2019.11.26 Tuesday
2019年7月の個展の画像を、私のホームページのExhibitionにアップしました。会場風景の画像は毎年懇意にしているカメラマンに撮影していただいて、それをホームページに使っているのです。画像で見ると「発掘~双景~」はどっしりとした印象で、大地に根付いた造形に見えます。逆に「発掘~曲景~」はテーブル彫刻という効果もあって、フワっとした印象です。ギャラリーせいほうは白い壁が美しく、また空間が広いので作品が映えます。図録撮影のために野外工房や室内工房で組立てた「発掘~双景~」や「発掘~曲景~」と、ギャラリーで見る作品がまるで別作品のように違って見えるのが不思議です。彫刻は置かれる場所によって作品が変わると言っても過言ではありません。そういう意味でギャラリーせいほうは絶好の空間を有する画廊なのです。今まで14回も個展が開催できたことを、私は幸せに思っています。画廊主の田中さんの企画許可もさることながら、まず自分自身が健康でないと継続は難しいからです。加えて意欲の継続も問題です。どこで意欲が絶えるのか、自分では今のところ分かりません。私は個展開催中も休まず新作に取り組んでいて、個展が一区切りにはなっていないのです。個展が終わって、さてどうしようかという発想が私にはありません。6月の図録撮影が終わると、すぐに次の作品に取り掛かるのです。習慣になっていると言えばその通りですが、横浜市公務員管理職との二足の草鞋生活も、自分の創作活動の中に組み込まれていて、この調子でいけば来年も大丈夫かなぁと思っています。私のホームページに入るのは左上にある本サイトをクリックしてください。ホームページの扉にExhibitionが出てきますので、そこをクリックすれば2019年個展の画像を見ることが出来ます。画像は動画でもご覧いただけます。ご高覧くだされば幸いです。
2019.11.25 Monday
昨日、東京上野の上野の森美術館で開催されている「ゴッホ展」に行ってきました。日曜日の午後で、しかも人気のある画家だったためか会場内は大変混雑していて、私は鑑賞者の間隙を縫ってゴッホを始めとするハーグ派や印象派の代表的な画家の作品を堪能してきました。フィンセント・ファン・ゴッホは、私にとって旧知の作品が多く感動も少ないのではないかと思い込んでいましたが、改めて今回来日していた「糸杉」はその激しい筆致に込められた思いに、新たな感動が呼び覚まされました。ゴッホは弟宛ての手紙の中で「輪郭や比率などはエジプトのオベリスクのように美しい。」と糸杉の印象を述べていて、画面全体がうねるような強烈な筆致で覆われていました。ここまで辿りつくまでのゴッホの絵画遍歴を図録から拾ってみたいと思います。ゴッホは初期の重要な時期にハーグ派と称される農民画家たちに影響を受けました。「漁民や農民の生活やその情景を描く現実に即したハーグ派の主題は、自由な筆致で描かれた。その筆致はしばしば、細部の描写というよりも鑑賞者の想像を促すようなものであったため、彼らの絵はスケッチのように見られることもある。ハーグ派の画家たちが目指したのは、緻密で逸話的な絵画を描くことではなく、その場面全体がもつ印象や雰囲気をとらえることだった。」その頃のゴッホの骨太なデッサンに高校生だった私は感銘を受けた記憶があります。そこから目が眩む色彩を放つ印象派へ転換をするゴッホに訪れた機会は、弟テオが関わりを持っていたようです。「画商として、また印象派の熱心な支持者として、テオが重要な役割を果たしてくれたおかげで、ファン・ゴッホは印象派の作品を容易に見ることができたうえ、画家たちに直接会うこともできた。~略~印象派の作品を見たり、また彼らと会話したりするなかでファン・ゴッホが学んだのは、色の使い方であった。それは無作為ではない、色彩理論に基づくものであった。」今回の展覧会はハーグ派と印象派の2つのグループに部屋が分かれていました。いずれもゴッホの作品は特徴をよく表していて、ゴッホの絵画遍歴が伝わりました。「技法や色彩は劇的に変化したものの、ファン・ゴッホが好んだ主題はオランダにいた頃からほとんど変わらなかった。風景や農民といった主題は、彼にとって故郷と自分を結びつけるものであり続けたのだ。生涯を通じて、ファン・ゴッホはハーグ派と印象派を中心とする多くの画家たちから影響を受けた。」(引用は全てベンノ・テンペル著)
2019.11.24 Sunday
