2019.05.16 Thursday
平塚市美術館で開催中の「彫刻とデッサン展」に出品している彫刻家の中で、私が大学在学中から憧れていた作家が2人もいることが分かり、平塚まで車を飛ばして作品を見に行きました。一人は保田春彦先生で、当時は大学で教壇に立っていましたが、私が直接教わることはありませんでした。今なら気軽に研究室を訪ねていくものを、保田先生は雲の上の存在で、顔を合わせることさえ躊躇しました。長く住まれたイタリアの街の構築的な要素をイメージして、硬質な抽象空間を作り上げている先生の彫刻作品は、人を拒絶するような緊張感があります。会場には「壁に沿うかたち」と「弧の交わる壁」という鉄による壁をテーマとした2作品と、そのエスキースとも言えるデッサンが展示されていました。図録には「彫刻が絵画と異なる点を挙げるとすれば、とくに石のような素材を考えた場合、その表現に必要な絶対的な時間量と、肉体を伴う労働力の、かけはなれた差異ではなかろうか。仮に、”一気呵成”などという無責任な言葉で、タブローを前にする画家の表現行為を形容出来たとしても、石を前にした労働を表す辞句とは到底なりえないという意味である。」(著作「造形の視座」から引用)とありました。先生の寡黙で重い言葉が聞こえてきそうな一文だなぁと思いながら読みました。先生のデッサンはほとんど設計図と形容した方がいいようなもので、鉄や石をカットする割合や寸法、角度がメモされています。形態を研ぎ澄ましていく過程が描かれているような箇所もあり、これも先生らしいなぁと思いました。私もNOTE(ブログ)で自作に触れて、一気呵成には出来ないと標榜してきましたが、別に保田春彦流の発想を真似たわけではなく、本当に彫刻制作は時間がかかるのです。展覧会前にさっと作り上げてしまう画家を羨ましく思うと同時に、労働の蓄積などと言って、己の制作姿勢を肯定しなければ、彫刻家は精神的にやっていけないのかもしれないと思った次第です。
2019.05.15 Wednesday
先日、平塚市美術館で開催中の「彫刻とデッサン展」を見てきました。「空間に線を引く」と題され、著名な日本人彫刻家が集められた本展は、私にとって重要な展覧会であり、必ず見に行こうと決めていたのでした。まだ自分は彫刻を専門にしようと考えていなかった高校時代に、美術科教諭から美術準備室でデッサンの手ほどきを受け、美術の専門家への第一歩を踏み出したのでしたが、目の前の対象を写し取るデッサンはなかなか難しく、それまで楽しかったはずの美術が、一気に困難克服のための修行になった気がしました。当時は木炭紙に木炭で石膏像を描いていましたが、高校の帰りがけに予備校に通いだすと、描写用具が木炭から鉛筆に変わりました。大学で彫刻を学び始めた頃に、H・ムアの防空壕に避難した人々を描いたデッサンや、A・ジャコメッティの針金のようになった人物デッサンを知って衝撃を受けました。画家の描くデッサンと彫刻家のそれとは何かか違うと私は感じていて、まさに「空間に線を引く」デッサンに関心が移っていきました。図録の中にロダンにおける彫刻の捉えが出てきます。「視覚で捉えることのできる表面ではなく、その内側の動勢にこそ彫刻の本質があるとしたロダンの言葉は、それまでの視覚優位であった彫刻論とは明らかに異なるものであった。」というもので、さらにドイツ人哲学者J・G・ヘルダーによるこんな言葉が続きます。「絵画と彫刻の違いを、『彫刻は真実であり、絵画は夢である。彫刻はまったく呈示する表現であり、絵画は物語る魔法である』」というヘルダーによる触覚論は、視覚を五感の上位におく当時の美術の考え方に異を唱えたものだったようです。そこで実際のデッサンを基に、こんな一文が綴ってありました。「無数の線の集積から確かに実在する存在が立ち上がり、それを取りまく不可視の空間が現前としている。~略~一本々々の線が作者の手となり対象を触知し、手探りで平面上に現前させる。そこには容易に気づき得ない対象と空間構造の緊密な関係が生まれている。」(引用は全て土方明司著)自分が注目する個々の彫刻家の作品には後日改めて触れたいと思います。
2019.05.14 Tuesday
92歳の長寿を全うした日本画家荘司福。その絵画世界の変遷を、今回の展覧会「荘司福・荘司喜和子展」(平塚市美術館)でじっくり見ることが出来ました。私は若い頃に描いた人物画や仏教に取材した絵画よりも、最晩年に描いた一連の風景画が大好きです。とりわけ1980年代終わりから90年代にかけて制作された風景画は、簡潔な構図でありながら、深い精神性を湛えていて、見る者に何かを感じさせる空白が残されています。それ故、暫し絵画の前で佇んでしまうのです。空白は有在の無であり、余裕の産物であると私は解釈しています。生涯を終えるまでに、こんな世界感が獲得出来たらいいなぁという羨望もあって、私が惹きつけられる要因だろうと思っています。その風景画群の中でひとつを選ぶとすれば、1985年制作の大作「刻」です。