Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

  • Tag cloud

  • Archives

  • 映画「ユダヤ人を救った動物園」雑感
    オスカー・シンドラーや杉原千畝のようなナチス支配下で自らの危険を冒しても、多くのユダヤ人を救った実話は、映画化やその他の報道であまりにも有名です。映画「ユダヤ人を救った動物園」も、それと同等な人間の尊厳に纏わる実話であり、関わった人たちの勇気ある行動に感銘を覚えました。独ソ不可侵条約でバランスを保っていたポーランドが、1939年その締結によりヒトラーが同国への侵攻を始めました。舞台はワルシャワにある動物園で起きたことで、動物園を営むヤンとアントニーナ夫妻が多くのユダヤ人を動物園の地下の檻に匿い、安全なところに脱出させる実話がドラマの中心でした。動物園をドイツ兵の食料を供給する養豚場にすることを夫妻はドイツ軍に提案し、その餌となる生ゴミをユダヤ人居住区(ゲットー)からトラックで運ぶ際に、ユダヤ人たちを紛れ込ませ、動物園の地下に連れてきたのでした。園内に駐在するドイツ兵にいつ命が狙われてもおかしくない状況で、鬼気迫る演出に私は固唾をのんで進行する映画を観ていました。妻アントニーナを演じたジェシカ・チャステインが秀逸で、女性ならではの優しさと強さを自然に演じていて、とりわけ動物たちとの関わりが素敵でした。戦争が始まると猛獣や有毒生物がいる動物園はどうなってしまうのか、空爆によって施設が破壊され、それら動物が外部に逃げ出すことを考えれば殺処分しか選択肢はありません。言うなればこうした動物園は、そもそも平和の象徴なんだなぁと改めて私は思いました。飼育員が破壊された動物園にずっと留まっていて、夫妻と力を合わせて動物園再開を誓ったことも心温まるシーンでした。動物も人間も同じ命の行方を巡って深く考えさせられる機会が与えられた映画だったと思いました。
    金沢文庫の「運慶」展
    先日、横浜市金沢区にある神奈川県立金沢文庫に「運慶」展を見に行ってきました。現在の金沢文庫は、北条実時創建の旧金沢文庫を顕彰・継承するために昭和5年に設立されました。設立80周年の平成22年に運慶の特別展をやっていて、今回は2回目の特別展として「運慶ー鎌倉幕府と霊験伝説ー」が開催されているのです。金沢文庫と運慶像の関連は、同文庫が保管する「大威徳明王像」が運慶作品と判明したことにより、その研究が深まり、運慶派と呼ばれる仏師たちを加えて、今回の展示になったようです。「大威徳明王像」は資料によると運慶最晩年の作品とされていて、よく見れば運慶独特の面貌の恐ろしさや端正な造形があって、頷ける要素が満載でした。横須賀の曹源寺に伝わる「十二神将立像」にも迫力があって、当時は運慶派仏師による模刻の流通が行われていたようです。曹源寺の「十二神将立像」の中ではとりわけ巳神が優れていて、解説によると巳年生まれで同寺で安産祈願が行われた源実朝との関係があるのではないかという説が呈示されています。私が関心を寄せる舞楽面に関しては、鎌倉鶴岡八幡宮では創建時からまもなくして楽所が整備されたことから、そこに施入されたものではないかと思われ、造形的な要素からすれば運慶派の仏師による制作と考えられます。もはや運慶はその造形からして、仏師から一歩踏み出した彫刻家の技量にあったと私は考えています。運慶派と呼ばれる周辺の仏師たちにもその造形力が問われたために、模刻を通して多くの仏像が芸術品としての美意識を持っていると察しています。学生時代まで興味がなかった私に、仏像の魅力を教えてくれたのが運慶だったことを考えると、まさに運慶はミケランジェロと並ぶ国際的な彫刻家ではないかと言っても過言ではないと思っています。
    週末 小さめのテーブル彫刻の精選
    朝9時に工房に行き、ストーブを点けると温度が表示されます。今日の室内温度は2℃で今までの最低温度でした。今日は久しぶりに中国籍のスタッフが来ていました。彼女の故郷の山東省は氷点下になるそうですが、体感温度としては日本の方が寒いと感じると言っていました。陶土を扱うと手が悴むのですが、昨日タタラを準備していたので、時折ストーブで手を暖めながら、陶彫成形をやりました。今日は小さめのテーブル彫刻の天板の下に吊り下がる部品を作っていました。今年5月の図録撮影と7月の個展開催のことを考えると、現在同時に進めている3点の小さめのテーブル彫刻を1点に絞った方が良いのではないかという考えが浮かびました。精選すれば今日陶彫成形をやった矩形の作品が一番良いと思っています。昨年も2点同時に進めていた大きなテーブル彫刻を1点に絞った経緯があります。今年は昨年外したもう1点のテーブル彫刻を作っているのです。もし小さめのテーブル彫刻を1点に絞るなら、来年の個展に残り2点のテーブル彫刻を出すことになります。その方がギャラリー内の空間のまとまりが良いのではないかと思っているのです。そんなことを考えながら、今日は陶彫成形を精一杯やっていました。寒さは疲労を伴います。夕方まで作業していると意欲が落ちてきます。今日はここが限界と判断して、スタッフを駅まで送りました。スタッフは都内の美術大学で助手をやっているので、これから入試が始まり、多忙を極めるようです。来月末まで工房には来られないと言っていました。私の職場もそろそろ忙しくなってきます。身体に気遣いながら頑張っていこうと思います。
