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  • 「フォルムと色」について
    先月末にフッサールが提唱した現象学における現代的な解釈を論じた日本人著者による書籍を読み終えたばかりですが、もう一冊フランスの現象学者が著したカンディンスキー論を同時に読んでいて、こちらの方はまだ読破しておらず、ここでひとつの単元である「フォルムと色」のまとめを行います。現在、とつおいつ読んでいるのは「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)で、改めて私自身でカンディンスキーを通して抽象絵画の見直しを図っているのです。単元の冒頭で「外面的には、色とフォルムは互いに無関係であるように見える。」という問いかけがあり、それに対する答えとしての論理が展開していきます。「もし形象表現的なフォルムと色とが要素であるとすれば、両者が外部の様相においてどんな相違を示そうとも、両者は共通の本質を、おのれの基調色をもつ。基調色は等質であり、それはデカルト的な意味で、主観的な生の、心の形態である。」これは何を意味しているのか、カンディンスキーが述べている「芸術は、感性に働きかけるものであるがゆえに、それは、また、感性を通してしか、働きかけることができないのだ。」という言葉に示されているように、感性の前ではあらゆるものが要素として、外部や内部の様相を伴って存在していることになります。そうした視点で芸術を見ていくと、フォルムや色は究極的に一つの基調色であると言えるのです。さらにそれらの統一性に関する文章もあり、まとめとして引用させていただきます。「この世界の情動的な統一性に関するこうした重要な規範は、そうすると多様性の統一性への単純化につながることになるのだが、後者のために前者を消去するという意味では少しもなく、逆に両者を持続させ共存させるという意味なのである。こうした持続は存在しているのだが、実際には単純化として現われている。つまり、多様性があり得るのは、それの根底にあってそれをまとめあげている統一性の中だけ、統一性にによってだけである。」
    映画「ペギー・グッゲンハイム」雑感
    先日、常連になっている横浜のミニシアターに行って「ペギー・グッゲンハイム アートに恋した大富豪」を観てきました。伯父にあたるソロモンが経営するアメリカのグッゲンハイム美術館やイタリアにあるペギーの収集品を展示した邸宅美術館は、世界的によく知られた存在ですが、私はまだ行ったことがありません。図録によると「20世紀を代表するアートコレクションをたった一人で築き上げ、華麗な恋愛遍歴とともに、多くの伝説を生んだ女性の痛快な一生。」とあって、ペギー・グッゲンハイムの生涯は波乱万丈なものだったのかなぁと思い至っています。この映画で私自身が楽しかったのは、現代美術を綺羅星の如く彩った芸術家たちが、ペギーと関係を持ったり、生活の援助を受けたりしていたことで、かなり身近に感じられたことでした。デュシャンを師と仰ぎ、イケメンなエルンストと結婚し、ポロックを発掘し、その他大勢の芸術家たちを擁護したペギーでしたが、ミューズと呼ぶには余りにも骨太な女性だったようです。最後にヴリーランド監督のインタビューから引用いたします。「ペギーは19世紀にニューヨークに移住したドイツ・バイエルン州の伝統的なユダヤ人家庭で育ちました。彼らの暮らしぶりはロックフェラー家のようでした。ペギーは若い頃から、自分の周りに余りに多くの『しきたり』があると感じていて、それを破ってしまいたいと思っていました。~略~実際、彼女は恵まれた環境の中にいましたが、出会う多くのアーティストたちを援助したことは驚くべきことです。それは彼女でしか成し得なかったことでした。ペギーは自らの願望をかなえるため、一歩先の世界を常に考えていたように思えます。そして、アートこそが彼女の人生を動かす純然たる動機だったのです。」
    週末 夜のテレビ放映に注目
