2025.08.23 Saturday
週末になりました。定番として土曜日は今週の振り返りを行ないます。今週も猛暑で、連日のように熱中症情報がテレビから流れていました。お盆も過ぎたのに、いつになったら涼風が立つのだろうと思っています。私は猛暑の中でも毎日工房に通っていました。午前中は陶彫制作に励んでいましたが、午後になると工房に暑さが籠るので、作業が厳しくなります。今のところは午前中だけの作業にしようとしていますが、土練りなどは午前中だけでは時間が足りないこともあって、午後も水分補給など充分行って作業を続けていました。月曜日の午後はお礼状の宛名印刷と郵便局での別納投函をやってきました。水曜日は翌日から2階の出窓修繕工事が入るため、2階の部屋の片づけを行ないました。2階は壁一面に作り付けになっている書棚が向かい合っていて、その他に移動式の書棚が幾つかあります。その移動式書棚の2体を移動することになり、そこに収まっていた書籍を別の場所に持っていきました。加齢のせいか私は昔より腰が辛くなっていました。そして木曜日から出窓修繕工事が始まりました。まだ届かない部材があって、工事は来週にも持ち越されることになりました。自宅も築30年以上が経過し、補修が必要な箇所がいろいろ出てきています。これは仕方がないのかなぁと思いながら、私は外仕事の職人さんたちを気遣っていました。工房が暑い時は自宅でRECORDを描きためています。遅々として進まない媒体ですが、諦めることなくやっています。夜は専ら読書に時間を費やしています。このところ書籍は西洋美術一辺倒で、西洋美術の最盛期とも言えるルネサンスの全貌を知りたくてヴァザーリ著による「芸術家列伝」を読んでいます。これは文庫版でおいしいところだけを取った簡略された書籍ですが、それでも私にとっては面白い内容で、偉大だった画家の足跡を辿ってその影響力を知り得ました。その結果もう一度イタリアに行って、ルネサンス美術を堪能したいと願っています。本書で印象的な箇所は画家のエピソードが書かれているところで、画家である前に敬虔な信者だったり、女性にだらしなかったり、それぞれ個性的で人間臭い場面があるなぁと思っています。学生の夏休みの定番である読書感想文よろしく、私もNOTE(ブログ)にその引用等を掲載しています。
2025.08.22 Friday
「芸術家列伝3」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 田中英道・森雅彦訳)の「レオナルド・ダ・ヴィンチ」について、幾つかに分けて気に留まった箇所をピックアップしていきます。今回は「モナ・リーザ」に纏わる箇所をピックアップします。「モナ・リーザ」は現在パリのルーブル美術館にあり、世界的に有名な絵画のひとつで、私も20代の頃、当地で見ています。本作が来日した時も上野に見に行きました。「レオナルドはフランチェスコ・デル・ジョコンドのために、その妻モナ・リーザの肖像を描くことになった。そして四年以上も苦心を重ねた後、未完成のまま残した。この作品は現在、フランスのフランソワ王の所蔵するところとなり、フォンテンブローにある。芸術がどれほどまで自然を模倣することができるかを知りたいと思う人があれば、この肖像によって容易に理解することができるであろう。なぜなら、ここには精緻きわまる筆で描きうるすべての細部が写されているからである。眼は生きているものに常に見られる、あの輝きと潤いをもっている。そして周囲には赤味を帯びた鉛色がつけられ、睫毛はまた繊細きわまりない感覚なくしては描きえないものである。眉毛は毛が肌から生じて、あるいは濃く、あるいは薄く、毛根によってさまざまに変化している様子が描かれているため、これ以上自然であることは不可能である。鼻孔の美しいその鼻はばら色でやわらかく、まるで生きているようである。口はその開き具合といい、また唇が赤で描き出されているさまや、顔色が真に迫っているところなど、色が着けられたのではなく、肉そのものと思われるほどであった。咽喉のへこみを気をつけて見る人には脈が打つのが見える。実にかくなる方法で描かれたこの絵は、すべての作家、いかなる才人をも戦慄させ、恐れさせてしまうということができる。彼はまたこんな工夫もした。モナ・リーザがたいへん美しかったので、彼女の肖像を描いている間、弾き、歌い、かつ絶えず道化る者をそばにおいて楽しい雰囲気をつくった。肖像画を画くとき、しばしば憂鬱な気分を絵に与えてしまうのを避けようとするためであった。レオナルドのこの作品には心地よい微笑があるが、そこからは人間的というより神的なものが見てとれる。そしてこれ以上生き生きとしたものはないほど見事なものである。」今回はここまでにします。
2025.08.21 Thursday
私は海外滞在から帰って、暫く私の実家に身を寄せていました。それから数年間家内と私は貯蓄に励みながら借金もして、父の植木畑の端に自宅を新築しました。海外で手に入れてきたものが多く、特に書籍が幅をきかせていたため、実家に迷惑をかけていました。その時建てた自宅も築30年以上が経過して、現在はあちらこちらが綻び始めています。数年前に屋根と建物全体の塗装をやり直しました。台風により被害があって、雨漏りが激しかったので、災害用の保険金で対応しました。今回は2階にある出窓の張り出し部分に虫が湧いてしまったようで、この費用は生活費から捻出するしかなく、それでも酷くならないうちに業者に修繕をお願いしました。張り出し部分を最初私は、防腐剤やパテを塗って対応しようとしていましたが、どうやらそんな対処では難しいことが分かり、思い切って窓の交換をすることになったのでした。出窓は普通の窓に変更することにしました。出窓の張り出し部分を縄張りにしていた飼い猫のトラ吉もいなくなったので、普通の窓になったとしても問題はないと思っています。先日、外に部分的な足場を組みに業者が来ていました。記録的な猛暑が続く中で、外仕事は大変だなぁと思いながら、工房での作業も暑さとの戦いになっています。施行中は業者が家の中に入るため、今日は家内が在宅していました。私は工房に行きましたが、家内が邦楽器演奏で自宅にいない時は、私が家に居るようにします。こんなことをNOTE(ブログ)に書いておくのは、これが日記としての記録になるからです。数年前の台風被害の件もこのNOTE(ブログ)に書いていました。