    週末 AM土練り PM仏像&映画鑑賞
    今日は充実した土曜日でした。週末になれば恒例となっている工房での作業がありますが、ウィークディの疲れのせいか、土曜日の作業は遅々として進まないのです。今日も例外ではなく、丸一日制作をするには厳しいと感じていました。そこで明日の制作に必要な準備を行うことを今日のノルマにして、午前中だけ土練りを行っていました。時間を限定すると、思いがけず集中力が増しました。土錬機を回し、混ぜ合わせた陶土を菊練りして、出来上がった陶土はタタラにしていきました。畳大の大きなタタラが6枚出来ました。ビニールで覆って明日の成形に繋ぐことにしました。その時、FMヨコハマから面白そうな情報が流れてきました。私は作業中ラジオをつけっぱなしにしているのです。情報は、金沢文庫で運慶や運慶周辺の仏師による展覧会を開催しているというのでした。昨年、東京上野の国立博物館で「運慶展」を見ていた私は、もう一度運慶の仏像に会ってみたくなり、家内を金沢文庫に誘ってみました。神奈川県立金沢文庫は横浜市金沢区にありながら、私は一度も行ったことがなく、今日初めて訪れたのでした。展覧会の内容は、巨大な仏像はなかったものの、展示は充実していました。その中で伝運慶・湛慶作の「梵天立像」の彩色が艶かしくて印象的でした。私は仮面が好きなので「舞楽面」などに興味関心がありました。詳しい感想は後日改めたいと思います。夜になって家内と常連のミニシアターに出かけました。このところ毎週土曜日の夜は映画鑑賞をしています。映画は「ユダヤ人を救った動物園」を観てきました。これは実話に基づく映画でポーランドのワルシャワが舞台でした。力の篭った演出があちらこちらにあって、現実を直視しようとした制作陣の気合を感じました。これも感想は後日にしたいと思っています。夜中に自宅に戻ってきて、NOTE(ブログ)を書いていますが、今日は内容の濃い一日で、ウィークディの疲れはどこかへ吹き飛んでしまいました。
    「受難のパトス」ヴィルヘルム・レームブルック
    「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)に取り上げられている23人の芸術家のうち彫刻家が一人います。ヴィルヘルム・レームブルックはバルラッハとともにドイツ表現主義を代表する彫刻家で、日本では2004年に神奈川県立近代美術館葉山で展覧会を開催しています。当時私はその展覧会に足を運び、レームブルックの世界観に触れました。引き伸ばされた肢体をもつ人体像は建築構造的であり、私にはモディリアーニの彫刻のように見え、またゴシック的な要素も感じました。38歳で自ら命を断ったこの彫刻家は、後年制作された地に蹲る人体像を見ていると、戦争による苦悩や絶望が感じられて、作家自身が目指していた英雄的でモニュメンタルな彫刻が受け入れられない暗い社会情勢との狭間にあって、精神的に追い詰められていたのではないかと察しています。本著では彫刻作品「上っていく若者」についてニーチェとの関連を取り上げています。「この作品は、レームブルックは人生で経験し、フリードリヒ・ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』で確認されるのを見いだした、『衝動と理性との悲劇的両極性』(D・シュベルト)により決定されていると言えよう。身体の高みへの志向は、うなだれた頭部と対極を成している。」戦前であってもレームブルックの人体像の中に表現主義的な文学性や象徴性があり、戦後の彫刻作品「倒れた人」では実存表現主義とも言うべき表現が現れてきました。「戦争体験後、レームブルックは、残りわずかな力を振りしぼりながら、作品を非物質化し、欲求的な身体から解放しようと直接的な表現を見いだした。」画家キルヒナー評を書いたP・シュプランガーによると、レームブルックは「英雄のパトス」を「受難のパトス」に変えていると指摘しています。葉山の「レームブルック展」で、私はそこまでレームブルックの背景を洞察できなかったわけですが、細く伸びた肢体と無表情な風貌をもつ作品を思い出し、改めてレームブルックを記憶に留めようと思っています。