2019.05.21 Tuesday
「日本流」(松岡正剛著 筑摩書房)の第五章は「日本に祭る おもかげの国・うつろいの国」について取上げています。古田織部と山片蟠桃の生い立ちやその業績から始まる随想の中で、自分はとりわけ古田織部の縄文的変形と言うべきか、歪みをもって美とする破格で大胆な造形に興味が湧きました。花道家中川幸夫の作り出す世界にも触れ、生け花を喩えにして「死と再生」にテーマが移りました。そこで漸く祭りが登場してきます。「世界中のどこの民族も部族もお祭りが好きで、祭りがなければその民族や部族の文化はなかったともいえるほどなのですが、その祭りに、さてどのような意図や組織が動いているかということになると、これは風土・地域・民族・部族・時代・食生活などによってかなり異なってきます。いったい文化を見るには、基層文化と表層文化によって見方のちがいをもったほうがいいと思います。基層文化というのは伝承性がかなり高いもので、その地域や民族にとって気がつかないほど底辺の習俗になっているものです。一方の表層文化は時代性が強いもので、たとえば正倉院の宝物に象徴される天平文化はシルクロードを通った文物が時代の表層を突破して強烈に焼きついたものですが、それは海外の文化が時の支配層などによって積極的に表層文化としてとりいれられ、定着したと考えられる。~略~私はこの基層と表層の文化のちがいを生物学の用語を借りて、『ジェノタイプの文化』と『フェノタイプの文化』というふうに見ています。ジェノタイプは遺伝型、フェノタイプは表現型のことです。」著者は分かり易く文化をタイプ別に分類して述べた後、日本の祭りに論考が及びます。「日本の祭りの根底を眺めていくと、そこにはいろいろな特色がありますが、その大きな共通性のひとつに『擬死再生』という考え方が出てくるのです。擬死再生というのは民俗学用語で、いったん当事者の『からだ』を死んでみせたことにして、それをあらためて再生させるという儀式の仕方のことをいいます。つまり仮の死をつくる。そうして再生させる。むろん実際に死なせるというわけではなく、そういうふうな祭りかたをするわけです。」これはエジプト神話のイシス性と著者は呼んでいて世界中に流布しているため、こうした考え方は至る処に存在すると言えます。最後に日本の民俗学へ話が及び、「ハレ」「ケ」「ケガレ」「キヨメ」という語句に拘る部分が出てきます。「ハレは『晴』で非日常性のことを、ケは『褻』で日常性をさします。~略~ケには枯れたり汚れたりしてしまうことがおこります。これをケガレといって、漢字では「穢」の字をあてる。そこでこのケガレを払拭し、元に戻すことにする。これがキヨメ(浄)とかハライ(祓)です。」さらにヒという語句が出てきます。「ヒは『霊』と綴って、ヒと読みます。このヒがウツワ(空)の中にひそんでいて、それがあるときウツツ(現)となって出てくる。それを『産霊』ともいいます。~略~ヒは結ばれることによって、そこに何かがぴったり定着する。~略~日本は何だって結ぶ。結びすぎるくらいに結びます。だいたい相撲の最後が『結びの一番』ですし、小結があれば、大きな横綱を締める結びもある。さらに結納もムスビですし、結婚もムスビです。息子や娘という呼び方も、もともとはムス・コ(結びによって生まれた彦)であり、ムス・メ(結びによって生まれた姫)でした。こうしたムスビは、日本に来た海外人を驚かせた『髷を結う』というところにも象徴されました。」些か引用が長くなりました。
2019.05.20 Monday
「日本流」(松岡正剛著 筑摩書房)の第四章は「日本へ移す 見立てとアナロジー」について述べられています。日本は「見立て」の文化と言われますが、そもそも「見立て」とは何でしょうか。著者がさまざまな例題を挙げて説明していますが、「見立ては、『喩』あるいは『比喩』の作用のひとつです。」という一文がありました。欧米の美学や修辞学で言えば、メタファー(隠喩)、メトニミー(換愈)、シネクドキ(提喩)であるとも説明されていました。著者が示す例示の中で、私の興味関心は庭園と茶の湯、浮世絵に注目しました。「あらためて庭園における見立ての話になりますが、日本の庭園では、なにより枯山水が石組だけなのに、それが水や川や海の見立てになっていることに驚きます。