2019.03.19 Tuesday
先日、埼玉県浦和にある埼玉県立近代美術館で開催中の「インポッシブル・アーキテクチャー」展に行って来ました。現代建築の中で完成に至らなかった斬新な構想や、提案だけになってしまった刺激的な企画など、過去を振り返るとアンビルドの建築の中に豊穣な潜在的構想を見出し、都市計画は単なる住居群や広場を作ることに収まらない深層的な空間を提供することを改めて認識した次第です。本展が企画に至った契機が図録にありました。「本展の構想が明瞭になったのは、2015年7月、コンペに当選したザハ・ハディド・アーキテクツ+設計JVの東京オリンピックのメーン会場となる新国立競技場のプランが白紙になったというニュースを聞いた瞬間であった。」(建畠晢著)身近なニュースとして記憶に残る事案もアンビルドの建築になったことで、改めて本展で競技場のユニークな構造を知り得たのでした。「キール・アーチ構造によるこのプランは流れるような曲面の屋根のふくらみを特徴とする有機的な形体で、ポストモダンがいわれて以降の建築で、デザイン的な要請と構造的な必然性とが合致した稀有の作例となるはずのものであった。」(同氏著)本展はこれに限らず、私を刺激する作例に溢れていて、たとえば荒川修作+マドリン・ギンズによる「問われているプロセス/天命反転の橋」もそのひとつでした。嘗て私は岐阜県にある「養老天命反転地」を訪れたことがあって、その系統に属する構築物であることはすぐ分かりました。本作はフランスのモーゼル河にかける橋として構想されたもののようですが、実現してはいません。さらに刺激的だったのはウラジミール・タトリンによる「第3インターナショナル記念塔」でした。これは別稿を起こそうと思います。出品作品を1点ずつ見て回って、「インポッシブル・アーキテクチャー」という意味をもう一度考える機会を持ちました。
2019.03.18 Monday
先日、横浜の伊勢佐木町にあるミニシアターに映画「ヨーゼフ・ボイスは挑発する」を観に行きました。20世紀ドイツで最も有名な芸術家と言えばヨーゼフ・ボイスです。私が大学で彫刻を学んでいた頃に、ボイスが来日し、西武美術館で個展を開催しましたが、実際にはボイスの社会彫刻という概念が理解できず、インスタレーションを見ても刺激されることもありませんでした。でも私はボイスの行為を理解しようと努め、関連書籍に頼りました。ボイスの発した思想が漸く分かりかけたのは20年も後になってからでした。映画ではボイスの台詞や行為が大半を占め、肉声を通じて鑑賞者に考えさせる内容になっていました。「芸術を拡張せよと訴え、社会の中での『対話』そのものが芸術だとしたヨーゼフ・ボイスの作品(対話)は、言葉の問題があったのか、1984年の来日当時はなかなか理解されなかった。」という一文が図録に掲載されていました。ボイスの拡大された芸術概念とは何か、またその動機となったものは何か、図録から拾ってみます。「1920年代頃には『資本主義ではなく、共産主義ではなく、第三の道へ』というスローガンがとなえられていたが、現実の社会では結果的にナチズム、ファシズムを第三の道として選択してすすんだ歴史がのこっているが、その間違いをふまえボイスはあらためて苦難にみちた第三の道を彼なりに探究することを決行し、芸術がその活動の場にもっともふさわしいと判断し、芸術活動を実践していったのだ。」(白川昌生著)ボイスにとって社会を変革することが芸術行為となり、さまざまな活動を通して人類による差別や抑圧、弾圧、迫害、搾取の歴史を告発し、人々に一石を投じようとしたのでした。ボイスの考えは現在の日本がおかれた状況にも当て嵌まります。「自然破壊を危惧し、金融資本主義を批判し、直接民主主義を唱えたボイス。木材の輸入で東南アジアの森林破壊を促進している東京オリンピックの競技施設、社会保障より優先される株価の上昇、差別的な発言をはばからない国会議員といった2019年、ポスト・フクシマの日本に彼が降り立ったら、一体なんと言うだろうか。」(高橋瑞木著)
2019.03.17 Sunday
今日は工房での作業は中止しました。昨日の焼成の失敗が後を引いていて、今日一日は制作を中断したのでした。その代わり今日は家内と都心の美術館に鑑賞に出かけました。朝9時に自宅を出て、向ったのは北浦和にある埼玉県立近代美術館でした。横浜から遠い位置にある美術館のために、到着した頃には昼食の時間帯になっていました。家内は美術館併設のレストランで食事を取るのが好きです。ガラス越しに野外彫刻を眺めながら食事を取るのは、なかなか興趣に富んでいいものだなぁと思いました。開催中の展覧会は「インポッシブル・アーキテクチャー」展で、所謂実現に至らなかった建築物の設計図や模型を並べて、その可能性を探る試みと言える展覧会でした。建築が好きな私には格別に楽しい展示内容で、暫し興奮を覚えました。ザハ・ハディド案による新国立競技場の模型や図面もありました。コスト増によって頓挫した企画でしたが、UFOが降り立ったような流線型の外見に未来建築のあり方を見たように思いました。詳しい感想は後日改めます。次に東京の日暮里に移動して、朝倉彫塑館を訪れました。日本を代表する具象彫刻家朝倉文夫の邸宅を美術館にした朝倉彫塑館を、私は一度見てみたくて、漸く今日ここに来たのでした。