2018.10.30 Tuesday
ドイツの版画家ヨルク・シュマイサーの連作版画に、異なるイメージを描いた版を重ねて、ひとつの画面を構成している作品があります。それを見ることで、私たちはあらゆる場面を同時に把握し、イメージの遠近感さえも感受することが出来るのです。私たちが眺めている視界には、さまざまなものが存在し、空間的にも時間的にもそれらをほとんど同時に認知しています。その詳細は現象学の領域になりますが、立体造形に関わっている私は、空間に対して自分なりの考えを持つようになりました。重層空間という考え方を、私はかなり前から意識していましたが、シュマイサーの版画を見たことが契機になって、重層空間のことを思い出したのでした。私たちから見える世界はすべて立体で成り立っています。当たり前なことですが、立体は全部の面が見えて初めて立体になるのです。私たちは立体の一部が見えているのに過ぎず、その表面だけで物の裏側を予想し、立体として解釈しているわけです。そう考えれば見えている全ての物は表層であり、私たちが立体を推量して成り立っているものばかりです。遠近ですら私たちの感覚的推量に他ならず、あらゆる状態に置かれた物を実寸のまま瞬時に把握するのは不可能です。写実的絵画の表現はそこに関わっていると考えられます。奥行をどう捉えるか、学生時代に空気遠近法を教わった時に、私の頭を過った発想がありました。その時、世界は演劇等で使われている紗幕に覆われていて、表層世界が幾重にも重なっているように私には感じられたのでした。重層空間という言葉は、表層が重なり合う状態をそう呼んでみようと私が勝手に思いついたアイディアです。平面に奥行をもたせるのは描写技巧ではなく、例えば紗幕に描いて幾重にも重ねてみる、それがたとえ記憶の刻印であっても下敷きになる記憶は、どんどん上積みされていくことで隠されて、やがて消去していく、新たな上書きが始まることで遠近が生まれてくるという次第です。下敷きにされた写実的形象なり記憶は、表現に深淵を齎すものと私は考えています。重層空間は絵画で言う空気遠近法とは違い、遠い風景や記憶であってもしっかり表現されたもので、それが覆い隠されていき、遠近と深淵が生じると私は信じています。私の拙い空間解釈ですが、いかがでしょうか。
2018.10.29 Monday
今朝の朝日新聞の「天声人語」は、人工頭脳(AI)が肖像画を描き、その作品が米ニューヨークの競売で4800万円で落札されたことを記事にしておりました。AIがついにここまできたかと思い、どんな絵画なのかネットで調べてみると、黒っぽい画面に輪郭のぼやけた男性が浮かび上がっている、言うなればありきたりな絵画でした。これをAIが描いたとなれば、話は違います。これはパリに拠点をおく芸術集団「オブビアス」が作り出したもので、アルゴリズム(計算手法)により、AIが15000枚の肖像画を取り入れて、その情報を基に描いた作品だそうです。「天声人語」の文章を引用します。「AI画家に欠けるものがあるとすれば、ゴッホが手紙に残したような情念であろう。『どんなにできが悪くっても、人間的なもののなにかを表現している作品をつくりたい』『そこに無限を描くのだ』(木下長宏著『ゴッホ〈自画像〉紀行』)精神の高揚、直感、描く対象への没入…。芸術を芸術たらしめる心の働きは人間だけが持つはずだ。しかし、そんなふうに書きながらも、よぎってしまう疑問がある。本当に?」と最後の文章にありましたが、記者が「本当に?」としたところに私も共感して微妙な気分になりました。AIはどこまでいくのか、人間の特権である創造行為は、たとえ夥しいデータを入力したAIであっても無理な領域ではないのか、それとも私たちも記憶を基に創造行為をしているので、そこまで追いつくことが可能なのか、模倣に模倣を繰り返すうちにAIも新しい世界観を身につけることが出来てしまうのか、ちょっと前までは考えられないようなことが、これから起ころうとしています。ところで私たちが芸術活動の中でしてきた失敗作をAIもするのでしょうか。AIも情念や抒情的感傷を持つのでしょうか。いろいろな仕事がAIに取って代わるという話を聞いていますが、まさか私は芸術家までとは思ってもいないのです。
2018.10.28 Sunday
