2016.01.08 Friday
2016年になって初めての夜間制作が始まりました。暖冬とはいえ、夜になるとまだまだ冷え込む季節ですが、懐中電灯を照らして工房へ行く生活が戻ってきました。二束の草鞋生活だなぁと実感するひと時です。夜間制作は定期的にやってはいません。夜はRECORD制作があるし、NOTE(ブログ)の書き込みもあります。昼間の仕事は決して楽ではなく、職場全体に亘って責任が伴うので、神経を使うことが暫しあります。そんな中での夜間制作は、必要に迫られなければやれないというのが本音です。昨年は円筒形の陶彫小品40個を夜間に作りました。今年はどんな夜間制作になるのか、これから考えていきたいと思っています。今晩は大きめの陶彫成形を行いましたが、途中まで作ってあったものを、乾燥が進まないうちに仕上げておきたかったのでした。集合彫刻として陶彫部品を作っていくのは、制作段階があって一気呵成にはできません。その一段階を夜間制作で補うのもいいかもしれません。夜の工房は独特な雰囲気に包まれています。蛍光灯で照らし出された土塊を生き物のように感じる時があります。集中力が増す夜もあります。週末の昼間とはまるで違う世界です。ただし、自分は翌日のことを考えて早めに切り上げてしまうのです。昼間の仕事に影響しないように夜間制作を行うのもテクニックのひとつです。少しずつ確実に制作工程を進めていくことが大きな成果を生む手段なのです。昨晩は息切れするほど必死にやれたけど、今晩は疲れて何もやれないというのでは、陶彫による集合彫刻は完成できません。気分のムラを作らないように、せいぜい1時間か2時間程度がちょうど良いと思っています。しかも不定期でも仕方ない、安定した意志があれば再開できると信じています。ともかく昼間の仕事とのバランスをとりながら夜間制作を進めていこうと思います。
2016.01.07 Thursday
2016年のRECORDのテーマを「うまれる」にしました。年の初めということがあり、ここから造形を始めていく気構えとして、誕生というニュアンスが相応しいと思ったのが、テーマ設定の理由です。RECORDは昨日のNOTE(ブログ)にも書きましたが、2007年から作り続けていて、今年は10年目に入ろうとしています。日々作っている中には、余裕がある日や厳しい日もあって、どうしても一定した意思では取り組めない状況があります。さらに新しい表現を獲得したい意向があっても、なかなか出来ず、結局従来の方法で作ってしまいます。集中力をもって緊張感のある作品ができることがあれば、緩慢に流れてしまう作品もあります。そんな中で自分の癖や殻もできているなぁと感じることもあります。下書きの段階で、描いては消し、消しては描く行為を繰り返すと、似た構成やモティーフになる傾向があります。自分の中で無意識の取捨選択があってRECORD全体の構成やモティーフを仕上げていくので、自ら手枷足枷という縛りをつけなくても、同じような作品が出来上がってしまうのです。ここをどうしていくのか、表現の幅を広げたとしても、それは多少の変化であって、私という個人から離れることはないのかもしれません。いずれにせよ、これからもRECORDを継続していく意思は変わるものではありません。
2016.01.06 Wednesday
一日1点ずつポストカード大の平面作品を作り続けてきたRECORD。文字通り日々を記録(RECORD)する表現として、2007年からやっています。地道に継続してきた労働の蓄積を、ホームページにアップしていて、過去の作品を月毎に見られるようにしています。RECORDは月毎にテーマを決めていますが、そのテーマはさらに年間を通して統一してあって、毎年テーマの選び方に違いをもたせています。テーマはホームページにアップしたRECORDに添えたコトバのタイトルでわかるようにしてあります。RECORDではテーマはあってもコトバに縛られることはありません。コトバは後追いで考えているためです。コトバはRECORDの説明になるのを避けて詩として存在しうるような試みをしています。さて、今年のRECORDのテーマとして、どんな表記にしようか元旦から考えていて、既に5日分は出来てしまっていますが、ひらがな表記でいこうと決めています。ひらがなだけでテーマを設定したことは2011年にやっていますが、漢字と意味合いが同じになっても、何かイメージが異なってくるように感じています。視覚伝達としてのひらがなは、柔らかく心にすっきり入ってきて、私の大好きな表記のひとつです。以前にひらがなだけで綴った詩も試みています。今年一年間の日々の記録をひらがなのテーマで造形していきます。
