Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

  • Tag cloud

  • Archives

  • 関西出張③ 松尾大社「曲水の庭」
    作庭家重森三玲は幾たびかNOTE(ブログ)に登場していて、私が関心を寄せる作家の一人です。亡父が造園業をやっていて、そこで育った自分の生育歴と重森三玲の仕事が重なっているのかもしれません。私は自然石の組み方を亡父に教わったことがあり、小さな個人庭園の飛び石を職人さんたちと協力して施工したこともありました。学生時代に自分がバイトでやっていた中途半端な職人紛いの仕事とは違い、重森三玲の庭園はスケールと空間の解釈に圧倒的な迫力があって、古来から伝わる庭園の知識の上に成り立つ現代の庭園のあり方を示しているのではないかと考えています。以前東福寺を訪れた時、あまりにも現代的な石庭が眼前に広がっていて驚いた記憶が今も甦ります。今日は初めて嵐山の松尾大社に行き、重森三玲が作った幾つかの庭園を見る機会を得ました。「上古の庭」「曲水の庭」「蓬莱の庭」そこに即興的に作られた庭を加えると4つの庭園が松尾大社にありました。「蓬莱の庭」は三玲の遺作となり、長男が三玲の遺志を継いで完成させたようです。私が心から楽しんだのは「曲水の庭」でした。奈良時代にあった曲水式庭園を範として作られたようで、うねるような水の流れ、サツキの大きな刈り込みが緑泥方岩と相俟って、人工的な美しさを感じました。高い木々が一切ないことも上部に開放感があって、私の視点に叶っていました。それは場を演出する彫刻群を見ているようで、イサムノグチのストーンサークルに通じる造形感覚を、そこに見取りました。自然石と自然石との間に、見えない糸が張り巡らされていると想像すると、全体の構成が緩急を極めていて、空間美の説得力があると思いました。また来る機会があるでしょうか。庭園内をウロウロ歩きながら、再訪を誓いました。
    関西出張② 「エリオット・アーウィット展」
    京都にある何必館・京都現代美術館で開催していた 「エリオット・アーウィット展」を見てきました。エリオット・アーウィットは1928年パリで生まれた写真家で、戦禍を逃れてアメリカに渡り、フォトジャーナリストとして有名になりました。25歳の若さで写真家集団マグナムの一員となり、高い評価を得たようです。J・F・ケネディ大統領や、キューバの革命家チェ・ゲバラ、女優マリリン・モンローなど、20世紀を代表する著名人を多く撮影していました。でも私が関心を持ったのは、何気ない日常の瞬間です。子供たちや散歩する犬に向けられたカメラにドキッとするような場面がありました。銃弾が当たった車のガラス窓の向こうに少年の顔があり、蜘蛛の巣状に罅割れたガラス越しに少年の右目が隠れていたり、荷台にバゲットを2本積んだ自転車に乗った父と子が同じベレー帽を被っていたり、社会的な揶揄とユーモアに溢れたエリオット・アーウィットの世界観は、祇園界隈の雑踏を暫し忘れさせてくれました。写真は時にモノクロの方が主張がはっきりと感じられるのではないかと思うことがあります。モノクロでも充分色彩を感じさせるものが写真にはあります。寧ろ余計な説明がない分、力強く訴えてくるのです。写真は一瞬を捉えていく技巧で、刹那な時間を永遠に閉じ込めてしまう表現です。誰にも出来るようでいて、誰にも出来ない表現でもあります。美しさを追求したものもあれば、社会的告発を主題にしたものまで多様です。エリオット・アーウィットの世界観は単なる記録とは違い、人間や動物が一瞬見せる表情を捉えて逃がしません。そこに面白さを感じるのが写真展の醍醐味です。
    関西出張① 仕事の狭間を使って…
    私たちの職種は1年間に1回は宿泊を伴う出張があります。横浜市に100以上ある職場の内、京都府や奈良県に行くケースが多く、私の職場では今日から大阪、京都、奈良を回る2泊3日の出張がありました。私は全体の責任職として同行しましたが、仕事の実務は職員が行っているため、私には多少の時間的余裕が出来ます。その時間を利用して、例年社寺を回ったり、美術館に立ち寄ったりしています。今回の関西出張では、京都の松尾大社、東寺、それと何必館に行こうと思っていました。松尾大社は作庭家重森三玲の庭園があり、まだ実際の庭園を見たことがなかったので、機会があったら幸いと考えていました。東福寺にある重森三玲の庭園は幾度となく訪れていて、その度に石が点在する空間に刺激を受けていました。彫刻は場を創出する芸術なので、庭園に近い存在であろうと思っています。