Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • ルノワール&セザンヌについて
    「名画を見る眼 Ⅱ」(高階秀爾著 岩波新書)の次の単元はルノワールの「ピアノの前の少女たち」とセザンヌの「温室のなかのセザンヌ夫人」を取り上げています。まず、ルノワール。「印象派時代には、モネやシスラーにならって、人物のまったくいない風景画ももちろん描いているが、艶やかな肌の下に暖かい生命の流れの脈打っている女性美をこよなく愛したルノワールは、彼自身、後に告白しているように、本質的に人物画家であった。そしてそこに、遅かれ早かれ彼が印象主義と訣別しなければならない根本的な理由があったのである。~略~『アングル様式』によって印象派に別れを告げたルノワールは、それ以後、線描によってではなく、色彩によって対象を肉付けしていく彼独特の様式を獲得する。それによって、人物は『実際に愛撫することのできる』実質的な存在感を持つと同時に、同じ色彩表現による背景ともひとつに融けあって、調和のとれた諧調を響かせることになる。1892年に描かれた『ピアノの前の少女たち』は、その最初の成果のひとつと言ってよいものなのである。」次にセザンヌ。「『温室のなかのセザンヌ夫人』の姿に見ていたものは、モネが見たような、すべてが魅惑的な光の波に覆われる世界でもなければ、ルノワールが見ていたあの熟れた果実のように暖かくみずみずしい肌の魅力でもなかった。彼が求めたものは、眼の前の対象を形づくる本質的な構造であった。すべてが一様な光の波に還元されてしまう印象派の世界のなかから、セザンヌは、対象を周囲の世界から区別する基本的な形態を求めた。そして、そのような確固とした形態を求めるということは、もはや単に視神経だけの問題ではない。それは後にブラックが、『眼は形態を歪め、精神は形態を作る』という簡潔な言葉で表現したように、自然のなかにひとつの秩序をうち立てようという精神の働きである。~略~セザンヌの描き出す世界は、風景や静物はもちろん、人物像ですら、一見まったく平凡な日常の主題なのだが、そのなかに、恐るべき色彩と形態のドラマがひそんでいる。彼が絵画の方向を大きく変えてしまったのも、実はそのドラマのないドラマの故にほかならないのである。」今回はここまでにします。
    マネ&モネについて
    「名画を見る眼 Ⅰ」(高階秀爾著 岩波新書)の最後の単元はマネの「オランピア」と、継続して読み始めた「名画を見る眼 Ⅱ」(高階秀爾著 岩波新書)の最初の単元はモネの「パラソルをさす女」です。まずマネから。「風紀的な観点から見れば『オランピア』は当時の社会に対する反逆であったが、絵画表現の上から言えば、それは西欧400年の歴史に対する反逆だったと言ってよい。~略~二次元的表現は、対象の奥行きや厚み、丸みをあらわそうとしたルネサンス以来の西欧の写実主義的表現と正反対のものである。マサッチオ以来、いやもっとさかのぼってジョットー以来、西欧の絵画は、二次元の画面に何とかして三次元の現実世界を表現しようという努力を重ねてきた。遠近法とか、明暗とか、肉付法という伝統的な技法は、その写実的表現のために西欧絵画が生み出した武器である。ところが、クールベですら疑うことのなかったその伝統的な技法が、ここではほとんど全面的に否定されている。何よりもマネは、最初から三次元の世界を画面に構築することなど、まるで考えていないかのようである。」次にモネ。「モネたちは、そのような習慣にとらわれない純粋な感覚の世界をもとめた。現実の対象が実際にはどんな色をしていようとも、彼らは、自分たちの眼に映じた通りの輝きを、そのままカンヴァスの上に翻訳するのである。彼らの作品のなかに描かれるのは、あるがままの自然の姿というよりも、彼らの眼にそう映ったような自然の姿である。とすれば、彼らに対して与えられた『印象派』という呼び名は、最初は悪口であったとしても、意外に正確にその本質を表わしていると言わねばならない。~略~画面に散乱する無数のタッチは、自然の幻影を与えてくれるものであっても、自然そのものではない。モネは『自分の作品は自然に向かって開かれた窓だ』と言ったが、その『窓』から見える世界は、それなりにひとつの虚構の自然でしかなかった。この『パラソルをさす女』が描かれたのは、1886年、ちょうど印象派の最後のグループ展が開かれた年のことであるが、この頃から、モネの世界は、こまかいタッチで表現される光の洪水のなかに溺れていくようになる。」今回はここまでにします。
    ターナー&クールベについて
    「名画を見る眼 Ⅰ」(高階秀爾著 岩波新書)の次の単元はターナーの「国会議事堂の火災」とクールベの「画家のアトリエ」を取り上げています。「ジョセフ・マロード・ウィリアム・ターナー(1775-1851)は、19世紀の美術の歴史の上で、いささか奇妙な位置を占めている。彼は、ある意味では印象派の先駆者であり、近代への扉を開いた重要な芸術家であるが、他面、ロマン派的心情を多分に備えた伝統主義者でもあった。~略~ターナーは、明るい自然の風景を前にしても、いったんそれを自己の内面のフィルターを通して一定の色調に統一しないではいられなかった。われわれがターナーの多彩な世界について語る時、問題となっているのは、実は、かぎられた色彩のなかにおける無限のヴァリエーションにほかならない。