2018.06.22 Friday
現在読んでいる「イサム・ノグチ 庭の芸術への旅」(新見隆著 武蔵野美術大学出版局)の中に北大路魯山人とイサム・ノグチを比較して論じている章があって、興味関心を持ちました。昔、この2人の芸術家を扱った展覧会があって、どうやら筆者はその関係者であったらしいのです。北大路魯山人とイサム・ノグチ、この2人に共通するものは諸芸術を総合した美意識を持っていたことで、さまざまな分野において優れた業績を残しています。本文から拾うと「モダニズムもアヴァンギャルドも、へったくれもない。生で裸の人間の世界があり、とりつくろった芸術の言い訳など許されない、生きることへの真摯さがそこにはある。たしかに魯山人は、モダンだ。作陶のほとんどを古陶磁の写しに終始したことも、前衛の創造性など鼻にもかけない、逆説的なモダニティーと言える。~略~かたちは、心のあり方いがいのものではない。さもしさと温かさ、傲慢と小心、そして野放図と繊細。これらはじつは相反する性癖でなく、磨かれた真の個性のなかでは、稀有なかたちで共存するものだということが、魯山人を見るとわかってくる。」という箇所は、北大路魯山人の創作へ向かう姿勢を描いています。それに続く文章で「じつはこれらの感性は、まったくノグチその人にもぴったりとあてはまるものなのである。ともに根なし草だが、それは強靭な根なし草であって、あらゆるものにこだわりがなく、屈託もないが、孤独で自由だ。」とあります。生い立ちからくる自由な精神、これが時代を経ても新鮮な感動を私たちに齎すものなのでしょうか。
2018.06.21 Thursday
横浜のミニシアターにはレイトショーがあって、仕事帰りに立ち寄れる時間のため、映画を容易に楽しめることが出来るので重宝しています。独特な音楽観を持つピアニストのフジコ・ヘミングは、以前テレビで紹介されていて興味がありました。映画は世界を飛び回る80代のピアニストの私生活を描き出し、その自然体が存分に発揮された映像でした。フジコ・ヘミングは60代でデビューを果たしました。その裏には苦難に満ちた特殊な事情があり、その全てが演奏活動に表れているように私には感じられました。父親がスェーデン籍のデザイナーであったこと、母親がベルリンに留学していたピアニストであったこと、フジコが留学を希望する時に、それまで無国籍であった事実を知ったこと、難民パスポートで母と同じベルリンに留学できたこと、30代の時にデビュー間近で左耳の聴覚を失う事故があったこと等、人生途中で夢を諦めていたとしても仕方がない状況の中で、フジコ・ヘミングは現在の国際的に活躍する舞台を築いたのでした。住居好き、動物好き、演奏にミスは多いけれど、魂を籠めた演奏は聴く人たちを魅了する、そんな彼女の思いや日常が描かれていて、映画の中では楽しい一面もありました。それでも、優れた芸術活動には一体何が大切なのかを映画は見事に抉り出し、私たちはそこに感銘を受けました。一緒に行った家内は邦楽器の演奏家なので、フジコ・ヘミングの生き方や演奏にはいろいろな思いが交差するらしく、感心するところと厳しい音楽評が入り混じった感想を述べていました。難聴を抱えるフジコは、オーケストラとの共演が難しい場面があり、演奏を開始するタイミングが掴めないところが映し出されていました。リサイタルならまだしも、そこが難しいところかなぁと感じました。私は80代の今も活躍するフジコ・ヘミングの姿に感心しました。私も晩年になるに従い、活躍の場が広がるといいなぁと願っています。引退など考える暇もなく、制作に埋没したい気持ちで一杯です。
2018.06.20 Wednesday
私の地元である横浜美術館は、企画が優れている美術館のひとつだと予てより思っていました。今回も例外ではなく、人体のヌードに焦点を当てた企画に私は興味津々でした。この企画展は数か国を巡回する大規模なもので、英テート・コレクション所蔵の中でも屈指の作品が展示されていました。ヌードは西洋美術を語る上で重要な位置を与えられていて、また時代によっては論争を呼んだテーマでもあります。図録の中にこんな一文がありました。「既存のヌードの規範を再検証した《オリンピア》が与えた衝撃は、フランスでは、エドガー・ドガやピエール・ボナールが現代生活における女性の寝室の情景を描いた作品にも見られ、裸はアカデミックなヌードで表現するブルジョアの伝統ではなく、現代性や前衛を含意する価値体系となった。」(エマ・チェンバーズ著)「裸とヌード」という2つの表現概念が、古典的理想の前時代から現代に移行する上で根本的な変化を起こし、新たな創作への領域を切り開いて、現代に通じているようです。