Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 3月最初の週末
    春めいた気候になり、工房での制作もやり易くなりました。今日はウィークディの疲れが残るものの、新作の完成を目指して朝9時から夕方4時間まで通常の7時間を工房で過ごしました。だいぶ暖かくなってきましたが、それでも朝のうちはストーブを焚いていました。作業の内容としては大きめなタタラを数枚用意したり、乾燥した陶彫部品に仕上げや化粧掛けを施したりして、相変わらずの制作工程でしたが、何よりも工房内の空気が柔らかく、解放された気分にさせてくれました。新作はいよいよ大詰めになり、今月は組立作業に入ろうかと思っています。そのためのボルトナットや修整剤が必要になってきます。新作のタイトルも考えなければなりません。併行してやや小さめのテーブル彫刻を作っていこうと考えています。テーブルには砂マチエールを貼り付けて、接合する陶彫部品との調和を図っていくのが私の常套手段です。テーブルの柱になる木彫をしなければならず、こうして仕事を羅列していくと、やるべきことがいっぱいあって、気分的に焦りを感じます。今月はどこまで出来るでしょうか。陶彫による集合彫刻は、部分を作っている時には焦りはありませんが、全体構成を考えるような段階になると、あれもこれもやらねばならない仕事が見えてきて、ゆっくりしている暇はないなぁと思ってしまいます。例年のことなので格別驚くことではありませんが、これからが大変な時期になると予想できます。職場は職場で年度末を迎えて気忙しくなり、工房は工房で創作活動が佳境を迎えて一気に熱を帯びてきます。今月最初の週末で、先を見通し、まず何からやるべきか、ひとつずつ足元を固めていくようにしたいと思っています。明日は成形を頑張ろうと思います。
    多忙が懸念される3月に…
    多忙が懸念される3月になりました。何といっても年度末です。ウィークディの仕事は今年度のまとめとして、全職員と面接をして、来年度人事の素案を考えなければならず、気忙しさはピークに達します。仕事に対する思いは人それぞれで、適材適所を見定めながら、まずは働きやすく個人の能力が最大限に発揮できる職場を目指していくつもりです。創作活動は組織ではなく、私個人が進めるものですが、自分で活動時間を決め、仕事の段取りを決めています。出来るだけシステマティックに制作が出来るといいなぁと思っています。さしずめ今月は大きな新作の完成を目標にしています。やや小さめのテーブル彫刻も始めたいと思っています。今月の後半に年度末休業が取れる機会があるのですが、仕事が立て込むため休みが取れるかどうか微妙なところです。鑑賞も制作工程の間隙をぬって美術館や映画館に足を運びたいと思っています。昨年は一日年休を取得して埼玉県川越に遊びに行きました。今年はそんな余裕があるのでしょうか。一番心配なのは一日1点ずつ制作をしているRECORDで、ウィークディの仕事や週末の陶彫制作に精気を奪われて、下書きだけの山積みが一向に減りません。遅い時間帯にRECORDを作るため食卓に向かっていると睡魔が襲ってきます。このNOTE(ブログ)を書く時間も眠気との闘いです。「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。」とあるのは清少納言の枕草子の冒頭のコトバですが、この季節はコトバ通りぼんやりとしたパステルカラーの空気感の中で、いつまでも眠気がとれないイメージがあります。うつらうつらした中で読書もやっていきたいと思います。
    2月を振り返って…
    2月は28日間しかない短い1ヵ月で、今日が最終日です。2月の後半は朝夕寒さが緩んで凌ぎやすくなりました。毎朝の起床や出勤が気温上昇に伴って楽になり、その分私は花粉症に悩まされています。朝起きると鼻がむず痒いのが気になりますが、ひと頃前より花粉症は緩和してきました。これは加齢によって身体の全器官が緩んできたのかなぁと些か自嘲的に思っています。さて、2月を振り返ってみると、新作の陶彫制作を頑張っていたにもかかわらず、陶彫部品が全て完成しなかった点が残念でした。やや小さめのテーブル彫刻には手もつけられずにいて、欲張った制作目標は自分の首を絞めることにもなると実感しました。それでも来月もやはり上向きの制作目標になってしまいそうなのは否めません。鑑賞は充実していました。美術展では「顔真卿」展(東京国立博物館)、「奇想の系譜展」(東京都美術館)、「河鍋暁斎」展(サントリー美術館)、「竹内浩一の世界」展(郷さくら美術館)の4つ、映画鑑賞では「ペギー・グッゲンハイム アートに恋した大富豪」、「私は、マリア・カラス」(全てシネマジャック&ベティ)で2本ともドキュメンタリー映画でした。