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  • 「『時間形式ー時間内容』図式の解明」について
    「経験の構造 フッサール現象学の新しい全体像」(貫茂人著 勁草書房)の第六章「『時間形式ー時間内容』図式の解明」を読み終えたので、同章についてまとめをしたいと思いますが、毎回述べているように私は難解な論文を解釈するだけで精一杯な有様で、到底まとめには至りません。そうした中で「時間形式ー時間内容」の図式を解明している一文に目が留まりました。「喚起と触発という連合関係がまず発動して、現在の項が際立ち、そして最後に、過去の項が現れる。」これは何を意味しているのかというと、過去、現在、未来に流れていく時間の中の事象を現象学的に捉えようとする部分です。その後に続く例題が分かり易いと思いました。狂言「鬼瓦」のストーリーで「京に上っていた田舎侍が、帰郷直前に寺見物をする。何気なしに建物を見ていた彼の目が、ふとなにかに釘付けになる。それは屋根の鬼瓦だった。はじめ彼は、なぜ自分の目がそこに釘付けになるかわからない。やがてかれは、それが『何かに』似ていることに気づく。しばしの煩悶の後ようやくかれは、それが田舎に残してきた女房にそっくりであることに気づくのだ。ここでもまず喚起的連合というわたしを巻き込む力が発動し、その後で現在の項、それが未知のなにものかともつ類似関係、そして過去の項が分節される。」とありました。私たちが普段日常生活の中で感受している事象を、現象学では分析と定義づけを行っていて、平易な例題を出されると、あぁ、そういうことかと思うことが暫しあります。同章では他に古典的諸心理学と現象学が対峙している論考がありますが、ここは流していきたいと思います。現象学が扱うもの自体は、それほど難解ではないと改めて思いますが、語彙のあやを読み解くのに労力を費やしてしまって、論考に取っつき難いのは確かです。学問としての現象学は、哲学の領域であるため、語彙の選び方にも根本性が問われるので仕方ないのかなぁと思うこの頃です。
    汐留の「ジョルジュ・ルオー展」
    東京新橋で下車し、地下道を歩いていくと汐留の現代的な高層ビル群が見えてきます。パナソニック汐留ミュージアムはそんなビルの4階にあります。先日、同館で開催されている「ジョルジュ・ルオー展」に行ってきました。フランスの画家ルオーは、私にとって理解し難い画風をもつ巨匠でしたが、今回の展覧会でルオー芸術の神髄に触れたような気がして興味関心が高まりました。キリスト教の教会を彩る宗教画は、祈りの対象となることが基本であって、美術作品としての鑑賞は芸術概念が出来上がった時代の新しい視点だろうと思っています。それでもミケランジェロを初め、優れた宗教芸術が昔から存在し、キリスト教信者でない私たちが美術的な感銘を受ける場面も少なからずあります。日本の仏像然り、美的観点から眺めても心を打つ作品は、宗教を超えて確かに私たちに迫ってくると感じています。ルオーの「聖顔」シリーズを見ると、幾度も絵の具を塗り重ね、堅牢なマチエールを作っていて、敬虔な信仰心が生んだ作品であることが私にも伝わりました。図録によると、20世紀のカトリック復興運動と連携した「聖なる芸術」についてこんな一文がありました。「『聖なる芸術など存在しない。しかし信じる人々によって作られる聖なる芸術は存在する』とあくまでも信仰の重要性を訴えたルオーが、批判的であった当の『聖なる芸術』運動そのものによって結果的に戦後ヨーロッパを代表するカトリック画家となりえたのはなんとも皮肉である。」(後藤新治著)戦後、退廃芸術家の烙印を押されたユダヤ人を初めとした現代芸術家の名誉回復のために興った「聖なる芸術」運動。これによる礼拝価値と展示価値が同居する「礼拝堂=美術館」構想は、一部を除いて今もって定着していないようです。もう一文、図録より引用いたします。「ルオーは、栄誉のためではなく、自身の芸術を信じ、神の真実を追求し、労働者や職人のごとくただひたすら描くという行為に徹した。そして、キリスト教主題でありながらも、過去や伝統や古典に依拠するのではなく、同時代の社会や人々(現代人)に訴えかける芸術を貫いた。」(萩原敦子著)私がルオー芸術を理解した要因は、「労働者や職人のごとくただひたすら描くという行為」によって深遠な世界観が覗き見えたことによります。信仰を表現にすることに妥協がなかった芸術家がルオーと改めて思っています。
    上野の「ルーべンス展」
    先日、東京上野にある国立西洋美術館で開催されている「ルーベンス展」に行ってきました。17世紀に生き、バロックの父と称される画家ペーテル・パウル・ルーベンスは、大きな工房を構え、膨大な宗教画や歴史画を遺した巨匠です。ヨーロッパの多くの美術館にルーベンスの部屋があり、壁面を飾る連作絵画を、若い頃の私は圧倒されながら見入っていました。今回の展覧会はルーベンスが8年間過ごしたイタリアでの活動を中心に据えた企画で、ベルギー(当時のフランドル)出身のルーベンスとイタリア・バロックの画家たちの饗宴が見られる絶好の機会でした。図録にあったアンナ・ロ・ビアンコが著した文章を拾ってみると「ルーベンスのことを『フランドル出身だが幼少よりローマで育った』」と隠喩された部分があったり、「彼の高徳さ、思いやりのある性格、外交の才覚」とあるのは、ルーベンスが画家としての才能だけではなく、外交官や学者として地位があったことを示しています。