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  • 「近代美術史テキスト」を読み始める
    現在読んでいる現象学の書籍を横において、美術に関わる不思議な書籍を手に取りました。ちょっと一服のつもりが読み始めたら、面白過ぎる内容に惹きこまれて、忽ち半分くらいまで読み進めてしまいました。それにしてもこれは文庫本くらいのサイズの全て手書きによる独特な書籍で、どこかの美術館のアートショップで購入した記憶があります。「近代美術史テキスト」(中ザワヒデキ著 トムズボックス)はヘタうまのイラストレーターとして活躍する中ザワヒデキ氏による著作で、印象派から始まり、現在進行形のアーティストまで取り上げた、大変分かり易い解説書としても楽しめる書籍です。まず「序」にあった中ザワ氏の歴史観に注目しました。「そもそも”歴史”とは何かと言いますと、それは過去の事実を受動的に記述する行為のことを指すのではなく、現在の目をもって、過去の本質を能動的に読み取る行為のことをいう筈です。~略~歴史とは、あるいはすべての人間の行為は、本来このように徹頭徹尾『現在の自分』から端を発するのだという視点に立って、本書を読んでいただければ幸甚です。」美術史を振り返る際に、たとえば印象派や野獣主義、立体主義等は当時どんな受け入れ方をされたのか、本書に「『これは絵ではない』と言われてまでも前進しなければならないという明確なヴィジョンを得た」という一文があります。現在の自分からすれば、こうして旧態依然とした体質を壊してきた芸術が新しい時代を作ってきたと認識していて、確かに過去の本質を能動的に読み取ることで、現在の自分の立ち位置を決めていると私も考えています。あっという間に読み終えてしまいそうな勢いで本書を読んでいます。近々感想を書きたいと思います。
    RECORDの新しい印
    私は陶彫作品にもRECORDにも捺印をしていて、それが作品の完成を示すものという証明を与えています。新作が出来る度に、私は石材に新しい印を彫ります。RECORDは年ごとに新しい印を作っています。RECORDはポストカード大の小さな画面なので印も小さくします。そのため最近では印のデザインは陽刻よりも陰刻になる傾向があります。印は篆書など中国の古い文字を使うことが多いのですが、私の場合はほとんど抽象絵画のような扱いをしています。RECORDの印は私の氏名ではなく、デザイン化されたマークのようなものです。今回新しくデザインした印は暘刻ですが、文字として読み取れることが出来ないほど単純化したものにしてしまいました。文字はアルファベットの相原の「A」を抽象絵画のように線と点だけで表現しました。落款としての制約を外したため、印は私にとって楽しい世界になり、自由度も増しました。ただし、陶彫部品に貼り付ける印はアルファベットではなく漢字の氏名を用いています。前には篆書を用いた印を彫ったこともありました。従来の方法から自由な方法までさまざまな試みが出来る印を、今後も楽しみながら作っていきたいと思っています。
    映画「家に帰ろう」雑感
    映画「家に帰ろう」は人気がある映画なのでしょうか。先日観に行った常連のミニシアターが満席になっていたのは初めてでした。アルゼンチンのブエノスアイレスに住む88歳の仕立て屋が主人公の映画で、翌朝にも娘たちの手で老人施設に入ることになっていた彼は、自宅兼仕立て屋を出て、生まれ故郷であるポーランドに単身で行こうと決めていたのでした。彼はユダヤ人で、第二次大戦中のホロコーストから逃れてきた過去がありました。彼には風前の灯火だった自分の命を助けてくれたポーランド人の親友がいました。自分が最後に仕立てたスーツを彼に届けに行くのが旅の目的で、これは人生最後を賭する旅とも言えました。ただし、70年以上も会っていない親友は、その消息さえわからないのに、主人公はブエノスアイレスからマドリードに飛び立ち、列車を乗り換えてポーランドへ向かう行程が、物語の重要な位置を占めていました。そこに登場するホテルの女主人やパリで四苦八苦していた主人公を助けるドイツ人女性学者、旅の途中で倒れた主人公の面倒を見る看護師など、さまざまな人々の恩恵に触れて、親友の住む街に辿り着くのでした。そこから先は映画を観てのお楽しみです。図録にこんな一文がありました。「現在、ホロコーストを直接経験した世代は減る一方である。多くのホロコーストからの生存者が暮らしたアルゼンチンでも直接経験を聴く機会は少ない。また主人公がおそらくそうであったように、家族にさえ沈黙を守ることも少なからずあった。とはいえ、主人公の最後の旅のように、今の時代だからこそポーランドや東欧のかつてのユダヤ人の足跡を辿ったり、また文化復興を図ったりする機運も高い。」(宇田川彩著)人生の落日をどんなカタチで迎えるのか、その時になってやり残したことはあるのかを、私にも自問自答する機会がきっと訪れるはずです。この映画は反戦映画でもあり、高齢化社会を迎えた現代を写す映画でもあるのです。故郷とは、瀕死の自分を支えてくれた友がいる場所であり、帰っていけるところはそうした人の懐なのだということを訴えたかった映画なのだと思いました。
