2015.12.19 Saturday
やっと週末になりましたが、やはり土曜日はウィークディの疲れがあって、創作活動に今ひとつ意欲が湧かないのです。今日の午前中は、定年退職が近い職員を集めた年金や保険に関するセミナーがありました。私もそれに参加してきました。そろそろ定年退職後のことを考えなくてはならないなぁと思いましたが、何か生きがいを探しましょうと講師に言われて、私には公務員になる前から取り組んでいる創作活動があるため、それは問題ないと思いました。ただ、自分を追い詰めてクオリティを高めてきた自己表現は、私にとって逆に命を削りかねない精神労働になるため、自分をコントロールできる何かを探さねばならないと思っています。職場の全責任を担う管理職は、さまざまな内部組織があるため、そのつどの判断は私が最終的に行うにしても、綿密な打ち合わせを経るので自分を追い詰めることはありません。そういう切り口で言えば、創作活動の方が内向きな精神性を問われるので、孤高として厳しい場面があるかもしれません。実際、今日も昼ごろ工房に出かけても、なかなか制作に身が入らず、彫り込み加飾を途中で放棄してしまいました。明日こそ気合を入れて取り組もうと思っています。夕方になって、家内と横浜の中心地にあるミニシアターに出かけました。シネマジャック&ベティは私たちの通い慣れた映画館です。今日はレイトショーで夜8時半くらいに映画が始まりました。ドイツ映画「ヒトラー暗殺 13分の誤算」という史実を基にした内容の映画を観てきました。この映画はナチスが台頭する時代に、たった一人でナチスに立ち向かった家具職人の生きざまを描いていました。起爆装置をひとりで作り、盗んだ爆薬を仕掛け、ヒトラーの演説会場を爆破させましたが、ヒトラーが13分早く演説を切り上げたため、計画が失敗に終わってしまったのでした。これはフィクションではなく、歴史の陰に隠れた事実を映画化したようです。家内は微妙な感想を洩らしていましたが、自分は面白いと感じました。詳しい感想は後日改めます。今日の制作は満足いくものではありませんでしたが、一日としてみれば充実した一日を過ごせました。明日は制作を頑張ります。
2015.12.18 Friday
私のホームページに2014年のRECORD10月分~12月分をアップしました。この1年間の毎月のテーマはひとつの語彙ではなく文章の形式をとっていました。これがなかなか困難な制作状況を作り出し、イメージを広げるにもコトバを紡ぎだすにもテーマに縛られることが多かったと述懐しています。高校生の頃、詩作に憧れた自分がこの年齢になって詩的冒険をして、慣れない創作に苦しんだ結果でしたが、造形作品の方はある程度の深まりを示しているような気がしています。一日1点ずつ制作していく課題は、スケールの大小はあっても苦し紛れな状況は拭えず、このアップした3ヶ月も制作時の印象は鮮明です。10月は「縺れ絡まり滞る魂魄」というテーマでした。死者の魂が彷徨う発想は、ドイツの思想家シュタイナーから得たものです。人間の死後、生きた記憶を留めるものがあの世に存在するとした論理が、一時私を捉えていたのでした。真意はともかく創作活動の契機になりうると思っていました。11月は「覗き穴から凝視する宇宙」というテーマで制作しました。覗きカラクリが発想にあって、覗く行為を象徴化できないものかと考えていました。何か秘め事のような卑猥な世界と結びつくかもしれないと思っていましたが、造形作品にはそうしたエロスはついぞ登場しませんでした。12月は「甲冑が浮遊する場所」というテーマで制作しました。古い鎧兜を見て発想したものですが、写実表現はやめて、自分を覆っていたものが壊れて空中を浮遊するようなイメージにしました。今回ちょうど1年前のRECORDをホームページにアップしましたが、現在でもRECORDは継続しています。11月1日にカメラマンが来て、2015年10月31日までのRECORDを撮影しております。また近いうちに2015年のアップを行います。私のホームページを見ていただけるなら、このNOTEの左上にある本サイトをクリックすると入れます。それからRECORDを選んでクリックすれば、今回アップした10月分~12月分のRECORD画像が出てきます。ご高覧いただけると幸いです。
2015.12.17 Thursday