    今日は朝から工房に籠って、新作の陶彫成形と彫り込み加飾を行っていました。2月にしては暖かく作業がやり易い一日でした。このまま暖かくなっていくとは思えませんが、気温が僅かに違うと制作進度に影響が出ることを実感しました。大きな新作は残すところ7個の陶彫部品が出来れば終了になります。ただし、NOTE(ブログ)で何度も言っているように陶彫は、焼成があって初めて完成となるので、最後まで気が許せない状態が続くのです。今日も作業が終わる夕方になって窯入れを行いました。このところ毎週末に窯入れを行っています。先週は週2回の窯入れを行いました。無事焼成が終わるのを祈るばかりです。工房を出るといつものように疲労でぐったりしてしまうのですが、夜になって何気なく見ていたテレビ番組に惹きこまれて、深夜0時近くまでテレビ画面に釘付けになりました。番組はNHKのBS番組「ヒトラー演説の魔力 沈黙を破る証言者たち」で、見ているうちに眠気が吹き飛びました。演説のデータを解析している日本人学者がいて、150万語のビッグデータを演説毎に、ヒトラーの用いる言葉の変化を気にかけていました。何故ヒトラーは独裁者になり得たのか、演説の口調、語彙の変化、遊説の行動力などを取り上げて、人々を熱狂させる演出に長けたこの人物の特異性を炙り出していました。親衛隊だった人たちは、その影響から逃れられないくらい骨身に沁みこんだヒトラーの主張を唱えていました。沈黙を破る証言者は、今の時代だからこそ話せるのだろうと理解しました。ヒトラーはドイツ人の優位性を説き、自国ファーストの立場を強調しました。自国ファーストは現在の国際社会にも通じるもので、正義や平和を盛り込んだ演説の裏側には何が潜んでいるのか、私たちも対岸の火事とは思えない事態に、今こそ注意深さが必要なのかもしれないと思ったのでした。
    2月最初の週末に…
    2月最初の週末がやってきました。今月も新作の陶彫制作に励もうと思っています。今日は大きな新作の根の陶彫部品を作るための土練りやタタラ作りを行いました。午後になって乾燥した陶彫部品に仕上げをし、化粧掛けを施しました。窯入れは明日の夕方に行います。土曜日は相変わらず身体が動かず、思うような作業が出来ません。休憩を取りつつ、今日の制作ノルマを坦々とやっていきました。大きな新作は8割くらい出来ているので、もう少し気分が乗ってきてもおかしくないのですが、二足の草鞋生活の厳しさなのでしょうか、今ひとつ集中できないもどかしさがあります。それでも何とか夕方までに制作ノルマは達成しました。今日は気分を変えるため、常連にしている横浜のミニシアターに出かけることにしました。ちょうど家内も時間が空いていたため、美術に関わる映画を観ることにしました。映画は「ペギー・グッゲンハイム アートに恋した大富豪」というアメリカ映画で、20世紀最大の現代美術コレクターだった女性のドキュメンタリーでした。デュシャン、ダリ、ピカソ、エルンスト、ジャコメッティ、モンドリアン、ポロック、カルダー、ブランクーシなど綺羅星の如く現代美術をリードした芸術家が現れ、大富豪の家系に生まれた彼女は、これら芸術家を援助し、一大コレクションを築き上げていくのでした。芸術家との恋愛遍歴もあって、何事にも囚われない自由な思想の持ち主であったことが伺えました。「収集作品より恋人の方が多かった」「女性の自由と権利の荒れた見本」と揶揄されても革新的な考えを変えようとしなかったペギー・グッゲンハイムがいたからこそ、現代美術のまとまった作品群をイタリア・ベネチアの「ペギー・グッゲンハイム・コレクション」やアメリカの「グッゲンハイム美術館」などで見ることができるんだなぁと思いました。私は20代の頃にベネチアに行っていますが、そこを訪ねなかったのが残念でなりません。アメリカやイタリアにはそのうち行って、コレクションを堪能したいと思っています。映画の詳しい感想は後日改めます。
    寒さ増す2月になって…
    寒さ増す2月になりました。春が待ち遠しい季節ですが、工房の窓から見える梅の木々の蕾が膨らんでいるようで、春がやってくる足音が聞こえています。今月の陶彫作品に関する制作目標を考えました。大きな新作の陶彫部品は残り8個を制作すれば、何とか完成に辿り着けます。やや小さめの陶彫作品はこれから制作に入ります。今月はこのやや小さめの陶彫作品に取り組み始めようと思っています。この作品はテーブル彫刻で、木製のテーブルの枠を作りかけていて、2点を同時に作っています。2点とも期限内に完成できればいいのですが、時間的に可能かどうか分かりません。ともかく今月はテーブル彫刻に手をつけていこうと思っています。RECORDは下書きだけの作品が食卓に山積みされています。徐々に解消されてきていますが、今月も頑張っていこうと思います。RECORDは夜の時間帯に自宅で制作することが習慣化していますが、その日の作品は下書きだけ済ませて、過去の作品に彩色し、仕上げを施すことが続いています。その日の作品はその日のうちに仕上げる原則に戻したいと思っているところです。鑑賞は折に触れて美術展や映画などに出かけたいと思います。外からの刺激は、時に心を活性化し、また癒されることもあって、楽しみのひとつになっています。読書は先日来続いてきた現象学の考察を少々休んで、自分の得意分野である現代彫刻の評論を読んでいこうと決めました。寒さ増す季節に負けないように過ごしたいと思っています。