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  • 「ロマン派の風景画」について
    「近代絵画史(上)」(高階秀爾著 中公新書)の「第2章 ロマン派の風景画」について気になったところをピックアップしていきます。初めにロマン派について。「自然に対するこの『新しい感受性』が、いったいどこから生まれてきたのか、それを簡単に断定することは容易ではない。それはロマン派の『現実逃避』のひとつの現われにはちがいないが、しかし、現実に対する不満がそのまま新しい感受性を生み出すわけではない。むしろロマン派の場合、自然に対する新しい感受性が逆に現実を逃れようとする傾向を助長したとも言える。~略~いずれにしても、ロマン派において明確なものとなるこの新しい自然感情は、中世の伝説の騎士たちのように、薄暗いドイツの森の奥や、霧に包まれたイギリスの湖畔からやって来た。古代以来のヒューマニズムの伝統を受け継ぎ、デカルトの合理主義に養われていたフランスよりも、異教の英雄たちがなお生き続けているようなゲルマンやアングロサクソンの土地が、神秘的な自然感情に満たされたロマン主義の発祥地となったことは、自然の成り行きであったと言ってよいであろう。」ここで3人の画家が登場します。まず、ターナー。「ターナーの風景画においては、主役はもはや山や湖ではなく、嵐、吹雪、風雨、雪崩、波浪、洪水など、自然の威力そのものである。ほんのわずかの色調の変化で驚くべき多様な効果を生み出すことのできる稀有の色彩画家であったターナーが、自己の色彩表現の総決算として描いた最晩年の《光と色》《影と闇》といういわば彼の美学宣言のような作品においてすら、彼は人類の破滅をもたらしたあの『ノアの洪水』のイメージを思い浮かべずにはいられなかったのである。」次にコンスタブル。「ターナーとはまた違った意味で、自然の鋭い観察者であった彼にとっては、毎日のように見なれている自然も、つねに新鮮な輝きと無限の変化に満ちているものであった。『この広大な世界に、同じ日は二度となく、同じ時間も二度とない。そして天地創造以来、一本の樹に同じ二枚の葉はない』と断言する彼は、同じ風景を何回となく描き出しながら、そのたびにそこに新しい魅力を見出していた。」最後にフリードリヒ。「フリードリヒは、われわれ見る者を、彼自身の感じとった自然の神秘へ参加させようとする。彼の作品の登場人物が、海辺の岩の上で月の出を眺める人々も、巨木の生いしげった山中で遠く蒼白い月を見つめる男女も、あるいは朝日に向かう婦人や、窓辺から港を眺める少女にいたるまで、いずれもつねに画面では後姿だけを見せていて、決してわれわれの方を向こうとしないということは、はなはだ暗示的である。彼らはわれわれに向かって語りかけるのでもなく、われわれに自然を提示するのでもなく、ただわれわれをともに誘って自然の広大な世界に引き入れてしまうのである。」今回はここまでにします。
    「近代絵画の始まり」について
    「近代絵画史(上)」(高階秀爾著 中公新書)の「第1章 近代絵画の始まり」について気になったところをピックアップしていきます。近代絵画は印象派から始まったと言われています。「その印象派といえども、突然生まれてきたものではない。広く知られているように、印象派は、今日でこそ多くの愛好者を得ているが、最初はさんざんな悪評と嘲笑を浴びせかけられた。つまり、印象派の画家たちは、かならずしも自らそう望んだわけではないにせよ、当時の美術界の主流を占めていたいわゆる『官展派』に対して、反逆者として歴史に登場してきた。~略~人間にとって普遍的な理性に基礎を置く古典主義は、それゆえに当然、普遍的な、すなわち万人にとって共通な理想の美を目ざさなければならなかった。それに対し、何にもまして個人の感受性を重んじたロマン主義は、美の規範を否定し、そのヒエラルキーを打破したと同時に、それぞれの芸術家の個性に根ざしたさまざまの『美』を生み出した。画家であると同時に優れた批評家でもあったドラクロアが、『美の多様性について』と題する評論を残しているのも、決して偶然ではない。すべての人間は、その理性を通じて共通の世界に結ばれているという古典主義的認識に代わって、人間はひとりひとりその『感じ方』において異なっているというロマン主義的考え方が登場してきたとき、様式上の統一性を失った『近代』絵画というものの誕生が約束されたのである。」その先駆者として本書はゴヤを取り上げています。「1792年、生死にかかわる大病に冒されたゴヤは、その結果、聴力を失って、音のない世界に投げ出されてしまった。陽気で、社交好きで、時に羽目をはずすほど行動的であったゴヤが、他人から隔絶された孤独な、ただ見るだけの人間になってしまったのである。この病気からの快復期に、彼がはじめて注文によらない自由な発想の作品を描いていることは、この不幸な出来事が彼のなかに何か決定的な変化をもたらしたことを物語っている。聴力を失い、宮廷での平穏な生活を失った彼のなかに、しだいに近代人が目覚めてくることとなるのである。」今回はここまでにします。
    週末 積ん読について
