉾型の陶彫部品で結ばれる計画です。蒲鉾型の陶彫部品は網の目のように伸びていき、屏風にも立ち上げって壁に貼りついていくイメージです。とりあえず床に置かれる2ヶ所のステーションの成形と彫り込み加飾が終わり、これが上手く焼成できれば、床置きの見せ場は何とかなりそうです。今月中には第2ステーションの成形と彫り込み加飾を終わらせる目標を立てましたが、これは達成しました。第1ステーションと第2ステーションの連結は、今年ギャラリーせいほうで発表した「発掘~双景~」を応用したもので、新作はさらに屏風に陶彫部品が伸びていき、屏風に蔦が這うように絡んでいく世界を創り出そうとしています。いずれ新作に関するイメージの源泉をNOTE(ブログ)に書いていきますが、私は雑駁なイメージが作る過程で具体化していき、時に立ち止まって思索しながら、茫洋としたものがはっきり見て取れるものになっていくのが常なのです。今回完了した第2ステーションも蓮の葉が寄せ集まったイメージでしたが、カタチが出来てきて漸く次なる展開が可能になったと思っています。完成図のエスキースをしないのが私の流儀で、下図があるとそれに左右されてしまい、それ以上の世界が期待できなくなる怖れがあります。降って湧いたイメージはそのまま心に仕舞っておいて、イメージの上書きを具体化とともにしていくのです。明日は職場のある地域の行事があって、丸一日を創作活動に当てられないのが残念ですが、そろそろ屏風の下書きをやってみたいと思っています。
    「見えないものを見る カンディンスキー論」読後感
    「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)を漸く読み終えました。本書は職場の私の部屋に置いたまま、時には数か月も放ってありました。前の職場から現在の職場へ移動した書籍の一つでもあります。NOTE(ブログ)によると、初めに手に取ったのが2017年11月29日だったので、ほぼ2年がかりで読破したことになります。著者のミシェル・アンリは「精神分析の系譜」等を著した現象学者で、読み進めていくうちに哲学書全般に見られる周到に用意された語彙の理解が必要になってくるのを感じていました。途中で挫折するかもしれないと思ったことは数知れず、それでもその危機感を救ったのは、本書が私の大好きなカンディンスキーの絵画理論に基づいていることが大きかったと振り返っています。内容を一言で言えば、訳者があとがきで書いている通り「写実主義の絵画を初めとしてあらゆる絵画は抽象絵画に包摂されるという点」にあります。カンディンスキーが生きた時代は、新しい芸術が理論と共に生まれた時代と理解していますが、今読んでいる画家モディリアーニの生涯を考えてみると、不思議な感覚に陥ってしまいます。カンディンスキーは1866年生まれ、モディリアーニは1884年生まれで、カンディンスキーの方が18年も前に生まれているのです。もちろん、ピカソのキュビズムやフジタたちのエコール・ド・パリもあって、欧州芸術界は百花繚乱の雰囲気がありましたが、それにしてもカンディンスキーの「芸術における精神的なもの」を初めとした絵画理論の数々は、この時代にすれば飛び切り新しいと言わざるを得ません。造形美術が哲学を纏うようになった最初の人がこのカンディンスキーではないかと思うのですが、いかがでしょうか。因みにモンドリアンは1872年生まれ。同時代と言えばその通りで、エコール・ド・パリの時代に次の時代を予感させる抽象絵画が始まっていたのでした。