2018.12.12 Wednesday
このところ大きな規模の展覧会が相次いでいて、先月は東京の上野公園によく出かけていました。ノルウエーの画家エドワルド・ムンクの「叫び」が来日していて、私が行った先月末も長蛇の列が幾重にも連なっていました。ちょうどその日は、開館延長日だったので、まず上野の森美術館の「フェルメール展」を見終った後、夜になってから東京都美術館の「ムンク展」に足を運びました。学生時代、ドイツ表現主義が好きだった自分は、ムンクにも特別な思い入れがありました。若い頃、鬱積した心情や欲望を持て余していた自分は、ムンクやドイツ表現派の作品に共感していました。今回の展覧会でもムンクの作品を見て欝々とした当時の思いが甦り、情緒不安定だった自分を顧みる機会を持ちました。図録よりムンク芸術に纏わる箇所を引用いたします。「ムンクの芸術を特徴づけるものに、言語化しにくい人間の感性、感覚、感情を視覚的に表現する才能が挙げられるだろう。彼の芸術は、たとえその表現方法は文化によって異なるとしても、性愛、憂鬱、愛、孤独や悲しみといった、あらゆる人間が共有する本質的な体験と関わっている。~略~ムンクが生涯にわたり取り組み続けたのが、後に〈生命のフリーズ〉と呼ぶことになるプロジェクトである。~略~ムンクによると〈生命のフリーズ〉は『現代の魂の生活』を描写し、それは『生から死までの人生ー愛の始まり、高まり、闘い、消滅、生への不安、死』として解釈される。要するに、愛との出会い、不安、死という人間の根源的な体験を取り上げることがムンクの芸術的プログラムであった。」(ヨン=オーヴェ・スタイハウグ著)今回の展示作品を見て、ムンクの自画像が多いことに気づきました。ムンクが画学生だった19歳の自画像は完璧な写実絵画で、自信に満ちた自我が現われているように思いました。最後の部屋にある80歳を迎えたムンクの自画像は、時計とベッドを描き、その傍らに立つ老人の姿として自我を表しています。自画像はその時代の画家が被ったあらゆることが表現されていて、画歴として重要な位置を占めるものではないかと感じました。モデルになった女性にもさまざまな思い入れや解釈がありそうで、その関係を調べていくと絵画化した動機が伝わってきます。有名な「叫び」に関しては別稿を起こします。
2018.12.11 Tuesday
先週の金曜日のレイトショーに人気急上昇中の映画「ボヘミアン・ラプソディ」を観に行きました。映画になったロックバンドのクイーンは私より上の世代の人たちが熱狂したバンドです。当時学生だった私も日本を席巻したクイーンのヒットナンバーはよく知っていました。この映画はドキュメンタリーではありません。俳優が演じるクイーンなのです。でもそこにクイーンの創設メンバーであるブライアン・メイとロジャー・テイラーが音楽総指揮として入っていて、事実に忠実な映画に仕上がっていました。史上最高のエンターテイナーとして知られるリード・ヴォーカルのフレディ・マーキュリーの若い頃の姿がこの映画では印象的で、まだフレディの心が一貫しておらず、また苦しみつつ破天荒な発想を持ち込む資質が、早くもスター性を感じさせる要素になっていました。同性愛に悩み、45歳の若さでエイズ感染により死去したフレディ。映画はクイーンのメンバーが憑依したかのように演じる俳優たちによって、あの頃の精神状態に連れ戻される錯覚が生じました。最後のシーンでライヴ・エイドの会場が映し出され、満員の観衆の前で演奏するクイーンは、まさに映画の観客をも巻き込む興奮の坩堝となっていました。図録にこんな一文がありました。「摩擦、衝突、葛藤、外部からの雑音。そうしたものを蹴散らしながら実験精神と新たな領域への挑戦欲求を失うことなく音楽的ケミストリーを求め続けたクイーンの音楽には、世の平均的ポピュラー・ミュージック像からすれば、特異とさえいえる部分というのが多々ある。」(増田勇一著)特異というのはロックの王道からすれば、クイーンはイロモノという悪評が立っていたことがあり、目立つキャラクター性やオペラの美学を取り入れた楽曲作りが認められていない時代がありました。この倒錯的な感覚は初めに日本で受け入れられて、一躍スターに上りつめたという話を聞いたことがあります。よく来日していたクイーンは親日でもあったということでしょうか。私たち日本人が応援したクイーン。映画でも観客が徐々に増えていることがその証拠なのかもしれません。