大学の先輩で銅版画をやっている人が、東京銀座で個展をやっています。その人の娘さんが漆工芸をやっていて、彼女も東京銀座の別の画廊で個展をやっています。親子とも同じ時期に個展を開催しているので、週末を利用して見てきました。大学の先輩はエッチング技法を使い、木々の伸びていく細密な枝の描写や木肌の表情、また植物が縦横に絡まる世界をモノクロで表現している人です。今回の新作は植物的な世界に加え、年輪とも取れる円環が配置され、濃密で充実した世界が現出していました。エッチングの深みと拡張する可能性を、私はこの先輩から教わったと思っています。その人の娘さんは大学を出た後、岡山県に行き、そこで漆工芸をやっていて、今回が東京での初めての個展になるようです。乾漆技法で作られた身近な動物の数々は、まさに写実性に富んだ超絶技巧とも言える立体で、部分的に漆が塗られていました。岡山県ではワイン農家を手伝いながら漆工芸をやっているそうで、彼女の今後の活躍に期待したいところです。今日は私は朝から東京に来ていて、美術の鑑賞に勤しんでいました。東京上野にある上野の森美術館にも足を運びました。ここで「ゴッホ展」を開催しているので、先輩の個展に行くついでに見てきましたが、日本人はゴッホが大好きなようで大変混雑していました。フィンセント・ファン・ゴッホはオランダ生まれで後期印象派を代表する画家です。37年の短い生涯にエピソードも多く映画化もされています。私は美術の知識がなかった中学校1年生の時に、ゴッホの存在を知りました。美術の授業で校舎内外の風景を水彩で描く課題があって、私は中学校の正門近くにあった樹木を絵の具を何度も塗り重ねて描いていました。そこに美術科の女性教師が巡回してきて、「ゴッホのようね。」と言われました。この時初めてゴッホという画家を知ったのでした。当時はネットもなく、中学校入学祝に母が買ってくれた百科事典やら学校の図書館でゴッホのことを調べました。ゴッホは私にとって最もポピュラーな画家になったのでした。「ゴッホ展」についての詳しい感想は後日に改めます。東京から自宅に帰って、夕方工房に行きました。彫り込み加飾を2時間ほどやって、昨日窯入れしておいた作品を確認し、窯のスイッチを入れました。これは水曜日に窯から出す予定です。
2019.11.23 Saturday
台風19号の影響で雨樋が壊れ、また雨漏りがあったために先月中旬ごろに施工業者と打ち合わせを行いました。先週から自宅は足場の鉄骨で覆われています。今日はベランダの修繕塗装をするために自宅に入らせてほしいと施工業者から申し出があったために、私は工房へは行かず自宅で待機していましたが、雨のために施工業者は来ませんでした。今日は結局工房に行くことになりましたが、私にとって自宅でじっとしているより、工房に行って少しでも新作を先に進める方が良いのです。自宅は台風の被害に遭ったものの、築30年の間に一度もメンテナンスをしていなかったので、被害で損壊したものとは別に、全体の外壁を塗りなおす工事をすることにしました。被害損壊はひょっとして災害保険で賄えるとして、外壁工事は持ち出しになるため、私がまだ現職のうちに行った方が良いのではないかと判断したのでした。外壁が終わったら次の段階として断捨離を含めて内装をリフォームする予定ですが、果たしてどうなるのでしょうか。今日は寒々とした一日で、終日雨が降っていました。工房には染織で表現活動をしている若いアーティストがやってきていました。彼女のドローイングは細密で独特な雰囲気があって私は刺激されます。私も彫り込み加飾1点と仕上げと化粧掛け4点を一気に行い、4点のうち2点を窯に入れました。実際の焼成は明日の夕方から始めますが、来週も2回の焼成を行います。明日は東京の美術展に久しぶりに行ってみようと思っているので、新たな成形はやめました。順調に回っていた制作サイクルがちょっと緩みますが、鑑賞も大切なことなので、明日は先輩画家の個展やら美術館に出かけることにしました。
2019.11.22 Friday
「呪術としてのデザインー芸術民俗学の旅」(中嶋斉著 彩流社)の第1章の1「マン島のクロス」についてのまとめを行います。職場の私の部屋に本書を暫く置いていたのですが、「モディリアーニ」を読み終えた後、鞄に携帯するようになりました。職場にあってもなかなか読める機会が少なく、通勤中の方が読書に向いていると思ったのです。本書で最初に取り上げられていたのがアイルランドやスコットランドに残るケルト文化に関するもので、実は最近になって私は大変な関心を寄せています。ケルト高十字架や石碑(クロス)の図版を見て、私はこの地を訪ねたい欲求に駆られました。マン島は英国とアイルランドの間にある島で、ヴァイキングの遺跡の宝庫だそうですが、素朴なケルト文化も残っています。「現在この丘(ティンワルド)には新しいケルト高十字架が立っている。頭部の十字を円環でつなぐ車輪十字のそれである。しかしマン島には高十字架よりも、聖地や墓所にたてられていた特異なクロスが残っていて、素朴な時代の信仰のあとを刻んでいる。」クロスに刻まれた文様で私が興味を持ったのは組紐文様です。「ここで最も注目をひく特徴は、組紐文様の多様さであり、また綿密で精巧なことであろう。人物や動物の描写よりも、三つ編みに仕上げ、また長く輪をつなぎあわせて、それらの文様が石碑の表面を覆いつくすのである。」ケルト文化がキリスト教と同化し、ケルト系修道士が広めた宗教組織の中で、マン島のそれは純朴さを残したものであったことが最後に語られていました。「見上げるようなアイルランドの高十字架が、体系と組織をもった宗教のシンボルであるのに比して、マン島のクロスはしみじみとした人性のそれのように見える。キリスト教が華々しい西欧文化の先導者としてヒューマニズムに踏みこんでいくとき、アニミズムは常に決断を躊躇しながら、その深い情念の故に、宗教よりも限りなく芸術に近づいていく、マン島のクロスは、そうした心の象徴であるように思えるのである。」