図録の解説には「一乗谷の朝倉氏居館跡に取材。朝倉氏は戦国時代に一乗谷を中心に越前を支配した戦国大名だが、16世紀後半に織田信長に滅ぼされた。」とありました。この作品に対する作者のコメントもありましたので、掲載しておきます。「幾百年もの年月をそのところに存在して、刻の流れの中の興亡も戦乱も又多くの人々の生きざまもいろいろなものの中に在った石の群、今は白日のもと深閑としてそこに在る。石以外は何もない白い空間の中に、多くのものが重なりあって充満している虚の空間、石を見てそんな空間を描いてみました。」(「三彩」457号より)虚の空間とは何もないのではなく、描かれた対象よりも雄弁に語る空間ではないかと私は思っています。描かれている苔むした石を見て、そこに過ぎた時間の蓄積を感じ取り、幾多の人々の往来を感じ取るのは、石が置かれた場所の空気を鑑賞者が感じ取れるからだと私は考えます。時間の沈殿の中に諸行無常を思い起こさせる世界が私は好きです。
2019.05.13 Monday
先日、平塚市美術館で開催中の「荘司福・荘司喜和子展」に行ってきました。日本画家荘司福は92歳まで生き、日本画の世界では重鎮であったことを私も知っていました。晩年の風景画をどこかで見て、その端正で奥深い世界に感銘を受けたことが思い出されます。同じ日本画家荘司喜和子は、今回の展覧会で私は初めて知りました。新たな時代の抽象化した日本画の世界に真摯に取り組んだ精神性に驚きました。2人は姑と嫁の関係であったようで、荘司喜和子は惜しまれて39歳の若さで逝去しています。2人の間には表現こそ異なりましたが、写生を通じて何かを掴むという共通した認識があったことが伺えて、見ていた私は複雑な心境になりました。図録によると「荘司福は自分の作品は自分の肖像画であると言う。それは荘司福が描こうとしたのは、客観的な風景などではなく、彼女が感じた哲学的な風景であり、それは彼女の本質を伝えるものだからだと思う。荘司福は日本画家には、否日本人には珍らしく哲学的瞑想をし、それを絵画化する人なのであった。」(草薙奈津子著)とありました。一方で荘司喜和子はこんな風に述べられています。「喜和子が、写生の段階で目に見える光景を面的にとらえ、自然の様相をシンプルな形態に還元していること、その上で、ひとつひとつの形態に加除修正を加え、自在に組み合わせて画面に配置している様子が見て取れる。~略~また、写生的な描写によって対象の本質を表そうとする油彩画とは異なり、日本画は、入念な写生を繰り返すことで対象をシンプルな線と形態に還元し、その核心に迫ろうとするものである。不要な部分を省き、簡潔な形態把握を行うという点で、モチーフを抽象化しやすい傾向を内包していると言えるだろう。~略~写生を突き詰めて形態を獲得する福とは異なり、喜和子は、モチーフと相対したときから対象を色と形で捉え、そこから抽出した色と形態を組み合わせて作品を制作している。」(家田奈穂著)2人の画家の間にはどんな会話があったのか、単なる姑と嫁の関係ではないものがあったのでしょうか。そんな気配を感じさせる展覧会でした。
2019.05.12 Sunday
いつもなら日曜日は元気回復して制作に突き進むのですが、今日は疲労が残っていました。水曜日、金曜日、土曜日と歓送迎会が続き、出来るなら今日一日休みたいと思っていました。来月早々にある図録撮影を考えると、今日の制作ノルマをやらないわけにはいかず、重い身体に鞭打って朝から工房に篭りました。幸い美大生スタッフがやってきてくれたので、彼女に背中を押されるように陶彫部品の仕上げを始めました。明日は鉄工業者に窯入れがあって電気が使えない旨を伝えてあって、業者に休んでもらっているのです。ロフト拡張工事も佳境を迎えていて、業者の完成も目の前に迫っているので、一気にやってしまいたいところでしょう。ともかく今日は陶彫部品の仕上げと化粧掛けは午前中にやりました。大きな部品を2体、窯に入れました。午後は昨日からやっている「発掘~曲景~」のテーブル塗装の続きをやりました。基本となる色彩は昨日のうちに砂マチエールに滲み込ませてありました。油絵の具なので完全には乾いていませんが、それでも次の色彩を上から滴らせて、色彩効果を確かめました。今日は夕方までに4種類の色彩を滴らせたり、飛ばしたりして、その交わり具合を見ながら、当初のイメージに近づけました。「発掘~曲景~」は旧作より明るい色彩を用いていて、ややポップな感じを出そうとしています。接合する陶彫部品はいつものように鉄錆色になりますが、曲面を多用した形態になっているので、今までの作品とは趣が変わるのではないかと思っています。スタッフを一人工房において、私は近隣のスポーツ施設に水泳に行ってきました。自分では疲れていると思っていたはずが、割合楽に泳げたので肉体は疲れていないんだなぁと思いました。飲み会は精神的な疲れなのかもしれません。夕方窯のスイッチを入れて、工房を閉めました。スタッフを車で送り届けて、今日の工程は終了しました。