2018.12.10 Monday
昨日、横浜のみなとみらい地区にある横浜美術館で開催している「駒井哲郎展」に行ってきました。副題を「煌めく紙上の宇宙」としていて、銅版画のパイオニア的存在だった故駒井哲郎の大掛かりな回顧展になっていました。展示は駒井作品に限らず、彼が感化された画家クレーやルドン、敬愛した岡鹿之助や長谷川潔、恩地孝四郎に加え、瀧口修造の実験工房、詩画集で交流した多くの詩人たちのコトバもあって、戦後の現代美術を概観する内容にもなっていました。わが国では、浮世絵の木版画技法は古くから国際的な水準にあるものの、欧州で栄えた銅版画は歴史が浅く、明治・大正時代になって漸く銅版画技法が齎されたのでした。そんな日本の曙期にあった銅版画に生涯をかけて情熱を注いだのが駒井哲郎でした。展示作品は詩情を湛えたものがある一方で、実験的なものがあり、また他分野のコラボレーションもあって、銅版画の可能性を広げるため果敢に挑んだ作家の側面が見えるものでした。とりわけ詩画集にかける駒井の思いが語られている一文が図録にあります。「『実現しなければならない一冊の書物は象徴的な迄に私の心にせまってくる。…私が書物という言葉で象徴したのは、つまり綜合芸術への憧れなのだ』との発言に注目したい。前述の通り駒井は、西田(武雄)のもとで既に長谷川(潔)の版画集から強い感化を受け、また『本の美術家』恩地(孝四郎)への憧憬もかなり早くから抱いていた。またこの発言に先立ち既に『マルドロオルの歌』を手掛け、詩画集の制作を推奨する瀧口(修造)からの影響も少なからず受けていた。しかし先の発言がちょうど『レスピューグ』の公演直前になされたことを考慮すると、実験工房での活動が、駒井に『総合芸術』への志向をもたらした契機として機能した可能性が十分に考えられる。」(片多祐子著)駒井哲郎が銅版画を通じて、さまざまな創作分野を横断していた経緯が、今回の展示を見てもよく分かりました。展覧会の後半には粟津則雄を初め多くの詩人たちとの詩画集が展示されていて、コトバと版画との豊かなイメージが展開されていました。私にはちょっと羨ましい世界だなぁと思いました。
2018.12.09 Sunday
週末になると、どこかの美術館に行くという習慣が先月から続いています。陶彫制作も余裕がない中で、何とかやり繰りしている按配ですが、今日も夕方美術館に行ってきました。鑑賞があるからといって制作工程はそのまま続行しています。朝から集中すれば夕方までにノルマを達成できると信じて、今日も陶彫成形と彫り込み加飾を終わらせました。仕事が雑にならないように精一杯気遣いながら、24個目の陶彫部品を作り上げました。工房から自宅に戻ったのが午後3時で、そこから家内と横浜美術館に車で出かけました。横浜美術館は地元なので気楽に行ける場所にあるのです。見てきた展覧会は「駒井哲郎展」。銅版画では日本のパイオニア的存在の人で、私の大学時代に駒井哲郎を信奉している先輩がいたおかげで駒井ワールドを知ることができました。私は大学時代にドイツ表現派の影響で木版画をやっていました。傍らで銅版画に取り組んでいた先輩がいて、表現の多様性と腐食版画の面白さに興味津々でした。銅版画をやってみたいなぁと思っているうちに今日まで来てしまい、さて、いつになったら銅版画を始めようか思案しているところです。