2019.06.25 Tuesday
職場の私の部屋に置いてある書籍を長い期間にわたって、折に触れて読んでいます。通勤に携帯している書籍とは違い、やや難解なものです。「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)は、カンディンスキーの著書「芸術における精神的なもの」を拠り所にして、芸術の本質に迫る内容です。今回の「壮大な芸術」の章では、絵画表現に限らず、あらゆる芸術媒体が、例え外見に相違はあっても主観的な実在性をもつという考え方であれば、似通った均質なものになるのではないかと主張しています。「〈壮大な芸術〉という考えは、たぶんヴァーグナーのオペラがカンディンスキーに示唆したものである。感性の全領域を盛りこんだ総合芸術作品という雄大な構想は、芸術が人間にもたらす表現形式を増やし深く究めることにもっぱら心を砕いていた芸術家を魅了せずにはおかなかった。ところで、まさしく個人の生にとって芸術がもつ意味をめぐるこうした欲求があったからこそ、ヴァーグナーに対する若き日の賛美へカンディンスキーはたち戻り、彼に手きびしい批判を向けることになったのだった。~略~抽象がめざしている総合は、実際、内的な総合でしかあり得ないだろうし、オペラやクラシック・バレーがそれを生み出すことはない。~略~具体的なだけの芸術はいかなる創造的な能力ももたないだろうし、芸術ではあるまい。~略~カンディンスキーが夢みたのは、絵画、彫刻、音楽、詩、ダンスを包摂し、建築も関与した『抽象の舞台総合芸術』となっているような劇である。~略~カンディンスキーの抽象が直接にとり扱っているのは、情動的な基調色であり、これを規定し、あきらかにし、磨きあげ、積み重ね、組み合わせ、基調色の経緯、つまり彼の抽象がもっぱら目を向けている基調色の秘められた変貌を見きわめ誘い出さなければならない。」些か長い引用になりましたが、あらゆる芸術媒体が抽象の中で総合化されているものを、カンディンスキーは当時から考えていたようです。
2019.06.24 Monday
先日の関西出張の折に超過勤務時間が発生し、その振替を今日の午後に取ることにしました。昨日、工房に案内状が1500枚届いたので、早速今日の午後の時間を使って、東京銀座のギャラリーせいほうに案内状1000枚を届けました。改めてウィークディの昼間に銀座に出かけていくと、職場がある横浜の校外と、東京の一大商業地である銀座のもつ環境の違いが浮き彫りにされて、不思議な心境になりました。公務員と彫刻家という二足の草鞋生活は、こんなところにも心理的な影響を齎せているんだなぁと思います。華々しい都会の装い、そこで働く多くの人たち、観光客も含めて往来する人々を見ていると、また夏の個展がやってくるんだと実感しました。ギャラリーせいほうの田中さんが笑顔で迎えてくれました。「もう14回目なんだね。あっという間だった。」と仰っていました。私はせっかく振替を使って東京に出てきたのだから、どこかの美術館に立ち寄っていこうと思い、月曜日でも開館している美術館を探しました。パナソニック汐留ミュージアムでやっていた「ギュスターヴ・モロー展」は昨日で終了していて残念な思いに駆られました。象徴主義の画家モローは大好きな画家の一人でした。それならば東京都庭園美術館の「キスリング展」はどうだろうとネットを検索すると、開催中であることが判明し、目黒に向かいました。エコール・ド・パリの画家キスリングも好きな画家で、ユダヤ系ポーランド人だったキスリングは独特な哀愁を帯びた肖像画で、一躍エコール・ド・パリを代表する画家になったのでした。エコール・ド・パリとは、1920年代にフランスのパリに集った外国人芸術家たちの集団を指しています。NOTE(ブログ)に幾度となく取上げた藤田嗣治もそこに所属していました。改めてキスリングの油彩画を見て、古典的な雰囲気の中に、滑らかな画肌と単純化したフォルム、時折虚無感が漂う世界に忽ち私は魅了されてしまいました。キスリングがとりわけ親しかったのはイタリア出身の画家モディリアーニだったようで、描かれた人物の輪郭を見ると、2人の画家が影響しあって形態の単純化を求めていた姿勢が垣間見れて、私は楽しさとともに彫刻的な捉えをそこに感じていました。「キスリング展」の詳しい感想は後日に改めます。今日は久しぶりにギャラリーせいほうに行って田中さんに会ったり、東京都庭園美術館に行って「キスリング展」を見てきたので充実した時間を過ごすことが出来ました。
2019.06.23 Sunday
