2019.01.03 Thursday
正月に親戚縁者が集まる機会が私にもあります。両親が元気だった頃は、叔父叔母も元気で実家は御節料理を準備して親戚の接待をしていました。親戚が高齢化して集まることが出来なくなったために、外に店を借りて現在は従兄弟会をやっているのです。私が夏に東京銀座で個展を開催しているため、そこに従兄弟たちが訪ねてきてくれるので、正月の従兄弟会があまり久しぶりの感じを持たず気楽にやれるのかもしれないと思っています。大手企業に勤める人や農林水産賞に勤める人など多種多様で、面白い集まりだなぁと常々思っています。会話も弾むので楽しい時間が過ごせるのです。家族にもよるのでしょうが、横浜に住んでいると親戚縁者とのつき合いが疎遠になっていくのを感じます。面倒なことが少なくなっていく分、孤立化が目立ち、災害等有事の際はこんなことで大丈夫だろうかと心配にもなります。その点、従兄弟会は珍しい集まりではないかと思うこの頃です。従兄弟会の集合時間が正午に東京渋谷だったため、私は早朝に工房へ出かけ、2個目となる根の陶彫部品を制作していました。成形が完成しないうちに自宅を出る時間になり、家内と渋谷に向けて出かけました。横浜から渋谷までは1時間を見ないといけません。明日は職場で今年最初の出勤日になっていますが、私は年次休暇をいただいていて、陶彫制作に励むことにしています。今日の制作ノルマが終わらなかったため、明日は制作に忙しい一日になりそうです。陶彫制作を抱えていると、常に時間に追われているような気分ですが、何十年もの間に習慣になっていて、この創作活動がないと自分は何を張り合いにして生きていくのか皆目分からなくなってしまうのです。創作活動は精神的な意味で私を支えている重要な要素です。明日は陶彫制作に頑張らなければなりません。
2019.01.02 Wednesday
昨日は実家の小さな祠に鎮座する稲荷に行ったり、母がいる介護施設を訪ねたり、東京赤坂の豊川稲荷に初詣に出かけて護摩を焚いてもらったりして、工房に立ち寄ることがありませんでした。昨年のNOTE(ブログ)を見ると、元旦から制作していたようでしたが、今年は大晦日の夕方に窯入れをしたため、元旦は窯だけが働いている状態で、陶彫の作業は出来ませんでした。今日から陶彫制作を再開しました。窯内の温度はまだ高いのですが、ピークを過ぎて温度が自然に下降していく状況なので、照明等の電気は使えるようになっていました。新年最初の制作は、陶土の塊を掌で叩いて座布団大のタタラを複数枚作るところから始めました。次に大晦日に成形を終えていた根の陶彫部品に彫り込み加飾を施しました。根の陶彫部品は、2013年発表した「発掘~地殻~」から始まった表現で、樹木の根のような陶彫部品が床を這っていく状況を作り出しました。「発掘~増殖~」は根の陶彫部品だけで構成した作品です。作業としてはタタラと紐作りの併用で、これは他の陶彫部品とは変わりませんが、作業台に穴を開けて内側から手を入れ、陶板の曲面や厚みを調整しているのです。また、部品同士を連結して長く伸ばす形態を可能にしています。今回の新作では「発掘~層塔~」や「発掘~根景~」と同じ効果を考えて、根の陶彫部品を作ることにしたのです。ただし、前に作った作品とは彫り込み加飾のデザインが違うので、新たな気持ちで制作を行いました。冬季休業は6日(日)まであるので、根の陶彫部品の制作目標を3個に決めました。併行して今年のRECORDの方向性を示していこうと思っています。昨日と今日の分はまだ下書きですが、一応方向性は固まりました。そのうちNOTE(ブログ)で発表したいと思います。
2019.01.01 Tuesday