    週末 真冬の制作雑感
    日曜日は朝から工房に篭って、夕方まで陶彫制作に明け暮れています。午前9時から午後4時までの7時間、これが今まで私が定番にしてきた制作時間です。陶彫制作に集中してしまうと、7時間はあっという間に過ぎていきます。ウィークディの一日は長く感じるのに、日曜日の制作時間は短いなぁと思うところです。制作は知らないうちに身体を酷使していることがあって、終了時に肩や腰が痛むことがあります。以前NOTE(ブログ)に書いた顎の疲れも無意識に行っているもので、自宅に帰った後にそうした疲労がどっと出てきます。夜になって体調が優れない日もあります。ウィークディの仕事は神経を使うことはあっても、心身ともに動けなくなることはありません。無形なものから有形を作り出す創作活動は、それほど辛いものなのか、自分では分かりませんが、毎週日曜日の夜になると思考が止まったように動けないのはどうしたものでしょうか。私は夏よりも真冬に疲労の蓄積が顕著になる傾向があるようで、これは気候のせいばかりではなく、冬に無理をするのかもしれません。私は真冬生まれなので、暑い夏よりは冬に強いのではないかと自分で勝手に思っていて、実際に制作は冬の方が進むのです。今日は制作ノルマをやや厳しくしていたのですが、多少制作工程を残して作業を終えることにしました。近隣のスポーツ施設に水泳にも出かけました。制作以外のことをやっている方が気が楽になると思ったのでした。水泳をやってみると自らの体調がよく分かります。今日はそれほど体調が悪くなかったのですが、精神面は水泳では分からないので、きっと心が折れそうになっていたのかもしれません。つくづく彫刻という表現媒体は、自分の全てを奪っていくほど大変なものなんだなぁと思います。それでも続けていきます。次の週末を楽しみにしている自分がいるからです。
    週末 制作&映画と個展巡り
    週末が久しぶりにやってきた感じがしました。それだけウィークディの仕事に負担を感じていたのか、とりわけ今週は疲れていました。副管理職たちの集まりで助言者を引き受けたり、近々やってくる研究会のために慣れないパワーポイントを作成したり、自分の職場以外の仕事が多く、落ち着かない一週間でした。今日は少々寝坊をして、朝9時過ぎに工房に出かけました。まず窯を開けて焼成が終わった作品を取り出すことから始めました。明日の成形のためタタラを複数枚作りました。相変わらず土曜日は身体が動かし難く、いつものように制作サイクルの中に思い切り自分を投じるのは避けたいと思っていました。幸い今日は家内の演奏会がなく2人で出かけるには絶好の機会でもありました。予てから観たい映画があったので、昼前に横浜の下町にあるミニシアターに家内と車で出かけました。このミニシアターは私が常連にしていますが、今までになく混雑していて驚きました。客席はほぼ満席で家内と離れて座ることになりました。エンターティメント系ではない映画なのに不思議な気分にさせられました。観た映画は「家に帰ろう」というアルゼンチン・スペイン共作によるもので、ブエノスアイレスに住む88歳の仕立て屋の男が、自分を施設に入れようとする家族たちから逃れ、自分の生まれ故郷であるポーランドに単身出かけていく、言うなればロードムービーでした。ユダヤ人である彼は第二次大戦でドイツ軍から迫害を受け、収容所を脱走してきたところを、同い年のポーランド人の友人に助けられた過去を持っていました。この友人に会うために旅の道中で、人の優しさに助けられ、人生の最後を賭する物語でしたが、その真意はまさに反戦そのものを描いていました。詳しい感想は後日改めます。その次に向ったのは藤沢市アートスペースという会場で、ここで昔からの友人が個展を開催していたのです。そこは辻堂駅前にありました。最近になって商業施設やマンションが建設され、まったく新しい街が出来ていました。彼は私と同じ二足の草鞋生活を営んでいた画家で、新作は画面全体に海を描いた連作を出品していました。同じ大きさのパネルに水彩絵の具で描かれた微妙に波打つ静かな海面。まるで定点観測のような世界。同じパネルがずらりと並んでいる様子は、まさに彼が筆で海面の状態を探り、また描き込んでは探っていく時間の経過が見て取れました。テーマはシンプルでも雄弁に語る世界観が快く感じられました。