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  • シュマイサーの連作版画について
    「私の作品を流れている主題は、変化ー人間に、物あるいは風景に、あるいは私に繰り返し起こった変化だ。版画がもつ可能性のうちで、最も魅力的なもののひとつがステートだ:版を刷り、さらに手を加え、変更し、また刷ってまた変える…。これはまるで変化の経過に応えるかのようなプロセスだ。」これはドイツの版画家ヨルク・シュマイサーが述べた言葉です。東京町田市にある町田市立国際版画美術館で開催中の「ヨルク・シュマイサー 終わりなき旅」展では、シュマイサー自身の言葉通りの作品が並んでいました。展覧会の図録に掲載された一文は、この銅版画家が変化の経過にどう向き合っていたのかが分かります。1979年から80年にかけて制作された「京都清水寺」は、清水寺を全面に描いた銅版に4つの四季を重ねて4点の作品とした連作です。重ねた版はそれぞれ四季を象徴化した図像があって見応えがありました。女性を描いた1967年から68年制作の「彼女は老いていく」や1977年から最終的には94年まで制作をつづけた「変化Ⅰ~Ⅲ」までの作品に、同じ版をベースに変化に富んだ版を重ねていく連作があり、1点1点が異なる世界観を秘めていて、同一ベースとは言え、印象はまるで違う作品に仕上がっていました。イメージというものは、時を経て展開していくものであると私は思っています。なぜなら、周囲が時に静謐に、時に荒々しい情景に変わっていくのは、同じ風景や人間を起点とした時間や時代の変遷があると考えているからです。銅版画を得意とした画家にウィーン幻想派のエルンスト・フックスがいます。私が彼の地にいた頃、街角のギャラリーでシュマイサーと同じ展開を見せるフックスの版画を見て、宗教性の強いテーマにさまざまなイメージを加えた連作に注目しました。そこが版画の成せる特異なところだろうと思っています。こうした連作を見て、もうひとつ、私がシュマイサーの画面構成で気になったところがありました。1点の版画作品の中に重複するイメージが描き込まれているのは前述した通りですが、その空間の厚みに表現の深淵なるものを感じたのでした。その自論については後日改めたいと思います。
    町田の「ヨルク・シュマイサー 終わりなき旅」展
    ドイツの版画家ヨルク・シュマイサーの作品を知ったのは、今を遡ること40年も前になります。シュマイサーが暫く京都に滞在していたこと、奥様が日本人で、私が学生だった頃は、オーストラリアに行ってしまったことが情報として入っていました。その頃、私が見ていた作品は1960年代の銅版画で、図解の様な構図の中にモチーフが繰り返し描かれていました。先日見てきた東京町田市にある町田市立国際版画美術館で開催中の「ヨルク・シュマイサー 終わりなき旅」展では、世界各地を旅した銅版画家が残した夥しい作品が展示されており、その質量の凄さに驚かされました。そこには私が嘗て見た作品も含まれていました。図録によると「生涯に渡って、ヨルクは遠く離れた場所に旅すること、その芸術にあって極限の風景に向き合うことを強く望んでいた。きわめて小さなものから巨大なものまで、有機物も無機物も等しく扱った。時には版に何行ものテキストを記した。これらの言葉は(もちろん、刷った時に正しい向きになるように、鏡文字で書かれている)その時その場所での彼の感情や思考の日記をなしている。」(R・パルバース著)という一文がありました。シュマイサーの銅版画にある百科事典の解説のような細かい文章の塊は、感情や思考の記録だったのかと改めて見つめ直すと、彼は旅先で考えたことや感じたことをモチーフと一体化した表現として、画面に取り入れていたことになります。文字群が版画の構成要素になっているのです。また図録の別の文章に「シュマイサーは異なった複数の作品に対して、同一の版を加筆修正しながら繰り返し活用することで、前作のイメージやマチエールの痕跡を残しながらも、新たに写し出される作品として、その内容を変化させる手法を確立させた。」(小野修平著)とあり、これもシュマイサー独特の技法で、同一版を用いてイメージを変化させていく連作は、版画ならではの方法で生み出されたものと思いました。個々の作品を見れば、私の感覚を擽る作品もあり、これに関しての別稿を起こしてみようとも思います。
    某日の新聞の小欄より