先日、東京の世田谷美術館で開催中の「フリオ・ゴンザレス展」に行ってきました。スペインの彫刻家フリオ・ゴンザレスは、自分の中では未知の作家でした。飄々とした鉄の構成的な彫刻をポスターで見て、これを実際に見てみたいと思ったのでした。図録の年譜を見ると、ゴンザレスは1876年バルセロナに生まれて1942年にアルクイユで没しています。享年65歳。19世紀末から20世紀初頭に生きた彫刻家だったわけです。同郷故かピカソとの交友関係が頻繁で、ゴンザレスの芸術家としての刺激剤は、どうやらピカソだったと言っても過言ではありません。金工職人の家系だったため、金属の装飾を作って生活をしていたらしく、職人としての技量で多くの芸術家の技術的サポートをしていたようです。現代彫刻の父ブランクーシのブロンズ作品の研磨を手伝っていたことも図録にありました。ゴンザレスは最初画家を目指し、50代半ばに差し掛かったところで彫刻家になりました。鉄を素材に取り入れた彫刻は、新しい時代の幕開けとなり、その後に続く現代彫刻家に影響を与えています。ゴンザレスが残した連作の中で、とりわけ私は鉄の構成的な彫刻が気に入っています。鉄の棒を構成した「立つ人(大)」や鉄板を構成して空間を捉えた「アルルカン/ピエロ、あるいはコロンビーヌ」や「トランペット」やモニュメンタルな「ダフネ」が印象に残りました。鉄は重さがあると同時に、軽やかさが表現できる素材として、自分の憧れの素材のひとつです。錆が美しいと感じているところがあって、腐蝕され、やがて無くなっていく過程も自分の好きな要素です。そんな鉄に初めて着目して創作を展開したフリオ・ゴンザレスという彫刻家の足跡は、極めて大きかったと認識しました。
2015.12.16 Wednesday
毎日ほとんど決まった時間に就寝できるのは、仕事の関係からしても自分は幸福な一人と言えそうです。さまざまな悩みを抱える職場なら、立場上眠れない日々もあるよと先輩管理職から言われたことがあるからです。時折自分も課題に向き合ったり、人事面での困難を感じるときは眠れない夜もありますが、現在の職場は市全体からすれば緊張による負担が少ない職場ではないかと思っています。自分は職場から自宅に戻ると、RECORD制作とNOTE(ブログ)の書き込みがあって、これは職場環境とは別世界なので、気分的には解放されます。睡魔に襲われるのは日付けが変わらないうちで、RECORDやNOTE(ブログ)が終わると、忽ち眠くなってきます。自然に逆らわず、そのまま就寝になり、翌朝6時までは充分睡眠がとれる幸福を味わいます。寝付きがよいのが自分の自慢で、どこでも眠れます。若い頃に東欧諸国、とりわけルーマニアを邦人紀行作家と旅をして、牧童を追いかけて山野を歩く生活をしたことがあります。木立の中に野宿した時でも、自分はよく眠れました。知人の紀行作家が羨望を込めて、「眠り王」と私をからかいましたが、どこでも睡眠がとれる特技は、神経を使う現職になっても大変有効です。睡眠中の私は夢を見ているのかもしれませんが、明け方に忘れています。フロイトの「夢解釈」に親しんでいるので、自分の夢を分析したいと思っているところですが、なかなか夢の残像を描けません。そこだけが残念ですが、充分な睡眠による健康管理はできているのではないかと自負しています。
2015.12.15 Tuesday
現在読んでいる「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)をちょっと休んで、「黄金町マリア」(八木澤高明著 亜紀書房)を読み始めました。本書の副題に「橫浜黄金町 路上の娼婦たち」とあります。街の浄化に伴い、警察の摘発によって現在では娼婦の面影はありません。アートによるモダンな街作りが行われていて、黄金町は生まれ変わろうとしています。私はアートを支持する者として、そうした動きを歓迎する一人ですが、幼い頃に訪れた時に、たまたま遭遇した闇の雑踏にも一抹の郷愁を感じることもあります。風俗の中で自分が育っていれば話は別ですが、そうでないとしたら風俗を被写体にするのは勇気の要ることではないかと察します。外国人娼婦に正面切ってカメラを向けることは、余程親しい間柄になっていないと難しいと思うからです。ドキュメンタリーを専門にするカメラマンは、たとえば戦場の真っ直中であったり、社会問題への提起であったり、人が顔を背けてしまいがちな場面に出かけていって、カメラに収める行動をしています。歴史を正視するリアルな記録は、私たちの胸を打ちます。こうした風俗の記録も同じだと思っています。本書には数々の写真とともに撮影のエピソードが多くの頁を割いて書かれています。ひとつの街とそこで暮らす人に関わりを持ち、さまざまな生きざまを受け入れてきた周囲の雰囲気、清濁併せ持つ一見無秩序な状況の中に、人の逞しさが垣間見えます。今は昔、消えていった街の闇の部分、貧困の中で喘いでいた人たち、これも街の歴史のひとつであろうと思う次第です。