2019.07.15 Monday
ついに14回目の個展のオープニングを迎えました。午前11時にギャラリーせいほうを開ける予定でしたが、私は10時40分に到着し、先日より鍵を借り受けているため、社員が出勤するより早く会場を開けました。11時前にはカメラマン2人が来廊して、ホームページ用や礼状用の撮影をしていきました。11時を回ると旧知の鎌倉彫の彫り師さんや横浜の管理職仲間や行政職の人など、さまざまな人が東京銀座まで足を運んでくれました。親戚もやってきました。中国語の堪能な学生が、来廊した四川からの観光客の通訳をしてくれました。中国人観光客が多い中で、たまたま知り合いに日系中国人がいてくれたことがラッキーでした。懐かしい人たちや現在の仕事仲間がこんな遠方まで来ていただけたことに感謝申し上げます。美術評論家の瀧悌三氏ともお話しすることが出来ました。瀧氏にしてもギャラリーの田中さんにしても、毎年のことなのでお互い気安くなっていて、軽い会話が出来ることを私は幸せに感じています。個展は芸術作品のセールスであるのと同時に、私にしてみれば疎遠になっている人たちと旧交を温めることが出来る絶好の機会でもあるのです。個展は私にとって自分自身の芸術的成果を確かめる場であり、人との繋がりを再確認する場でもあります。これがなければなかなかお会いすることができない人たちがいるのも確かです。個展発表まで辿り着くのは困難を極めることもありますが、いざ個展が始まってみると、やってよかったと思えるのです。数年前からオープニングパーティは止めていますが、東京銀座の帰路に家内とレストランに立ち寄って、ささやかな個展開催のお祝いをしました。次に私が会場に行けるのは土曜日になります。明日から金曜日までは公務員管理職になって職場に出勤いたします。非日常空間から日常生活に戻るのですが、多面的な二足の草鞋生活を私は余裕を持って楽しめるようになりました。
2019.07.14 Sunday
いよいよ14回目の個展のために作品を搬入する日がやってきました。朝9時半に運送用トラックが工房にやってきました。運送業者は2名、こちらのスタッフは後輩の彫刻家や学生2人、そこに家内と私を加えて5名で対処することにしました。梱包された作品の積み込みが終わって、積載したトラックが横浜の工房を出たのが10時半でした。そのトラックを追って、私の車に5人が乗って東京銀座に向いました。ギャラリーせいほうに到着したのは12時近くになっていました。梱包用木箱から陶彫部品を取り出し、木箱を運送業者に預かってもらうことにしました。これは以前からやっていただいているもので、懇意にしている運送業者だから便宜を計らってもらっているのです。運送業者が帰ったところで、スタッフを連れてレストランに行きました。これも定番になっているもので、老舗の銀座ライオンでランチをしています。銀座ライオンは創業120周年で、洋風で古めかしい室内が私は好きなのです。ギャラリーでの組み立ては1時過ぎに行ないました。大作「発掘~双景~」とやや小さめの「発掘~曲景~」は後輩の彫刻家と私が中心になって行ないました。女性3名は小品「陶紋」を置く台座を組み立ててくれました。最後は照明を考えながら決め、床に掃除機をかけて設置完了となりました。終了時間は3時でした。今年は例年より早く終わり、私はホッと胸を撫で下ろしました。個展は今までの結果を問うもので、展示が終われば、私の中ではもう過ぎ去った作品になってしまうのです。作品ひとつひとつは創作活動の通過点に過ぎず、満足のいかないところも目につきます。毎年のことですが、今回も気に入ったものが出来ず、それが課題となって次へ持ち越しになるのです。自分の作品を目の前に置いて、鑑賞していただいている人たちと会うのは、なかなか苦しいのですが、それでも現時点の自分自身を見てもらえる幸福を感じざるを得ません。私にはまだまだ伸びしろがあると言いたいのですが、言い訳をせず、さまざまな感想を受け入れていこうと思っています。明日はついにオープニングを迎えます。
2019.07.13 Saturday