故朝倉文夫は肖像彫刻で有名な人でしたが、可愛らしい猫の彫刻も数多くあって楽しめました。それにしても古木や巨石を配置した池を有する庭園や、菜園が出来る屋上もあって、朝倉彫塑館の環境に驚きました。朝倉文夫ワールドに関しても感想は後日に改めます。朝倉彫塑館からちょっと歩くと谷中銀座があり、多くの観光客がいました。私たちもこの商店街をブラブラと散策しました。猫グッズを売っている店が目立ち、私たちも猫のしっぽと名付けられた焼き菓子を食べながら、店を冷かして回りました。ここは「夕焼けだんだん」と呼ばれている階段があります。野良猫や飼い猫も多くいて、下町情緒があり、テレビの情報番組で取上げられたことで人気スポットになったようです。揚げ物も買って食べ歩きを楽しみました。ちょうど夕方になっていたので、まさに夕焼けだんだんの雰囲気に浸りながら、谷中銀座を後にしました。
2019.03.16 Saturday
やっと週末になりました。この1週間は来年度に向けての取り組みが始まり、私は来年度の職場運営の構想を練りつつ全職員と面接を行いました。少しずつ疲労が溜まってきていたので、今日は週末の有難味を感じます。今日の午前中は介護施設にいる母の通院に付き添うことになりました。普段は家内がやってくれていますが、朝から工房に行く気になれず、母の用事を優先することにしたのでした。母は93歳になります。介護施設から病院までは歩いていける距離で、私が母の車椅子を押して、家内と3人で病院に向いました。途中の道には花が咲いていて、春先の雰囲気に満ちていました。昼ごろに病院から介護施設に戻って来ました。そこから家内を邦楽器の練習場に送り、午後は工房に行きました。工房ではショックなことが私を待ち受けていました。先日窯入れした2個の陶彫部品が、窯の扉を開けてみると大きく割れていたのでした。これは修整不可能で2個とも作り直しになります。原因は陶土の乾燥がすっかり出来ていなかったのではないかと思いました。以前にもこうした失敗がありました。陶彫を始めて間もない頃は、何度もあった初歩的な失敗でしたが、今回はつい焦って先を急いだ結果でした。ウィークディの仕事の疲れが残っている時に、追い討ちをかけるような失敗に内心落ち込みましたが、こればかりは気を取り直して頑張るしかありません。気持ちをリセットするために時間をおくことにしました。そうしたこともあって、夕方私一人で映画に行くことにしました。家内は演奏からまだ帰っていなかったので、一人で出かけました。常連にしている横浜のミニシアターではなく、今回はそこからちょっと離れたミニシアターに行きました。観た映画は「ヨーゼフ・ボイスは挑発する」。ドイツが生んだ現代美術の革命家ヨーゼフ・ボイスの表現行為をドキュメンタリーにまとめたもので、嘗てボイスの書籍を貪り読んでいた私にとって、これは必見だなぁと思っていました。ボイスの社会彫刻という考え方に共感するとともに、64歳でこの世を去るまで創作活動に邁進したボイスの生涯を見て、私は創作への飽くなき挑戦という勇気をいただきました。詳しい感想は後日改めます。
2019.03.15 Friday
宗教の違いはともかく人が何かを祈る場面で、凛とした空気を感じるのは私だけでしょうか。私は特定な宗教は持ちませんが、祈りの空間にある静謐な空気の感触が大好きです。西欧で暮らしていた若い頃は、よく教会を訪れていました。キリストの磔刑像やステンドグラスを見るのが好きで、時間によって刻々と変化する光陰の効果を味わっていました。西欧のゴシック建築は上へ伸びる複数の石柱が、魂を天に導くように演出していて、ある種の快さを感じさせてくれました。パイプオルガンも荘厳な響きがあって空間と音響が織り成す非日常的で、極めて西欧的な感覚に基づいた昇天気分を齎せてくれます。それはキリスト教を、私が知識ではなく皮膚感覚で知った瞬間でした。日本では石作りの教会が少ないため、そうした皮膚感覚はありません。日本独特の小さな母屋の中で聴く合唱や祈りの言葉に接して、信者はキリスト教を受け入れている感覚を私は持っています。日本での荘厳な祈りの空間は何と言っても仏教の寺院です。そこにある複数の木柱は、教会とは異なり魂を天に導く感覚はなく、どこか異界に魂を収めていく感覚を私は持っています。西欧は気候が乾燥しているのに比べ、日本の気候は湿潤に包まれているためなのか、若しくは石作りと木作りの素材文化の違いのためなのか、祈りの空間はまるで異なる雰囲気があって、日本ではそうした仏教伽藍の中にいるのも、私にはある種の快さを感じさせてくれます。祈りの空間とは一体何なのでしょうか。聖書や経典による教えを紐解くだけではない何かがそこにあるように思えてならないのです。宗教とは縁のない人たちが教会や寺院を訪れた時に敬虔な気持ちになってしまうのは何故でしょうか。私は美術的な興味関心があるだけですが、教会や寺院は美術館とは異質な空間があり、そこに敬意を払う気持ちにさせられます。そこに漂う濃密な空間をどう説明するのか難しいところですが、祈る行為は宗教とは関係なく存在していて、人々の思いがそこに凝縮されているとでも言ったらいいのでしょうか。祈りの空間は東西を問わず、特別な空間であることに変わりはなさそうです。