    日曜日になりました。日曜日は主に創作活動についてNOTE(ブログ)を書いていますが、今日は自分の読書癖について述べてみたいと思います。ゴールデンウィークに入って、休暇に纏わる話題が新聞に掲載されていました。記事としては日常的で緩やかな雰囲気を感じさせるもので、時として厳しい社会世相や国際情勢を伝える気迫の籠る記事よりも、こうしたホッとする記事の方が共感を得ることが出来るなぁと思います。その朝日新聞「天声人語」の記事より抜粋をいたします。「本好きが高じて、読み終わらないうちに、つい次の本を求めてしまう。石井千湖著『積ん読の本』には、その道の達人ばかり12人が登場する。~略~手を伸ばせば好きな世界にいつでも浸れる幸福感と、いまだ背表紙しか見ていないという罪悪感。いつの間にかテーブルも占領され、しばらくは買わないと誓ったりする。そんな積ん読派にとって、足をとめたくなる言葉が先の本にある。『積読っていうのは、〖読まない本を買ってる〗んじゃなくて〖自分のための図書館を建ててる〗んです』。社会学者の服部恵典さんの名言である。」私は10代の学生時代から筋金入りの積ん読派で、途中で放棄して埃に塗れた書籍が自宅に溢れています。以前は床に所狭しと本を積んでいましたが、自宅をリニューアルした2020年春に、2階の居間に壁一面を使った備え付けの書棚を作りました。壁が書棚で向かい合う構造になって、ほとんどの本がその壁に収まりました。未だ読めていない本がすぐ見つかる環境に、その時の私は狂喜しました。というのは積ん読の罪悪感があるにも関わらず、壁一面に並んだ書籍の背表紙がインテリアとして存在を放っているのに私は大満足だったのでした。この歳になって、積ん読解消のために毎日読書を続けています。読書は3年前まで教職に就いていた頃からの習慣でしたが、退職して時間が出来た今はもっと幅広く読書に親しめると思っていましたが、なかなかそうはならず、積ん読は減りもせず増えもしない状況です。ただし、知識欲は衰えていないので、そこだけは自分を褒めていきたいと思っています。
    週末 平面作品に思い悩んだ1週間
    週末になりました。今週を振り返ってみます。今週の制作は平面作品に終始していました。私が作っている平面作品は、絵画の定義から外れているように思い、あえて平面作品と呼ぶことにしています。絵の具による塗装はあっても、描く行為はありません。また平面の下地に炭化した杉板を、隙間を設けて貼り付けていきます。今週はその杉板に矩形の穴を開けようとして、電動糸鋸を駆使していました。絵の具による下地とそこに設置する杉板の細かなデザインをどうするか、今週はこれに思い悩んだ1週間だったと言えます。陶彫による立体作品との統合性にも気を配っていて、私は立体と平面がひとつの世界観を表すようにしたいのです。いろいろ考えると手枷足枷になって自由度が減ってしまう危惧があるなかで、それでも開放的な空間が作れないか、毎日明けても暮れても職人的な仕事ではなく、常に表現のあるべき姿を思い描きながら過ごしていました。制作以外のことで今週を振り返れば、火曜日の午前中に地域にある公立中学校の学校運営委員会に参加しました。元校長という立場での参加要請で、地域側から見た教育現場を、私はある意味では新鮮に受け取っています。中学生が地域と関わるとなれば、まずはボランティア活動なのかなぁと私は考え、そうした活動の活発化のために意見を述べました。現在の中学生は課外では部活動があったり、塾に行っていたりして多忙ですが、災害が遭った時は地域の一員として、地域を支える立場になります。そこの意識も必要なのだろうと思います。金曜日の午後は、近所の電気屋さんが壊れたエアコンの交換設置に来ていました。自宅は天井嵌め込みのエアコンが設置されていて、これは家電量販店にはなく、町の電気屋さんにお願いするしかなかったのでした。今年の夏は昨年のような猛暑になれば、エアコンのない生活は考えられないので、早めに交換をしてもらったのでした。
    「近代絵画史」を読み始める
    先日まで読んでいた「名画を見る眼」(高階秀爾著 岩波新書)に続いて同じ著者による「近代絵画史(上)」(高階秀爾著 中公新書)を読み始めました。「名画を見る眼」は読んでいるうちに、これは一度読んだことがあるなぁとうっすらした記憶を呼び起こしていましたが、「近代絵画史(上)」は初めて読む書籍であろうと思っています。本書の分類が初めて見るもので、新鮮な感覚を持ちますが、あるいは同じ著者なので、場面として論理が被ることもあるかもしれません。それでも新たな分類(単元)のなかで、画家の位置付けがどのようになされているのか興味津々です。現在の私は、西洋美術のみならず、日本美術の偉大な表現力も理解していますが、若い頃に傾倒した西洋美術をもう一度捉え直すことで、自分自身を振り返ってみることができます。その西洋美術に対する思いが強いがために私は、20代後半にヨーロッパの美術学校に通った経歴も持っています。彼の地で身に染みた生活風習の違いや学生たちの考え方を思い出しながら、「近代絵画史」をじっくり読んでいこうと思います。「序言」にピカソに纏わる文章がありました。「《ゲルニカ》は《ゲルニカ》であって、余計な説明などなくても、あの画面がすべてを語っているではないか、という立場である。私自身の体験は、ちょうど逆のことを私に教えてくれた。《ゲルニカ》が描かれた時の歴史的背景と、『青の時代』からキュビスムの実験を経て30年以上にわたって続けられてきたピカソの造形的な探求を重ね合わせてみた時、そしてさらに、ゴヤやロマン派の芸術家たちの先例と対置してみた時、《ゲルニカ》はいっそう偉大な、いっそう悲劇的な美しさを持ったものとして、私に語りかけてきたのである。」《ゲルニカ》が描かれた特殊な事情は、あらゆる芸術作品にも通じるものがあり、そうした混沌を歴史と共に解き明かしてくれそうなのが本書ではないかと私は思っています。それが現在を生きる私たちにも伝承していくものだろうと考えています。また本書もじっくり考えながら、とつおいつ読んでいく所存です。