週末は母の用事で税理士や不動産会社の人が自宅に来たりしていましたが、それでもこれだけ鑑賞の機会を持てたのは良かったのかなぁと振り返っています。RECORDは山積みされた下書きの解消にはならず、毎晩苦しんでいます。読書は美術評論家の現代彫刻に関する随想を読み始めました。通勤の友として気楽に楽しく読んでいます。もう一冊、職場にカンディンスキーに纏わる抽象絵画論が置いてあって、これにも時折目を通しています。まずまずの2月の成果だったと思っていますが、満足できなかった部分は来月で何とかしたいと考えています。
    暁斎「惺々狂斎画帖」連作について
    先日に見に行ったサントリー美術館で開催中の「河鍋暁斎」展では、狩野派絵師として研鑽を積んだ暁斎の珠玉の名品も数多く出品されていましたが、私の関心はやはり戯画にあって、現代のアニメのような劇的な動きのある画帖が、心から楽しいと感じました。表題の「惺々狂斎画帖」は、(一)から(三)まであって、その小さな世界に魅了されました。図録の解説によると、これは日本橋の小間物問屋の主人のために暁斎が描いた肉筆画の連作で、大蛇や化猫が登場する場面が何とも可笑しくて、奇想天外な物語を想像してしまうのです。これは暁斎の描く他の俯瞰図にも言えますが、さまざまなポーズをとる人物が、時に劇画的で極端な仕草をしているために、絵の主題を強く印象づける効果を生んでいると、私は認識しています。図録によると小間物問屋がつぶれた時に、そこに暁斎の絵が200枚もあったそうで、良い値で捌けたと書いてありました。また、江戸情緒あふれる画題は、「江戸名所図絵」に登場する武蔵の地名の由来や浅草寺草創にまつわる伝説や梅若伝説、秋色桜の話、飛鳥山の花見など庶民の遊びを、暁斎らしい工夫を加えて描いていると解説にありました。河鍋暁斎は日本よりも海外で有名になった画家ですが、成程こういう画題であれば、外国人が絵を競って手に入れたのもよく分かります。現代の私たちもグローバルな視点を持つに至ったので、暁斎ワールドが本当に面白いと感じるのです。今では世界に発信するほどになった優秀な日本のアニメですが、その根源には暁斎の世界があるのではないかと私は思っています。北斎漫画にも暁斎の世界と同じ感覚を持ちました。その時代の絵師の片鱗に触れて、自分の創作活動を鼓舞したいと考えているところです。
    六本木の「河鍋暁斎」展
    先日、六本木にあるサントリー美術館で開催中の「河鍋暁斎」展に行ってきました。副題に「その手に描けぬものなし」とあって、河鍋暁斎の画力の凄まじさを改めて認識しました。江戸から明治の激動の時期を絵師として生きた河鍋暁斎は、幽霊やら魑魅魍魎が登場する戯画ばかり描いていると、当初私は捉えていましたが、今までの暁斎の展覧会を見るにつけ、本格的な狩野派絵師であることを再確認した経緯があります。しかも「その手に描けぬものなし」という実力を見て、北斎に匹敵するのではないかと思ったほどでした。今回の展覧会では初めて見る作品があって、その場を離れ難い鑑賞になりました。図録には弟子であった建築家コンドルの文章がありました。「(暁斎は)忍耐強く自然を観察し、また古人の作で価値あるものをことごとく敬虔な態度で模写した人であったが、その作品にはつねに独創性と天稟の才が横溢していた…彼はその独立不羈の性格と何でも描ける多才な技量により、免状ばかりで精神を伝えぬ一流派の束縛を長く免れることができた…彼は自ら構成した活気溢れる絵画の世界を一絵師として孤独に生き、古き巨匠の偉大なる魂を友としたが、今やその霊と相接しているのである。」(池田芙美著のコンドル訳文抜粋)暁斎は鍛錬を重ねた絵師だったようで、展示されていた画帖にその跡が見られました。暁斎の曾孫が書いた文章も図録にあったので引用いたします。「本展には、河鍋家に伝わった画帖や画巻を初めて出品した。私が幼い頃から目にしていたもので、暁斎が懐に入れて日々持ち歩き、興味深い古画や意匠を見つけるたびに描き留めたと思われる私の好きな縮図帳や縮図画巻である。それらを見て育った私にとっては、暁斎とは常に学習し、研鑽し、努力を惜しまぬ絵師に思えた。小山正太郎も暁斎を『一本熱い奴をつけて来れば、何でも描いて遣る。と、大胡坐をかきながら座敷の真中に陣取った所などは、実に威風辺りを払うのが概であった。併し酒気の醒めた時は、極めて細心な所があって、故人の粉本などの随分細かいものを写したりして居た。(後略)』と、粉本を緻密に熱心に学習したと述べている。」(河鍋楠美著)暁斎の画帖に関しては別稿を改めたいと思います。