2016.01.05 Tuesday
昨夜のレイトショーで「スターウォーズ フォースの覚醒」を観てきました。自分が大学生の頃に観た第一作からすれば、30数年が経過している新作は感慨一入でした。当時出演していた俳優が年を取るのは当然で、自分も定年近い年齢になっているのです。それでも「スターウォーズ 」を観たくなるのは何故でしょうか。宇宙を舞台にした一大叙事詩の故か、銀河帝国を跨ぐ親子関係の故か、人それぞれに受け取る人気の要因があるのでしょうが、自分の関心は「スターウォーズ 」のデザイン性に尽きています。砂漠の星には宇宙母艦の残骸が捨てられていて、その風景の美しさに惹かれ、また森林や湖に恵まれた星には、瑞々しい潤いの風景が描かれています。まさに人々の美意識を擽る要素がそこにあると思っています。異形の生物は面白さに溢れています。生命共存の美学もある程度は盛り込まれています。自分たちの身近にこんなお伽話的世界があればいいのにと思うのは私だけではないでしょう。逆に暗黒の軍団(ファースト・オーダー)に対峙する革命軍(レジスタンス)の戦いを描いた内容は、極めてシンプルなものですが、力には力で対抗する戦争の原理に裏打ちされたハリウッド流戦争描写には、以前から私は嫌悪感を持っています。娯楽として面白さを追求するには、人が持つ闘争本能を刺激するのが効果的なのかもしれません。でもそれは些か短絡的な手段かなぁとも思います。素晴らしいデザイン性に統括されたゲーム感覚の戦争映画、それが「スターウォーズ フォースの覚醒」と言えます。そこに肉体的痛みはありません。あるのはちょっとした精神的な苦脳と、ほとんどの時間を割く目まぐるしいアクションです。特撮を駆使した迫力ある場面には、思わず惹き込まれてしまい、日常を忘れられるのです。そういう意味で娯楽大作として「スターウォーズ フォースの覚醒」を観るのがいいのではないかと思っています。
2016.01.04 Monday
今日から仕事始めで、久しぶりに職場に顔を出しました。職場では数人の職員が来ていて、本格的な仕事は始まっていない状況でした。それでも職場の雰囲気に触れて私は安心しました。仕事を休んでいても常に職場が気になっているのは、管理職にとって仕方ないことだと私は割り切っています。おまけに休庁期間は創作活動をしていたため、完全な休止状態にはなっていないのです。職場にいる時の精神状態と、創作活動をしている時の精神状態は、まるで違っていて、完全な休止がなくても双方がストレスを相殺しているような按配で、自分にはバランスがとれていると感じています。今日は仕事始めのため、職場の確認だけで勤務を早めに切り上げました。午後の年休を有効に使いたいと思い、まず工房に出かけて大きなタタラを6枚準備しました。夜になって家内を誘って映画に出かけました。いつもミニシアターで観ているような表現意識の高いものではなく、今回は娯楽に徹した映画を選びました。「スターウォーズ フォースの覚醒」は前から観たいと思っていた映画でした。ハリウッド流戦争映画として多少の嫌悪はありましたが、全体に亘るデザインポリシーと特撮技術を味わってみたいと思っていました。思惑通り、砂漠の星に廃材となって半分埋もれている人工物の美しさに浸りました。それより1977年に初めて封切られた「スターウォーズ」を、私は学生の頃に観ています。家内も当時の友人と観ていて、今回の「スターウォーズ フォースの覚醒」は同窓会のような懐かしさに溢れ、「スターウォーズ」のシリーズが封切られるたびに、その時代に生きた自分に戻ってしまう不思議な思いに駆られました。特撮技術がどんなに進んでいても普遍的なものがそこにあるのでしょうか。30数年もシリーズ化されていれば、誰でもそんな感慨に耽ることがあるのかもしれません。映画のストーリーは極めて単純ですが、別の意味でこの娯楽映画は印象的でした。詳しい感想は次の機会にしたいと思います。