彼の画面の持つ華やかさは、たった一本の綱の上でさまざまな変化を見せる曲芸師の妙技に似ている。それは、どんなに変化しても、彼固有の色彩世界から離れることはないからである。そして、この『国会議事堂の火災』にその端的な例が見られるように、自己の色彩世界の顕現に適した主題を得た場合、その世界が奔放な生命力を得ることになる。」次にクールベです。「鼻っ柱の強さと、当時の市民社会を告発するような社会主義的作品のために、クールベは19世紀における最初の反逆者のひとりに数えられているが、しかし表現技法の上から言えば、彼の作品はまだまだ伝統的であって、決して反逆者でも革新者でもない。従来の絵画表現をすっかり変えてしまう近代絵画の革命は、マネによって幕を開けられることとなるので、クールベは思想的には急進派であったが、画家としては、ルネサンス以来の絵画の表現技法を集大成してそれを徹底的に応用した伝統派であった。しかし、おそらく、この矛盾した性格こそがクールベの本質であり、われわれが今なお彼の作品に惹きつけられる理由であろう。この『画家のアトリエ』にしても、そこに盛りこまれたプルードン的『寓意』などは、今では何ほどの興味も呼びさまさない。だが、どっしりした肉体の重みと豊かな生命力を感じさせる裸婦をはじめ、制作中の風景画や後ろ向きの少年、狩人のそばにいる猟犬などは、その力強い実在感と絵具の肌の輝きによって、われわれを魅了してやまない。『現実的な寓意』を描こうとしてこの大作に取り組んだクールベが生み出したものは、結局『寓意的な現実』にほかならなかった。だがクールベは、それによって救われたのである。」今回はここまでにします。
    新年度という意識に…
    日本では4月初めに入社式や入学式が予定されているため、4月1日は特別な思いが沸き上がってきます。私が教職に就いていた頃は、4月から新しい学校生活が始まるという意識でしたが、教職に就く前に私が住んでいたヨーロッパでは、どの学校も10月に新学期が始まっていました。ウィーンでは冬学期と夏学期の二学期制で、翌年の7月に年度が終了して、長い夏休みに入るのでした。日本は桜の開花とともに気持ちを改めていくのは、季節感を重んじる日本人には合っているようにも思えます。退職して3年も経っている私ですら、4月になると襟を正して、何事にも頑張ろうとするのは学校教育の影響なのかもしれません。ともあれ今日から4月です。新年度という意識に託けて、新作の制作に弾みをつけていこうと思います。3月にやろうと思っていて出来なかったのが、平面作品です。まず、この平面作品に取り組むのが今月の目標です。わたしにとって平面作品は絵画ではありません。立体作品にも平面作品にも素材との対話から生まれる空間があります。それが床に置く物であれば、立体作品になり、壁に掛ければ平面作品になるという空間の操作があるだけで、同じイメージが源泉になっています。平面作品の具体的な構想は既にあって、後は手を動かして作るだけなのですが、最後の詰めがまだイメージできていない状態です。最後の詰めは作りながら決まっていくのが、私の通常の制作なので、今月はともかく作っていく予定です。今月は美術館や映画館にも積極的に出かけていって、先月以上に鑑賞も充実させていこうと思っています。今月は寒暖差の少ない暖かな日が続いてくれることを祈りながら、毎日創作活動を行っていきます。
    3月は寒暖差の大きかった1ヵ月
    今日は3月の最終日です。長年勤めていた教職の習慣がこの時期になると相変わらず抜けず、3月は年度末の意識があり、明日から新しい気持ちになってしまいます。今となっては月が移行するだけで、身辺に大きな変化はありませんが、それでも記録用の小さな手帳は年度で替えています。さて、今月を振り返ってみると、寒暖の差が大きかったことが挙げられ、今月はそんな要因があったせいか疲れた1ヶ月でした。今月は31日間あって、そのうち29日間を工房に通いました。新作の陶彫制作、古木材加工や調整彫り、小品4点の制作とまさに7月個展に向けた準備が佳境を迎えていました。窯入れは2回行いました。工房の周囲は亡父の残してくれた樹木に囲まれているため、春を告げる花々が咲き乱れ、自宅から工房までの僅かな路を彩っていました。特に青空に映える梅や桜の花が見事で、制作の疲労を癒してくれました。工房に行かなかった2日間のうち1日は、工房に出入りしている美大生と一緒に美大の卒業制作展(女子美術大学)に行ってきました。もう1日は退職校長会のグループ展如月会の懇親会があって、久しぶりに交流を深めてきました。今月の美術鑑賞は「ミロ展」(東京都美術館)、「アルプ展」(アーティゾン美術館)、「中世の華」展(目黒区立美術館)の3つの展覧会に行ってきました。映画鑑賞は充実していて「名もなき者」、「ブルータリスト」、「Flow」、「教皇選挙」(4本ともTOHOシネマズららぽーと)に行ってきました。映画は洋画ばかりでしたが、毎週映画館に通っていました。ちょっと映画鑑賞では学生気分に浸りました。読書では学生時代に読んだことがある「名画を見る眼」を再読しています。若かった頃より、時間をかけてじっくり読んでいるせいか、また時代背景にも若干の知識がついたせいか、その画家が生きた時代に厚みを感じています。西洋美術史が練り上げてきた絵画理論が確かな存在感を伴って、現代にまで受け継がれてきた経緯を改めて感じ入っている次第です。また東京の大手書店を散策し、長年欲しかった書籍が手に入ったことも嬉しかった一幕でした。