Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

  • Tag cloud

  • Archives

  • 映画「サンセット」雑感
    先日、常連になっている横浜のミニシアターに、オーストリア・ハンガリー二重帝国が存在していた20世紀初頭のブダペストが舞台になった映画「サンセット」を観に行って来ました。主人公レイター・イリスの両親が遺した高級帽子店に、彼女は雇ってもらおうとやって来たのでしたが、彼女の知られざる兄が何か問題を起こしたらしく、現在の営業主から追い返されてしまうのでした。彼女が2歳の時に他界した両親のことや初めて知った兄のことが、映画全編を通して謎めいた存在になっていて、イリスは過去にあった事件を追ううちに高級帽子店に隠された闇の部分を暴くことになるのでした。それは貴族社会の退廃的ムードが濃厚になった時代背景があり、実際に皇帝フランツ・ヨーゼフの皇位継承者であるフェルディナント大公や皇妃ゾフィーとともに帽子店を訪ねてくる場面もありました。どうやらオーストリアとハンガリーの支配関係も見えてきて、ハンガリーの伯爵夫人をオーストリア人が暴行するところを兄が助けたのではないか、そこで兄は濡れ衣を着せられて逃亡し、オーストリアに対し集団蜂起を狙っているという謎も匂わせていました。物語に関して多くを語らない手法と、監督が前作「サウルの息子」で見せた主人公の後姿をカメラが執拗に追いかける撮影方法が多用され、主人公の限られた視覚でしか画像を見せないところが、非常な緊迫感を観客に齎せていると私は感じました。イリスが兄の足跡を探し、真実を捉えようとする場面が、大きな歴史の変換を意図的に物語っているようにも思えました。図録にこんな問いかけがありました。「今から、ちょうど100年前。再び世界の歴史は、どう動いていくのか?なぜ、私たちは不安に揺れ動くのか?100年前も人々は同じ予感で、当時を生きたのか?主題は、過去の不安や退廃、政治的不満だけではないのを強く訴える。」(秦早穂子著)この時代の混沌とした状況は、現在の世界情勢に似ていないでしょうか。サンセット(日没)というタイトルに籠められたイメージは何を意味しているのでしょうか。貴族を顧客にして店の針子をウィーンのシェーンブルン宮殿に仕えさせる甘美な口実のもので、組織的に売春紛いなことをやっていた荒廃した状況、その窓口になっていた高級帽子店は、何を比喩したものでしょうか。そこに舞い降りたジャンヌ・ダルクならぬ主人公レイター・イリス。一人ではどうすることも出来ない社会状況の中、彼女の鋭い眼光が印象に残った映画でした。
    春分の日 制作再開&映画鑑賞
    今日は春分の日で、勤務を要さない休日になります。陶彫の焼成失敗がありましたが、気を取り直して今日から制作を再開しました。午前中はタタラを数枚用意しました。陶土を掌で叩いていると気持ちが安定してきます。工房のロフト拡張工事のために鉄工所を運営する旧知の業者がやってきて、寸法を測っていました。鉄骨の搬入が決まったら連絡をくれるそうで、今から楽しみにしています。タタラは一日置いて明後日から成形に入ります。まずやり直しの2点の陶彫部品を作ります。割れた前作の反省を生かして、形態を少し変えることと補強部分を考え直します。午後は家内を誘って映画に行くことにしました。常連の横浜のミニシアターでハンガリー映画「サンセット」を観ました。本作はネメシュ・ラースロー監督による最新作で、私は同監督の「サウルの息子」を観て衝撃を受けていたので、この映画も楽しみにしていました。映画に登場する時代はオーストリア・ハンガリー帝国が隆盛から没落に移行する時代を、貴族や庶民の生活を中心に描いていて、まさにサンセット(日没)に相応しい背景を感じました。20代の頃、ウィーンに暮らしていた自分には、映画に出てくる街の情緒が身近で親しみを感じました。全てを語らせない物語に、謎を秘めながらあれこれ詮索する楽しみと独特な緊張感がありました。詳しい感想は後日改めます。
    タトリンによる「第3インターナショナル記念塔」
    先日訪れた埼玉県立近代美術館で開催中の「インポッシブル・アーキテクチャー」展で、入り口にあったウラジミール・タトリンによる「第3インターナショナル記念塔」に思わず足が止まりました。展覧会の最初の作品にインパクトの強さを感じてしまったわけですが、斜めに立ち上がった鉄塔に自分好みのアートな雰囲気を読み取って、まさに彫刻的なイメージを重ねていました。私は集合彫刻による塔を幾つか作っています。現在作っている「発掘~双景~」も2つの塔が繋がっている作品です。図録によると「《第3インターナショナル記念塔》は、ソビエトの人民教育委員会のメンバーであったアーティスト、ウラジミール・タトリンが構想した革命政府のモニュメントである。~略~ロシア構成主義を代表するこのプランは図面と模型のみで終わったが、興味深いのは、それがピーター・ブリューゲルやギュスターヴ・ドレが描く螺旋形の《バベルの塔》を髣髴とさせなくもないことだ。~略~シンボリックな塔の思想には、時としてそれを崩壊に導く(もしくは実現を阻む)要因があらかじめ装填されているのである。」