Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 時間刻みの生活について
    芸術家は自由な時間の中からインスピレーションを得て、それを具現化する仕事だという認識が、私は学生時代からありました。亡父は造園業、祖父も先代も大工の棟梁という職人家庭に育った自分は、自ら決めた時間で仕事をすることが当たり前な環境だったのですが、何故か私が選んだ職業は公務員でした。ウィークディは勤務時間が決められていて、内容も全体の奉仕者と謳われているため、自分自身の能力を最大限発揮する仕事内容は少ないと感じています。50代で管理職になりましたが、自分が経験したキャリアで仕事をしていることが多く、何か判断を迫られても、大きな間違いはないと思っています。判断が危うい時は、仲間に相談して無難な舵取りをしつつ、それでも職場の活性化のために創意工夫はしています。自分ための仕事は週末に限られていて、そこでは自由を謳歌していると言いたいところですが、創作活動においてもウィークディの仕事の時間管理の影響が大きく、時間刻みの生活になっているのは否めません。それでインスピレーションが得られるのかという疑問も湧きますが、それは時間の問題ではなく、心の問題であろうと私は思っています。確かに創作世界に集中すると時間の観念から解放され、心身ともよく分からない状態になってしまいますが、集中が醒めると再び現実世界に戻ってきます。それを時間刻みの生活の中で私はやっているのです。二足の草鞋生活を送っているうちに創作世界と現実世界を素早く行き来できるようになったことが、私にとって救いでした。これは訓練の賜物だろうと私は思っています。ウィークディの仕事には退職があり、そのうち時間刻みの生活を見直す機会が訪れるのではないかと思います。長い間、二足の草鞋生活を送ってきた私には、何の制約のない自由な時間がイメージ出来ませんが、その時が何度目かの人生の転機になるだろうことは分かっています。
    三連休 根の陶彫部品の焼成開始
    三連休の最終日です。今日は昨日に比べて冷え込みが厳しく、工房での作業は辛いものがありました。制作ノルマは完全に達成できたとは言えず、彫り込み加飾は別日に設定しようと思います。あと2時間やろうと思えば出来たのですが、身体が冷えて動きが緩慢になってきたので、夕方3時に工房を後にしました。冷え込みによる身体の負担は、後になって影響が出てきます。これを警戒して今日は少し早めに終わりました。自宅で休んでいると胃腸の具合が悪くなったので、う~ん、大丈夫かなぁと思いつつ、ゆっくり風呂に浸かっているうちに回復しました。私の場合、身体の冷えには風呂が最適です。制作工程では、完全ではないにしても一応ノルマはやりました。大きな新作は、2つの塔が床を根のように這っていく陶彫部品によって連結されていく構成になっていて、今日は根の陶彫部品を2個窯に入れました。根の陶彫部品は過去に作ったものよりやや大きめで、窯には上段と下段にひとつずつしか入りませんでした。根の前後に凸面と凹面があって、それが連結の部分になります。現在の計算では15個くらい作れば、全て完成となるのですが、実際に作品を床に置いてみないと分かりません。陶彫は計算通りにいかないこともあるので、余裕を見て終わりたいのですが、毎年締め切り間際になってしまいます。根の陶彫部品の焼成が始まったところで、三連休が終わりましたが、制作では充分に成果を上げたのではないかと自負しています。三連休は寒さとの闘いで、初日に雪も降りました。工房に篭っていると体調を悪くするので、健康に気を留めていたつもりが今日になって少々体調を崩しました。明日から職場での仕事が待っていますが、職場は気温管理をしているので、この三連休のような過酷な状況の中で作業をすることはないと思います。
    三連休 大きな新作が佳境
    昨日はいろいろな用事があって、制作時間が充分確保できず、その分を今日はやや長めの制作時間を取って、制作工程の辻褄を合わせました。午前9時から午後5時までの8時間、工房に篭っていました。昨日降った雪は積もるほどにはならず、今日は若干暖かかったので、雪の景色はどこかへ消えてしまいました。工房の窓から梅が咲いているのが見えます。春が待ち遠しいこの頃です。暖かいと言っても工房内の寒さは相変わらずで、小さなストーブで手を温めながら、陶土に対応しています。2つの塔が隣接する大きな新作では、塔にあたる陶彫部品の焼成が全て終わりました。陶彫部品33個で形成する2つの塔です。多少修整を必要とする部品もありますが、それは追々やっていきます。現在は2つの塔を床で繋ぐ陶彫部品を作っています。樹木の根のように這っていくので根の陶彫部品と呼んでいますが、成形と彫り込み加飾が既に7個終わっていて、乾燥を待っている状態です。大きな新作が佳境を迎えたと言ってもいい状況だろうと思います。