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  • 積雪の朝 工房に立ち寄る
    今日は今季初めての雪が降りました。積雪の多い北国からすれば、別にたいしたことのない状況だと思いますが、首都圏は交通の乱れがあって大変な事態になっていました。私も通常通り自宅を出ましたが、ここは橫浜と言えど雑木林や丘が多いところなので、積雪で道が覆われていました。出勤前に植木畑にある工房に立ち寄ろうと考えていて、雪を踏みしめ、足跡を残しながら工房へ向かいました。工房では昨日窯入れをしていて、窯内の温度を毎朝確認しています。電力の関係で窯が作動している時は、全ての電源を落としてあります。早朝の工房は真っ暗で、その中で窯の温度表示だけがキラリと光っているのです。確認出来るとちょっと嬉しくなり、出勤に弾みがつきます。焼きものをやっている人間の性で、窯が頑張っていると自分も頑張らねばと思うのです。積雪の影響で案の定バスや電車の遅れがあって、職場に着いたのは勤務時間を少しばかり過ぎていました。余裕を見て自宅を出たのに、こればかりは何ともなりません。それより明日の朝、道が凍結しているのではないか心配でなりません。何年か前に坂道で滑って背中を強打した辛い経験があるのです。明日は遠回りをして階段のある道を選んで行こうと思っています。
    週末 日曜日は+α
    2日間の週末のうち土曜日はウィークディの疲労が残って、なかなか思い通りに作業が進まない現状があります。このところ計画の変更を余儀なくさせられていますが、その分日曜日は良く身体が動いて作業が進みます。土曜日の遅れを取り戻すことも可能です。日曜日は+α(プラス アルファ)というわけです。新作の締め切りがまだ切羽詰ったところまでいっていないので、今月の週末の2日間はこれで可としていますが、来月くらいから制作工程は次第に厳しくなってきます。二束の草鞋生活を30年近く送っていることと、一年1回の個展が10年も続いているので、制作工程が厳しさを増すのがいつごろか概ね見当がついています。+αとか言って自分で帳尻を合わせている場合ではなくなるのです。週末の2日間とも+αでやらないと間に合わなくなります。最近明らかになってきたことは集中力の持続時間が短くなってきたことです。ちょっと前までは余力を残して夕方の作業を切り上げていましたが、今は夕方まで作業をするのが精一杯です。土曜日は夕方まで作業できません。午前中は相変わらず頑張っていますが、終了時間が危うい状況になっています。加齢のせいとは思いたくありませんが、二束の草鞋生活にも限界があるなぁと思うようになりました。年齢的に遅い就職で漸く公務員になれた者が、定年前には責任ある管理職になり、自由気儘に彫刻を作っていた者が、東京銀座で毎年企画展をやっている彫刻家になった現在の環境を、自分は予想していなかったというのが正直なところです。それでも人生の目標は未だ到達できていないのですが、願いは叶うということを実感している今こそ双方の仕事に邁進していきたいと感じているのです。身体に鞭打つタイミングを計りながら、創作のさらなる上のステージにいきたいと思っているところです。
    週末 土曜日は緩やかに…
    今週は出張の多い1週間でした。やはり土曜日はウィークディの疲れが出ているようで、身体が思うように動きません。朝から工房に篭りましたが、緩やかな制作になっています。今日はここまでやろうとした計画を見直しながら、明日に期待をかけています。集中力も今ひとつで、陶彫成形をやりながら、いろいろなことが頭に浮かびます。陶彫部品を組み合わせる集合彫刻は、同じ単体はありません。カタチを僅かに変えることで複雑な表層を求めていますが、焼成を同じ時間と温度にして全体が統一できるようにしてあります。つまり、制作工程にはシステマティックにするところと創作を加えるところがあって、作業の退屈さを避けられるようにしてあるのです。多少集中力を欠いても制作を進められる職人的な工程があるおかげで、最近疲労が気になる土曜日には創作への圧迫感のない作業をしているという現状があります。制作中に脳裏を掠めるのは、今日のような疲れが出ている時、大抵過去への振り返りが多いと感じています。過去から現在に至るまで彫刻を作り続けていくことに、たとえ過去を振り返っても不満はありません。ただし、彫刻家としての在り方に自分なりの理想があって、現行の制作は理想とは程遠いものなのです。