2019年になりました。新春のお慶びを申し上げます。今年もよろしくお願いいたします。昨年もNOTE(ブログ)に書いた我が家の元旦の寸描ですが、朝のうち私は実家であった旧家屋に残る井戸2ヶ所と裏山にある小さな稲荷に、刻んだ餅と油揚げを置いてきます。私が幼い頃から習慣としてやっている氏神への奉納です。稲荷の祠は相原の先祖がどこかで拾ってきたものらしく、外見は粗末なものですが、毎年この時期に周囲の枯葉を掃き清めています。先代は宮大工、亡父は造園業を営んでいて、商売繁盛を願って、この小さな稲荷を大切にしてきたのでした。私は公務員になりましたが、売れない彫刻家も兼業していて、創作活動では稲荷にあやかりたいと思っています。その証拠に毎年初詣に訪れている東京赤坂の豊川稲荷の祈祷には「芸道精進」という項目があるのです。創作活動は私が生涯をかけて精進するものと決めていて、底知れない魅力を秘めています。今年もこの創作活動を精一杯やっていく所存です。創作活動の中で分野を問われれば、私は第一に彫刻と答えます。彫刻は10代終わりから20代初めになって初めて体験した表現媒体ですが、最初は立体把握が上手くいかず、幼少から図工・美術が得意だった私は、鼻っ柱がへし折られ、口惜しさに地団駄踏んだ分野でした。高校時代に自分の色彩感覚に嫌気が差していた私は、カタチでしか勝負できないと思いこんでいて、彫刻が駄目ならもう美術家になるのは諦めようとさえ思っていたのでした。しかしながら諦めが悪く、芯がブレずにやってきた私は、40代後半で何とか自分の彫刻表現に自信が持てた次第です。銀座の個展も13回を数え、現在は自分にとって創作とは何なのかを問うことも暫しあります。それでも創作活動は続けていきたいと望んでいます。現在では工房を必要とする彫刻だけでなく、小さな平面作品RECORD(記録)もやっていて、これも継続していきたいと考えます。創作活動の意義は、美術や映画等の鑑賞と、芸術に纏わる読書に求めていて、芸術による自己確立を狙っています。今年も紆余曲折しながら、深淵を覗きつつ、思索を深めたいと思っています。創作活動は生涯学習というより、一歩進んで生涯研鑽の賜で成立するものではないかと考えています。今年も実践あるのみ、休まず焦らず一歩ずつ頑張っていきたいと思います。
2018.12.31 Monday
2018年の大晦日を迎えました。まず今年の総括を行う前に、今月を振り返ってみたいと思います。新作の陶彫制作ですが、冬季休業の制作目標であった8個が昨日までに出来上がり、現在33個の陶彫部品が、焼成済みか、乾燥を待っている状態です。制作工程上ではかなり前倒しになり、陶彫制作は順調と言えます。今日から床に這う根の部分の陶彫制作に入りました。この根の陶彫部品は15個以上必要で、来年早々から取り掛かります。一日1点ずつ作っているRECORDは、仕上げを若干残してしまい、来年に持ち越します。二足の草鞋生活の公務員管理職の仕事は1週間以上休ませていただいていますが、このところ朝から夕方まで工房での陶彫制作や夜の自宅でのRECORD制作が時間刻みで入っていて、なかなか精神的には厳しい毎日が続きました。定年になって、仕事が創作活動だけになってしまうと、追い詰められた状態に心が折れてしまいそうで、そうなったら、もう少し制作を緩くしていこうと今から考えています。今月の鑑賞は充実していました。展覧会は「駒井哲郎展」(横浜美術館)、「イサム・ノグチと岡本太郎」展(岡本太郎美術館)、「堀内正和展」(神奈川県立近代美術館葉山館)の3つ、映画鑑賞では「チューリップ・フィーバー」、「メアリーの総て」(2本ともシネマジャック&ベティ)「ボヘミアン・ラプソディ」(TOHOシネマ鴨居)の3本を見てきました。伝説のロックバンド「クイーン」の思わぬブームに沸いた今年でしたが、駒井哲郎の版画にしろ、堀内正和の彫刻にしろ、私が学生時代にマイブームになった芸術家たちの展覧会も懐かしくて印象深いものでした。今年の総括で言えば、13回目となった7月の個展(ギャラリーせいほう)を境に、来年の新作に挑んでいる最中ですが、今年も病気も事故もなく創作活動に邁進出来たことが何よりも幸運だったと思っています。