2015.12.10 Thursday
私がまだ幼かった頃、父に連れられて現在の橫浜市中区の伊勢佐木町や黄金町に行った記憶があります。1960年初めの頃は、戦後の闇市の名残があって、傷痍軍人が筵の上で御国のためにしてきたことを訴え、日銭を得ている情景があちらこちらで見受けられました。娼婦もいたかもしれず、漠然とした街の怖ろしさが子どもの目にも焼きつきました。一方、伊勢佐木町には百貨店や洋菓子の不二屋があって、キラキラした街の光に私の心も高まりました。私が生まれた旭区(当時は保土ヶ谷区)は田畑が広がる農村地帯で、時折出かけた中区はまさに都会だったのでした。現在の黄金町は、アートによる街作りが進んでますが、私は記憶のどこかに昔の街の佇まいを留めていて、日雇いの酔っ払いが路上で寝ていたり、出稼ぎで来日している外国人女性の姿がありました。実は横浜市の公務員になったばかりの頃に、中区から南区に続く大岡川界隈にある職場に勤めていました。30年前の当時も幼い頃遭遇した街の景色と大きな違いはありませんでした。街が明らかに変わってきたのは、ここ最近のことです。若葉町にあるシネマジャック&ベティは1952年に出来た横浜東映名画座が前身ですが、上映される映画に興味があって、よく夕方に出かけます。現在シネマの待合室で写真展が開催されています。八木澤高明写真展「黄金町 過去・現在 写真因果経」というもので、外国人娼婦を追ったドキュメンタリーです。写真家八木澤高明氏には「黄金町マリア」という著作があります。近々読んでみようと思っています。街の風紀が変わり、浄化されることを横浜市民として歓迎しますが、その一方で人間臭さが失われることもあります。かつての記憶を何かのカタチで留めておきたいものです。
2015.12.09 Wednesday
そろそろ新作に題名をつけなければ不便を感じるようになりました。作品にとって題名とは何か、各作家によって見解はさまざまですが、自分はイメージした原点に戻り、可能な限り簡潔なコトバを選んでいます。時には造語にして作品のイメージが伝えられるようにしています。自分が関心のある作家の題名を考えると、哲学的思索の表明や過去在住した西欧への望郷、宗教の寓話から得たエピソード等があって、作品と作者の関係性が見えてきます。例えば若林奮先生。自分と対象物の間にある関係を「振動尺」という独自の計測器で捉えて作品化しています。空間に対する一種の哲学です。次に保田春彦先生。「階段のある広場」は、保田先生が昔住んだイタリアの古い都市を抽象化したもので、これは西欧の都市構造に対する彫刻的解釈と言えます。かつての時間を取り戻すような望郷の念も感じさせます。最後に池田宗弘先生。「ドンキホーテ」は、スペインの寓話を一部切り取って、人物や馬を巧みに組み合わせ、軽妙洒脱な風刺画のような彫刻を作っています。池田先生にはキリスト教徒が巡礼路を歩く旅人のシリーズがあって、文学性と宗教性に裏打ちされた世界観が題名に表されている作品が少なくありません。そんな題名にどんな関わりを持たせるのかは、作家本人の考え方が反映しています。題名をナンバーのみにして、敢えてコトバを持ち込まない作家がいます。その逆もあって題名に作品の真意を語らせる作家もいます。謎めいた題名は何を意味するのか、そんなことをあれこれ考えるのも愉快です。しかしながら私は自作の題名には、やはり何の思索的意図をせずに簡潔さを求めていくことにしたいと考えます。近いうちに題名をつけていかなければならないと思っています。
2015.12.08 Tuesday
