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  • 暁斎「惺々狂斎画帖」連作について
    先日に見に行ったサントリー美術館で開催中の「河鍋暁斎」展では、狩野派絵師として研鑽を積んだ暁斎の珠玉の名品も数多く出品されていましたが、私の関心はやはり戯画にあって、現代のアニメのような劇的な動きのある画帖が、心から楽しいと感じました。表題の「惺々狂斎画帖」は、(一)から(三)まであって、その小さな世界に魅了されました。図録の解説によると、これは日本橋の小間物問屋の主人のために暁斎が描いた肉筆画の連作で、大蛇や化猫が登場する場面が何とも可笑しくて、奇想天外な物語を想像してしまうのです。これは暁斎の描く他の俯瞰図にも言えますが、さまざまなポーズをとる人物が、時に劇画的で極端な仕草をしているために、絵の主題を強く印象づける効果を生んでいると、私は認識しています。図録によると小間物問屋がつぶれた時に、そこに暁斎の絵が200枚もあったそうで、良い値で捌けたと書いてありました。また、江戸情緒あふれる画題は、「江戸名所図絵」に登場する武蔵の地名の由来や浅草寺草創にまつわる伝説や梅若伝説、秋色桜の話、飛鳥山の花見など庶民の遊びを、暁斎らしい工夫を加えて描いていると解説にありました。河鍋暁斎は日本よりも海外で有名になった画家ですが、成程こういう画題であれば、外国人が絵を競って手に入れたのもよく分かります。現代の私たちもグローバルな視点を持つに至ったので、暁斎ワールドが本当に面白いと感じるのです。今では世界に発信するほどになった優秀な日本のアニメですが、その根源には暁斎の世界があるのではないかと私は思っています。北斎漫画にも暁斎の世界と同じ感覚を持ちました。その時代の絵師の片鱗に触れて、自分の創作活動を鼓舞したいと考えているところです。
    六本木の「河鍋暁斎」展
    先日、六本木にあるサントリー美術館で開催中の「河鍋暁斎」展に行ってきました。副題に「その手に描けぬものなし」とあって、河鍋暁斎の画力の凄まじさを改めて認識しました。江戸から明治の激動の時期を絵師として生きた河鍋暁斎は、幽霊やら魑魅魍魎が登場する戯画ばかり描いていると、当初私は捉えていましたが、今までの暁斎の展覧会を見るにつけ、本格的な狩野派絵師であることを再確認した経緯があります。しかも「その手に描けぬものなし」という実力を見て、北斎に匹敵するのではないかと思ったほどでした。今回の展覧会では初めて見る作品があって、その場を離れ難い鑑賞になりました。図録には弟子であった建築家コンドルの文章がありました。「(暁斎は)忍耐強く自然を観察し、また古人の作で価値あるものをことごとく敬虔な態度で模写した人であったが、その作品にはつねに独創性と天稟の才が横溢していた…彼はその独立不羈の性格と何でも描ける多才な技量により、免状ばかりで精神を伝えぬ一流派の束縛を長く免れることができた…彼は自ら構成した活気溢れる絵画の世界を一絵師として孤独に生き、古き巨匠の偉大なる魂を友としたが、今やその霊と相接しているのである。」(池田芙美著のコンドル訳文抜粋)暁斎は鍛錬を重ねた絵師だったようで、展示されていた画帖にその跡が見られました。暁斎の曾孫が書いた文章も図録にあったので引用いたします。「本展には、河鍋家に伝わった画帖や画巻を初めて出品した。私が幼い頃から目にしていたもので、暁斎が懐に入れて日々持ち歩き、興味深い古画や意匠を見つけるたびに描き留めたと思われる私の好きな縮図帳や縮図画巻である。それらを見て育った私にとっては、暁斎とは常に学習し、研鑽し、努力を惜しまぬ絵師に思えた。小山正太郎も暁斎を『一本熱い奴をつけて来れば、何でも描いて遣る。と、大胡坐をかきながら座敷の真中に陣取った所などは、実に威風辺りを払うのが概であった。併し酒気の醒めた時は、極めて細心な所があって、故人の粉本などの随分細かいものを写したりして居た。(後略)』と、粉本を緻密に熱心に学習したと述べている。」(河鍋楠美著)暁斎の画帖に関しては別稿を改めたいと思います。
    上野の「奇想の系譜展」
    先日、東京の4つの美術展を巡った時、私が一番身近に感じた展覧会は、東京都美術館で開催中の「奇想の系譜展」でした。嘗て読んだ美術史家辻惟雄氏による著作「奇想の系譜」は、日本美術史に斬新な視点を与え、それによって江戸絵画が抜群に面白くなったことで、現在の「日本美術ブーム」を作り出したと私は思っています。最近の伊藤若冲の人気ぶりは大変なもので、都美術館の前で長蛇の列になって何時間も待った記憶が甦ります。その著作に登場する画家たちの作品を集めた展覧会となれば、私は必見と決めていました。図録によると今回取り上げた画家は8人になると書かれていました。「岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曽我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳ー六人の画家をとりあげたこの『奇想の系譜』は、以後の江戸時代絵画史研究、日本美術史研究に対して、決定的な影響を与えた。