2018.05.26 Saturday
週末になりました。今日は職場関係の仕事が午前中にありました。制作の追い込みで陶彫一辺倒という日にはならなかったのですが、それでも時間を作って、新作最後の窯入れの準備を行いました。陶彫は一気呵成に出来上がるものではなく、時間をかけても仕上がりに近づくものではありません。成形と彫り込み加飾には時間をかけますが、その後の乾燥や仕上げや化粧掛けには「待ち」時間があるのです。その分、完成までの制作工程を予め考えておく必要があります。私は「待ち」時間を利用して美術館や映画館に出かけるのです。たとえ図録撮影日が迫っていても、油絵の具を乾かす時間やら焼成時間は「待ち」時間になり、こればかりは自分ではどうにもならない工程なのです。今日は職場関係の用事が済んでから、窯入れの準備のためにあれこれ細かい作業を行いました。夕方は「待ち」時間がやってきたので、恒例の土曜名画座に出かけました。家内が演奏活動があったので、今晩は私一人で横浜のミニシアターに行きました。観た映画は「馬を放つ」というキルギス共和国が舞台となった物語でした。中央アジアの天山山脈の麓に広がる山岳と草原の国キルギス。遊牧文化を基礎として、民族カラーが色濃く残る国柄で、生活に宗教も反映され、私は広大な風景の中に展開する日常とも非日常ともとれる物語に夢中になりました。私には未知な世界で、キルギスは日本で得られる情報の少ない国のひとつではないでしょうか。少し前に岩波ホールで上映されていた映画で、横浜のミニシアターにもやってくるかなぁと思って待っていたのでした。映画は「馬は人間の翼である」というキルギスの諺を中心に据えた、神話的なユートピアを求め続けた主人公の悲劇を描いていました。詳しい感想は後日改めますが、美しい風景を眺めるだけでも心が潤ったように感じました。
2018.05.25 Friday
私は予てより印章が持つ小宇宙に惹かれています。日本画や書を見る時に必ず印章にも注目しています。画家が創作する印章はとりわけ面白くて、小さな場面に個性が溢れんばかりです。単純だからこそ奥が深いのかもしれません。私も印章を作品証明とともに芸術作品として捉えていて、楽しみながら小宇宙に遊ぼうと思っています。昨年、台湾の故宮博物院を訪ねた時に、作品に押された印章に目が留まりました。その時は印章の歴史を学びたいなぁと考えていましたが、いまだにその勉強をしていません。古くは中国の戦国時代から秦の時代にかけて印章がカタチを成したようで、歴史を紐解くと面白いだろうなぁと思っています。しかしながら私の作る印章は、歴史的蓄積やルール無視のアートそのものです。自分の氏名を分解して、画面全体に線が縦横に走る抽象絵画にしてしまっています。まさに印章は版画です。文字の周囲を彫る陽刻と文字を彫る陰刻、そのどちらも採用していますが、最近は陽刻が増えています。これは自分の好みの問題で、陽刻がすっきり見えて自分の趣向に合っていると思っているからです。今晩から2つの印章を彫り始めました。1年1回のことですが、印床に印材を設え、印刀を振るうのは久しぶりでワクワクします。一晩でひとつずつ彫り上げていけば、来週末の図録撮影には間に合うかなぁと思っています。その時には若いスタッフが数人集まるので、組立てを分かり易くしておく必要があります。そうした便宜性と自分の楽しみを両立させるのが印章なのです。
2018.05.24 Thursday
毎年、印用の石材に自分の氏名を彫っています。今年は2点作る予定です。どうして新しい印章を作り続けているのか、私がずっと取り組んでいる陶彫による集合彫刻にその理由があります。今年は7月の個展で発表する集合彫刻は2点あり、その部品一つひとつに押印した和紙を貼っているのです。陶で作った作品にはサインをせず、印章を付けた和紙で作品の証明をしています。多くの部品を集めて構成する集合彫刻なので、印章付きの和紙には番号を書き入れています。番号を順番に合わせていけば、集合彫刻が組み立てられるようにしてあるのです。集合彫刻は部品をばらして別々の箱に入れて保存します。あらゆる陶彫部品を箱詰めして倉庫に保管していますが、作品が新旧混乱しないようにそれぞれ異なる印章をつけているのです。そのため、新作に貼り付ける印章は毎年新しいものを彫る必要があります。今回は新作の「発掘~根景~」と「発掘~角景~」の2点が新たに作る印章なのです。「陶紋」はシリーズとして、続き番号で制作しているので、印章も同じものを使っています。以前から私は印章のデザインはかなり自由にしていて、印章は小さな抽象絵画としてイメージしています。今までも本格的な篆書を彫ることはありませんでした。縛りは自分の氏名があれば充分で、字を崩すことを楽しみながらやっているのです。そろそろ印章を作らなければならない時期がきました。
2018.05.23 Wednesday
幾度かNOTE(ブログ)に書いていますが、ウィークディの夜に工房に行くことが結構あります。仕事から帰ってから、疲れた身体に鞭打って工房に行きますが、夕食や風呂に入る前に出かけます。夕食等取ってしまうと、気分的に彫刻制作をするのは厳しいなぁと思っています。根拠はありませんが、満腹感は創作活動と反比例するのではないかと思うところです。であるならば、工房は仕事から帰って即出かけるのがベストです。工房は不思議な空間で、私は魔物が棲んでいるのではないかと常々感じています。その魔物は創作活動では歓迎すべき守護神です。工房に行って制作途中の作品を見ると、忽ち疲労感から解放され、意欲が湧きたち、何かに憑かれたように手が動きます。これは工房のどこかに不思議なパワーが隠されていて、自分を作業に集中させるのだと信じています。自宅なら気持ちが緩み、身体中が怠くなり、全てのヤル気が失せてしまうのに、どうして工房はそうならないのか、自分を甘やかすものが何もないためか、こればかりは不思議でなりません。自宅は身体を休めるところ、工房は創作活動をするところだと脳にインプットされているのかもしれません。自宅の食卓で作っているRECORDが苦しいのはそのためかもしれず、でも埃っぽくザックリした空間の工房でRECORDをやるのは、何となく落ち着かないのです。工房は彫刻というアクティヴな表現に向いている空間で、スポーティな魔物が憑く場所なのです。
2018.05.22 Tuesday
今日はウィークディですが、私は仕事帰りに用事を済ませて、夕方工房に立ち寄りました。週末だけでは時間が足りず、先週も小品「陶紋」の彫り込み加飾を毎晩やっていたのでした。「発掘~角景~」のテーブルに施した砂マチエールがそろそろ固まってきたので、油絵の具を沁みこませる作業に移りました。「発掘~根景~」のテーブルも同じように油絵の具を塗りました。油絵の具は毎年不足するため、昨日の仕事帰りに横浜駅にある画材店で大きなチューブを数点購入してきました。溶き油は一斗缶で買ってあります。これは油絵の具で絵を描くというより、塗装作業に近い作業です。油絵の具は最も高級な塗料と言えます。作品となれば発色も気になるところなので、建築用塗料ではなく、油絵の具を贅沢に使っているわけです。基本となる色彩でテーブルを覆った後、別の色彩でドリッピングを行います。これは所謂アクションペインティングです。複雑に絡み合う色彩表現をしたいと考えて、陶の地肌に近づけようとしているのです。テーブル塗装は作品の最終的な効果を左右する重要な作業なので、ドリッピングは下地の色彩と混ざらないように多少時間をおくことにしました。次の週末までに何層もかける油絵の具が乾いてくれると有り難いのですが…。明日また確認したいと思っています。