職場では、この時期に何をしているのか記録をとっているので、仕事に関しては申し分ありませんが、プライベートなことになるとうっかりしていることが多く、このNOTE(ブログ)が日記の役割をしていると考えています。NOTE(ブログ)を読んでいただいている人にとっては退屈な話題ですが、年末の雑務を記録しておこうと思います。毎年やっていることは母の介護関係の支払いと陶土の支払いです。陶土では毎年こんなに費用がかかったっけ?と思うほどで、家計を圧迫していると感じています。彫刻の材料代はバカになりません。加えて年賀状の印刷代があります。RECORDを1点持っていって郵便局に印刷をお願いしてきます。先月のRECORDのテーマ「獣」のうち、来年の干支である猿を描いた作品を選びました。今年は工房のロフト工事をやったので、その費用もあります。これは貯蓄の中から捻出しますが、見積もりよりほんの少し高い請求がきています。あまり高いと契約と違うと言いたくなるところを、いい具合に高くしてあって、なかなかやる業者だなぁと思っています。私や家内が時間を見つけて銀行や郵便局に行きます。これで何とか年を越せるのかなぁと思いながら、最後に師匠宅や親戚宅にお歳暮を贈らねばならないと思っているところです。デパートで贈り物をするついでに、展覧会や映画にも行こうかと家内と相談しています。つまらないことをあれこれ書きましたが、来年このNOTE(ブログ)を見て、この時期の雑務がわかるので私には有効な記録なのです。
2015.12.07 Monday
今年になって最初は左肩、次いで右肩に痛みを感じ、整形外科医院に行ったところ、典型的な五十肩と診断されました。少し前まで腕を捻ることや肩から上にあげることも痛くて容易にできませんでした。今でも湿布薬を肩に貼っています。陶彫制作で必要な成形や彫り込み加飾は問題ないものの、土練りをする時は辛く感じています。これは五十肩のせいで休んでいるスポーツの影響で、明らかに筋肉が落ちているのではないかと疑っているのです。先日搬入された陶土600㎏ですが、20㎏ずつビニールで梱包されています。業者と一緒に陶土をガレージから工房内に運ぶ時に、おや?と気づきました。20㎏がとても重く感じたのです。その後に続く土練りでも腕に力が入らなくて、菊練りも小分けにして行いました。私は一度に40㎏の陶土を土練機で数種混ぜ合わせ、その後に菊練りをしてビニールに包んでおくのです。この日はいつもと違って妙に疲れました。筋肉の衰えなのか?と自分に問いかけて、いや、それはないだろうと首を横に振りました。それでも一刻も早く五十肩が直ったら、スポーツ施設に通って筋肉トレーニングや水泳を始めなくてはならないと自分に言い聞かせているところです。
2015.12.06 Sunday
シュトレンとはクリスマス時期に売られるドイツの伝統的な菓子パンのことです。1980年から5年間オーストリアで暮らした自分は、何かの機会でシュトレンの存在を知り、大好物になりました。ちょうどその頃、洋菓子作りの修行にきていた日本人と知り合いました。彼は帰国後、郷里である神奈川県川崎市中野島で洋菓子店を始めました。彼の店「マリアツェル」は地元で有名になり、シュトレンを売り出すようになりました。自分は最近日本でも手に入るようになったシュトレンを食べ比べていましたが、ついに「マリアツェル」のシュトレンが一番美味しいのではないかという結論に達し、今年も「マリアツェル」にシュトレンを買いに行きました。パテシェの友人は自作のシュトレンをドイツのドレスデンに持って行ったそうですが、ビールの純粋令と同じく商品登録をされているドレスナーシュトレンにも材料の分量指定があって、日本のそれは認めてもらえなかったと言っていました。でも、昔ドイツで食べたパサついたシュトレンよりも、彼のシュトレンの方が断然美味しいのは確かです。ドライフルーツやナッツ、マジパンがどっさり入っていて、日を追うごとに果実とパン生地が融合されて美味しくなるのです。シュトレンとは坑道とか地下道の意味ですが、幼子イエスを包むおくるみのようなカタチをしているとも言われていて、白い砂糖で覆われた楕円形をしています。薄く切って紅茶と食べると幸せな気分になります。今日は朝から工房にいて、球体陶彫の成形を3点終わらせました。夕方、「マリアツェル」に行こうと家内と約束をしていたので、制作に気合が入りました。買ってきたシュトレンは、親しい人に御裾分けをして、残りは自宅で楽しみます。