2019.05.31 Friday
今月1日から令和元年がスタートしました。アメリカのトランプ大統領が令和初の国賓として天皇陛下を訪ねて来られました。私は新しい職場に徐々に慣れてきましたが、外会議が多くて落ち着かない日々を送っています。落ち着かなかったのは職場だけではなく創作活動も同じでした。工房のロフト拡張工事があって、今月の制作工程がしっかり進められるのかどうか内心焦っていました。今は何とかなりそうなので安堵していますが、図録撮影日が目前に迫っているので予断は許せません。それでは今日は今月の最終日なので制作を振り返ってみようと思います。まず新作の状況ですが、「発掘~双景~」と「発掘~曲景~」と「陶紋」5点、これが個展に出す作品です。そのうち窯内にある陶彫部品が2点あるので、新作は完全に出来上がったことにはなっていない現状があります。ですが、作品を完成近くまでもってくるのに今月は無我夢中で取り組んだことは確かです。新作は撮影日に初めて組み立てるので、そこまでは心配の種が尽きないのです。それでも創作活動は頑張っていたのではないかと自分なりに評価しています。鑑賞では美術展に行った日は皆無でしたが、音楽鑑賞では叔父のコンサートに行きました。親戚に声楽家がいることは幸せなことだなぁと改めて思います。映画鑑賞は「キングダム」(TOHOシネマズららぽーと)と「グリーンブック」(シネマジャック&ベティ)を観に行きました。美術の展覧会にしても映画にしても、さらに行きたいものはあったのに、陶彫による新作に邁進してしまったのは、図録撮影を控えているためでした。今月は職場で体育的なイベントがあったり、新旧職場や自分が関わった団体の歓送迎会が複数あったり、各種総会も多く、日々慌しく過ごしていました。その分、RECORDが犠牲になってしまいました。下書きばかりが先行している現状を何とかしなければならないと毎晩思っているのですが、加齢とは思いたくない蓄積疲労と睡魔に勝てずにいます。読書では「日本流」を読み終えて「ヨーロッパの形」に移行しました。日本から西欧へ私の大好きな文化論は止め処も尽きず、まだまだ楽しめそうです。
2019.05.30 Thursday
先日まで読んでいた「日本流」(松岡正剛著 筑摩書房)の後は、真逆に位置する西欧の文化史に触れたくなって、「ヨーロッパの形 螺旋の文化史」(篠田知和基著 八坂書房)を読み始めました。私は1980年から5年間ヨーロッパに住んでいました。彼の地の美術アカデミーに通っていましたが、旧市街を彷徨い歩くことが好きで、学校よりも散策によってヨーロッパを体感することが、今も印象強く心に残っています。ヨーロッパの旧市街は階段が多いなぁと当時感じていて、年老いた人が杖を支えに階段を登っていく姿をよく見かけました。街の景観としては、平面的に広がる日本の農村風景より、石材で構築されたヨーロッパの立体的な風景の方に私は惹かれていて、これはないものねだりの異文化憧憬なのだろうと思っています。本書のはじめの言葉を引用いたします。「なぜ螺旋階段なのかといえば、まっすぐな梯子ではどこかに支えがなければ立たないが、螺旋階段で、それも螺旋の半径がおおきいものであれば支えがなくともそれだけで立つのである。先のほうは雲間に消えているが、ぐるぐる回っていればそのうち天につく。ネジの原理である。日本に種子島銃が渡来したとき、さっそくそれを分解して模倣しようとして、一番苦労したのがはじめて見るネジというものだったという話は有名だし、咸臨丸のころでさえ、アメリカに渡った使節たちが荒物屋でネジを買ってきたという話もある。」成程、西欧の文化史は螺旋から始まると言ってもいいかもしれません。螺旋文様は私が大好きな形のひとつです。植物の生長に限らず、人間の筋肉のつき方も螺旋になっていると、彫刻を学び始めた頃に学校で教わりました。立体は直に立っているより捻ることで構造は強くなる、そんな立体感覚を持ったのもその頃でした。今回はそんな自分の興味関心を受け止めてくれそうな書籍に出会うことが出来ました。通勤の友として楽しんで読んでいきたいと思います。
2019.05.29 Wednesday
「日本流」(松岡正剛著 筑摩書房)を読み終えました。著者松岡正剛氏はネット上の「千夜千冊」で知りました。「千夜千冊」は、所謂書籍のナビゲーションのことで、これを眺めていると氏の幅広い教養だけでなく、内容を語る視点のユニークさに特筆すべきものがあると思います。本書「日本流」もその路線を辿っていて、日本人としての「あるある」を浮かび上がらせていましたが、我が国の文化継承に一石投じているように思われます。あとがきから引用すると「読みすすむうちに何が見えてくるかという点については、最初は多様な一対の文様を追うように進み、そこでいったん失われたものに思いをいたし、ついではしだいに日本の文化の奥に眠る『スサビの動向』を浮上させるという曲想にした。~略~主題や引用のしかたや言葉づかいについては、いろいろな輻湊関係が丹念にくみこまれている。できればデュアルでポリリズムな音楽を聞くように読んでもらえるとありがたい。」とありました。私も多様な日本流について自分なりに思いを馳せ、祖父が宮大工、父が造園業という職人家庭に育った自分だからこそ思いつくことがあるのかもしれないという考えに至りました。本書の解説から文章を拾います。「『日本流』とはあくまで『日本の流儀』のことで、その現れは多様であふれんばかりだ。『日本流』とは、歴史上と今日とに現実に存在する、多様さに対応する言葉として初めて『発明』された表現であり、新たな視点なのだ。~略~本書に通っている隠れたテーマは、その、『質』である。日本らしさが重要ならば、ただそれだけのことなのだが、実は問題は質なのだと、本書は隅々で言っている。~略~『キワ』という言葉も本書の柱である。感覚をハシやキワにもっていって、ツメてゆく感覚である。その果てに『スサビ』があり、寂しさもある。寂しさや切なさの無い遊びは『ツマらない』のだ。」(田中優子著)
