Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 週末 AM土練り PM仏像&映画鑑賞
    今日は充実した土曜日でした。週末になれば恒例となっている工房での作業がありますが、ウィークディの疲れのせいか、土曜日の作業は遅々として進まないのです。今日も例外ではなく、丸一日制作をするには厳しいと感じていました。そこで明日の制作に必要な準備を行うことを今日のノルマにして、午前中だけ土練りを行っていました。時間を限定すると、思いがけず集中力が増しました。土錬機を回し、混ぜ合わせた陶土を菊練りして、出来上がった陶土はタタラにしていきました。畳大の大きなタタラが6枚出来ました。ビニールで覆って明日の成形に繋ぐことにしました。その時、FMヨコハマから面白そうな情報が流れてきました。私は作業中ラジオをつけっぱなしにしているのです。情報は、金沢文庫で運慶や運慶周辺の仏師による展覧会を開催しているというのでした。昨年、東京上野の国立博物館で「運慶展」を見ていた私は、もう一度運慶の仏像に会ってみたくなり、家内を金沢文庫に誘ってみました。神奈川県立金沢文庫は横浜市金沢区にありながら、私は一度も行ったことがなく、今日初めて訪れたのでした。展覧会の内容は、巨大な仏像はなかったものの、展示は充実していました。その中で伝運慶・湛慶作の「梵天立像」の彩色が艶かしくて印象的でした。私は仮面が好きなので「舞楽面」などに興味関心がありました。詳しい感想は後日改めたいと思います。夜になって家内と常連のミニシアターに出かけました。このところ毎週土曜日の夜は映画鑑賞をしています。映画は「ユダヤ人を救った動物園」を観てきました。これは実話に基づく映画でポーランドのワルシャワが舞台でした。力の篭った演出があちらこちらにあって、現実を直視しようとした制作陣の気合を感じました。これも感想は後日にしたいと思っています。夜中に自宅に戻ってきて、NOTE(ブログ)を書いていますが、今日は内容の濃い一日で、ウィークディの疲れはどこかへ吹き飛んでしまいました。
    「受難のパトス」ヴィルヘルム・レームブルック
    「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)に取り上げられている23人の芸術家のうち彫刻家が一人います。ヴィルヘルム・レームブルックはバルラッハとともにドイツ表現主義を代表する彫刻家で、日本では2004年に神奈川県立近代美術館葉山で展覧会を開催しています。当時私はその展覧会に足を運び、レームブルックの世界観に触れました。引き伸ばされた肢体をもつ人体像は建築構造的であり、私にはモディリアーニの彫刻のように見え、またゴシック的な要素も感じました。38歳で自ら命を断ったこの彫刻家は、後年制作された地に蹲る人体像を見ていると、戦争による苦悩や絶望が感じられて、作家自身が目指していた英雄的でモニュメンタルな彫刻が受け入れられない暗い社会情勢との狭間にあって、精神的に追い詰められていたのではないかと察しています。本著では彫刻作品「上っていく若者」についてニーチェとの関連を取り上げています。「この作品は、レームブルックは人生で経験し、フリードリヒ・ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』で確認されるのを見いだした、『衝動と理性との悲劇的両極性』(D・シュベルト)により決定されていると言えよう。身体の高みへの志向は、うなだれた頭部と対極を成している。」戦前であってもレームブルックの人体像の中に表現主義的な文学性や象徴性があり、戦後の彫刻作品「倒れた人」では実存表現主義とも言うべき表現が現れてきました。「戦争体験後、レームブルックは、残りわずかな力を振りしぼりながら、作品を非物質化し、欲求的な身体から解放しようと直接的な表現を見いだした。」画家キルヒナー評を書いたP・シュプランガーによると、レームブルックは「英雄のパトス」を「受難のパトス」に変えていると指摘しています。葉山の「レームブルック展」で、私はそこまでレームブルックの背景を洞察できなかったわけですが、細く伸びた肢体と無表情な風貌をもつ作品を思い出し、改めてレームブルックを記憶に留めようと思っています。
    「光景を眼に飲み込めよ」グスタフ・クリムト
