2025.03.15 Saturday
週末になりました。今週の振り返りを行ないます。今週は先週と同じ美術館や映画館に行く日があって、鑑賞が充実していたので先週に倣ってPartⅡというタイトルをつけました。新作の陶彫制作としては毎日朝から夕方まで精を出していましたが、水曜日の午後に家内と映画「ブルータリスト」を観に、鴨居にあるTOHOシネマズに出かけました。建築家の半生を描いた長尺の物語だったので、私は面白かったのですが、家内はやや退屈していたようです。木曜日は午後になって目黒区立美術館に「中世の華」展に出かけました。14世紀イタリア・ゴシック期のキリスト教絵画の修復をやってきた日本人画家による展覧会で、その細密さに私は眼を見張りました。キリスト教絵画と言えば、1月に私は玉川大学教育博物館に「イコンにであう」展に行っています。日本ではキリスト教美術に触れる機会が少なく、嘗てヨーロッパに住んでいた私は、その頃の懐かしさもあって、そうした情報があれば出かけて行くのです。私自身は宗教に疎いのですが、師匠がキリスト教の図像や磔刑像を創っていることもあって、その関連として関心があるとも言えます。この日は私一人だったので池袋まで足を延ばし、そこにある大手の書店に美術関係の書籍を見に行きました。最近は書店をブラブラすることもなくなっていて、久しぶりに楽しい時間を過ごしました。ジュンク堂書店はビルの階によって分野を分けていて、芸術書は9階にありました。西洋美術の書籍を読んでいると、よく登場するのがJ・ヴァザーリの著作である「芸術家列伝」で、これを一度は読みたいと思っていたところ、白水社の文庫本3巻を見つけて、さっそく購入しました。これを手に取った時は、おぉ!と思い、東京の大手書店は質量ともに凄いなぁと改めて感じ入った次第です。まだまだ欲しい書籍があったのですが、資金が足りなくて買い控えをしました。また機会を作ってジュンク堂書店に出かけて行こうと思います。今週は美術&映画鑑賞が充実していたにも関わらず、工房での窯入れはありませんでした。そろそろ陶彫作品が乾燥しているので、窯入れが出来そうです。
2025.03.14 Friday
「名画を見る眼 Ⅰ」(高階秀爾著 岩波新書)の次の単元はレオナルド・ダ・ヴィンチの「聖アンナと聖母子」とラファエルロの「小椅子の聖母」で、2人ともイタリア・ルネサンスを代表する画家です。まずレオナルドから。「レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452ー1519)は、ラファエルロやミケランジェロとともに、盛期ルネサンスを代表する天才である。彼の多方面にわたる活動のうち、絵画の分野で彼が成し遂げたことは、遠近法や明暗法など、15世紀のイタリアが追求したさまざまな新しい技法を集大成して、完璧な絵画表現を作り上げたことである。~略~ルーブル美術館の油絵の方では、聖母の両腕をはじめ、脚も、頭もすべて斜めになっており、聖アンナの腕や脚でさえ、やはり斜めの方向を強調している。このように動きの多い群像をぴたりとピラミッド型におさめて、ダイナミックな効果を保ちながらしかも安定した印象を与えるように構成したところに、レオナルドの絶妙な技巧が見てとれる。そして、その安定した構図を永遠不動のものとするため、構図上の最も重要な点、すなわちそのピラミッドの頂点に、聖アンナのあの神秘の微笑が置かれているのである。現実と理想とを巧みに統一した見事な構成と言うべきであろう。」次にラファエルロ。「彼はレオナルドより30歳も若く、ミケランジェロと比べてさえ8歳年少であったが、それだけに、レオナルドやミケランジェロも含めて、多くの先輩たちが成し遂げた成果をすべて吸収して、理想的な美の世界を創り上げた。~略~ルネサンス期に支配的であった新プラトン主義の思想によれば、この地上の世界も、何がしかは理想の世界を反映している。つまり理想は現実を否定したところにあるのではなく、現実を延長した先にあるものなのである。とすれば、その理想の世界に達するために、まず現実から出発するのは当然であろう。理想の美を描き出すには、現実の美をしっかりと捉えておかなければならないのである。この『小椅子の聖母』の聖母には、ラファエルロの恋人であったというフォルナリーナの面影がうかがわれるが、それもその意味から言えば当然のことであった。つまりラファエルロは、恋人の姿を通して、永遠の美をこの世に実現しようとしたのである。」今回はここまでにします。
2025.03.13 Thursday
展覧会に行く日は、私は工房で窯入れをしている時と決めていましたが、陶彫作品の乾燥が進んでいないため窯入れは出来ず、今日も昨日と同じく午前中は陶彫制作をしていました。午後になって私一人で東京の目黒区美術館に出かけました。当館で開催していたのは「中世の華・黄金テンペラ画」展で、副題に「石原靖夫の復元模写」とありました。石原氏はイタリアでテンペラの修復を学び、また実践を通してその技法を日本に齎せました。展示された作品の数々は極めて細密で集中力の要る仕事だなぁと思いました。14世紀イタリア・ゴシック期のシエナ派を代表する画家シモーネ・マルティーニの「受胎告知」の復元模写を見ていると、おそらく当時は教会の中で光り輝く絵画を見て、中世の人々が十字を切って信仰を新たにしたのでしょう。図録の文章を拾ってみると、石原氏の実績が見えてきます。「1992年以降、石原とは、テンペラ技法をテーマにしたワークショップを7回重ねて30年あまりが経過した。