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  • めっきり寒くなった11月に…
    11月になりました。朝晩めっきり寒くなった11月に、陶彫制作に闘志を燃やすのは何も今年に限ったものではありません。NOTE(ブログ)のアーカイブを見ると、11月から窯入れを始めているようで、今年も例外なく窯入れをやっていこうと思っています。今月の陶彫制作は屏風と床置きのステーションを繋ぐ蒲鉾型の陶彫部品を作っていきます。今まで作ったものより多少小ぶりな造形になるので、1ヶ月で数多く作れるのではないかと期待していますが、果たしてどうでしょうか。屏風の木彫の最終デザインも決めていこうと考えていて、その壁のイメージを思い浮かべていくことも重要な仕事です。今朝は寝起きにふと壁のイメージが湧きましたが、まだ漠然としていてカタチが掴めません。私は紙上のエスキースをしないので、常に頭の中をイメージが去来しているのです。次第に霧が晴れてくるのを待っているような按配です。毎年のことですが、今月は昼間の仕事も多忙感がつき纏い、かなり厳しくなります。来年度の人事体制を考え始めるからです。私の場合は、いつもこの時期から公務員管理職としても、彫刻家としても神経も体力を使わざるをえないのです。ストレス解消としては美術館や映画館に行くことですが、今月はそれが出来るでしょうか。RECORD制作は今のところ調子が良く、自宅での集中力が増しています。この調子の良さは、疑似科学ではあるけれどバイオリズムの周期というものを信じたくもなります。慣れると緩慢になりそうでいて、そうでもないところで踏ん張っているRECORDが前よりも楽しみになっています。読書は相変わらずで、先月の継続になるかなぁと思っています。今月も頑張っていきたいと思います。
    週末制作を全う出来なかった10月
    今日で10月が終わります。月の最初のNOTE(ブログ)に書いた通り、今月は週末にいろいろな用事があり、なかなか制作時間が取れず、陶彫制作を全うすることができませんでした。今の職場の地域行事の参加や前職場の若手職員の結婚式参列、台風で壊れた自宅の雨樋修繕のための業者との打ち合わせ、母の介護施設への引っ越しの手伝いと、母の転倒による入院手続きとその付き添い、先週末に行った2つの美大の芸祭など、週末がやってくる度に制作時間を削ってきました。それでも第1、2ステーションの陶彫成形と彫り込み加飾の完了と、屏風を構成する6点の厚板に基本となるパターンの下書きを終えました。用事がなければ制作工程としては遅々として進まなかった状況ですが、これだけの用事がある中でよくぞここまでやったなぁという思いに駆られています。ただ、制作工程としては厳しくなっているのは確かです。来月に期待したいところです。RECORD制作は毎晩やっていて今月は及第点です。この調子で継続したいと思っています。最近賢くなったかもしれない飼い猫のトラ吉は、私が食卓でRECORDを制作している時は、ガラス扉越しにずっとこちらを見ていて、大人しく待っているようになりました。美術鑑賞は師匠の池田宗弘先生が所属している「自由美術展」(国立新美術館)、「スタシス・エイドリゲヴィチウス展」(武蔵野美術大学美術館)へ行きました。映画鑑賞では「トム オブ フィンランド」、「イーダ」(いずれもシネマジャック&ベティ)の2本を観てきました。多忙な10月だったにも関わらず、これも陶彫制作同様まずまず良かったのではないかと思っています。読書は「モディリアーニ」をまだ読んでいます。職場には民俗学の書籍を持ち込んできました。朝晩めっきり寒くなってきた10月末ですが、来月も元気に頑張っていきたいと思います。
    「モディリアーニ」第7章のまとめ
    「モディリアーニ 夢を守りつづけたボヘミアン」(ジューン・ローズ著 宮下規久朗・橋本啓子訳 西村書店)の第7章「モディリアーニの成功を夢見る男」のまとめを行います。「ポーランドの詩人レオポルド・ズボロフスキーはこの展覧会を訪れ、モディリアーニのずば抜けた才能に驚嘆した。ズボロフスキーは政府の給費留学生として文学を学ぶために戦前のパリにやってきたが、給費が途絶えたのでセーヌ河岸で本や版画を売って生活していた。~略~八年前にポール・アレクサンドルがモディリアーニを支援して以来、ズボロフスキーほど彼の作品に強い興味を抱いた人物はいなかった。~略~『彼のような画家がカフェテラスで作品を売らねばならないとは何とも惨めなことだ』~略~ズボロフスキーは契約の一部として彼に煙草を提供したほか、苦労してワインも手に入れてやった。今やグラス二杯か三杯のワインは彼の制作活動にとってなくてはならないものだったからだ。~略~ほんの少量の酒で彼が酔っ払えたというのは驚くべき事実だが、おそらくワインは彼の力を発揮させる触媒だったのであろう。彼の友人たちは皆、彼がどんなに酔いつぶれても手だけは正常で、ずば抜けた技術とセンスをもってスケッチすることができることを知っていた。」ここまでモディリアーニと彼の画商になったズボロフスキーの関わり合った部分だけをピックアップして書きましたが、モデルになった女性関係や戦時下の混乱した生活状態のことは省略させていただいています。