自分にはやり残していることが多いと感じていて、たとえば学生時代の4年間に何故いろいろな表現や技法に手を出そうとしなかったのか、無駄にした時間が多すぎたのではないか、現在は公務員との二束の草鞋生活の中で、懸命に個展の準備に取り掛かっているのに、過去の自分の怠慢を嘆いているわけです。過去多くの時間を無駄に過ごしたおかげで、現在の表現があるとも考えていますが、制作の休憩時間にふと眠ってしまうと、その隙間に現れる夢遊感覚の中では覚醒時の理屈は通りません。フロイトの「夢解釈」で言われていることは本当だと妙に納得してしまう自分がいます。工房に出入りしている若いアーティストたちは制作を重ね、発表の機会も多く、物思いに耽ったり、立ち止まることをしません。羨ましい限りですが、息切れしないよう祈るばかりです。そんなことを思いつつ、土曜日の緩やかな制作工程が過ぎていきました。明日は頑張ります。
    映画「消えた声が、その名を呼ぶ」について
    橫浜のミニシアターにはレイトショーがあって、勤務時間終了後に間に合う時間設定がされています。ウィークディでも仕事が終わってから、映画を観て非日常空間に浸ることが出来るのです。先日夜にシネマジャック&ベティに表題の映画を観に行きました。家内が同伴してくれて、上映後に感想を話し合いました。内容からして社会問題を満載した背景が伺えますが、家内は国を跨ぐロケーションの美しさに興味を示していました。映画は時を遡ること100年前のオスマン・トルコ内で起きたアルメニア人の集団虐殺(ジェノサイト)に物語の端を発し、引き裂かれてしまった家族を描いています。主人公は奇跡的に生き延びることが出来ますが、喉を切られ声を失います。隣にいた兄は殺されてしまいました。彼は灼熱の砂漠を彷徨い、再び戻った故郷は無残な収容所になっていて、義姉の変わり果てた姿と妻が亡くなった事実に絶望します。やがて戦争が終わり、石鹸工場に身を潜めていた主人公は、そこで双子の娘がまだ生きている知らせを受けて、愛娘を捜す旅に出るのです。遊牧民、売春宿、孤児院を隈なく捜しながら、国を渡り、娘達の足跡を追っていきます。船でキューバに渡り、さらにアメリカへ。主人公を突き動かしていたのは親子愛そのものです。その思いが報われるのかどうか、映画は終盤を迎えます。これはアルメニア人の悲劇的な宿命を描いた映画ですが、監督はアルメニアと現在も国際論争になっているトルコの出身で、タブーとされた事件を扱っているのです。現在のトルコが歴史の事実を直視するようになったことと、監督の言葉にある「私がテーマを選んだのではなく、テーマが私を選んだ」ことが、撮影に7年間もかけた本作の制作動機になったことと思われます。私は30年前に家内とトルコ国内を2ヶ月かけて旅したことがあって、ロケーションが実際の空気感をともなって自分に迫ってくる感覚を持ちました。遠い世界の話ではないと自分は実感し、隣国との関係が困難になっている状況は、日本に限らずどこでも同じと思いました。
    空間に置かれた唯一無二
    展覧会に行くと広い空間の中にたったひとつだけ彫刻が置かれていて、何と贅沢な展覧会だろうと思うことがあります。昨年末に出かけた「フリオ・ゴンザレス展」でも最初の空間に置かれた「ダフネ」は広い空間を独り占めしていた印象がありました。後で確認すると横に小品が置かれていたようですが、自分には「ダフネ」が広い空間の中で唯一無二の存在のように思えました。茶の湯の伝統のように、日本には余分な要素を切り捨て、簡潔の美を愛でる意識があります。そうした空間に置かれた唯一無二な芸術品は、その物質だけを鑑賞するのではなく、周囲の空気を取り込んだ場を鑑賞するものだと思っています。何かが置かれることによって、その空間が変容すると言えばいいのでしょうか。最小の物質で最大の空間を演出するというのが、自分が理想とする彫刻の在り方と考えていて、作品がどこに、どのように設置されるかが大きなポイントです。私が東京銀座のギャラリーせいほうで10年間も個展をさせていただいている理由は、ギャラリーの白い壁と広い空間にあります。銀座にあってこれだけ大きな空間を有している画廊は他に類を見ません。彫刻作品が纏う空気感がどのくらいの空間を求めているのか、作品の表現力によって違ってきます。自分は自作を大きな空間に唯一無二の存在として置いてみたい、そんなスケールを考えながら制作に励んでいるところです。