一貫していたのは、本格的な技術獲得を目指す人を対象とし、板絵に描く、羊皮紙に描くという内容はもとより、制作するための道具、例えば箔台、箔刷毛、箔ナイフを自作するという内容や、中世の色材についての研究にも触れるなど、広い範囲でテンペラ画制作を扱ったことにある。~略~今回の展示のメインの復元模写《受胎告知》は、8年間のローマ留学を終えた石原が1978年の帰国時に持ち帰り、1975年にリニューアルした東京都美術館で、画期的な美術館事業を展開していた森田恒之氏を訪ねたことにより公開が決まり、当時珍しかった展示を組みあわせた公開制作と講演会が行われ、14世紀のテンペラ技法が披露されて話題になった。原寸より少し縮小して描かれたとはいえ、高さ2mほどの祭壇画模写、金箔を6枚の層に貼りそれを磨き上げる作業では、肩に支障が出るほどの力が必要だったと石原は語る。」(降旗千賀子著)本展ではメインとなる復元模写のための道具や技法の紹介の他に、石原靖夫氏によるイタリアの風景画も数点展示されていました。これもテンペラ画によるもので、正確な遠近法と緻密な描写に超絶技巧を感じさせました。
2025.03.12 Wednesday
いつもなら工房で窯入れをし、窯以外の電気を使えない状態にして、映画なり美術の鑑賞に出かけるのが常でした。ところが陶彫作品の乾燥が微妙だったために、今日は午前中陶彫制作に励んで、午後になってから家内を誘って、横浜市鴨居にあるエンターテイメント系映画館に「ブルータリスト」を観に行きました。本作は、本年度アカデミー賞3部門、ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞に輝いた3時間35分に及ぶ長尺の大作でした。図録から本作の骨子になるところを拾います。「ホロコーストを生き延び、ハンガリーからアメリカへやって来たユダヤ系の建築家ラースローは、本来なら希望に満ちたこの自由の国で、多くのものを奪い取られる。従兄弟のアティラのもとで手にした仕事も、建築家としての誇りも。3年後、日雇い労働に身をやつした彼に手を差しのべるのは、かつて彼の設計に難癖をつけた実業家のハリソン・ヴァン・ビューレンだ。~略~ラースローはハリソンの強大な力の前になすすべもない。翻弄され、アルコールとドラッグに蝕まれたラースローは、こんなふうに吐き捨てる。『米国の人々は我々を望んでいない。我々がイヤなんだ!我々は無だ。無にも満たない』と。対してエルジェーべト(妻)は、『この地は腐ってる。景観も口にする食べ物も、国すべてが腐っている』と唾棄し、ついにはハリソンを面前で強姦魔と罵る。」(門間雄介著)本作は建築が主体となって、しかもバウハウスで学んだ機能的構築物を創る建築家が主役の映画です。ただしドキュメンタリーではなく、完全にフィクションなので、建築を巡る人間関係やその生きざまが克明に描かれていて、建築そのものより寧ろ人間性のドラマになっていると私は感じました。ブルータリズムとは装飾より構造が剥き出しになっている様式で、近代デザインを牽引したバウハウスの考え方が反映されているのです。私はそんな興味関心から本作を観ようと思ったわけですが、移民の苦しさや文化的な違和感が主題になっている箇所が多く、建築の新しい構想をもっと描いて欲しかったと思っています。そこがドキュメンタリーではないので、本作には限界があるのかなぁとも考えました。
2025.03.11 Tuesday
先日、東京八重洲にあるアーティゾン美術館で開催されている「アルプ展」に行ってきました。正確には「ゾフィー・トイバー=アルプとジャン・アルプ」展で、要するにアルプ夫妻によるデザインや彫刻による2人展なのでした。私は彫刻家ジャン・アルプの作品を知っていても、ゾフィー・トイバー=アルプは知らず、本展で彼女がテキスタイルから様々なデザインへ展開した作品の実績を知ることが出来ました。夫妻で協働した制作もあり、興味深く鑑賞しました。図録によると「1930年代後半に、1918年の《デュオ=コラージュ》以来となる、久々の協働での作品制作がなされているのは、この状況(※ナチス政権のこと)と無縁ではないだろう。《夫婦彫刻》と《標抗》という2点の彫刻がそれにあたる。この協働がどちらに発して主導されたものかは不明である。木を用いた立体作品を既に手がけていたトイバー=アルプのみならず、アルプもまた1930年初めから主に石膏で彫刻に取り組み始めており、自然物の組成や循環をモデルとする有機的な形態を生み出していた。丸みとしなやかなシャープさとが同居した協働による彫刻は、1910年代の《デュオ=コラージュ》とは対照的に、創造の自由の希求をめぐる連携が確認されているかのようである。」とありました。それでも私はアルプ個人の彫刻につい惹き込まれてしまうのです。「アルプの彫刻制作において、石膏は特に重要な素材であった。通常、石膏は粘土によるオリジナルの複製に用いる媒体で、多くの場合はその先に大理石のヴァージョンやブロンズへの鋳造を見据えた、彫刻制作の総体のプロセスでは過渡的な位置を占める。~略~大理石やブロンズと異なり、一旦形態を確定した後もヴォリュームを調整することのできる石膏が好適な素材であったであろうことは、想像に難くない。」(引用は全て島本英明著)本展ではジャン・アルプの形態がどのように作られていったのかがよく分かりました。またゾフィー・トイバー=アルプはデザイナーとして出発した故に匿名性があるため、資料が散在してしまった場合があり、その記録を履歴に起こすのが大変だったようです。それでも本展では彼女の色彩や形体を物語る資料に、その実力を垣間見た感じがしました。