2025.06.20 Friday
「近代絵画史(下)」(高階秀爾著 中公新書)の「第22章 シュルレアリスム」について気になったところをピックアップしていきます。「すでにダダの運動のなかに潜在的にひそんでいた新しい表現への可能性を大胆にひとつの美学にまで高めたのがシュルレアリスムであるが、その美学の形成にあたって、最も重要な役割を果たしたのは、詩人のアンドレ・ブルトン(1896-1966)であった。ブルトンの考えていた美学の根本原理は、『シュルレアリスムと絵画』のなかに述べられている『驚きはつねに美しい、驚くべきものはすべて美しい、驚くべきもの以外に美はない』という言葉に、端的に示されている。その『驚き』の世界を創り出すために彼が用いたのが、オートマティスムであり、偶然性の利用であり、デペイズマンであった。」ここで4人の画家に注目しました。まず、エルンスト。「豊かな創意に恵まれた彼のコラージュによる《百頭女》のシリーズや、木の破片、葉っぱなどの上に紙をおいて鉛筆でこするといういわゆる『フロッタージュ』の手法によって浮かび出て来る新しいイメージや、彼自身『デカルコマニー』とよぶ粘着性の強い絵具を画面に押しつける手法による森林風景などにも、一貫して認めることができる。」次にダリ。「ダリの名前とともに名高いその『偏執狂的批判的方法』というのは、本質的には、たとえばオートマティスムのような『受動的』方法によって無意識の神秘を探ろうとする初期のシュルレアリストたちのやり方とは逆に、もっと積極的に想像力に働きかけることによって、個人の心の最も奥底の部分に眠っているイメージを甦らせようとするものである。」3人目はマグリット。「ダリが《内乱の予感》や《記憶の固執》に典型的に見られるように、ぐんにゃりした柔らかい有機的イメージを好んで用いたのに対し、マグリットは逆に、きり立った岩塊とか、ガラスなど、無機質な硬質のイメージをもっぱら登場せしめており、それによって、ダリの作品には見られない乾いた爽やかさを画面にもたらすのに成功している。」最後はミロ。「彼は早くから、故郷のカタロニアの風景、大地、農場、さらには太陽、月、星などの自然の存在を好んでテーマに取り上げ、奔放な造形力を駆使しながら、自己の見出した自然の世界を、画面に翻訳していったのである。事実、彼の作品では、一見きわめて抽象的に見えるようなものにおいても、しばしば日月星辰や、あるいは女性、動物などを象徴する形が登場して来るが、ほとんど記号化されたそれらの形は、ミロにとって、自然とのつながりを保証してくれるものである。」今回はここまでにします。
2025.06.19 Thursday
今日は工房での作業を休んで、海老名にあるエンターテイメント系映画館に、ストップモーション(コマ撮り)による映画「JANK WORLD」を観に行きました。実は2021年4月16日付のNOTE(ブログ)に、横浜のミニシアターで観た本作の先駆けとなる映画「JUNK HEAD」の感想があります。それによると「物語は至って簡単で、人類は地下開発の労働力として人工生命体マリガンを創造し、そのマリガンが自らのクローンを増やして人類に反乱を起こします。人類は地下世界で独自に進化するマリガンの生態調査をすることになり、主人公パートンを地下に派遣することになったのです。そのパートンが地下で出会う様々なマリガンの種族や異形生物との関わりがドラマとなり、映画全編にわたって描かれていました。」とありました。本作は前作より1000年以上前の物語で、人類がまだ肉体を持っていた頃、初期のマリガンと会合を開くところから始まり、そこにマリガンの原始宗教信者によるギュラ教団から襲撃を受けることになります。描かれている世界は生態系が崩壊し、人類は遺伝子操作によって環境適合性を推進しますが、マリガンが存在する地下世界では、マリガンはクローンを増やして、人類が把握できないほど勢力を拡大していました。