2019.05.28 Tuesday
「日本流」(松岡正剛著 筑摩書房)の第七章は「日本は歌う 間と型から流れてくる」について取り上げています。本書「日本流」はこれが最後の章になります。著者が最後に取り上げたのが「間」と「型」です。私たちは普段よく「間がぬけた」とか「間にあわせる」という「間」を入れた会話をしていますが、この「間」とは何か、説明が難しい感覚的な言葉に思えます。「日本の伝統芸能はその大半が『間の芸能』です。能はまさしくその典型だとは思いますが、舞踊・狂言・歌舞伎はもとより、雅楽から常盤津にいたるまで、民謡から小唄にいたるまで、いずれも『間』が勝負になっている。」さらに説明が難しいものを取り上げるとすれば「加うるに伝統芸能や伝統工芸の多くは口伝です。武芸や武道というものもたいていは体得か、口伝です。~略~ようするに秘伝や口伝という様式には、われわれが説明しようとしても説明できない何かが宿っているように思えるのにもかかわらず、それが取り出せないのです。」とありました。「そもそも『間』とか『型』というものは盗むしかないようなもので、そして、それを盗んでみないかぎりは、そこには『過去からの伝承』が生きていることは当の芸能者にもわからないのです。~略~芸がつくられていくきわみに『間』があって、その『芸の間』あるいは『間の芸』が日本の芸能そのものの到達点なんだということです。」この言い回しは日本人なら納得がいきますが、外国人には曖昧模糊としたものに映るのではないでしょうか。「秘伝や口伝。『間』とか『型』。つまりは記憶の文化。これらは日本文化を象徴しているにはちがいないにもかかわらず、また、われわれはそのことを舞台の所作や三味線の手や、文楽の頭の動きや茶碗の深みにはっきり認めているにもかかわらず、いっこうにその姿を明確にあらわさないことによってしか、われわれをゆさぶってくれないもののようです。」では何故このような文化が生まれてきたのでしょうか。「日本にはいつ地震がくるかわからないし、いつ台風や大雪がくるかわからない。日本史の大半は早魃と飢餓の歴史です。~略~しかも資源にはかなり限界がある。季節も変化する。これが不安定でなくて、何でしょう。こういう国では一事が万事です。~略~そこには二つの工夫が生まれます。ひとつは万やむをえず諦めるという観念を維持しようという立場です。これは有為転変を見つめる無常観というものになります。~略~もうひとつは講や座や組や連などといった、小さなネットワークで経済や文化を組み立てるという工夫です。~略~いずれも不安定を宿命と見ているところは同じです。」日本という国の姿、環境から考えて、こんなことが述べられていました。最後に著者が本書の最初に登場した歌について振り返っています。「私がこんなことを書きのこすのは、冒頭にも示したように、西条八十の『かなりや』が、本書の心の一端を歌ってくれているように思っていたからです。~略~日本には歌を忘れてほしくない、後ろの山に捨てるのも、月夜の海に浮かべるのもまだ早い。しかし、そのように歌うことがかえって日本に必要なものを創発させるかもしれない、そういうことでした。」
2019.05.27 Monday
陶彫部品を組み合わせる集合彫刻には、私は新作ごとに新しい印を貼り付けています。これは多くの部品から成り立つ故の工夫ですが、陶彫部品ひとつひとつの隠れた場所に印を貼り、番号をつけておきます。その番号に従って順序良く組み立てると、集合彫刻が出来上がるというわけです。私の作品は私一人では組み立てられない代物であり、多くの協力者が必要です。スタッフがいないと何も出来ないというのは、助っ人からすれば迷惑な話ですが、大きな彫刻にはそうしたことが多々あります。彫刻家は孤高などと言っていられない事情があって、普段から同僚や後輩や教え子を大切にしていないと協力は得られないのです。陶彫部品に貼り付ける印は、毎年新しくデザインして彫っていきます。作品は分解して保存しておくので、新作の印は部品同士が混ざらないための工夫です。印は柔らかい高麗石に彫りますが、書道家ではないので、篆刻に拘ることはなく自由気儘にデザインをしています。まるで文字を変形させた抽象絵画のような塩梅です。「発掘~双景~」の印は氏名を直線的に構成し直し、ほとんど文字が読めないところまで抽象化してしまいました。「発掘~曲景~」は苗字のみアルファベットで構成したデザインにしました。和紙を小さく切って印を押し、番号を付けて貼るのを、さて、いつにしようか考えています。少なくとも図録撮影日に組み立てるので、そこまでには印を貼っておかなければなりません。今晩の工房は焼成があって使えないため、自宅で印を彫ることに精を出していました。明日は工房が使えるので、陶彫部品の修整を加えながら印貼りをしていこうかと思っています。