嘗てはポルノと見なされた裸体が、現代アートとして重要な主題のひとつになっているのは、私たち市民全体の価値転換が成せるものだろうと思います。私が本展で注目したのはやはりロダンの大理石による大作《接吻》でした。一室に単独で置かれた大作はエロティックでもあり、また絡んだ男女の美しさは見ている者を圧倒する迫力がありました。「ロダンは、拡大制作の際に付けられる星とり器の測定の痕跡である無数の小さな穴など作業の痕を残すことを好んだとされる。というのも、原型を忠実に拡大することは、時に彫刻本来のもつムーブメントを失うことがあると感じたロダンは、拡大のプロセスで幾度もの詳細な修正を行い、大型の像を完成に導いた。《接吻》に残された無数の痕跡もまた、身体の肉付けがいささか貧弱であると感じたロダンが、意識的に残したものと考えられている。」(長谷川珠緒著)彫刻制作においてロダンが実践した事情を知って、私は嬉しくなりました。塑造で作ったものをそのまま実材に移す時に、彫刻家は誰もが戸惑うことがあるのです。巨匠と言えども例外ではなかったことに、私は微笑んでいます。
2018.06.19 Tuesday
90歳を超えても現役で活躍する染色家柚木沙弥郎。先日、NHK番組の日曜美術館で紹介されていて、その制作風景を見た私は創作意欲が刺激されました。自由闊達で好奇心の塊のような作家は、床に敷いた大きな平面に抽象形態を描き、型紙を作っていました。映像には日本民藝館での個展の状況も流れていて、その雰囲気がとても良かったので、実際に行ってみようと家内と話していたのでした。民芸運動を牽引した柳宗悦の思想と、染色家であった芹沢銈介に弟子入りして技法を習得した柚木沙弥郎は、生命感のある模様と鮮明な色彩に溢れた作品を多く手がけていて、実物に出会えるのを楽しみにしていました。期待通りの生き生きしたデザインの布が壁に掛けられていたり、机上のガラスケースに収まっていて、生活の中で潤いを齎す造形が美しいと感じました。「模様は直観で捕らえられた本質的なもの」と言う柳宗悦の言葉通りの創作活動を展開した柚木沙弥郎は、無駄を取り去った模様のデザインと、遊びの要素が入り込んだデザインの要素が共存しているように思えました。日本民藝館に行った日が休日だったため、同館は鑑賞者で混雑していました。今まで何回も訪れた日本民藝館でしたが、こんなに混んでいることはなかったように思いました。柚木沙弥郎の世界が誰にも分かり易く、美しかったために多くの人を惹きつけているのだろうと思いました。とりわけ私は同館収蔵品の民族的な仮面と、柚木沙弥郎の布を併設展示した空間が好きでした。まさにプリミティヴの饗宴、ともに放射する光に私は時がたつのを暫し忘れました。
2018.06.18 Monday
先日、横須賀芸術劇場で開催された「加藤登紀子コンサート 花はどこへ行った」へ行ってきました。往年の歌姫は現在74歳。会場を埋め尽くす観客も高齢者ばかりで、かく言う私も62歳です。今朝、大阪で大きな地震があったことを思うと、震災等の有事に見舞われた時に、私を含むこの大勢の人たちは速やかに避難できるのか、些か心配されるコンサートでした。彼女の歌うシャンソンやロシア民謡は、美声である必要はなく、寧ろ人生を積み重ねた深みが、声に表れていれば充分聴き応えのあるものになると、コンサートの最中に思いました。歌の魂はニーチェの言うディオニソス的情念であり、私の心に突き刺さる主張を持って迫ってくるのでした。数多い演目の中で私が注目したのは「今日は帰れない」というポーランドの歌でした。私が持っているアルバム「愛はすべてを赦す」に収録されている一曲で、ナチスと戦ったパルチザンのことを悲哀を籠めて歌ったものでした。パルチザンとは占領軍への抵抗運動を指す言葉です。その他にも有名な「リリー・マルレーン」も歌っていました。ドイツの大女優マレーネ・ディートリヒによって世界中に知れ渡った歌で、戦場で敵味方なく兵士に一時の癒しを齎せたエピソードは余りにも有名です。フランスのシャンソン歌手エディット・ピアフの歌も日本語歌詞で披露されていました。この時に初めて聴いて心に沁みたのは「遠い祖国」という中国ハルピンのことを歌ったものでした。加藤登紀子は大陸生まれで引揚者であったこと、帰国後に一家はロシア料理店を営んでいたこと等、ご自身の波乱に富んだ半生をも話されていて、この一曲に籠められた思いがよく伝わってきました。歌手や演奏家は、作り手であるなしに関わらず、自分の人生に重ね合わせて、その深みや主張を表現する者であらねばならないと、コンサートの幕が下りて私は強く感じました。私にとっては非日常の機会ではありましたが、心が充足する素晴らしいひと時が持てました。今も現役で活躍される往年の歌姫に感謝いたします。