(建畠晢著)とありました。「第3インターナショナル記念塔」はロシア革命及びロシア・アヴァンギャルドの象徴的プロジェクトでした。鉄製の二重螺旋の内部にはガラスの建造物が4つあり、国際会議が出来る立方体のブロック、行政機関が入る三角錐のブロック、情報センターが入る円柱のブロック、最後にラジオ局の入る半円形のブロックが計画されていたようです。螺旋の構造は地軸の傾きと同じ23.5°あって、それに関する説明が図録にありました。「引力を克服したいという目論見を形態が帯びており、螺旋は解放された人間の運動の軌跡であると解釈している。」引力の克服というのは、言葉を変えれば重力への挑戦として捉えられます。それはまさに彫刻的な考え方であって、それ故に独特な形状に自分が惹かれた由縁かもしれません。日本人の映像作家が「第3インターナショナル記念塔」をロシアの街中に画像処理をして作り上げていました。突如現れた怪物のような構造物に目を見張りました。架空の風景は「インポッシブル・アーキテクチャー」展の本領としての発表に相応しく、その存在感は忘れられない印象を残しました。
    浦和の「インポッシブル・アーキテクチャー」展
    先日、埼玉県浦和にある埼玉県立近代美術館で開催中の「インポッシブル・アーキテクチャー」展に行って来ました。現代建築の中で完成に至らなかった斬新な構想や、提案だけになってしまった刺激的な企画など、過去を振り返るとアンビルドの建築の中に豊穣な潜在的構想を見出し、都市計画は単なる住居群や広場を作ることに収まらない深層的な空間を提供することを改めて認識した次第です。本展が企画に至った契機が図録にありました。「本展の構想が明瞭になったのは、2015年7月、コンペに当選したザハ・ハディド・アーキテクツ+設計JVの東京オリンピックのメーン会場となる新国立競技場のプランが白紙になったというニュースを聞いた瞬間であった。」(建畠晢著)身近なニュースとして記憶に残る事案もアンビルドの建築になったことで、改めて本展で競技場のユニークな構造を知り得たのでした。「キール・アーチ構造によるこのプランは流れるような曲面の屋根のふくらみを特徴とする有機的な形体で、ポストモダンがいわれて以降の建築で、デザイン的な要請と構造的な必然性とが合致した稀有の作例となるはずのものであった。」(同氏著)本展はこれに限らず、私を刺激する作例に溢れていて、たとえば荒川修作+マドリン・ギンズによる「問われているプロセス/天命反転の橋」もそのひとつでした。嘗て私は岐阜県にある「養老天命反転地」を訪れたことがあって、その系統に属する構築物であることはすぐ分かりました。本作はフランスのモーゼル河にかける橋として構想されたもののようですが、実現してはいません。さらに刺激的だったのはウラジミール・タトリンによる「第3インターナショナル記念塔」でした。これは別稿を起こそうと思います。出品作品を1点ずつ見て回って、「インポッシブル・アーキテクチャー」という意味をもう一度考える機会を持ちました。
    映画「ヨーゼフ・ボイスは挑発する」雑感
    先日、横浜の伊勢佐木町にあるミニシアターに映画「ヨーゼフ・ボイスは挑発する」を観に行きました。20世紀ドイツで最も有名な芸術家と言えばヨーゼフ・ボイスです。私が大学で彫刻を学んでいた頃に、ボイスが来日し、西武美術館で個展を開催しましたが、実際にはボイスの社会彫刻という概念が理解できず、インスタレーションを見ても刺激されることもありませんでした。でも私はボイスの行為を理解しようと努め、関連書籍に頼りました。ボイスの発した思想が漸く分かりかけたのは20年も後になってからでした。映画ではボイスの台詞や行為が大半を占め、肉声を通じて鑑賞者に考えさせる内容になっていました。「芸術を拡張せよと訴え、社会の中での『対話』そのものが芸術だとしたヨーゼフ・ボイスの作品(対話)は、言葉の問題があったのか、1984年の来日当時はなかなか理解されなかった。」という一文が図録に掲載されていました。ボイスの拡大された芸術概念とは何か、またその動機となったものは何か、図録から拾ってみます。「1920年代頃には『資本主義ではなく、共産主義ではなく、第三の道へ』というスローガンがとなえられていたが、現実の社会では結果的にナチズム、ファシズムを第三の道として選択してすすんだ歴史がのこっているが、その間違いをふまえボイスはあらためて苦難にみちた第三の道を彼なりに探究することを決行し、芸術がその活動の場にもっともふさわしいと判断し、芸術活動を実践していったのだ。」(白川昌生著)ボイスにとって社会を変革することが芸術行為となり、さまざまな活動を通して人類による差別や抑圧、弾圧、迫害、搾取の歴史を告発し、人々に一石を投じようとしたのでした。ボイスの考えは現在の日本がおかれた状況にも当て嵌まります。「自然破壊を危惧し、金融資本主義を批判し、直接民主主義を唱えたボイス。木材の輸入で東南アジアの森林破壊を促進している東京オリンピックの競技施設、社会保障より優先される株価の上昇、差別的な発言をはばからない国会議員といった2019年、ポスト・フクシマの日本に彼が降り立ったら、一体なんと言うだろうか。」(高橋瑞木著)