最後にモディリアーニの人物画家としての特徴を書いた部分を引用いたします。「フィレンツェとヴェネツィアでの修行時代からモディリアーニは女性のフォルムを繰り返し熱心に学習し、パリにきてからも裸体画のクラスに通っていた。彼が描くほかの肖像と異なり、彼の裸婦は物憂げな雰囲気がなく、直接的で開放的、肉感的なフォルムを持ち、華やかな色彩が用いられている。顔の描き方は簡潔で、ほかの肖像のそれのような悲痛な面持ちは見られない。しかし、そうした肖像のモデルとなったのが皆、彼の芸術家仲間や作家の友人といった複雑な性格の持ち主であることを考えれば、心の奥底を暴き出すような苦痛の表情が描き出されたのも驚くにあたらない。かたや、裸婦のモデルとなったのはプロのモデルやメイド、ウェイトレス、乳絞り女といった肉体と性的魅力を誇示する若い健康的な女性たちであった。」
    社会の鬱積からの解放
    武蔵野美術大学美術館で開催中の「スタシス・エイドリゲヴィチウス展」を見て感じたことは、国家が社会主義体制にあった時代に、その鬱積から心を解放したいと願って、密かに作品を作っている芸術家の姿でした。そうした国家に対し、時の独裁者に迎合し、その猛々しい銅像を作る芸術家もいれば、スタシス・エイドリゲヴィチウスのような芸術家もいることが、造形美術の広範囲なあり方を示すものだろうと思っています。ナチスドイツの時代には国家の権威権力に対し、それとは無関係な新しい美意識を追求した美術作品が、退廃美術という烙印を押され、多くの作品が処分されました。美術史の観点からすれば、日常生活を図像として記録した古代の出土品を初め、宗教的な導きを図示化したものや社会的世相、たとえば戦争の意気掲揚を謳ったものまで、さまざまな表現が人類史と共に現れてきました。そうした社会的な動向とは無縁の、美意識だけを創作の中核に据えたのは、漸く20世紀になってからではないかと私は理解しています。現代はさらに美意識さえも変革し、人間が何処へ向かうのか、どうなってしまうのかを問いかける造形美術が登場してきたと考えています。現状を楽観視する作品もあれば、社会的な不安を訴える作品もあります。もう造形美術という範疇では語れない作品も存在しています。価値の多様化は現代そのものであるし、そんな中でもアートがコマーシャリズムに乗って大衆に根付いてきたことは確かです。翻って自分は何をすべきか、今風のアートを身に纏うべきか、先端アートに身を置いても、私はコンセプトを続けることができないのではないかと思ってしまいます。「スタシス・エイドリゲヴィチウス展」が私に齎せた影響は、まさに社会の鬱積からの解放ですが、国家というより、私の場合は極めて個人的な感情によるもので、公務員としての社会体制からの些細な解放とも言えるものかなぁと思っています。個人の事情を考えると、こうした考えはとても小さなものに思えますが、だからといって作品が纏う精神性が浅いわけではないと思っているところです。
    東京小平市の「スタシス・エイドリゲヴィチウス展」
    昨日、東京都小平市にある武蔵野美術大学美術館で開催されている「スタシス・エイドリゲヴィチウス展」に行ってきました。リトアニア出身でポーランドで活躍する画家スタシス・エイドリゲヴィチウスは、なかなか覚えられない長い名前のためか、私はそれまでこの画家を知りませんでしたが、展覧会場に入るなり、その絵画の素晴らしさに思わず見惚れてしまいました。展示前半は私が日々作っているRECORDと同じサイズの小さな作品が多数並んでいました。どうしてそのサイズになったのか、理由は1974年当時に編入されていたソ連の兵役に就いていた時、彼は上官の目を盗んで、すぐ隠せるサイズの紙に絵を描いていたことがその根拠になったようです。しかも細密に内面世界を描き出す作品は、どれも完成度が高く目を見張るものがありました。私はRECORDを作る際の刺激を大いに貰った感じがしています。RECORDにはもう少し時間をかけなければならないと思いました。彼にとって絵画は解放区と言うべきもので、寓意と哀愁が漂いつつ、東欧の土俗性が根付いていて、その卓抜としたシュルレアリスム的世界観に、私は圧倒されていました。特徴としては顔の戯画化が多く、真ん丸な目がこちらを見つめているような錯覚を起こします。その目は人間の目ばかりではなく、鳥や動物の目のようにも感じました。彼はポスターや絵本にも着手していて、どこかで一度は手にしたことがある絵本も展示されていました。絵本では「ながいおはなのハンス」が有名かなぁと思いましたが、作者名を気にしたことはありませんでした。社会主義時代から体制が変わった時代を経験し、規制がなくなって自由に表現できる喜びを体現しているスタシス・エイドリゲヴィチウス。私のRECORD制作とはスケールが違いますが、私も昼間の公務員としての仕事から解放される喜びを表現しているところでは変わらないのではないかと自負しています。本展で明日への意欲と継続していく根気と勇気をもらうことが出来て、私にとって最高の幸せを齎せてくれたと思っています。しかも800点の作品が展示されていたことは特筆に値します。