核戦争が身近に迫る現代では、これは単なるお伽噺ではなく、未来の地球を予見しているのではないかと思わせる世界観があって、おぞましい描写が次から次へ出てきます。ただし、映画技法がストップモーション(コマ撮り)なので、現実世界にみる残虐性は薄れていて、むしろアートとしての奇抜性や創意性が目立った作品になっていると、私は感じました。第一作の「JUNK HEAD」に比べると、全体の情景が大きく造形されていて、登場する生物も多様化していて、私の眼からすれば楽しさが極まっていましたが、予見された未来は息が詰まるほど閉塞的で、少しずつ世界が終焉に近づいている感覚はありました。これは三部作なので、最終作品が残されていますが、世界は果たしてどうなってしまうのか、監督の頭の中には最後に何が描かれているのか、興味は尽きません。最後に技法的なことを言えば、本作は大変手間暇かかる労作で、キャラクターの造形も緻密に作られていて、その熱意に感動を覚えます。映画がヒットし、スタッフが増えることを願ってやみません。
2025.06.18 Wednesday
「近代絵画史(下)」(高階秀爾著 中公新書)の「第21章 機械文明への賛美と反撥」について気になったところをピックアップしていきます。ここでは未来派画家宣言を扱っています。「『われわれは、われわれの注意を運動しているものに集中する。なぜならば、われわれの近代の感受性は、速度の観念を把握するのにとくに適しているからである。われわれの都市の道路を走り抜ける重々しい強力な自動車、物語の世界のように華麗な光と色彩のなかにきらきら動きまわる踊子、興奮した群集の上を飛び去る飛行機…、深い感動を呼び起こす源泉であるこれらのものは、二個の梨やひとつのりんごよりもはるかに強く、われわれの持っている抒情的、劇的な世界の感覚を満足させてくれる…』このように新しいダイナミックな感受性に訴えたため、未来派の主張は、ただちに国境を越えてヨーロッパの多くの国々に大きな反響を呼び起こした。」ここで登場する形而上絵画。中心となっているキリコについて取り上げます。「その現実の『向こう側』の世界を表現するためにキリコが用いたのは、彼にとって意味深いさまざまのモティーフを、日常的な合理性の論理を越えたコンテキストのなかに置くことによって、思いがけない未知の領域を繰り拡げてみせるという方法であった。すなわち、そこでは、一見現実的に見える事物も現実の論理に支配されることなく、不思議な心理的衝撃に満ちた神秘の世界に属するものとなるのである。この手法は、後にシュルレアリスムの画家たちによって、明確な方法論として確立されるが、キリコの場合は、意識的なものというより、ほとんど詩的直観によって見事な成果を収めている。」次はダダ運動とデュシャンについて。「彼は、第一次大戦の勃発後、ニューヨークに渡り、ピカビアとともにダダの運動を積極的に展開した。1917年、ニューヨークではじめて開催されたアンデパンダン展に、陶製の便器をそのまま《泉》と題して出品した話はあまりに有名であろう。それはまた、既成のオブジェを利用する彼の『レディ・メイド』の最初の試みであった。」今回はここまでにします。
2025.06.17 Tuesday
