2018.06.30 Saturday
6月最後の週末になりました。今日は朝から工房に篭って、個展搬入準備として作品の梱包作業に追われました。梱包用木箱を作る板材が不足し、午後は板材を追加購入してきました。梱包はあと僅かで終了です。今日は6月最後の日なので、今月を振り返ってみたいと思います。今月は新作が終わり、3日(日)に図録用の写真撮影が行われました。その中で「発掘~根景~」のテーブル組み立てを心配しましたが、何とか無事に出来上がってホっと胸を撫で下ろしました。多くのスタッフに関わっていただきました。その後の週末は、作品の梱包作業に明け暮れています。来年の新作のイメージは既にありますが、今月はその一歩が踏み出せず、これは来月に持ち越しになります。梱包作業と併行して新作の制作に入りたかったのですが、「発掘~根景~」の陶彫部品が多すぎて、梱包ばかりで新作の時間が取れませんでした。今月の鑑賞はバランスよく充実したものになりました。まず美術展ですが、「柚木沙弥郎の染色」展(日本民芸館)、「ヌード展」(横浜美術館)に行きました。映画鑑賞では、「ウィンストン・チャーチル」、「フジコ・ヘミングの時間」(いずれもシネマジャック&ベティ)の2本、音楽鑑賞では「加藤登紀子コンサート」(横須賀芸術劇場)に行きました。音楽鑑賞は久しぶりでしたが、往年の歌姫のコンサートでは気分が高揚しました。今も毎晩自宅の食卓でRECORDを描きながら、コンサートの時に購入した加藤登紀子のCDを聴いています。そのRECORDはやや停滞気味です。下書き先行の悪癖が出ています。下書きの積まれた山が高くならないうちに何とかしようと思います。読書は彫刻家イサム・ノグチの庭に関する書籍を読み始めました。NOTE(ブログ)には度々イサム・ノグチが登場しますが、ここでもう一度ノグチの特異な空間解釈を把握しておきたいと考えています。今月は工房に出入りしていた若いスタッフの結婚式もありました。生活が変わっても創作活動が継続できることを祈っています。職場では若手チームの研修会のために、私がシチューを作りました。若い人材は私にとって宝です。私に応援できることは何でもやっていこうと思っています。昨日、梅雨明け宣言がありました。観測史上初めての早期梅雨明けだそうです。いよいよ暑い夏がやってきました。昨日工房で作業していたスタッフが扇風機を出してきました。再び灼熱の工房が還ってきます。
2018.06.29 Friday
室内装飾や家具等の意匠のことをインテリアデザインと言います。今回NOTE(ブログ)で取り上げるのは、一般的なインテリアデザインのことではなく、現在読んでいる「イサム・ノグチ 庭の芸術への旅」(新見隆著 武蔵野美術大学出版局)に出てくるイサム・ノグチによる室内装飾の考え方を扱います。文中から日米双方にあったイサム・ノグチの住居のあり方を取り上げてみます。「ニューヨークと牟礼、戦後アメリカの、自動車修理倉庫の二階と、江戸後期の讃岐の屋敷町、丸亀の豪商の居宅の屋根裏部屋。その歴史背景や性格は、まったく異なるものだ。あっけらかんとして明るい、ニューヨークの埃っぽい板の間と、木材が黒光りする古い住宅の香りと、磨き込まれ大切に使われてきた空間の柔らかさをもった『イサム家』の二階、屋根に開けた小窓から一条の光が差し込む、ほの暗い隠れ家の小さな洞穴のような場所、というきわめて対照的な、空間のコントラストもある。ただ、そこに共通する、住み手の醸しだす空気や気配は、見事な徹底で、そして見事な潔癖で、まったく同じ趣を醸しだしている。~略~空虚や虚しい、というのではない。むしろ、ほの温かく、すっきりともしていて、優れた茶室のもつ、適度な緊張感と親密性がない交ぜになったような感じがあり、清すがしくもある。言葉で敢えて言えば、『豊かな空虚』と言えるだろうが、そう簡単なものではない。」私はニューヨークの住居を知りませんが、香川県牟礼には行ったことがあって、「イサム家」の生活臭のしない、重厚で美しい空間が印象に残っています。そこは民芸運動を展開した人たちの自宅兼工房と似た雰囲気があって、私はそうした住居に憧れている一人です。ウィーンで出会った石彫家カール・プラントルの自宅に伺ったことがありますが、この人にしてこのインテリアなのか、と思うほど作品のイメージが室内装飾にも定着していました。師匠の池田宗弘先生の麻績にある「エルミタ」もまた然りです。インテリアは作品の表現に影響を与えると私は考えていて、どんな空間の中で生活しているのか、彫刻家として拘るところでもあります。
2018.06.28 Thursday