1年間で1回だけRECORDをカメラマンに頼んで撮影していただいています。昨年の10月から始まり、今年の9月で締め括る1年間365点分のRECORDの撮影です。撮影は照明や角度を決めて、1点ずつ丁寧にやっていただいています。それをホームページにアップしていくのです。オリジナルのRECORDは横浜市民ギャラリーで1年間分だけ額装して発表したことがありますが、365点の展示はあまりにも大変だったために、現在はホームページ上での発表にさせていただいています。私は工房で陶彫の作業をしながら撮影を垣間見ていると、1点ずつ撮影台に乗せられていくRECORDの制作当時の思いがこみ上げてきていました。自分では時間に追われながら難なくやってきたと自覚していましたが、1点ずつを具に見ていくと苦労した跡も思い出されて、毎晩頑張っている自分を褒めてやりたいと思いました。もう10年以上も継続していますが、ここまでくると止めようとは思わなくなりました。陶彫制作も同じです。今日は新作の土台になる最後の11個目の陶彫部品の窯入れを行い、その上段になる陶彫部品4個目の成形と彫り込み加飾をやりました。私は規則正しく制作していくことが大好きです。そこに気分的な情緒はありません。気分が乗る乗らないを標榜する芸術家気質とはつくづく違うなぁと思っています。ウィークディの公務員職と同じで、決まった時間に制作をしているのです。それが自分にとって自然で楽な方法なのです。
2018.10.27 Saturday
各美術系の大学が学園祭、美大では芸祭と呼んでいますが、開催する時期になりました。工房に出入りしている美大生がいて、彼女が在籍する女子美術大学の芸祭に行ってきました。これから美術系の大学の進学を考えている3人の女子たちも連れて行きました。私はこの歳で若い10代の女子たちに囲まれる華やいだ雰囲気を味わうことになって、少々戸惑うこともありますが、工房スタッフの若返りを考える時期なのかもしれません。ともあれ私が彼女たちに元気をもらえたことは確かです。芸祭の展示会場で見た美大生の若々しい作品の数々にも元気がもらえますが、課題も少なからず見えてきます。大学での4年間は自己を見つめる珠玉の時間であると私は考えています。上手くいくこともあれば、失敗もありますが、美術を通して自分の生き方を考えられる貴重な時間であることに異論はありません。たまたま絵画科主任教授と知り合えて、その研究室に通され、私の職場との連携を考えるきっかけになったことが、今日の収穫かなぁと思いました。連れて行った若い女子たちの1人は染織、他の2人はビジュアルデザインの作品に興味を示しました。ITでアニメ系のポストカードを制作販売している自主展示の部屋では、女子3人とも盛り上がっていました。その光景に今どきの子の趣向はこういうことかと思いました。中庭にあるステージではコスプレをしたグループが歌や踊りを披露していました。これも日本の現代社会を垣間見るひとコマだったと思いました。国際情勢がどうあれ現在の日本は平和です。この平和の謳歌がいつまでも続くといいなぁと思いました。芸祭や卒業制作展に行った折にいつも感じることですが、美術系の大学を卒業した学生たちは、どんな進路を思い描いて社会に出て行くのでしょうか。アートが夢を追う仕事である以上、社会のニーズに合わないこともあります。立派な施設環境の中で、思い切り自己表現を磨いた学生にとって、社会人生活との差はどう埋め合わせるのでしょうか。学生時代は夢追いの打ち上げ花火として封印してしまうのでしょうか。美術的な自己表現活動が出来なくても精神性を高められた時期として、自分の中で納得してしまう学生も少なからずいるのでしょうか。私のように気持ちの整理が出来ず、諦めの悪かった学生は、二足の草鞋生活を送るのでしょうか。毎年考えさせられることですが、学生時代に刻まれた彫刻の魅力に今も逃れられない自分に重ね合わせて、頑張る学生たちにエールを送りたいと思います。
2018.10.26 Friday
この度、ホームページのGalleryにアップさせていただいた「発掘~表層~」は、当初彫刻的な発想はなく、絵画として制作しようと考えていた作品でした。途中から床置きの彫刻に切り替えたのには理由があります。その頃、自分の中で空間とはどのようなものか、立体が存在する現象を根本から思索していた時期がありました。「発掘~表層~」は2016年に発表した作品でしたが、2014年にハイデガーの「存在と時間」を読んでいて、私には曲がりなりにもモノの存在を問うスタンスが出来ていました。私は「見えているものは全て表層である」と考え、それを知覚した上で、人はモノの成り立ちを考察し、その裏側を予想して、全てのモノを立体として解釈しているという意見を持つに至りました。甚だ雑駁ですが、表層は即ち平面という短絡的な結びつきで、私は絵画を制作していこうと決めていました。それは美術史に於ける写実絵画とは異なり、陰影を伴う立体感を求めず、モノの表層を表現したいと思っていたため、発想途中で方向転換を迫られることになりました。リアルな空間やら存在という発想自体が絵画性とは相入れないものであったことに気づき、結局限りなく平面に近づく彫刻に落ち着いたのでした。「発掘~表層~」はそんな背景を持つ作品です。私のホームページに入るのは左上にある本サイトをクリックしてください。ホームページの扉にGalleryの表示が出てきますので、そこをクリックすれば今回アップした画像を見ることが出来ます。ご高覧くだされば幸いです。