実は他の施設で使っていたエッチング・プレス機を譲り受け、工房に置いてあるのです。二足の草鞋生活の現在は、公務員管理職と彫刻家の生活で全く時間が取れないため、憧れの銅版画は後回しにしているのです。そんな銅版画のパイオニア的存在の人が、横浜で展覧会をやっていると知って、絶対に見に行こうと決めていました。駒井ワールドは私小説のような世界を覗かせながら、さまざまな実験を繰り返して、次から次へと表現の幅を広げていました。前衛芸術との接点や現代詩人たちとの交流を通して、駒井哲郎はその世界観を作品に取り入れていました。「煌めく紙上の宇宙」という副題が示す通り、紙の上で展開する小宇宙が、駒井ワールドの醍醐味かもしれません。この歳になって漸くこうした世界が彫刻のようなモニュメンタルな世界とは真逆にあることを感じました。銅版画は自分にとってはRECORDに近い世界です。詳しい感想は後日改めたいと思います。横浜美術館を出た後、久しぶりに横浜中華街に行って夕食をとりました。横浜美術館のあるみなとみらい地区も横浜中華街もクリスマスのイルミネーションが綺麗でした。
2018.12.08 Saturday
陶彫を作るためには陶土の調達やら焼き窯等の設備が必要です。道具も多岐にわたっていて、その中には自分で作ったヘラも含まれています。それらは自分の創作イメージを具現化する中で、少しずつ整えてきたものです。一朝一夕にはいかない環境整備の賜物です。環境整備の一番は何と言っても制作場所の確保で、私は亡父が所有していた植木畑の一角に工房を建てました。そうしたことが積み重なって漸く陶彫制作が本格化出来たと私は思っています。それまでは他の施設を借りて制作をしてきました。今は気兼ねなく何時でも制作が出来ることを嬉しく感じています。栃木県益子町という陶芸の里から陶土を調達していることがあり、当地の問屋や陶芸家たちと今も繋がっていることも自分を取り巻く環境のひとつでしょう。勿論新作を発表させていただける東京銀座のギャラリーせいほうも、作品の撮影をしていただいているカメラマンも、支援していただいている工房スタッフも、大切な人的環境と言うべきでしょうか。今日は朝から工房に篭っていましたが、ウィークディの疲れがあって、なかなか作業が進みませんでした。40kgの土練りをやって、明日のために大きなタタラを6枚作りました。陶土を掌で叩いて伸ばすだけの作業でしたが、身体がヘトヘトしていました。昼ごろ、栃木県益子町から陶土600kgが運ばれてきました。運送業者も1年1回しか顔を会わせませんが、同じ業者ではないかと思いました。工房の搬出口のシャッターを開けて、トラックに積んであった20kgで包まれた陶土を30個降ろしました。これでもう1年間の制作が可能です。新しい陶土がやってくると気分が上がります。例年この時期に陶土を益子町の明智鉱業にお願いして入れていただいているのです。今日は夕方まで作業をして工房を後にしましたが、この疲労は昨晩の映画鑑賞が影響していると思いました。実は昨晩、仕事から帰ってから家内と連れ立って、横浜市鴨居にあるエンターティメント系の映画館に行ったのでした。常連にしているミニシアターでは上映していない映画を観に行きました。映画はロックバンドとして名高いクイーンの活動を描いた映画「ボヘミアン・ラプソディ」で、クイーンのヴォーカリストであったフレディ・マーキュリーの生涯を中心に、彼らの独特な音楽観に迫る内容になっていました。日本で人気があったクイーン。私たちの世代は皆知っていて、そのメロディを聴けば青春が甦ると言ってもいいと思います。多少の感傷も手伝ってこの映画を観に行ったわけですが、この歳でクイーンの音楽作りを改めて見てみると、貪欲な表現意欲に元気づけられること頻り、自分の創作活動の起爆剤にもなりうると感じたのでした。詳しい感想は後日改めます。今日はゆっくり休んで、明日の陶彫成形を頑張りたいと思います。