彫刻の概念は、明治時代以降に西洋から齎されたもので、欧米型の教育システムで育った私は、義務教育で図工・美術科を学び始めた時から、西洋風の立体概念が学習の対象でした。高校、大学時代を通して西洋彫刻に憧れた私は、日本の仏像や陶磁器にあまり興味がなく、20代前半はヨーロッパの現代彫刻の展覧会があると嬉々として出かけていました。ウィーンの美術アカデミーに在学していた頃に、日本人としてのパーソナリティを意識し始めました。その頃、ウィーンで日本の陶磁器を扱った展覧会があり、その時初めて焼き物の魅力に憑かれてしまったのでした。ざっくりした民芸調の大皿や壺に懐かしい親しみを感じ、土の焼き締めに大らかな造形を見取ったのでした。それが作品の素材に陶を使おうと思った第一歩でした。彫塑を石膏に代えるのではなく、土そのままを焼いて保存する方法が自分には最適と思い至りました。それでも自分に浸透している彫刻の概念で、あらゆる陶磁器を見ていたことに変わりはありません。志向が具象から抽象に移り、ルーマニアで現代彫刻の父であるブランクーシの作品発想の原風景を見た時も、彫刻の概念が形態移行の判断材料になっていました。最近まとまって作品を見る機会があった運慶の仏像でも、そこに彫刻の概念を見ていました。日本の伝統が見直され、博物館や美術館で伝統美を求めた大掛かりな展覧会が企画されていますが、明治時代以降の学校教育で培われた美術の概念を無視することは不可能だろうと思います。私たちは西欧人の視点で、日本美術の良さを味わっているのではないかと思うこの頃です。
2018.06.27 Wednesday
NOTE(ブログ)は、2006年3月16日から書き始めています。NOTE(ブログ)を始めて数か月は時々アップする状況でしたが、その年の後半から毎日書くようになり、10年以上にわたって就寝前の時間帯にパソコンに向かう習慣が定着しました。今日を加えると4389日分のNOTE(ブログ)をホームページにアップしています。日記としてその日の記録を残したものは、全体を見ると意外に少なく、週末の陶彫の制作状況を書いたものがほとんどを占めています。アーカイブを読むと、その時の焦りや憤りが甦ってきます。創作活動は強烈なインパクトがあるのだろうと振り返っています。陶彫だけではなく、RECORDのこともその日の気分がよく伝わります。普段は苦しんだことなど忘れているのに、NOTE(ブログ)には苦悩が刻まれていて、自分の足跡がよく掴めます。鑑賞では、美術展や映画やその他のことで詳しい感想を載せていますが、そのためか印象が鮮明になっているのが嬉しい限りです。こうした鑑賞した展覧会や演目の選択でも自分の嗜好が現れていて、自分の求めようとする何かが浮き彫りになっています。創作活動や鑑賞を通して、私は自分探しをしているのだろうと思います。若い頃に滞在した欧州のウィーンや当時旅した東欧やエーゲ海沿岸、最近になって夏に旅しているアジア各国も、自分を探しに出かけていると言っても過言ではありません。ここ10年で読んだ書籍にしても自分探しという意味では同じと考えています。その記憶や記録をNOTE(ブログ)に残すことが出来るのは幸福なことだなぁと思っているところです。
2018.06.26 Tuesday
「(イサム・ノグチの)五〇年代の陶器彫刻群は、はるかにそのイメージや題材も広がりは大きい。だが、系譜から言うと、シュルレアリスムの有機性と、縄文やら弥生やらのアルカイック・インスピレーションがふたつの柱であるのは変わりないが、土の質感がはるかに活き活きしているのは、第一級の職人や材料が勢ぞろいした魯山人のアトリエや、備前の金重陶陽の窯場で仕事ができた、陶芸的環境のためであるのは、言うまでもない。」これは現在読んでいる「イサム・ノグチ 庭の芸術への旅」(新見隆著 武蔵野美術大学出版局)の中に出てくる陶彫に関する文章です。陶彫の創始者として八木一夫ら走泥社の活躍が挙げられますが、その契機となったのがイサム・ノグチの陶彫でした。イサム・ノグチと同世代の美術評論家瀧口修造は、有史前の日本の埴輪や土器に関して、それらが現代を生きる芸術文化に大きな意味を与えている自論を唱えていました。それをそのままイサム・ノグチ論として読み替えられるのではないかと著者は指摘しています。文中から拾うと「瀧口は縄文、弥生、古墳という『世界で最も古い土器文化』の美を『生きる必要に迫られたときにつくりだす緊張した形のユニフォーミティ(一様性)』としながら、それを『地域を越えた形態感覚』と見る。用途も、ものとしての分類も不可能な、『未分化の造形』である。絵画、彫刻、工芸といった美術史的な分類ももう、無効なのである。『緊張した形の結晶』である縄文土器は、『実用の容器をこのような比類のない精神のモニュメント(記念物)にまで高めることができた』もの、古墳前期の鍬形石の『モニュメンタルな緊張した抽象性』、縄文土器の『非合理な造形性』、弥生土器の『静かな空間のなかの遊戯精神の現れ』、『手の初発的なういういしさ』、『機能的な形態感覚』、そして縄文土器の『呪術の世界にもたくまざるユーモア』。そしてさらに、それらは究極的には、『むしろ人間に対する巨大な他者を対象としていたのではないか』と問う。」とありました。『』は瀧口修造の語彙をそのまま借用したらしく、ノグチの陶彫を切り口に、瀧口流の大きな捉えと考察に、私は興味が尽きません。