栃木県益子町にある明智鉱業へ先週金曜日にFAXで注文していた陶土800㎏が、今日届きました。昨年も同じ時期に注文していたことがNOTE(ブログ)を見ると分かります。「今日の昼頃、栃木県益子町にある明智鉱業から陶土800㎏が工房に届きました。これは種類の異なる陶土全部の重量ですが、当然来年作る陶彫の分も含まれています。作品の素材が陶彫である以上、陶土は絶対に必要なもので、現在焼成された陶彫作品に達するまでは、さまざまな陶土を混合し、自分のイメージと立体に立ち上げた時の強度を得るために実験を繰り返してきました。」これは昨年6月22日に記録したNOTE(ブログ)で、1年間で陶土800㎏を使い切った状況が見て取れます。種類の異なる陶土というのは、私の場合は複数種の陶土に対し、割合を決めて土練機にかけて混合した土を作ります。それも完全に混ざるまで計4回を土練機に通します。その後、手で菊練りをして小さくまとめてビニールで包みます。陶芸は勿論そうですが、彫刻でも素材を大切に扱うことにしていて、とりわけ放置できる木材や石材に比べると、土は常に気にかけていないと成形が難しくなります。土は可塑性があるので成形や彫り込み加飾は容易ではあるけれども、最後に焼成という制作工程が控えているので、そこで失敗しないために成形の段階から工夫が必要です。私は若い頃にヨーロッパにいて、そこで開催されていた日本の陶芸展に魅せられました。陶土の種類、釉薬の種類の豊富さと、ざっくりした土肌の美しさに、自国の伝統文化の素晴らしさに気づかされたのでした。そこで学んでいたのは西洋の彫刻の概念でしたが、日本の陶土をどう彫刻に生かすか、ヨーロッパに来る前に日本で見た陶彫作品を思い出し、そこに自分を賭けてみようと思ったのでした。素材の実験は、実際に栃木県益子町に出かけていって、明智鉱業であれこれ陶土や釉薬を吟味することから始まりました。隣県の笠間に陶芸家の友人がいたおかげで、試作は自由に行えました。窯による焼成もそこで学びました。明智鉱業は当時からの付き合いで、毎年陶土を送ってもらうのが習慣になっているのです。
2025.06.16 Monday
「近代絵画史(下)」(高階秀爾著 中公新書)の「第20章 エコール・ド・パリ」について気になったところをピックアップしていきます。「シャガールと相前後してパリにやって来た異邦人芸術家は、歴史に名を残すほどの大家たちだけにかぎってみても、同じロシアからやって来たスーティンをはじめ、オランダのモンドリアン、イタリアのモディリアーニ、ブルガリアのパスキン、ポーランドのキスリング、チェコのクプカ、日本の藤田嗣治などを挙げることができる。もちろん、もう少し視野を広げるなら、フォーヴの仲間のヴァン・ドンゲン、キュビスム運動の中心にいたピカソとグリス、未来派のセヴェリーニなどの名前も、当然同じような『異邦人画家』として、そのリストに加えることができるであろう。さらに、彫刻家として、アルキペンコ、リプシッツ、ブランクーシ、ゴンザレスなどがいた。」数多い芸術家の中で私が注目した2人を取り上げます。まず、ユトリロ。「ユトリロは、生まれながらにして、父無し子という不幸な運命と飲酒の悪習を背負わされていた。それと同時に、彼の優れた絵画の才も天賦のものであったが、初めのうちは誰も、母親でさえも、それに気づかなかった。ただ、何とか気を紛らわせるためにという母親の思いつきが、思いもかけず彼のなかの画家を目覚めさせたのである。その母親も、彼を絵画の世界に導きはしたものの、何ら具体的な技法のことを教えてくれたわけではなく、まして他の誰からも正規の指導を受けたこともなかったのに、ユトリロは最初から、表現に素朴なぎこちなさを残しながらも、すでに完成された自己の世界を持っていた。」次にモディリアーニ。「生涯、風景や静物をほとんど描かなかったモディリアーニにとって、人間の顔は、造形的にも心理的にも、かぎりなく豊かなモティーフを提供してくれるものであった。彼の描き出す人物は、裸婦の場合は別として、ひとりひとりのモデルの個性的な特色がはっきりわかるように的確に捉えられており、その意味では彼の人物たちはすべて、モディリアーニだけの世界の住人として、見紛うことのない様式上の特性をそなえている。その特性は、キュビスムの美学と同時に、キュビスムの画家たちにも大きな影響を与えたあのアフリカの黒人彫刻のたくましい表現力に支えられている。」今回はここまでにします。