2018.01.20 Saturday
週末になりました。寒い日々が続いています。今日は水を使う陶彫の作業は止めて、木材の作業に切り替えました。現在、小さめのテーブル彫刻を3点を制作していますが、それぞれの天板の大きさを決め、先週切断しました。今日はそれぞれの天板に穴を刳り貫く作業をしました。テーブル彫刻にギャラリーの照明が当たると、刳り貫いた大小の穴の影がギャラリーの床に落ちます。過去の作品は、それを造形の重要な要素として演出しているのですが、新作ではその要素を無くしました。天板の刳り貫きはそのまま床に投影されず、テーブル上に単に凸面を作り出しただけになります。その天板に陶彫部品を接合するので、今回は影を使った空間演出ではなく、量感のある個体として考えてみようと思ったのです。朝から厚板に、電動工具を使って刳り貫く作業をやっていましたが、途中で鋸歯が曲がってしまい、急遽店に行くことになり、鋸歯を多めに購入してきました。そんなこともあって今日は全て終わらず、明日に作業を持ち越すことになってしまいました。夕方、作業を終えて自宅に戻った後、演奏から帰ってきた家内と相談し、今晩は映画に行くことにしました。横浜の中区にあるミニシアターに「ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ」を観に出かけました。これは東京渋谷で上映されていた建築家に纏わる映画で、前から観たいと思っていたところ、横浜にやってきたので早速出かけたのでした。映画の内容は建築の巨匠ル・コルビュジエと家具デザイナーのアイリーン・グレイの関わりを描いた物語で、アイリーンの創作活動とその生涯を追うことに中心を据えていました。アイリーン・グレイは私にとって未知のデザイナーで、その才能にル・コルビュジエが羨望を抱く場面がありました。映画全般を通して洒落た演出が凝らされ、まさにどの画面をとってもデザイン性が感じられる映画に仕上がっていました。肝心な部分が見え難い面や、意味の分からないカットがあるなぁと思っていたところ、「アナタはこういう映画は趣味に合わないんではないか」と家内に指摘されました。芸術を扱っているため、趣味に合わないことはなく、ただ明快な面白さを感じられなかった映画だったと私は思いました。詳しい感想は後日に改めます。
2018.01.19 Friday
現在読んでいる「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)に取り上げられている23人の芸術家のうち3人目になるアルフレート・オットー・ヴォルフガング・シュルツェについて感想を述べます。通称ヴォルスです。ヴォルスは昨年、千葉県にあるDIC川村記念美術館で大規模な展覧会が開催されて、まとまった作品群を見る機会がありました。細いペンで描かれた即興的な素描は、繁茂する有機物であったり、染みや斑点(タシスム)による不安や絶望の表現があったりして、命を削っていくような創作行為が感じられ、私は戦慄を覚えました。まさにヴォルスは「絶叫のタブロー」を実現した画家ではなかったかと思っています。本書の中で実存主義哲学を提唱したサルトルがヴォルスを支持したことが語られています。まず、ヴォルスの表現の特徴を述べた箇所を引用いたします。「後期の作品は、自己経験が神経質な痕跡として色斑や色線が大きく波打っているが、タシスムの絵画方法に対して模範的である。絵は、もはや従来の意味で成り立たず、彩色、それに線と色の筆法、痙攣する湾曲、物質に裂け目を入れられた傷において、今や内容と発言が同時に存在する。」次にサルトルとヴォルスの関わりの箇所を引用いたします。「サルトルによれば、『人間は自由だ』。自由なくして、人間の主体はない。そして自由は行動を離れたものではなく、人間とは彼自身がつくるところ以外のものではない。しかもニーチェ以来、神なき時代には、人間は神の恩寵に祈願することも、神の摂理に責を帰することもできない。ただ自己行動によってのみ、自己の自由を実現すべく、見捨てられ、遺棄されている。人間自身が、自己行動の全責任を負うのである。とするならば、人間が誠実であろうとする限り、不安、苦悶、遺棄、絶望の状態に陥らざるをえまい。サルトルが、ヴォルスの行動と芸術に共鳴したのも理解できよう。」
2018.01.18 Thursday