2025.08.20 Wednesday
「芸術家列伝3」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 田中英道・森雅彦訳)に今日から入ります。本書は翻訳者が変わります。本書はレオナルド・ダ・ヴィンチとミケランジェロの二大巨匠がメインです。まず「レオナルド・ダ・ヴィンチ」についてですが、幾つかに分けて気に留まった箇所をピックアップしていきます。今回は「最後の晩餐」に纏わる箇所をピックアップします。「ミラーノにおいて彼はサンタ・マリーア・デㇽレ・グラーツィエ寺の聖ドミニコ派宗団のために『最後の晩餐』を描いたが、それは限りなく美しく、驚嘆すべき作品であった。使徒たちの顔にあまりの荘厳さと美しさを与えてしまったので、キリストの顔は未完成のままに残された。キリストの姿に要求されるあの世の神性を与えることがもはやできないように思われたからであった。かくしてこの作品は完成に近づいたところで、すでにミラーノ人のみならず外国人によってもこの上ない賞讃の的となったのである。レオナルドは、この絵で構想した、誰が主を裏切るであろうか知りたがっている使徒たちを襲った不安と危惧の念の表現に見事に成功した。それゆえに使徒たちの顔には、愛、恐怖、怒り、さらにまたキリストの心を理解することのできぬ悲しみが宿っている。これらに劣らずすばらしいのは、対するユダの頑な態度、憎悪、裏切りの姿である。その上、作品のどの部分においても信じられぬほどの丹念さで描かれ、テーブルクロスの布の質にいたるまで描きこんでおり、本物のリンネル布でさえこれ以上本物らしくは見えないようであった。この絵のあった修道院の院長は、レオナルドが絵を完成するよう執拗に懇請した。レオナルドが、ときには半日も絵の前でぼんやり物思いに耽っているのが異常に思えたのである。そして、画家も地面を鋤く庭師のように、画筆を休めずに制作することを望んだ。院長は不満に思い、ミラーノ公に苦情を言ったが、その訴えがあまりに強い調子だったので、公も仕方なくレオナルドに作品を完成するよう言葉巧みに頼み、院長がしつこく言うのでこう言うのだと語った。レオナルドは公の頭の良さを知っていたので、院長に決して話したことのないことを、公ともっと話したいと願った。そして、芸術について説明し、次のことを納得させた。高い才能をもつ人は、実際に働いていないときこそかえってより多くの仕事をしている。頭のなかで創意を求め、完全なる観念を形づくろうとするからである。まず脳裏で構想し、次に手を動かすことになる。」今回はここまでにします。
2025.08.19 Tuesday
「芸術家列伝2」(ジョルジョ・ヴァザーリ著 平川祐弘・小谷年司訳)の最後に翻訳者小谷年司氏による「ヴァザーリにたどりつくまで」が付記されています。「芸術家列伝1」は平川祐弘氏によるあとがきがありましたが、今回は小谷年司氏によるもので、海外留学で培ったあれこれと平川氏との出会いやヴァザーリの著作を通した関わりが書かれていました。「ヴァザーリの『芸術家列伝』だってそう高尚なものではなく、学術論文というよりは、人々に話して聞かせることが主眼だったような気がする。ヴァザーリの翻訳は我が国でも美術史の専門家によって試みられたが、初めだけで終わっている。その理由は何だったろうか。これを文芸とみずに論文とみなしたからだろうか。翻訳しているうちに学問として現代に役立たせるには、欠陥が多すぎるとでも思ったのだろうか。それに各画家の伝記は、朗々とした説教口調の序曲で始まり、荘重な墓碑銘の詩句またはそれに似た韻文で終曲となる。途中に描かれる画家の日常のエピソードは口語体に近い。その落差が面白いし、その部分がヴァザーリの魅力になっている。それでも単に原文で文脈を追っていたのでは、イタリア人以外ではなかなか解らないだろう。日本語に訳してみて、原文を比べてみるとイメージが具体的に立ち上がってくる。翻訳が多少とも創作に近づく楽しみがある。平川さんは、その点文章の面白さが解ったから、ルネサンス美術解明の根本史料であるとともにイタリア文学の古典としても訳そうとされたようだ。~略~ヴァザーリの『芸術家列伝』を古いイタリア語のややくだけた文章で書かれた文芸作品とみなす平川さんの意図は、イタリアを旅行していろんなルネサンスの画家の作品を眼にした日本人が、読んで楽しいものにすることにあったからである。この初版の出された時は、ミケランジェロはまだ生きていて、ローマに住んでいた。ミケランジェロの家をよく訪れていたヴァザーリは、トスカーナ大公の内命をうけて、しきりにフィレンツェにもどるように説いたが、老大家は言を左右にして、終生ローマにとどまった。ヴァザーリは当然著書を贈呈している。その返礼にソネットを贈ってもらい、ヴァザーリは狂喜している。~ソネット割愛~気難しい老人がベタ褒めである。日常出入りしていろいろと気を使ってくれる弟子に対する儀礼からだけとは一概に思えない。当時すでに神の如きと評されたミケランジェロの評価に真実がかなりあったとみたほうがよさそうである。」同時代を生きたヴァザーリとミケランジェロに恐れながら親近感が湧いてしまいました。