週末になりました。明日が個展搬入日になります。明日ギャラリーせいほうは休館日ですが、搬入のために会場を開けます。そのために鍵を借り受けに東京銀座まで足を運びました。先日出来上がった図録も何冊か持っていきました。明日の搬入で梱包作品とともに図録は大量に届ける予定です。昨年も搬入前日にギャラリーせいほうに行って、田中さんと打ち合わせをしていました。あれから1年経ったのかと思うと、時間の経つ早さを感じます。今回は14回目の個展になり、思い返せば14年の間にいろいろなことがありました。何より東京銀座が少しずつ変貌していて、新しい店舗やビルが建ったり、一時は大変な賑わいを見せていた中国人観光客の姿が、やや落ち着いてきた印象を持ちました。老舗が並ぶ銀座には瀟洒で独特な雰囲気がありますが、それが変わっていくのを残念と思うのは私だけでしょうか。ギャラリーせいほうも彫刻を扱う画廊としては老舗だろうと思っています。私の学生時代、憧れていた彫刻家の面々がここで個展をやっていて、私はここから発刊されている「現代彫刻」を定期購読をしていたのですから、ギャラリーせいほうを老舗と呼ばないわけにはいきません。その頃、個展搬入を手伝っていた池田宗弘先生から先日手紙を頂きました。粘土を扱う彫刻家は腰を痛める人が多いから気をつけるようにという内容でした。池田先生は師匠というより親父のような存在で、私も先生の健康を心配しているところでした。さて、工房に帰ってきて、明日の準備をしました。陶彫部品の接合に使うボルトナットは初めから黒く塗装されたものを使っていますが、ワッシャーが地金だったので、それを黒い塗料で塗ることにしました。搬入に必要な電動工具やドライバー、接着剤などを工具箱に入れました。図録や芳名帳、外看板のポスターなども用意しました。これで何とかなるかなぁと思いつつ、明日手伝ってくれる若いスタッフに集合時間の連絡をしました。搬入がうまくいくことを祈りたい気分です。
2019.07.12 Friday
創作活動は技術と思索が基盤にあります。技術はイメージしたものに対し、素材を選び、その巧みな技を取得し、自分が思うようなイメージを具現化することです。技術ばかりに走ると、小手先の造形になってしまい、鑑賞する人の心に響いてくることはありません。数多くの展覧会に足を運ぶと、そうした作品を目にすることがあります。逆に技術が覚束なく、それでもイメージに近づけようと奮闘している作品に、作家の魂を感じることもあります。そんな作品に出合うと見に来てよかったと感じるのは私だけではないと思います。思索は、そもそも自分は何をしたいのか、造形という媒体を使って何を表現しようとしているのかを、自問自答する契機になるものです。思索は視覚表現だけに限らず、他の表現分野でも根底に流れるコンセプトであったり、哲学であったりして、創作そのものの問いかけを発する基本的な考え方でもあります。そうした創作活動を展開する上で、さまざまな芸術作品を鑑賞することは、思索を深める良い機会にもなります。たとえば美術の展覧会を取り上げると、展覧会場で私は作家の背景やらキャリアには囚われず、まず作品を見て、素直に感じ取ろうとしています。私は解説が流れる音声ガイドは借りません。作品に対する自問自答を妨げると思っているからです。おぉ、いいなぁと感じられればそれで満足なのです。鑑賞には訓練が必要だとも私は考えます。私が評価したのはどうしてなのか、何が良かったのか、私は自分自身でその答えを探り当てていきます。それが出来るか否かは、鑑賞する場を多く経験しなければ考えをまとめることが出来ないと私は思っています。作家の背景や時代考察などの解説は、鑑賞した後の裏付けとして図録によって確認していきます。NOTE(ブログ)には、展覧会に行った時の新鮮な思い、つまりファーストコンタクトに対する感想をまずアップし、次の機会に図録を読み込んで自らの考えとともに知り得た情報をアップしています。鑑賞が与えてくれるもの、それは自分にとって多くの学びであり、楽しみでもあるのです。
2019.07.11 Thursday
来週から始まる個展の準備が整い、案内状の発送も終わり、図録も完成しました。私にとって7月個展が、創作活動では1年間のけじめをつける絶好の時なのです。もう次の制作は始まっていますが、ひとまず心穏やかに過ごせるのが個展が終わった後かなぁとも思っています。同時に夏を満喫したい気分になります。今月と来月は公務員管理職として研修会が組まれていたりして、職場には通常の出勤になりますが、学生時代に染み付いた夏休みというコトバが頭を過り、どこかへ出かけたくなるのは私だけではないはずです。私たちは夏季休暇として5日間の休みが取れます。さらに年休を使えば休暇を増やすことも可能です。家内の演奏日程と調整をして、今月から来月にかけてどこかで夏季休暇を取りたいと思っています。少し前までは夏休みというと読書をするイメージでした。ここ数年は夏休みだから集中して本を読もうという習慣が薄れています。読みたい書籍は山ほどありますが、哲学等の難解な書籍にはなかなか手が出せません。私の行動は、夏の定番である海や山には向かいません。以前はシュノーケリングや登山もやっていましたが、仲間も高齢化したため、誘われることもなくなりました。現在の自分にとってどういう休暇を過ごすのがベストなのか、仕事と遊びのオンとオフを切り替える大切さと、自分にとっての心地よい休暇をイメージしながら、今夏を満喫したいと思っています。