    オーストリアの画家グスタフ・クリムトは、近代絵画史上でも大きな存在感を示しています。19世紀末に彼は旧態依然とした写実絵画の反逆者となって、ウィーン分離派を組織しました。クリムトは攻撃的な人ではなかったようですが、結果として新しい潮流を生んだ先駆者になったと私は理解しています。流麗な金地で人物を囲み、装飾を施したクリムト特有の象徴主義は、世界的にも有名になり、日本でも人気の高い画家のひとりになりました。私も30数年前に、ベルヴェデーレ宮殿のギャラリーでクリムトの絵画に接し、琳派を思わせる平面的な世界と西洋の立体画法が混ざり合った不思議な世界観に恍惚とした覚えがあります。今回は「絵の証言」(佃堅輔著 西田書店)に取り上げられている23人の芸術家のうち4番目としてクリムトを取り上げてみました。本書ではクリムトの風景画に焦点を合わせていました。「晩年のクリムトが、わたしたちを感動させるものは、とりわけ象徴主義の『思想芸術』から、徐々に自然の見方へと発展していることである。」と本文にある通り、クリムトの風景画は草花の点描が織物のように広がり、そこに遠近法はありません。定番な風景画の説明的要素もありません。「クリムトの風景画には、珍しく人間(添景人物)はあらわれない。自然そのもの、それが彼の関心事だったから、風景は人間に対して、ひらかれ、そのなかに入ることができ、見回すことができる。彼は独自の方法で、肖像に描かれた人たちを自分の風景に関与させた。」と著者は述べていて、その独特な風景画観を論じています。「光景を眼に飲み込めよ」というコトバは、詩人ペーター・アルテンベルグのクリムト評に出てくるコトバです。まさにその通りの感想を私も持ちました。
    アートの役割について
    私たち専門職が集まる研究集会の中で、某美術大学に勤める教授を講師に招いて話を伺う機会がありました。その中でアートの果たす役割についての話になり、私は興味関心を抱きました。かつて学校教育の中で芸術教科は必要ないのではないかという強権論がありました。今はそれを言う人はいません。国際社会の中で自分の意見を主張できる人材を養成することが、あらゆる分野で必要になっています。それを学校教育で担うことが、次期学習指導要領で謳われているのです。課題に対してどう主体的に対処するか、アクティヴ・ラーニングと言われているものが、既に様々な校種の授業に入ってきています。アートの授業は、個人の課題解決がやりやすいので、感性を育むとともに自己主張が可能な授業なのです。未来型スキルの中に、社会文化的・技術的ツールを相互作用的に活用する力や人間関係形成能力、自立的に行動する能力が入っています。現代は、従来の日本人が持つ調整型の人材ではない、確固とした己を主張する能力が問われるようになってきたと言えます。また、経済やテクノロジーが主流を占める現代社会の中で、その分野の閉塞感を打ち破るのはアートの力が必要だという考え方があります。理工学+アートという考え方は不思議な感覚を与えますが、創造的な思考がなければ、その先に進めないというところが開発者たちの実感なのかもしれません。現代の多義的多角的な構造を持つ様々な分野の中で、アートの役割は確実視されていることは疑う余地がありません。これは私としては嬉しいし、アートが世間の追い風になってくれることを望んでいる一人です。
    映画「ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ」雑感
    先日、常連になっている横浜のミニシアターに家内と「ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ」を観に行きました。建築をテーマにしている映画は、確か2015年に「創造と神秘のサクラダ・ファミリア」を観に行った以来です。元々建築家の生き方を取り上げている映画が少ないこともあって、これは極めて珍しい映画とも言えます。建築家ル・コルビュジエの作品は世界文化遺産に登録されていて、日本の東京国立西洋美術館もそのひとつです。映画は家具デザイナーとして活躍したアイリーン・グレイの肘掛け椅子が最高額で落札されたシーンから始まりました。そのシンプルなデザインに衝撃を受けたル・コルビュジエ。アイリーンの恋人になるバドヴィッチとの関係を保ちながら、アイリーンとバドヴィッチが設計した海辺の家を見てル・コルビュジエは彼女に対し、称賛から嫉妬に変わっていくのでした。海辺の家「E.1027」を巡って、アイリーンとバドヴィッチ、ル・コルビュジエの交流が微妙な影を落としていく中で、「住宅とは住むための機械である」と主張するル・コルビュジエと「機械ではなく人を包み込む殻だ」と返答したアイリーンとの憎悪入り混じる関係性が随所に描き出されていました。「E.1027」に無断で壁画を描いてしまうル・コルビュジエにも驚かされました。ル・コルビュジエは建築に機能的なシンプルさを求めたのではなかったのか、壁画は建物を保存するためにやったことなのか、アイリーンの才能に対する嫌がらせだったのか、私にはよく分からないシーンでした。芸術的な感覚の鬩ぎ合い、枠に囚われない生活ぶりなどを洒落た雰囲気で包み込んだ映画というのが、最終的な私の感想です。私の感覚に合わないのではないかと揶揄した家内に対して、日ごろ芸術に触れていれば、共感できる部分も多かった映画とも感じられたので、私個人としては十分楽しめたのでした。