今日は朝から工房に篭って、梱包用木箱作りに励んでいました。今日は若いスタッフが工房に来ていました。私は若い頃には詩に関心があって、その昔話を若いスタッフに聞かせていました。50年前に購入して書棚で埃を被っていた古い詩集を工房に持ってきて、若いスタッフに貸したりしていました。創作活動ではない作業をやっていると、つい気持ちが緩んでしまい、若いスタッフと話し込んでしまうこともありました。昼ごろになって久しぶりに近隣のスポーツ施設に水泳をやりに行きました。スポーツ施設から工房に帰ってきたら、懇意にしている女性カメラマンが個展の案内状を1500枚持ってきてくれました。今回の案内状の画像は「発掘~双景~」の正面を画面いっぱいに入れた構図で、素材感に溢れています。私はがっちりした構図が好きなので、かなり気に入りました。案内状1000枚は早速ギャラリーせいほうに届けなければならず、明日ギャラリーに連絡をしようと思っています。いよいよ個展が迫ってきたなぁと感じ始めています。個展も14回目になりますが、こればかりは慣れで開催できるわけではなく、毎回当然ながら新作を出品しているので、ギャラリーせいほうでどんな空間を獲得出来るのか、内心はドキドキしているのです。個展は一年1度の個人的イベントで、成功も失敗も全て私のせいになります。ここが組織を持つ職場との大きな違いです。梱包用木箱作りも含めて、新作の微調整も必要です。搬入まで頑張って間に合わせたいと思っています。
2019.06.22 Saturday
週末になりました。今週のウィークディは仕事帰りに工房によく立ち寄り、梱包用木箱の板材補強をやっていました。創作活動でもないのに毎晩工房にやってきたのは最近では珍しいなぁと思っていました。板に木材を電動タッカーで打ちつける前に木工ボンドで貼っておくと便利なので、それをこまめにやっていたのでした。今日はそんな下準備もあったので梱包用木箱作りに拍車がかかりました。今日は9箱完成しました。明日もそのくらい出来上がるかなぁと思っていて、そろそろ陶彫部品の梱包を実際に始めていこうと思っています。エアキャップは若干足りないかもしれません。懇意にしている元梱包業者が昼ごろ顔を出してくれました。困ったことがあったらいつでも連絡をくれと言ってくれていて、本当に有難い限りです。梱包用木箱は作り始めると、どんどん進むように思えます。創作活動と異なるのは作業に気疲れがないことで、やや退屈ではあるけれども、私は木工が好きなのでそれなりに楽しんでやれているところかなぁと思っています。一応今週末と来週末くらいで梱包用木箱を作り終えたいと思っていて、来月に入ったら新作を少しでも進めたいと考えています。やはり創作活動をやっていないと心が晴れていきません。自分を追い詰めていくのは厳しい反面、何とも言えない満足が得られます。新たなイメージの具現化は私に生きる喜びを齎せてくれます。既成の作品の修整や梱包用木箱作りにはその喜びがありません。そのためにも梱包用木箱作りが急がれるところです。
2019.06.21 Friday
通勤中に読んでいる「ヨーロッパの形 螺旋の文化史」(篠田知和基著 八坂書房)の第一部「形の文化史」のまとめを行います。冒頭に「スクリュー、プロペラに至る渦巻きがヨーロッパの機械文明の基本で、そこからヨーロッパ文化を支配する形が形成された。」とありました。まさにギリシャ・ローマから始まる建造物を見ると円形や渦巻きを基盤とした変遷が分かります。「一般にギリシャの神殿の美は列柱の微妙なふくらみ、エンタシスにあるとされ、東大寺の柱にもその影響が見られるという。そして円柱の太さ、高さ、間隔などの比例にヨーロッパの古典的な美があるとされていたが、それにならってつくられたローマの古典様式の教会のファサードはどちらかというと単調である。その単調な円柱の列のかわりに、ベルリーニはダイナミックなひねりを柱に加え、『ソロモン柱』にした。ギリシャ・ローマの古典様式ではなく、イスラエルの古典様式と称するものをもってきたところに、彼の意気込みがあるのだろう。まっすぐな円柱がギリシャの古典美なら、キリスト教古代の美は螺旋だと言いたいのである。」また劇場や議会にも円形が登場します。「人が集まって町をつくり、市場をつくり、さらには議会を構成したとするなら、アゴラがそれであり、古代劇場であり、コロッシウムであろう。ギリシャ、ローマの古代劇場、競技場、あるいは集会場はいずれもアンフィシアター、すなわち円形の階段教室の形をとっており、円形の舞台、演説場、競技場をすり鉢形の座席が同心円状に取り巻いているのである。これは現在の欧州議会やフランスやドイツの国会も同じである。」私は若い頃、ヨーロッパで学生生活を送っていたので、確かにすり鉢形の教室が身近だったと思い返しています。さて、ヨーロッパとはどこからどこまでを言うのでしょうか。EU加盟国だけなのでしょうか。「神話や言語、文字などの文化はメソポタミアやシリア、フェニキアからヨーロッパに広まった。これとキリスト教に代表されるヘブライ文化をも現在のヨーロッパの根幹であるとするなら、広義のヨーロッパはインドからオリエントをへて、地中海の北岸へ至っているのである。」それではヨーロッパ文化とは究極何を指すのでしょうか。「ヨーロッパにいかなる文化があったのかといえば、まさに科学技術であり、ルネサンスの三大発明などすべて中国から伝わったとされるものの、それを産業に応用したのはヨーロッパだった。」論考はさらに音楽や美術、文芸などの細かい箇所に触れ、さらに文化そのもののシステムまで及んでいましたが、今日はこのくらいにしておきます。