    自宅のテーブルに置いてあった朝日新聞の小欄「折々のことば」に気になった記事がありました。短いので全文を引用します。「味で見る人の評には、要を尽くしている割合に案外聴くべき所が少ないが、感じで敲かれるとどこか痛く身に応える所がある。」というのは陶芸家濱田庄司の一文です。その解説として鷲田精一氏が書いている内容を掲載します。「『味』とは作品の形や調子や模様といった細部の風合いを、『感じ』は全体の印象をいう。『味』はある程度まで狙って出せるが、『感じ』は違うと、陶芸家は言う。『味』に蘊蓄を傾ける粋人でなく素人の感想が怖いのは、『離れて自身の角度でぶつかって』いて、作家の知らない『未成の標準』を突きつけてくるから。」とありました。これは随想集「無盡蔵」よりの抜粋で、濱田庄司の陶芸を思い浮かべると成程と思えます。数多の作品を見て批評する人は、確かに知識が豊富なため、蘊蓄を語ります。そこで作家は得るものもありますが、その世界を知らない人が個人の感覚だけで訴えてくるものには、ハッとさせられることがあります。「未成の標準」というのはそのことを言うのだろうと思います。私の個展に来られた方は、実にさまざまな感想を述べていかれます。私はつい評論家や文筆家のコトバに耳を傾けてしまいますが、現代彫刻を初めて見た方の中に、本当に面白い感想を放つ方がいらっしゃって、私はドキリとすることも暫しあります。とりわけ私が嬉しかったのは幼児の反応でした。作品に登って遊びたいと駄々をこねる子に、芸術作品に触れてはいけないと叱る母。勿論その通りですが、全身興味が漲っている子に私は極上の喜びを与えられました。「自身の角度でぶつかって」くるなんて言い得て妙な表現だなぁと思いました。
    茅ヶ崎の「小原古邨展」
    先日、茅ヶ崎市美術館で開催されている「小原古邨展」に行ってきました。日本美術史の中で埋没していた芸術家が、これからさらに発見されて脚光を浴びることがあるのでしょうか。江戸時代の絵師伊藤若冲や奄美を描いた日本画家田中一村もそうでした。田中一村はNHK日曜美術館で放映されたことが契機になって一躍有名になった画家でした。木版画家小原古邨もNHKの番組で知りました。小原古邨は明治末期に活躍した画家で、海外への輸出を念頭に置いた版下絵の制作で、海外で人気を博したようです。実業家原安三郎の浮世絵コレクションの中に、かなりまとまった小原古邨の版画が含まれていたことで、今回の展覧会が可能になったことを、私は一人の鑑賞者として嬉しく思います。図録によると「古邨の花鳥画を魅力的なものとしたのは、それが版画であったからといっても過言ではない。例えば、雨の情景を題材とした作品をみると、背景にグレーのグラデーションを加えて雨脚の強さを表現したり、雨の線を単に空摺で加えて霧雨のような柔らかい雨を表現したりと、その多様な表現は、木版画でなければできないものである。」(小池満紀子著)とありました。まさに超絶技巧がなせる優雅な空気感を感じさせる木版画で、花弁一枚に宿る情緒、波飛沫ひとつに宿る生気をじっくり鑑賞しました。茅ヶ崎市美術館は原安三郎の別荘跡に建てられた美術館で、規模としては大きくはなく、浮世絵を鑑賞するにはちょうどいい空間でしたが、テレビ放映があったためか、館内は混雑していてゆっくり鑑賞できる雰囲気ではありませんでした。それでも小原古邨ワールドに入り込んでしまうと時が経つのを忘れ、巧みな画面構成に惹かれていきました。小原古邨はこれから知名度を増していくのでしょうか。もっと注目されてもおかしくない力量を持つ画家であることは間違いなさそうです。
    週末 疲労を抱えた制作
    週末の日曜日となればウィークディの疲労が取れて、思う存分制作に入るところですが、今日は違いました。金曜日の夜から職場で研修旅行に出かけ、昨日は湯河原から帰って来た後、時間を置かずに神奈川県茅ヶ崎市や東京都町田市の美術館に出かけました。2つの展覧会とも内容が濃くて、私は我を忘れて食い入るように作品を見続けてしまいました。昨日は充実した鑑賞でヘトヘトになっていたため早めに床に就きましたが、今朝も疲労が取れず工房に行ってもなかなか作業を始められませんでした。とりあえず窯のスイッチを今日中に入れなければならず、まずは乾燥していた陶彫部品2点の仕上げと化粧掛けを行いました。ここで言う仕上げとは、ブロックサンダーを使って、陶彫の表面にある指跡を消す作業のことを言います。創作的な作業とは異なり、只管ヤスリがけを行うだけなので、多少疲れていても問題なく進めることができるのです。化粧掛けも負担は軽いので、何とか夕方に窯入れまで辿り着くことができました。制作工程ではこの後40キロの土練りを行うことになっていましたが、無理をせず土練りは後日に回しました。今日は昼ごろ窯や陶芸道具を扱う業者が訪ねて来ました。その業者は運送業の資格を持っているので個展の搬入搬出でも手伝ってもらっています。工房のロフトも業者の伝手で鉄工所を紹介してもらって作っていただきました。その業者と話をしているうちにロフトの拡充を考えるようになりました。しかもロフトに作品を上げるために天井クレーンを設置しようかとも思いました。ロフトを作る時に、ロフトを支えるために数本の鉄柱を新たに追加設置してロフトの床を補強しています。立派な鉄の階段も作ってもらいましたが、人が運搬するのが大変で、比較的軽いものしかロフトに上げていないのです。電動式の天井クレーンがあれば、箱詰めの陶彫部品もロフトに置くことができます。その計画は私が現職でいるうちに施工しようとも考えました。お金がかかるので退職前が都合がいいのです。今日は疲労を抱えていたので軽めの作業で工房を後にしました。