2017.12.17 Sunday
今日は仕上げをして化粧掛けを施した大きな陶彫部品を窯に入れようとして失敗し、やり直しを決めた辛い一日でした。NOTE(ブログ)は日記の役割があるため、制作の失敗も書き残しておく必要を感じています。アーカイブを見ると、陶彫部品を交換したり、泣く泣くやり直しを決定することも書かれてありました。新作は難しい造形による陶彫部品が多く、壁に当たりながらも着々と進めてきました。順調と思えた制作工程でしたが、ここにきて足踏みをすることになりました。破損した陶彫部品は新作の床に置く一番大きな部品で、最初に作ったものです。窯に入る大きさとしては最大限で、それだけに作る時もシンドい思いをした記憶があります。もう一度同じものを作るとしたら、どのくらい時間がかかるのか、気が滅入るところですが、逆にこの失敗をプラスに捉えて、失敗作よりも丈夫で優れたものを作ればいいのではないかと考え直すことにしました。次の週末は職場独自の設定で三連休になっています。この三連休を使って新しく成形し直そうと思っています。現在進行中の根の部分は休庁期間にもっていくことにしました。制作に失敗はつきもので、毎回何かしらトラブルに見舞われています。慣れたとはいえ、気落ちすることは否めません。気持ちをリセットして取り込もうと思います。
2017.12.16 Saturday
私の職場では年間何回かは休日出勤の日を設けています。今日の土曜出勤は今月25日(月)と差し替えています。天皇誕生日の23日からクリスマスの25日までを三連休にしたいという職員の要望があって、今回の措置になりました。連続して休める環境を整備することは、管理職として必要な手立てです。そうでなくても通常の職員の出勤状況を見ていると、勤務時間をオーバーしている職員が複数います。新聞報道でも過労死ラインを超えて勤務している私たちの職種の実態が話題になっています。どうしたらワークライフバランスに合った仕事が出来るか、本腰を入れて考えていかなければなりません。今日は土曜出勤で職員に負担をかけましたが、続く三連休でゆっくり休んでもらいたいと思っています。土曜日であれば職場をオープンにして地域の方々を招き入れることが可能です。今日はそんなイベントもやっていました。今日は夕方から工房に行く予定でしたが、家内と母の介護施設に出かけ、いろいろ用事をしていたら、工房に行くきっかけを失いました。工房は仕事から帰ってすぐ出かけるのがいいのです。勢いがあるうちに創作活動をやらないと、腰が引けてしまうのです。今晩やろうとした作業は明日へ持越しです。
2017.12.15 Friday
「触れ合う造形」(佃堅輔著 西田書店)を読み始めました。「19世紀末ー20世紀初頭、芸術家たちの『生』」という副題がついています。本書で取り上げられているのはムンク、ロダン、キルヒナー、シャイアー、ブライル、ヤウレンスキー、カンディンスキーという多彩な顔ぶれですが、彫刻家ロダンを除けば、北方ヨーロッパで活躍した芸術家ばかりで、ロダンを含めて私の趣向に合った人たちと言えます。本書は、職場に持ってきているミシェル・アンリによる「見えないものを見る カンディンスキー論」に比べれば、平易で読みやすいため、通勤の友にしようと思っています。私が興味を示す芸術家の活動は、日本の美術系出版物の中では馴染みが薄く、あまり取り上げられない芸術家たちばかりです。こうした書籍は一握りの読者にしか支持されないかもしれませんが、欧州ではナチスの弾圧にも関わらず、多くの美術館に本書で語られている芸術家のコレクションが収まっています。著者によるこんな一文がありました。「本書は、芸術家たちが、その時代の多くの芸術家の作品や、あるいは、彼らとの親密な交友関係から、いかに触発され、自己の芸術の養分とし、自己の世界を実現していったかにスポットを当てようと試みたものです。」芸術家同士の触発が本書のテーマになっているようで、楽しみながら読んでいきたいと思っています。
2017.12.14 Thursday
「オブジェを持った無産者」(赤瀬川原平著 河出書房新社)を読み終えました。著者である故赤瀬川原平は、尾辻克彦という名前で芥川賞を受賞したり、話題となった随筆を出して、文才に長けた造形作家であることは疑う余地はありません。話題となった「老人力」はとてつもなく面白く、出版した年の流行語大賞を取っていました。テレビに主演したご本人の弁は、ウキウキするような楽しさに溢れていました。その赤瀬川原平による最初の出版物が「オブジェを持った無産者」です。ところが既読の書籍にみる平易で楽しかった文章が、初期の頃は超現実的な難解さで、時に暴力的な詩情を感じさせていたので、少々面食らってしまいました。若い頃は既成概念をひっくり返す前衛美術家としての意思が宿っていたのだろうと察します。あとがきにこんな文章がありました。「私が文章を掻きまわすようになったひとつのポイントは、1960年に”ネオ・ダダ”のグループをつくったときの、はじめての解放感である。いったん『絵具』を手離してみると、ヌレ手にアワという感じで、あらゆるものがひっついてきた。そしてそのとき、ことさら廃品によって作品としていた勢いもあるかもしれないが、いわば落ちているものはなんでも拾えるという私の中での群集心理によって、道ばたを闊歩していた。」さらに一冊の書籍がまとめられたのは、「千円札裁判」によるものと著者は述べています。社会的制約と表現の自由、当時の前衛芸術運動がここから展開していきました。私がもう少し早く生まれていれば、なんて思う時代がそこにはありました。
2017.12.13 Wednesday
先日、常連になっている横浜のミニシアターに「ボブという名の猫」という猫を主人公にした映画を観に行きました。我が家にも映画に出演したボブと同じ茶トラのトラ吉が居候しています。トラ吉は野良猫でしたが、今ではすっかり飼い猫の風貌になり、私の足元に纏わりついてきます。そんな縁で「ボブという名の猫」を家内と観に行ったのでした。映画の内容は、薬物依存症だったストリートミュージシャンがホームレス同様の生活を送っていたところに、NGO団体職員によって住居を与えられたことに端を発し、そこに迷い込んだ野良猫によって、彼の生活が劇的に変化していく様子を描いていました。これはイギリスであった実話で、今もモデルになったミュージシャンとボブは健在で、ボブとの生活を書き綴った書籍を携えて日本にもやってきたようです。私は映画の中で物語の中核を成す薬物中毒に関心を持ちました。主人公ジェームスは自堕落な生活が齎した薬物中毒だったのか疑わしい要素があり、繊細過ぎる性格だった上に、父との葛藤があって自暴自棄になったのかなぁと思いました。薬物中毒から立ち直るのが大変厳しい状況も描かれていて、ボブがいたからこそ強く前向きになれたのではないかと思いました。パンフレットにこんな一文がありました。「傷ついたボブと自分を重ね合わせたジェームスにとって、ボブを見捨てるということは自分を見捨てるということであり、父親に見捨てられたという古傷が疼いたのかもしれない。そしてボブを大切にすることで、ジェームスは自分の人生を大切にしはじめる。」(村尾泰郎著)これがこの映画の主張するところだろうと思います。NOTE(ブログ)を書いている私の膝に飛び乗って邪魔をしているトラ吉を見ながら、状況が状況だったらトラ吉も私に生きる活力を与えてくれるのかなぁと淡い期待を持ったところです。