石庭ではこうした見立てを総称して、しばしば九山八海とよぶ。~略~そのほか庭づくりでは水と石が見立ての対象になる。水ならば荒磯や州浜や布引が、石ならば三尊石・鶴亀石・補陀落石・須弥山石・座禅石・十六羅漢石などが欠かせません。これらは山や河原で本物の石を見立て、そこから運んだものでした。このような水や石の見立ては、これがさらに転じて、『州浜』『千鳥』『落雁』『吹き寄せ』『松襲』『雪餅』『月の雫』といった和菓子の見立てにつながります。」へぇ、と思わず頷いてしまうものばかりですが、茶の湯でも同じような見立てが罷り通っています。「茶の湯に使う茶碗の『銘』のほとんども、見立てで名付けられていたものでした。~略~茶の湯では釜も茶杓も水指もみんな銘がついている。やはり『立てる』の意識のせいかと思われます。」陶彫をやっている私は釉薬を使いませんが、釉薬の窯内での流れ方を見て、偶然出来た模様にどこかの風景に重ね合わせて、銘つまりタイトルをつけたくなる作者の心境はよく分かります。唯一無二のものがそこにあるからです。最後に浮世絵で一世を風靡した葛飾北斎に触れた箇所がありましたので、引用いたします。「北斎は本書に登場する日本人のなかでも、図抜けて多様性に富んだ人で、自分の画号だけでも三十以上はもっていた。だいたい『富嶽三十六景』にして、格別の見立ての能力がなければ、あんなにひとつの富士山を描き分けられるものじゃありません。加えて北斎の漫画の数々こそはまさに見立て絵の独壇場です。そこには『それが何に見えるか』というようななまやさしい視点だけではなくて、『何がどのように見えてほしいのか』という注文の予想までもが、ことごとく先取りされている。~略~北斎は六歳にして『物の形状を写すの癖ありて』と自分で癒しがたいほどのアナロジー癖を書いているほどの画狂人でした。」
2019.05.19 Sunday
最近体調が優れない毎日が続いています。工房がロフト拡張工事によって、作業スペースが限られてしまっているのが、原因のひとつかもしれません。今日も鉄工業者は工房に姿を見せませんでした。鉄材や板材を切断する騒音の中で、創作活動は出来ないのではないかと、途中経過を見に行った家内が言っていました。鉄工業者は個人経営で、今まで週末も休まず作業をしていましたが、ここにきて私に配慮してくれているのかなぁと思っています。ロフト拡張工事は完成間近で、何時ごろ終わるのだろうか、実は気を揉んでいるところです。新作の陶彫も完成間近です。ただし、陶彫は最後に焼成があるため、もうひとつ山を越えなければなりません。体調が優れない中、今日は多少無理をして2個の陶彫部品の成形と彫り込み加飾を終わらせました。今日は美大生が自らの課題をやりに工房に来ていました。私は彼女に背中を押されるように頑張ったのは確かですが、彼女も相当頑張ったようで、夕方になって彼女を車で送るときは2人ともヘトヘトになっていました。今日作った2個の陶彫部品で全て新作が出揃ったことになります。その次は乾燥を待って、仕上げや化粧掛けを施して窯入れになります。さて、6月初旬までに出来上がるかどうか、毎年のことですが、これは賭けみたいなものです。完成への緊張を伴う綱渡りは今回も経験することになりました。今まで余裕を持って作品が完成したことがないので、この状況には慣れてはますが、思いを巡らすと冷や汗が出てきます。今回は焼成で失敗できないのが気にかかるところです。陶彫制作は、私の彫刻家人生のほとんどを占めていますが、技法に溺れずに今までやってこれたのは、熱心に作った作品を最後に窯に入れて焼成する工程があるためで、今も窯内で割れる要因が分からない場合があります。そもそも器などを作る陶芸では考えられないような無理な形態を作っているので、割れや皹はあって当然と肯定すべきでしょうが、口惜しくて仕方がない時もあります。最近は達観していますが、若い頃は布団を被って寝てしまうことが度々ありました。今回も大きな陶彫部品を2個潰しています。工房の裏にはハンマーで叩き割った陶彫の破片が山積みされています。ところが、ここ2週間の締め切りの迫った状況での失敗は許されません。天に祈るのみです。来週が撮影前最後の週末になります。