陶彫による集合彫刻は20年以上もやっていて慣れているとは言え、新作の様相がその都度異なるので、いつまでたっても気楽に制作できず、常に全力でやっています。その大きな部分を占めるのが焼成です。窯入れをしなければ完成しない陶彫は、他の素材に比べて制御の難しい表現方法で、最後の最後で作者の手を離れて、窯内にいる炎神に全てを託すのが、技法の上で難しいところであり、また面白いところでもあります。これがあるからこそ、陶土を均一に練らなければならないし、一定の厚みのある成形をしなければならないのです。タタラはそのための準備です。陶土を紐にして裏側補強したり、彫り込み加飾を施すのは、それぞれの陶彫部品を補填したり、変化を齎せたりするためです。彫刻作品としてカタチを考案する際に、こうした制約があったり、手間が掛かるのは最終的に作品を高温度で焼成するためなのです。学生の頃、人体塑造をやっていた時期を経て、私はずっと陶彫に関わってきました。20年以上も飽きずに作業しているにも関わらず、まだ陶彫制作の至らなさや可能性を信じている自分がいます。先日のNOTE(ブログ)に創作活動は始まったばかりのような気がしていると書きました。本当にその通りで、日々創作が新鮮な感覚を生み出しているのが私自身には驚きでもあるのです。
    三連休 母の税務&制作のための雑用
    今日から三連休が始まりました。毎年この時期になると懇意にしている税理士を自宅に呼んでいます。母が所有する不動産の税務管理をお願いしているためで、我が家には年間を通じて母の書類がいろいろ送られてきて、それを家内が保存しているのです。母は実家があるにもかかわらず、ほとんど介護施設で過ごしています。母が所有する不動産の利益は、母が入居してる介護施設に支払われていて、母は誰の助けも借りず自前で施設に入っているのです。母は90歳を超えて益々元気で、私には嬉しい限りですが、1年に1回は税理士にお世話になる機会があります。私も作品が飛ぶように売れて、将来は税理士にお世話になりたいものです。税理士は朝10時に自宅にやって来ました。その用事を済ませて、私は昼頃になって工房に行きました。今日は朝から雪が舞っていて、横浜でもうっすら雪が積もっていました。こんな日の工房は身が凍るような寒さで、掌で陶土を叩いて大きなタタラを作っている時も、身体は一向に温かくならず、ストーブの傍にいる時間が増えました。今日はウィークディ明けの土曜日ということもあって、疲労で身体が思うように動かず、残りの作業をどうしようか思案していました。そこで思いついたのが日用雑貨店にブロックサンダーを買いに行くことでした。多少の雪でも車は大丈夫そうだったので、急遽出かけることにしたのでした。以前みなとみらい地区にあった日用雑貨店が店じまいをして、同じメーカーのブロックサンダーが手に入らず困っていました。他店で売られていたものはやや異なった形状で、作業がやり難かったのです。ネットで調べたところ、みなとみらいにあった日用雑貨店の支店が東京町田市鶴川にあるのを知って、1時間くらいかけてそこに行ってみました。果たしてブロックサンダーはそこにありました。棚にあるモノを全部買い占めて帰宅しました。これが無くなったらまた鶴川店に来ようと思っています。制作のための雑用でしたが、道具は作業の上では重要です。明日は制作に励もうと思います。
    長寿に憧れる思い
    今朝、職場に届いていた新聞各紙が日本画家堀文子氏の訃報を告げる記事を掲載していました。堀文子氏は享年100歳。長い間創作活動に邁進出来て、私自身は羨ましいと感じています。新聞記事を読むと、堀氏は創画会結成に参加したり、絵本も手掛け、国際的な賞を取ったりしていたようです。70歳間近になってイタリアにアトリエを構えたり、メキシコ遺跡やヒマラヤ山麓などを旅していて、その旺盛な好奇心や止めども尽きない創作意欲に頭が下がります。日本画もそうですが、私がやっている彫刻も技術の習得に時間がかかる表現媒体です。そのせいか私は60代になってもつい最近彫刻を始めたばかりの気持ちになっていて、なかなか満足できる作品が作れず、自分の数十年に及ぶキャリアを否定したくなるのです。自分は長く彫刻をやっている気がしないのは、創作活動が自分を振り返る余裕を与えてくれないからかもしれません。過去に作ったモノは気に入らないモノばかり、これから始める彫刻で何度目かのスタートをするというのが本音です。常にリセットしてしまう私の癖を考えると、堀氏のように長く創作活動に携われる幸せに憧れるのです。創作活動の中でもとりわけ時間のかかる彫刻を始めたばかりに、人生は何て短いのだろうと感じる日々です。人生100年時代がやってきたと言われる昨今ですが、本当に100年という時間が与えられるならば、私はあと40年近く創作活動に関われることになります。新しく始めようと思っている版画や墨絵、鉄の造形、楽器の演奏、世界遺産を巡る旅など、私は陶彫制作に勤しみながら、次から次へチャレンジしてみたくなるのです。長寿に憧れる思い、加齢とともにその思いは益々募るばかりです。