現在読んでいる「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)には23人もの芸術家が掲載されていますが、全員をNOTE(ブログ)で取り上げるつもりはありません。ただ、23人の中には自分が刺激を受けた芸術家が多いので、つい話題にしたい思いに駆られてしまいます。今日取り上げたムンクもその一人です。ムンクが関わったのが哲学者ニーチェで、彼の肖像画をスウェーデンの銀行家に依頼されて、ニーチェの愛読者であったムンクは、この仕事を即座に請負い、ニーチェと相通じ合う魂の在り方を絵画で表現したのでした。ニーチェの「ツァラトゥストラかく語りき」は私も読みました。哲学書らしからぬ修辞的な文体で書かれたこのニーチェの代表作は、読むにつれ理解に苦しむ箇所が多く、寓話の形式を取りながら観念の擬人化が成されているように私には思えました。本書の文面に「ニーチェの独創性は、事物を『黙示録的な照明』において見、それを激しい『マクロコスモス的表現』に賦与する彼の能力に存する。これが《ツァラトゥストラ》の秘密であり、ニーチェの個人に対する鍵は、恍惚とした陶酔だ、と。そしてニーチェとムンクが理解さえうる可能性として、新たなディオニューソス的芸術が特徴付けられる。」とあります。ディオニューソス的芸術とはニーチェの「悲劇の誕生」に登場する概念で、造形的なアポロン的芸術と対峙する情緒や感情が主体する芸術を言います。そうした心象表現はムンクの得意としたもので、ニーチェとのコラボレーションが巧みに行われたことが容易に理解できます。ニーチェの有名な言葉に次のようなものがあります。「神は死んだ。…わたしたちは今、果てしない無のなかをさまよっているのではないか。空虚な空間が、わたしたちに吹きつけてくるのではないか。いっそう寒々となってきたのではないか。絶えず夜が、しかもより多くの夜がくるのではないか…。」ムンクにもそうした虚無なニヒリズムがないとは言えず、同時代を代表する画家として、ニーチェの思想を糧に新たな表現を求めたのでした。
2018.01.17 Wednesday
現在読んでいる「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)のトップを飾るのはオーストリアの画家エゴン・シーレです。私が若い頃に滞在したウィーンでは、シーレの絵はクリムトとともにポストカードやポスターになっていて、近代を代表する芸術家の筆頭でした。ベルヴェデーレ宮殿に展示されているクリムトとシーレは、師弟関係にありながら表現手法はまるで異なります。若かった私が最初に陶酔したのはシーレでした。シーレは享年28歳、既に28歳になっていた私は自分の表現すら見つからず、異国を彷徨う始末で、シーレの画業が眩しくて仕方がなかったのでした。どんな走り書きしたデッサンでもシーレの作品は、シーレそのものでした。奔放な個性と激情、しかもその説得力はどこからくるのか、当時同じ歳だった自分は己の表現の不甲斐無さに萎れていました。本書が言う第二の自我とは何か、文中からその部分を拾ってみました。「彼の制作は、表現が過剰であるため、自画像とすぐ見分けがつかないが、外見から個人の特徴が少なからず認められる。だが、個人の特徴は否定されている。鏡面に歪んで映し出される自我は、本来の自我の鏡像ではなく、その鏡像は、おそろしく疎外された第二の自我に焦点を求めてくる。~略~シーレの形態は、尖ったものと切り立ったようなもの、角のあるものと極端なもの、角張ったものと骸骨のようなものである。それは単に、ぎりぎりの線にある緊張した空間に収められているだけではなく、人物の身体の外観からも納得させられよう。この身体がどれほど精神的重圧に耐えねばならないとしても、身体の解剖学は、それでも正しい。どんなに激しい表現であるとしても、わざとらしく感じさせる自然のデフォルメに至らない。」これがシーレの絵画に説得力を与えている要素なのだろうと思いました。
2018.01.16 Tuesday
「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)を読み始めました。副題に「ドイツ語圏に生きた芸術家たち」とあって、まさに私が若い頃から注目していた芸術家ばかりが掲載されている書籍です。本書では23名の芸術家を取り上げていますが、その中にはヨーロッパでしか知られていない芸術家も含まれています。頁を捲るとシーレやムンクから始まり、最後はハウズナーまで網羅されています。ルードルフ・ハウズナーは私が30数年前に在籍していたウィーン美術アカデミーの教壇にたっておられました。ハウズナーはウィーン幻想派の旗手で、何人もの日本人が彼の教室で学んでいます。私が知らなかったレヴィン、ラジィヴィル、ネッシュ等はどんな芸術家だったのか興味津々です。こうした芸術家が日本で知られる機会は滅多にないと思っています。とくにドイツ語圏の国々は第二次大戦でナチスドイツの台頭があり、ホロコーストがありました。芸術家の中にはユダヤ系の人も含まれているので、その生涯を賭けた創作活動がいかなるものであったか、また政治に翻弄されて命を落とした人もいたでしょう。現在ではその時代の空気を感覚として読み取ることは出来ませんが、世界情勢が不安定になりつつある現状で、もう一度彼らの芸術的主張を確かめることは有意義であろうと考えます。本書を通勤の友としてじっくり読んでいこうと思います。