2019.05.18 Saturday
週末になり、朝から工房に篭りました。ロフト拡張工事が進み、天井に昇降機が取り付けられていました。昇降機は天井を移動できるようにレーンがありました。1階からロフトに荷物を上げ、さらにロフト内を移動して、荷物を降ろすようになっているのです。ロフトの床はほとんど出来上がっていて、ロフトの重さを太い鉄柱で補強する仕事がまだ残されているようです。作業中はかなりの騒音を発するため、今日は私に遠慮したのか、鉄工業者は来ていませんでした。家内がウィークディの昼間に工房を見に行ったところ、鉄や厚板を切断する音が厳しくて、その場をすぐ立ち去ったそうです。ともかく今日は静かな中で陶彫の作業が出来ました。「発掘~曲景~」の陶彫部品は全て出来上がって、今は乾燥を待っています。「発掘~双景~」の調整の陶彫部品が2つ足りないことが分かって、今日早速土練りをしてタタラを準備しました。2つの陶彫部品はそれほど大きなものではないので、明日一気に2個作ります。今週は体調が思わしくなく、胃腸の具合が変でした。4月に職場を転勤して、漸く少し慣れてきたところで、気が緩んだのでしょうか。自分なりに無意識に気を張っていたようにも思うし、工房ではロフト拡張工事が始まっていて、創作活動も落ち着かない状態だったので、いろいろな面で不安定な気分が続いてしまったようです。職場では、職種は今までと変わらず、またキャリアもあるので何とかなっているし、また陶彫制作も長年やってきているので、制作に迷いは生じていません。それなのにこんなに自分は弱かったのかなぁとつい思ってしまいます。暫くすれば気持ちは落ち着くとは思いますが、来月初旬の図録撮影までの道のりが、自分にとっては厳しいなぁと感じています。これは毎年のことですが、今年ばかりは多少勝手が違うので、変化についていけないのかもしれません。それでも明日は陶彫成形を行ないます。陶彫は成形や彫り込み加飾を施した後、乾燥させる必要があり、また焼成もあるので、早めに作っておかないと撮影に間に合わなくなることもあるのです。明日も頑張ろうと思います。
2019.05.17 Friday
平塚市美術館で開催中の「彫刻とデッサン展」に出品している彫刻家のうち、私の興味関心が高い2人目は若林奮先生です。この人も大学の教壇に立っていましたが、当時から若林先生の説明が難解すぎて、学生の私は到底近づくことが出来ないと思っていました。若林先生の展覧会には全て足を運ぶものの、今も作品に内包される思索が分かっているとは言えません。この人は何がしたかったんだろうと思いを巡らすことが屡々あります。今回の展示作品も全て理解できたわけではないのですが、何故か不思議な魅力があって、惹きつけられてしまうのです。本展には作家の飼い犬をモチーフにした彫刻やデッサンが数多く出品されていました。「泳ぐ犬」や「雰囲気」など、私はいろいろな美術館で展示されてきた同じ作品を見てきました。独特な彫刻観がこの作家の特徴であることは間違いありません。「自分の家で飼っていた犬を観察しながら、その犬に見せる彫刻をつくることを計画し、最終的には彫刻が自分と犬の間にあり、それぞれに向いた半面が、自分と犬に所属していると考えるようになった。」というのが図録に掲載されていた作者の一文です。犬に見せる彫刻、これはまたどのようなモノなのでしょうか。またデッサンにおいても、先生は独特な感覚をもって制作されていたようです。「『表現法や形式は絵画のふりをしているようなものも、ほとんど物質の話の中に収まるもののように思える。あるいは彫刻の一つの形状ー薄い彫刻ーと言うんでしょうか。…そういうところに多分入れてよいんではないかと自分では思っています。』奥行きのある、物質性の強い彫刻の対極に、奥行きのない、物質性のほとんどない薄い彫刻としてドローイングを位置づけている。~略~若林は絵具やインクを紙にしみこませ、『紙の厚さを彩色する』ことを試みる。」(江尻潔著)デッサンも薄い彫刻とした発想に、普段から物質を相手にしている私も頷いてしまうのですが、世の中に平面は存在しないという存在の原則論に立てば、これも納得してしまう論理ではあります。