そして、本展はこの六人に加えて、近年とみにその再評価の機運が著しい白隠慧鶴、鈴木其一の二人を加えて企画したものである。」という日本画家8人衆は、私が中高の美術科の授業で習った覚えがない画家たちで、社会人になってから漸く知り得た摩訶不思議な世界観をもつ画家たちでした。大学生になった時には、私の頭の中は欧米からやってきた前衛運動が中心で、我が国の美術を振り返ることもなく過ごしていました。象徴主義や抽象絵画は西欧の専売特許ではなく、まさに足元にありと思ったほど我が国の奇想の画家たちは、私に豊かなイメージを与えてくれました。縄文土器の時もそうですが、誰かが新しい視点を与えてくれると、見過ごしていたものが現代に甦り、ハッとすることが多くあります。図録にこんな箇所もありました。「結論めいたことを言えば、『奇想の系譜』という本は”時限爆弾”だったのだと思う。辻氏が導火線に火をつけた1970年代から、それに注目する若い研究者たちが地道な調査を続けることによって、その火を絶やさぬようにしっかりと受け継いでいった。そして21世紀に至って、ようやく導火線から爆弾本体に火が届いて、現在の『若冲ブーム』『江戸絵画ブーム』『日本美術ブーム』が現出したのだと思う。」(引用は全て山下裕二著)これから爆破が連鎖し、次から次へと面白い世界観を有する作品が登場してくることを切に願っています。 
    週末 今月最後の制作日
    今日は朝から工房に行って制作三昧になりました。気温が少しずつ緩んできて作業がやりやすくなりました。2月の週末が今日で終わります。大きな新作は若干の陶彫部品が間に合わず、完成は来月に持ち越しになりました。午前9時から午後4時までの7時間が週末の定番の制作時間です。焦らず、休まずというコトバを念仏のように唱えて作業を続けていますが、ひと頃前に比べると集中力が長続きしません。小刻みに集中して作業を継続している感じがしています。何年やっても巧みに作れないのは、自分が不器用のせいですが、それが効を奏し、彫刻に彫刻たる魂が宿ると学生時代に師匠に言われたことがあります。陶彫制作も20年以上もやっていて、なかなか思うようなカタチにならなくて困ってしまう時があります。彫刻におけるイメージの優位は自分にとって都合の良いものなのです。これが技巧を必要とする工芸ならば、自分は立ち行かなくなります。今日の陶彫成形もやや変形していたので苦労しました。ひょっとして割れるかもしれないという陶特有の強迫観念があって、心安らかな制作は今までも皆無です。今日も乾燥していた陶彫部品に仕上げをして化粧掛けを施して窯に入れました。焼成はいつも祈るような気持ちになります。人の手が及ばない世界は、面白いとは思うけれども、反面落ち着かない心の状態になります。今回は随分窯を使っているなぁと思えるのは、請求される電気代で分かります。昨年以上に電気代がかかっているのです。ひとつひとつの陶彫部品が大きいせいかもしれず、新作はせいぜい2個しか窯に入らないのです。今日の夕方窯に入れると水曜日に窯の蓋を開けられます。日常の風景になっていますが、毎朝出勤前に温度を確認しています。電気代を払う時にあまりにも多額なためコンビニの店員に驚かれることもあります。
    週末 母の不動産管理&陶彫制作
    2月最後の週末になりました。新作の大きな陶彫作品は、数個の陶彫部品を作り上げれば完成が見えてきますが、どうやら今月中に完成は無理なようで、来月に持ち越しになります。その他の制作途中にあるテーブル彫刻も来月から始めようと思っています。とは言え、来月は年度末を迎えてウィークディの仕事が立て込むのが予想されるため、創作活動がどの程度まで進むのか不安です。今週も自分が担当する横浜市のある部署の会計処理をしたり、書類の整理が始まっていて、今年度のまとめをしている最中なのです。私は再任用管理職なので、その都度まとめをして次の管理職に速やかに引継ぎが出来るように準備しているのです。そういう意味で3月は多忙を極めます。来年度人事もいよいよ始まり、職場では出会いと別れが待っています。職場の詳しいことはここでは書けませんが、管理職を何年やっていても、この時期はシンドいなぁと思っています。今日の午前中は工房に行かず、母の所有している不動産の管理会社の人が自宅にやって来ました。2年に一度の更新で、私が母の代理を務めました。母が全部私に任せてくれているので、私が代筆して書類を作成しました。土曜日はウィークディの仕事の疲れがあって陶彫制作が捗らないので、ちょうどいい骨休めになりました。午後は工房に出かけました。工房の建っている植木畑には、さまざまな花が咲いていて、春が確実にやってきている気配を感じます。自宅から数分のところにある工房ですが、植木畑の中を歩いていると木々の息吹を感じ、気持ちも制作に向かう気構えが出来て、この移動の数分は私にとって貴重な時間です。自宅から少し離れた場所に仕事場を持っている幸せを噛み締めながら、毎週末に歩いています。午後から4時間程度の作業でしたが、40キロの土練りを行い、大きなタタラを数枚作りました。明日の成形の準備です。明日は朝から工房に篭ろうと思っています。