イタリアにおいても彼は余すところなく力量を発揮し、注文主に応えていたことが伺えます。本展で思わず佇んでしまった巨大絵画が「聖アンデレの殉教」で、こんな一文がありました。「1638年、ルーベンスはあるひとつの壮大な作品をもって、宗教画家としての活動を終えていた。彼の創作全体を象徴し、その着想の複雑さにおいて真に『普遍的』であるその作品とは、《聖アンデレの殉教》である。」私はルーベンスの輝く肉体美と人体の動きに彫塑的な魅力を感じている一人です。比類ないデッサン力に支えられたドラマチックな群像表現は、日本に育った私は西欧社会の毒気に当てられてしまいそうで、東洋の美とは対角の位置にいる人だなぁと常々思っています。最後にルーベンスに対するベッローリ評を載せておきます。「彼は自然から彩色し、混色においては苛烈であった。影を帯びた肉体とは対立するような光を放ち、それゆえ影と光のコントラストには驚くべきものがあった。むらなく溶け込んだ表現が維持されたため、彼の人物像は一度の筆さばきで描かれ、一息で命が吹き込まれたかに見える。」ルーべンスに関する賛辞は絶え間なく続き、この画家がいかに素晴らしい存在感を放っていたかがよく分かりました。
    レディメイドによる価値転換
    東京上野にある東京国立博物館平成館で開催されている「マルセル・デュシャンと日本美術」展について追加のNOTE(ブログ)を起こします。本展のデュシャンの作品全体を改めて眺めてみると、美術史が長い間培ってきた概念がデュシャンによって壊されていく過程が示されていて、彼の足跡が巨大なモノであったことが認識できます。図録によれば「彼は自由で独創的であるために、芸術家は社会の一員になることをとにかく避けなければならないと結論付けたのである。これはデュシャンにとって、絵画制作を職業にしてはならないということや、芸術で生計を立ててはならないということを意味していた。」(マシュー・アフロン著)とありました。画家という職業は中世以来ヨーロッパでは宗教から端を発して定着していることから、こうした職業理念が生まれたのでしょう。芸術家が革新を求めるならば、職業画家になってはいけないとデュシャンは考えていたのでした。雑貨店で売っている既製品を芸術作品として価値転換を図るという企ては、自転車の車輪を逆さまに固定して眺めるという玩具的な気晴らしから始まったようです。「デュシャンは、大量生産された既製服を表すために使われるレディメイドという言葉を服飾産業から借用した。しかしながら、デュシャンの構想によると、芸術家の署名とともに銘文ー大抵は無意味な、あるいは暗号的な語句ーを入れることによってのみ、大量生産された商品が挑発的なレディメイドの地位を得るのである。~略~細工を施したレディメイドとしてのその複雑なデザインや、メタファーおよび象徴性は、パブロ・ピカソの同時期のアッサンブラージュに通じ、芸術作品の地位へと接近している。」(マイケル・R・テイラー著)と図録にありました。有名な「泉」も男性用小便器を展覧会に出品するという衝撃的価値として作家が選んでいて、そうしたレディメイドによる芸術的な価値転換を図ったものです。こうした動きが今後さまざまな曲解や誤解を孕みつつ、正統な評価を受け、今日のアートを形成してきたと言っても過言ではありません。
    三連休 充実の3日間
    今日で三連休が終わります。初日は陶彫制作の後、フェルメールとムンクという人気絶大の美術展に出かけてきました。2日目は20個目の陶彫成形と21個目の成形のためのタタラ準備で朝から夕方まで工房にいました。今日は21個目の陶彫成形を行い、さらに昨日作った20個目と今日の21個目の陶彫成形にそれぞれ彫り込み加飾を施しました。今日も朝から夕方まで制作三昧で、濃密な時間を過ごしました。今日で11月の週末が終わりますが、最初の制作目標より1個多い5個の陶彫部品を作り上げました。工房を引き上げる際に、初日に仕上げをしておいた陶彫部品2個を窯に入れました。水曜日には焼成が終わる予定です。昼ごろ、久しぶりに近隣のスポーツ施設に水泳に行きました。右膝がまだ多少痛むので、水中歩行とクロールを繰り返しました。平泳ぎは膝に負担がかかるので、もう少し様子を見ることにしました。今日の作業で時間をかけたのは彫り込み加飾でした。陶土の表面に掻き出しベラを使って、幾何的な抽象文様を彫り込んでいきます。それによって立体そのものが大胆に変化することはありませんが、立体が強調されたり、僅かな彫り込みによって角度をもった面に微妙なニュアンスが出てきます。何よりこれはイメージの具現化に役立っているのです。彫り込み加飾は平面的な作業と自分は割り切っていて、所謂レリーフとは作為が異なります。過去の作品にはレリーフにしたものもありましたが、現行作品ではあくまでも加飾です。この加飾によって古代の出土品のような雰囲気が出てくるのです。記憶のどこかに刷り込まれている風景、それは岩肌に穴を穿って人々が住居にしていた風景だったり、廃墟となった古代遺跡だったり、自分のイメージの根幹をなすものが彫り込み加飾によって呼び覚まされてくるのです。そんな意味で、彫り込み加飾は自分の初原的なイメージを辿りながら、描写用具よろしく掻き出しベラを駆使していくのです。成形は彫刻的な楽しみがあり、彫り込み加飾はイメージ世界に遊べる楽しさに満ちています。この三連休は自分なりに充実していました。家内と出かける以外ほとんど人に会わずに、自分の内面だけを見つめていられる幸福な時間でした。