2019.06.20 Thursday
このところ仕事から帰ってくると、1時間程度工房に足を運んでいます。創作活動ではなく梱包用木箱を作っているのです。木箱の板材に補強用の木材を木工ボンドや電動タッカーで貼り付けています。頑丈な木箱にするための手段ですが、意外に時間がかかっていて、そのために毎晩工房に通っているのです。創作活動とは違い、造形に関わる内面を見つめることはありませんが、単純作業でも骨が折れるなぁと思っています。そうは言っても私は大工仕事が嫌いではありません。祖父が宮大工だったことが影響しているのか、木工は苦もなくやっています。絵を描くより寧ろ木工の方がいいなぁと思っているくらいです。梱包用木箱から話題は離れますが、前に古材を使ってデザイン性に富んだ家具を作っている夢を見たことがあります。線路の枕木のような腐りかけた木材の再生として、魔訶不思議な形をしたテーブルと椅子を私は作っていました。夢から醒めた後、暫しぼんやりと考え込んでしまいました。実は自分はそういうことをやりたかったのではないかと思い込んでしまいました。前にキリストの磔刑像を木彫している夢を見たこともありました。木材と面と向かっていると、不思議な感覚に取り込まれることも自分にはよくあります。これは毎晩工房に通って板材の補強をしているせいかもしれません。
2019.06.19 Wednesday
東京都美術館で開催されている「クリムト展」。先日からこの展覧会に纏わることをNOTE(ブログ)に書いていますが、作品に触れることが少ないなぁと思っています。今日は来日した代表作「ユディトⅠ」について書いていきます。ユディトとは誰か、旧約聖書外典の一場面に登場する若き未亡人がユディトです。彼女はアッシリア軍の包囲を解くため、軍の陣地に向かい、夜陰に乗じて司令官ホロフェルネスを誘惑して酔いつぶし、眠っている彼の首を剣で切り落としました。ユディトは目的のためにはどんな手段を厭わない女性の強さの象徴になっていますが、「ユディトⅠ」は胸元を露わにした官能的な女性として描かれていて、その表情は恍惚としています。現代ではこうしたエロチシズムは普通に罷り通っていますが、当時はどうだったのでしょうか。画面構成は金を多用した装飾性の強いもので、ウィーン分離派の代表的な作品となり、旧態依然としたウィーン画壇に対するクリムトの挑戦ともなったと言われています。図録から引用します。「絵画における金は、中世のキリスト教の宗教画において多用されたが、ルネサンス期以降は遠近法を用いて三次元空間を表現することが主流となり、長きにわたり忘れ去られていた。クリムトはこれを逆手にとり、当時は否定的に捉えられていた手法を新たな表現として打ち出したのであった。~略~エジプト美術やビザンティン美術からの影響、あるいは日本美術からの影響があった。~略~ラヴェンナの聖堂における金のモザイクの輝きが彼に決定的な影響を与え、その繊細な芸術に華麗さとゆるぎない荘厳さが加わったとしている。~略~油彩画になじみのない素材の扱いは容易でなかったようで、金箔を定着するのに時間がかかり、展覧会の出品が遅れたとも考えられている。裸体に近い姿に金をまとい、エキゾティックな文様を背に立ちあらわれるユディトは、匂い立つような官能性を放ち、見る者を圧倒する。」(小林明子著)「ユディトⅠ」は今回来日した作品の中でも、最もクリムトらしい黄金様式を示す代表作であることに違いありません。
2019.06.18 Tuesday
「無造作な髪、伸びたひげ、よれた仕事着ー。東京都美術館で来月10日まで開催中のクリムト展を見て、何より意外だったのは、画家本人の肖像写真だ。金色を大胆にあしらった妖艶な女性像との落差にとまどった。『外見は無頓着。生涯独身でしたが、女性関係は多方面にわたったようです。』と担当の小林明子学芸員。超のつく有名画家の工房には、裕福な貴婦人や若い女性モデルが幾人も出入りした。隠し子騒動は十数件にのぼるという。」と記載があったのは6月16日付の朝日新聞「天声人語」でした。グスタフ・クリムトとはどんな人物だったのか、写真を見ると冴えない中年男性が写っていて、これがあの絢爛たる絵画を描いた作者なんだと思うと、私はちょっぴり嬉しくなりました。創作活動の上で作者は黒子でいいと私は思っていて、外見と内面は違うものと世間に知らしめたい意向が私にもあるからです。そんなクリムトにも女性関係以外でさまざまな葛藤があったことが図録にありました。「『いろいろなことに思いをめぐらすと、私がずっと恐れていたこと、すなわち脳の病気で亡くなった父、精神病院に入院した母、数年前に気が狂ってしまった姉に起きたことが自分に起こらないか心配しています。おそらくその最初の兆候が私に出始めている…』。クリムトの『肉欲』と『放蕩』そして『不節制』という一面は、彼に非摘出子をもたらしただけでなく新たな心配の種となった。」(マークス・フェリンガー著)クリムトが内心抱えていた血族に関する不安や焦燥、それがどう創作活動に影響していたのか、こればかりは作者のみが知る葛藤ですが、クリムトが生殖から死に至るまでの生命を象徴的に表現している絵画を見ると、生命の円環に関して少なからず関心を持っていた様子が伺えます。それが精神面での追い詰められた状態だったのかどうか洞察の域を出ませんが、精神のバランスを欠いたときに作者は究極の表現に達することが出来ると私は信じているところがあり、クリムトもきっとそうだったに違いないと勝手に思い込んでいるのです。今回来日していた有名な絵画「女の三世代」を見ていると、幼子、若い女性、老女が並列して描かれていて、生命の円環を西洋伝統に則った比喩によって明快に表現されていました。これを描いたときのクリムトの心情は如何ばかりか、私は暫しこの絵画の前で立ちすくんでいました。