禅寺の古い庭園も学ぶべき空間がありますが、現代に通じる重森三玲の庭園は自分にとって身近です。東寺は立体曼荼羅というべき仏像が林立する空間があり、ここにも魅力を感じています。密教や曼荼羅に私は疎いので、これから勉強したい分野なのです。何必館は現代美術を扱う美術館で、祇園の近くにあります。北大路魯山人のコレクションで知られる美術館で、その5階に小さな室内庭園があり、私は過去度々訪れて、ここを眺めては心を潤してきました。仕事での緊急対応がなければ、京都の祇園界隈は散策にはとても良い場所だと思っています。因みに店舗と喫茶を併設している鍵善良房は私のお気に入りの和菓子店で、喫茶ではくずきりを注文します。そんな関西出張を楽しみたいと思っています。
    映画「馬を放つ」雑感
    恐縮ながら私はキルギス共和国がどこにあるのかさえ知りませんでした。映画「馬を放つ」に出てきたキルギスの風景は自然が美しく、連なる山々や広大な草原を見ているだけで心が癒されました。登場した人々の雰囲気は、20代の頃旅したトルコの内陸で遭遇した村人たちに似ていて、宗教が心の支えになっていると感じました。物語は”ケンタウロス”と呼ばれている寡黙な男と言葉が話せない妻と5歳の息子の慎ましい生活を中心に進んでいきます。「かつて、向かうところ敵なしだったキルギスの騎馬戦士。強さの秘密は戦士を乗せた馬。馬に翼を与えたのは馬の守護神、カムバルアタだ。」という台詞を父は息子に伝えています。この通称ケンタウロスは、馬を疾駆させたいという制御不能な衝動があり、馬主の高価な競走馬を夜な夜な厩舎から逃がしていました。馬泥棒に間違えられた別の男の策略で、ケンタウロスは捕まり、罪を問われますが、ここでケンタウロスは夢に出てきた馬に関わる民族伝承を語ります。神話的な妄想は現実社会では受け入れられるはずもなく、村人から厩舎での労働とメッカ巡礼を義務付けられ、ケンタウロスは釈放されますが、妻と息子は家を去ってしまっていました。世界がグローバル化しているのはキルギスも例外ではなく、市場経済が優先される中で、民族のルーツを探る純粋な主人公がとる奇怪に見える突飛な行動が、この映画の主張したかった主旨ではないかと思います。市民社会の中でアウトロー化してしまう主人公。ギリシャ神話の中で人頭馬身であったケンタウロスという異名をもらい、疾走する馬に跨って、恍惚とした表情を浮かべる主人公を通して、私たちが忘れてしまった自己のルーツ。それを私の場合は創作活動を通して探しているのではないかと思った次第です。
    週末 印を貼りながら陶彫部品点検
    図録用の作品撮影日が来週の日曜日に迫りました。現在窯に入っている作品の焼成が終われば、全て作品が出揃います。今日は「発掘~角景~」のテーブルに施した砂マチエールに滲み込ませた油絵の具の乾き具合や、「発掘~根景~」のテーブルから吊り下がる陶彫部品や床置きになる陶彫部品のチェックを行いました。先日彫った印章を和紙に押し、番号をつけました。陶彫部品一つひとつに印を貼り、修整が出来ているか確認しました。「発掘~根景~」はかなり大きなサイズになることを実感しました。この組み立てに結構苦労するのではないかと思います。来週は数人のスタッフに声をかけていますが、全員が来てくれることを期待しています。組み立てには最低6人は必要だからです。長梯子がもうひとつ必要かもしれません。購入に行く時間があるでしょうか。来週は2泊3日で関西方面に出張があって、公務も創作に劣らぬ大変な仕事が待っているのです。既に感極まっている状態ですが、次の土曜日に行う作業を書き出してみました。制作工程上は何とかなる計画ですが、こればかりは不測の事態もあり得るので、もう一度計画を練り直してみようと思います。今日は朝8時から夕方5時過ぎまで休憩を取らずに頑張っていましたが、安心は出来ず、頭の中ではいろいろな想定を考えています。時間が足りないのは承知の上で、来週の関西出張が仕事とは別の意味で心を穏やかにしてくれるではないかと思ったりしています。創作の魔物に憑かれていると、日を追うごとに自分を追い込んでしまって心身が駄目になるのではないかと懸念するからです。関西出張も責任職として同行するので、心は決して休まらないのですが、現在の制作から少々距離をおくので、あるいはホッとする瞬間もあるだろうと期待しています。今日の夕方になって覚醒からふと潮目が変わり、疲労に襲われました。我に返って自宅のソファに倒れこんでしまいました。家内が演奏活動の帰りに買ってきた横浜名物しゅうまい弁当が美味しく感じられました。頭に血が上っている時は空腹感もないままなので、やっと創作の魔物から解放されたのだと思いました。