二足の草鞋生活で職場には迷惑をかけないようにしたいと私は常々思っていて、また職場環境を良くしておかないと創作活動も中断せざるを得なくなる状況も考えられるので、職場の人との繋がりや組織を大事にしていることが、陰ながら成果を生んでいるのではないかと思っています。この調子が暫く継続できるといいなぁと願っています。最後にホームページについて触れておきます。このホームページは私の創作活動の面から情報発信をしているもので、画像は陶彫作品とRECORD作品に限られています。カメラマンと相談しながら画像の構成をしていますが、今後益々充実させたいと考えています。NOTE(ブログ)は日々の記録ですが、日記というより展覧会や映画の感想や、書籍から得た知識、作品の進行具合など思いつくまま書いています。拙い文章を読んでくださっている方々に感謝申し上げます。来年もよろしくお願いいたします。皆さまにとって来年が良い年でありますようにお祈りしています。
2018.12.30 Sunday
先日、神奈川県葉山にある神奈川県立近代美術館葉山館に「堀内正和展」を見に行ってきました。タイトルが「おもしろ楽しい心と形」となっていて、故堀内正和氏による解説のついた5つの部屋から成り立つ、まさに面白くて楽しくて、もうひとつタメになる展覧会でした。堀内ワールドは抽象彫刻の手引きとも言える作品ばかりで、気難しい精神性や大上段に構えた造形哲学をさらりと言ってのける平易で愉快な論理に裏付けられているような気がしました。5つの部屋はまず「はにわのこころー心と形」という部屋から始まっていました。解説によると「造形行為は、心に形を与えることだ。それは精神の形体化である。作品は作者の精神が形体化されたものであるから、これを見るものは、時間、空間の隔てを超えて、直接に作者の心を聞くことができるのである。」とありました。ここでは初期の具象作品が並んでいました。次は「線ー内なるリズム」と称する部屋で、石膏やセメントの直付けから鉄に素材を変えて、「今までにやりたいと思っていたことがほぼ完全な形で実現出来そうなので、僕はすっかりうれしくなった。」とありました。ここから鉄による幾何抽象の作品が始まったのでした。3つ目の部屋は「巫山悪戯彫刻ー僕のIKOZON理論」で、こんな解説がありました。「現実の世界はイデアの世界が鏡に映った世界だ、とプラトンはいった。すると、現実の世界を鏡に映せば逆にイデアの世界が見えるんじゃないか。」これは覗きカラクリを使った彫刻を考案した作者が、古代哲学を逆手に取って試作したもので、ここでユーモア溢れる立体が登場してきました。4つ目の部屋は「ひとをだまくらかす楽しみ」というユーモア彫刻の発展形がありました。ただし、堀内ワールドはユーモラスであってもあくまで数学的な形態であり、知的な興味関心を充たしてくれるものばかりです。最後の部屋にあったのは「見つけた形」で、まさに数学と造形の出会いが新鮮な形態を生み出しているように感じました。解説には「僕は自分のことを『マラルディスト』と誇称するくらい幾何学、とくに角度に関する事柄が好きで、大切に思っている。」とありました。堀内ワールドが、辿り着いた最終的な形は幾何学的抽象で、知的遊戯のような形態の展開があり、その美しさを生涯かけて求めていたのかぁと思いました。飄々とした展開を見せる堀内ワールドですが、部屋の片隅に置かれた夥しい数のペーパースカルプチャーを見ると、紙をカットし接着材を使って組立てながら、作者は試行錯誤を繰り返していた様子が伺えて、新しい彫刻の価値観を生み出すため努力をした痕跡が残っていました。「おもしろ楽しい心と形」は、面白いとは何か、楽しむとは何かを見つめ続け、実践した彫刻家の模索があって、その取り組みがとりわけ印象に残りました。