2019.06.17 Monday
先週の金曜日、開館延長を利用して仕事帰りに東京上野の東京都美術館に「クリムト展」を見に行きました。本展は「ウィーンと日本 1900」という副題がつけられていて、クリムト没後100年、日本オーストリア友好150周年を記念しての本格的な「クリムト展」とあって、美術館は大変賑わっていました。グスタフ・クリムトは私にとって馴染み深い画家です。1980年から5年間、私はウィーンの国立美術アカデミーに在籍していて、クリムトの世界に日常から浸っていました。日本から来た客のお供をして、よくベルベデーレ宮殿にも足を運び、展示されていたクリムトの絵画を隅々まで堪能していたのでした。私自身も黄金様式と称されているクリムトの流麗で象徴的な作品が大好きだったので、積極的に観光客を案内していました。今回、日本で見たクリムトの絵画は、私にもう一度ウィーン世紀末に集った芸術家を思い起こさせるのに十分な説得力がありました。クリムトは古典絵画から画業を出発させています。図録から引用します。「クリムトは歴史画家を養成する古典的な美術教育を受け、最初は伝統的な描き方で作品を制作していた。~略~クリムトの画業初期の寓意画は、ありふれた手本にならったものだった。それでも、象徴的に表現するという寓意画への取り組みから得られた刺激は、クリムト作品のさらなる展開にとって計り知れないほど重要であった。~略~クリムトの画業における転機は、まぎれもなく1897年のウィーン分離派の設立である。~略~生命の生物学的ー身体的な起源、愛と性欲の神秘、様々な対立と争い、老いと死を迎える人間の衰退、これらすべてをクリムトは絵画の中で象徴的に扱ったのである。」(マークス・フェリンガー著)確かにクリムトのデッサンや色彩の扱い方はアカデミックな技法を使い、分離派以前は室内を飾る壁画で神話的テーマの絵を描いていたことが認められます。しかもその技能たるや非常に優れていて、若い頃に既にアカデミズムを極めたと言っても過言ではありません。ウィーン分離派は革新的だったことには違いないと私も感じますが、これは古典を完全に否定するものではなく、古典の上に新しい価値観を植えつけたものではないかと思いました。その後に登場する前衛芸術とは一線を画していて、ウィーン分離派は古典を継承しながら新しいカタチを模索していたようです。ユーゲントスティールと呼ばれた当時の形式は、今も新鮮さを保っていると私は考えています。クリムトの人間性や個々の作品に関する記述は後日改めます。
2019.06.16 Sunday
今日は朝から工房に篭りました。10代の若いスタッフがやってきて、自分の課題に向き合っていました。彼女は工房に出入りするスタッフでは一番若く、将来に対してあらゆる可能性を秘めています。工房のスタッフも若返りをして、私としては楽しい限りです。今日からいよいよ梱包用の木箱作りを始めました。元梱包業者に教わった通りに頑丈な木箱を作ってみましたが、制作方法に慣れていないせいか、苦心する箇所もありました。今まで作ってきた木箱より手間がかかるのは分かっていましたが、結構大変な思いをして、初めの1個を作りました。これを20個以上作るとなると、どのくらい時間がかかるのだろうと思いを巡らせてしまいました。創作活動とは違い、制作手順に慣れればペースは早くなるのではないかと思います。先日、木材店から補強用の木材を大量に購入してきたので、木材はたっぷりありましたが、板材が無くなってしまいました。夕方になってスタッフを車で送った後、板材を購入しに日用大工センターに向いました。先日から付き合いが始まった木材店は、日曜日が定休なので仕方なく今まで利用してきた店舗に出向いたのでした。梱包にこんなに時間をかける彫刻家はいるのだろうか、車を走らせながらそんな考えが私の頭を過ぎりました。身体が動くうちは、自分一人で梱包もやっていこうとすぐに考えを改めました。私は図録用の撮影や個展の搬入・搬出以外は人を頼まず、何とか一人でやってきています。大きな彫刻作品は人の協力なしには展示すら出来ませんが、創作活動や梱包作業は自分だけでやっていこうと決めているのです。梱包作業は退屈な仕事のため1時間くらいは新しい陶彫制作に関わっていきたいと思っていて、今日も夕方の1時間は陶土に触れていました。新作に関わるだけでホッとしている自分がいます。